2000.11.25 埋蔵文化財行政研究会参加記 2.

調査資格制度論について

埋蔵文化財行政研究会『埋蔵文化財調査資格制度』シンポジウムから

 埋蔵文化財行政研究会 () は、いわゆる関東ブロックの関係者が中心となって始められた研究会活動である。11月25日に開かれたミニシンポジウム『埋蔵文化財調査資格制度』は、深刻かつ微妙なテーマである。発表内容は以下の通り(かっこ内は演者所属を示す)。1は基調講演、2〜6はシンポジウム報告(6はビデオ録画で参加)、7は参考資料(考古学ジャーナル447掲載文の要約版)である。6は埋蔵文化財行政研究会において埋蔵文化財調査資格制度に関する議論の口火を切られた方である。1及び2は慎重派(否定派)、3・5・6・7は推進派である。無論シンポジウム自体は、この問題について意見を述べ、多角的に検討し、理解を深める場として用意された(が、成功していたかどうかは疑問である)。

  1. 埋蔵文化財調査資格制度について(文化庁)
  2. 埋蔵文化財調査資格制度(伊能忠敬記念館)
  3. 埋蔵文化財資格制度導入の前提(千葉県教育庁)
  4. 市町村の資格制度(川本町教委)
  5. 民間調査機関における埋蔵文化財調査資格制度の意義(日考研茨城)
  6. 埋蔵文化財発掘調査資格制度(群馬県埋文)
  7. 埋蔵文化財調査資格制度(富山県埋文)

結論

 今のところ「資格制度論(あるいは資格認定)」は、名称も概念も不確定要素が多すぎる。全般に基礎的な了解事項が成立していないのに、推進派の論調が暴走気味な印象を受けた。無論(というべきか)慎重派ないし否定派の論調も痛烈であった。なお発表7によれば、狭義の資格制度案は行政内に限定した話で、「文化財保護主事」に法的人格を与えるということのようである。一般職と職分を分離する法的根拠ということである(認定基準案も穏当なものである)。広義の資格制度案は、調査員の資質を確保するための、民間まで視野を広げた共通の技能検定のような話であり、実現困難と予想されている(発表7)。他の発表は、特に区別せずに事実上広義案を対象にしており、それ故に議論沸騰のようである。

 そもそも資格制度の発想の発端は、発表6によれば、埋蔵文化財担当職員に、考古学専攻でない教員の配置転換者を充てる例が増加してきたことにあるらしい。職員中の専攻出身者の比率は平均60%らしいが、県によって14%〜100%まで大きな開きがある(これは県による格差に他ならない)。無論、非専攻者/未経験者でも、経験や研鑽を積むことで一人前になっていくはずであるが(全てのベテランも、その過程を経てきたはずであるが)現場には悲惨な調査員の実態があるらしい。

 要するに一部の行政内では、もともと専門でもないし、経験も乏しい、調査員としては未熟な人間が、調査量消化のため、調査員の職責を任せられている現実があるらしい(熟練者によるバックアップが乏しいか、後手に回っているということらしい)。つまり、資格制度論の主旨は、遺跡調査員のミニマムを規定し、一定水準を確保するということらしい。

 これは異なことである。この種の問題解決の決め手が「資格」制度というのは、どうも論拠に乏しい。資格制度があれば、県から市町村への指導がやりやすくなる(県レベルの内部的にも)、指導の法的根拠ができる、ということらしいが、明らかに問題のすりかえである。問題は、(1)調査員育成システムが未整備なこと、(2)未熟なことを知りつつ現場を任せてきた指導層、(3)人員配置的に無理がある調査量を断わりきれなかったこと、などにあるのではないか。

 もっとも、発表6の主張をよく読むと、育成システムの問題や人材配置の戦略以上に、実は調査員の適性を問題にされているようである。これは調査員の出身や実績とも、相関性は乏しい。しかし、一般に「資格」は、適性を図るものではない。充分な資格を持っていたり、その分野で経験を積んでいることすら、適性の証明にはならない。エアラインのパイロットや外科医師ですら、不適格者はいるものである。調査員の適性を問題にする限り、「資格制度」は何の安心材料にもならない。

 民間調査会社の中には、「資格制度あるいは資格認定制度」論を歓迎する向きがあるらしい。現実には、入札前に登録する調査員の「履歴書、どのような立場の調査員で従事してきたか詳しく記した調査経歴書、それが記載された報告書リスト、執筆歴、卒業証明書、考古学協会員であるかどうか」などの提出が義務づけられている場合が多い。卒業証明書の提出は行き過ぎのような気もするが、調査員の資格が実質的にあるかどうかの認定は、実態として既に行なわれているということである。こうした実質的な能力把握に対して、(例えば)「学芸員」の資格が形式的なものにすぎないことは、関係者なら皆知っていることである。学芸員の資格を持っていようが、いわんや専攻の卒業生であるかどうかすら、調査員能力とは無関係である。即戦力などは望むべくもないし、養成していく以外にない、というのが常識ではなかろうか(当然、適性の問題もある)。資格制度の有無が、何らかの事態の改善につながるだろうか? むしろ(やはり)経歴・経験・実績こそが、資格の証明である。完璧な資格制度を構築するためにかかるコストは、社会的にみて大きすぎるし、不完全な資格制度は逆効果になるだろう。調査員の能力とは何かという問題について、まともな学問的検討がかつて存在したとも思われない。

