2000.9.11

埋蔵文化財行政研究会参加記

 埋蔵文化財行政研究会は、いわゆる関東ブロックの関係者が中心となって始められた研究会活動である。9月9日に開かれた平成12年度第3回埋蔵文化財行政研究会「調査資料の取扱いと発掘調査報告のあり方」は、会場の江戸東京博物館の会議室が定員を満たさんばかりの盛況であった(ちなみに事前の参加申込みが必要)。発表内容は以下の通りである。

  1. 調査資料の保存・活用(埼玉埋文)
  2. 調査資料のデジタル化(川本町教委)
  3. 調査報告書のデジタル化(安中市教委)
  4. 大学における調査資料と報告書のあり方(明治大)
  5. 考古学報道と調査資料・調査報告(NHK報道局科学文化部)
  6. 都市開発事業の変容と埋蔵文化財調査(不動産協会事務局)

以下、6本の発表それぞれについて、簡単に紹介する。

◆ 1)調査資料の保存・活用(埼玉埋文)

 よくいわれる「活用」の事例報告である。埼玉県埋文センターの「普及事業」として「古代から教室へのメッセージ」と題し、平成9年度以降継続して行なわれている。実物資料と共にセンター職員が小学校に出前し、特別授業を支援するというものである。概ね3部構成となっている(項目名表記は原文とは異なる)。

  1. チームティーチング方式の授業:主体は担任教師で、センター職員は支援にまわる。実物資料やワークシートを用意しておく。
  2. 出前ミニ展示:空き教室を利用し、約200点の完形主体の遺物を専門業者により搬入し、2週間程ミニ展示を行なう。オープン時間は出前授業と連動している場合が多いが、時間を延長して地域住民や父兄も招いている。専門家が説明要員として待機する。
  3. 体験学習:粘土と原体で文様の実験、黒曜石で紙を切る、土器接合、勾玉製作といったコーナーを用意し、分散して行なわせている。

 希望校は年々増加しているが、実施校は初年度12校、平成10年度以降は15校にとどまっている。

◆ 2)調査資料のデジタル化(川本町教委)

 百済木遺跡という巨大調査を契機として、作業のデジタル化に取組まれたそうである。トータルステーションの導入、主にイラストレータによる遺構図版作成、拓本や実測図のデジタル処理、スライドのデジタル化、ビジュアルショットによるデジタル写真アルバム等が紹介された(筆者註:ビジュアルショットはWindows版画像データベースであるが、データベースに独自の項目をたてることができる)。
 技術的には、オペレートにあたる作業員の指導含め、コンピュータや測量の専門家のサポートや指導を仰いでおり、埋文担当者の過重負担にならないようにしているという。

◆ 3)調査報告書のデジタル化(安中市教委)

 やはり大規模調査を契機に、種々のアナログな工夫と共に、デジタル工程を調査に導入されたそうである。トータルステーションと、アナログな実測手段と組み合わせて活用されている。異なる由来を持つ図を、座標に載せていくことも、後処理で何とでもなる問題である。
 また各種データ(テキスト、表、写真、CAD系の実測図)の種別毎に、デジタル化が可能であることを示し、それらを統合したデジタル報告書の形式として、HTMLとPDFを挙げられた。前の発表と同様、デジタル化は埋文担当者の努力だけではおぼつかないとし、サポートしてくれる会社との二人三脚の必要性を強調された。
 氏は、膨大な頁数が予測された報告書のスリム化を目指して、1996年には写真のCD-ROM化を実施された(配付は分冊の完結後になってしまったが)。プロジェクトの開始はWindows 95登場直前であり、HTMLやPDFも未だよく知られていなかった(HTML 2.0の公布は1995年9月、日本語PDFの登場は1997年6月)。ある意味で早すぎたのかもしれない。最後に、各種デジタルデータの共有など、報告書デジタル化の流れは認めつつ、概報的な内容をデジタルメディア化することへの期待を示された。

◆ 4)大学における調査資料と報告書のあり方(明治大)

 報告書における「研究」や「考察」の重要性、報告書の画一化・均質化への危惧を表明された。現実的に考えて、報告書作成時に投じられたような膨大なリソースは、二度と利用できない。大学には事実上科研費しかなく、非常に限られたリソースしか利用できない。やはり調査者が問題意識を持って調査計画を立て、課題と成果、あるいは何が明らかになり、何が明らかにならなかったのか、報告書の構成に反映させることが重要と強調された。
 この発表は報告書の内容、範囲について触れたもので、デジタル技術の利用に対する関心は示されなかった。

◆ 5)考古学報道と調査資料・調査報告(NHK報道局科学文化部)

