2001年3月11日開催 神奈川県考古学会考古学講座[相模野旧石器編年の到達点]における同氏の発表要旨末尾に付加された追記。筆者の了解を得て転載。

追記

諏訪間 順

 昨年11月に発覚した前期旧石器時代遺構捏造は、我が国の旧石器時代研究にとってこれまでに経験したことのない重大な事件であった。私は、相模野台地を主要な研究テーマにしていることもあり、前中期旧石器について詳細な検討を行ったことはないが、これまでにいくつかの研究動向や書評の中で紹介したことがある。自分自身で資料の十分な検討を行わず論評をした点は、反省すべきであり責任を感じている。

 捏造発覚後に会津若松市で開催された「東北の旧石器文化を語る会」での資料検討会に参加し、石器を観察した結果、残念ながら微かに抱いていた「淡い期待」は崩れ去った。石器の形態、風化の度合い、押圧剥離と加熱処理の痕跡など多くの点で、縄文時代の石器との区別が付かなかったのである。そこで指摘された「錆痕」や「黒土の付着」にも合点がいくのである。捏造が何時からであったのかは現段階では明らかではないが、「灰色」の資料を基に研究はできないし、座散乱木遺跡の発掘以降に新しく始まった日本の前中期旧石器時代研究は出直しが必要であろう。

 斜軸尖頭器から初期台形様石器への移行など、中期から後期旧石器時代への移行の問題なども、これまでの研究は宮城県を中心とした資料を基に進んできた経緯がある。関東地方の後期旧石器時代の始源期の議論にも大いに関係があるのである。北海道や九州での中期旧石器段階に相当する石器群の存在は指摘されているが、これまでに発掘調査が行われ、報告書として公表されている資料のうち、確実な層位から出土した最も古い石器群は何があるだろうか。そう考えた時、少なくても筆者がフィールドにしている相模野や関東では相模野台地B5層、武蔵野台地X層下部など立川ローム基底部の石器群しかないのである。まずは、後期旧石器時代の始源期に位置するこうした石器群の検討から始めなければならないのは必然なのである。

 この考古学講座が終わったら、相模野をはじめ武蔵野、下総、愛鷹・箱根、北関東と立川ローム層基底部の石器群の再検討を行いたいと考えている。それが、昨年に起こった事件に対して、石器研究者の一人として私の取れる行動の一つであると信じるからであり、説明責任の一端を果たしたいと思う私のささやかな気持なのである。


(諏訪間 順 2001.3.11「相模野旧石器編年の到達点」『相模野旧石器編年の到達点』神奈川県考古学会,p.16)©Suwama 2001
<戻る    →砂田佳弘氏の追記