 民間側の期待の根幹は、民間調査組織の認知ということらしい。(例えば)国家資格の有資格者が揃っていますよ、というのが、説得力=営業力になるということらしい(それは既に、入札時に充分に証明されているのだが)。しかし文化庁通知によれば、民間組織による調査(調査支援)については、行政職員(行政組織)による指導監督が前提である。従って、問題になるとしたら、行政側担当者の指導能力あるいは指導体制である。

 学芸員や測量士の制度とのアナロジーは、はたして成立するだろうか? 前者については、既に述べた通りである。後者のような純技術職は理解できないでもないが、遺跡調査に必要な資質をどうやって技術的側面で理解したらいいのだろう(ちなみに測量士の知識は、トータルステーションの登場によって殆ど時代遅れになってしまった)。一番問題なのは、全国共通な基準が存在しないことである。基準の制定は、実際的なものとしては不可能であると断言できる。おおよそのガイドラインを示した手引きなら、既に文化庁の出版物を含めて、複数存在しており、充分に知られている。遺跡の現場は、ケースバイケースである。理念や、ごく基本的手順なら示すことができるが、具体的運用のレベルでは、全国津々浦々千差万別である。やり方が違うからといって、他所のやり方を一方的に否定することもありえない。手引き書は参考書にはなるが、それ以上ではない。現場の事は、現場で覚えるしかないし、しかもそのやり方は場所によって異なる。調査の基準といえば、コストのかけ方も、地域による違いが大きい。既に遺跡の認定基準も、地域の実情に合わせ、県単位で示すことが望ましいという文化庁通知がある。

 研修体制については、改善すべき点が多いと認められる。まず第一に、系統的な育成システム(育成マインド)の整備が必要である。片寄った職場にだけ長年配置して、経験や技能に片寄りができるのは(本人にとっても迷惑なことだが)、その状態を放置してきた組織の体制にも問題があったのではないか。常に自己研鑽を積み、特にデジタル情報技術(IT)の時代でもあるし、新しい技術の研究や学習は、個人的な努力だけでなく、制度的に保証すべきである(ちなみに、そうした先進的な講習の機会を提供すべきなのは、本来、大学や大学院である…それが可能だとはあまり思えないが…講師は、他所の埋文行政職員や企業の社員かもしれない)。少なくとも、研究会や協会等への出席の多くは、研修出張として認められてよいのではなかろうか。そうした機会は、業務に直結する学習の機会であったりする。業務にも余裕が必要だろう。調査員は、ある意味で研究職であることが前提ではなかったのだろうか。少なくとも、研究マインドを持たないと、一体なにを苦労して発掘しているのか、分らなくなってしまう。正当な好奇心のみが、調査の礎ではなかろうか。調査は、工事ではない。(少なくとも理念的には)調査区は、工区ではない。(多少とも)研究マインドを持たずに、調査資格を行使するだけの現場は、荒廃そのものではないか。

 発表者の言葉を引用すると、「(広義の)調査資格制度の導入は(日本の)考古学を堕落させる」だろう。また、仮にそのような制度があったとしても、現状を追認するだけで、実際の効果は薄く、単に資格という手間が増えるだけに終わるだろう(そこに権限や手続きという利権が発生するだけである)。行政の簡素化という命題に反すること、この上ない。もっと大事な、基本的な問題が多数山積しているのではないか。県の指導力が低下しているのだとしたら、それこそ看過できない問題ではないか。調査員の基準をうんぬんする前に、(例えば県単位の)遺跡の基準を明確化すべきではないか(このコメントは会場からの質問に示唆されていた)。

 狭義の資格案、つまり「文化財保護主事」に法的根拠を与え、立場を保証するということであれば、意義あることかもしれない(基準は、専攻や一定の経験などに限定)。これは調査基準や調査ミニマムの問題ではなく、埋蔵文化財担当者の立場を強化し、発言力を増し、保護行政の後退に対する一定の歯止めになると期待される。


※同研究会の、これまでの経緯については考古学ジャーナルに詳しい(1999年8月号以降)。
●前回の研究会「調査資料の取扱いと発掘調査報告のあり方」(2000/9/9) に関してはこちら。
●次回はシンポジウム『調査資料の取扱いと発掘調査報告書のあり方』(2001年2月3日(土)、10時開場、10:30〜16:30、東京医科歯科大学5号館4階講堂、事前参加申込必須)。9月の研究会とほぼ同じタイトルである。


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