 報道の立場から、ニュースバリューの要点を列挙された。報告書刊行後では、ニュースになりにくいのは当然だが、要望として3点を挙げられた。

  1. 概報の重要性:やはり、市民向けを意識して、カラー写真主体にコンパクトにまとめられた概報は、遺跡の概要がつかみやすくて良い。
  2. 映像資料の重要性:スチル写真に加え、できれば現場の生々しい動画資料が残されていると、後で利用しやすい(筆者註:最近は高品位ながら軽いデジタル動画形式(MPEG4)を、放送に適したレベルの画像収録を考えてもいいのかもしれない)。
  3. 用語の問題:これは難しい問題であるが、いずれにせよ、何らかの用語を用いて報道せざるを得ないわけで、その辺に時としてジレンマが生じるようである。

 ただ、ここで指摘されたような問題は、古くから言われていることである。例えば動画記録も、フィルムの時代から、実施しているところでは実施していた。デジタルの時代になって、より活用の可能性が出てくるかもしれないが。

◆ 6)都市開発事業の変容と埋蔵文化財調査(不動産協会事務局)

 社団法人不動産協会は、建設省所管の大手デベロッパー業界団体とのことである。大規模開発主体であるが、統計データ(平成7年)が興味深い。平均で調査面積/開発面積比は 11.6%、調査費用の平均は開発費の約 1.9%(これはほぼ一定)、1m2単価は平均 6,188円(ただし最高 54,165円、最低 1,086円だからバラツキが大きい)、調査期間は事前協議 9月、調査 12.6月だそうである。
 要望としては、(整理を含めた)調査費用はともかくとして、調査後の現状保存費用、収蔵庫の費用負担までは、勘弁してもらえないか、ということであった。また開発サイドの全般的意見として、金より時間、つまり迅速処理が第一で、民間の調査機関がその意味で有効な場合もあるのではないか、ということであった。ただ、こうした指摘も、通常言われている通りのようである。


 発表テーマが複数の焦点をもっていたようで、運営サイドの誘導にも関わらず、一定の方向性が見えにくい印象を受けた。制作・提供サイドと、利用・活用サイドが、必ずしも噛み合ってない印象を受けた。あるいは、調査資料・報告書のあり方について、デジタル技術を踏まえた展開を、予定していたのかもしれないが、そういう印象は弱かった。

 2)と3)は、実測や図版等のデジタル処理そのものの紹介であった。かつて1980年代末から90年代中頃まで帝塚山大学で行なわれていた「考古学におけるパーソナルコンピューター利用の現状」シンポジウムの発表を思わせるが、トータルステーションの有効性やロットリングを使わないデジタルトレースについて、会場の素朴な反応を見ると、未だに導入が進行過程にあることがうかがえた。現在では、トータルステーションにしても自動追尾が登場しているし、現場実測に使えるような大規模レーザースキャナも出現している(これらは会場でもコメントされていた)。

 デジタル処理を軸とした技術革新は、世間的には多方面にわたって進行中であり、その中には埋文や考古学の本質的な発展に寄与するものが少なくない。某首相もITを強調されているくらいである。もちろん、出前授業におけるような実物の有効性は、いささかも揺らぐことはない。

 今回はデジタル化が道具性の面で強調され、それ故に費用や精度が検討対象になる傾向が見受けられた。それはその通りかもしれないが、純技術的な問題は、研究会よりも研修会の方が相応しい。※※ 一方、デジタル化の社会的インパクト、つまり従来通りの仕事内容(ビジネスモデル)があらわに洗い出され、その意義を問い直されるという流れに対して、どれほどの目が向けられたのであろうか。例えば、Web(インターネット)対応は、埋文センターでも実行例が登場しつつある。では、どこまで対象とし、どのようにWebで出していくのか、「活用」との関連でも、広く論じられるべきではなかろうか。報告書の諸問題も、いずれWebに帰着していくはずである。

 現場でデジタル化を実践された方々の発表で共通していたのは、技術をこなしていくことの困難さである。サポート会社の重要性に加え、埋文担当者を対象としたデジタル関連技術研修の必要性も、重要な指摘であろう。筆者はこれに加え、大学における情報技術研修の重要性を強調したい。特に、技術倫理的な見識を期待したい。


※同研究会の、これまでの経緯については考古学ジャーナルに詳しい(1999年8月号以降) 。
※※デジタル処理における費用・精度は、設定や仕様に依存し、デジタル処理固有の性質を措定することはできない。例えば、解像度がスケーラブルな問題であることを理解してもらうだけで一苦労であるが、話はそれからである。


<WebSiteTop