横田<miskij>萬や 居合道 2001


刀袋のくくり紐

所属:無双直伝英信流(むそうじきでんえいしんりゅう)英信館 1999.Dec〜
清澄会(きよすみかい)1997.Nov.〜2000.Aug.20
山下道場 2000.Aug.27〜

2001.Jun.23
土曜昼過ぎのひかり号自由席でゆっくり移動。トランクケースのクルマが1つ壊れかけてる。
梅雨時にも関わらず膝痛が響いてこないのでいくぶん気楽。
久々に新大阪。そのままJR大阪へ行けたのに改札を間違えて改札外へ。ま、地下鉄。
知人に持ってもらうツーカのプリペイド携帯をじっくり物色して決定。
目覚ましのスヌーズ機能のおかげで何度も振動しまくる、というのは乗り過ごしにいいか。
その後、私のプリペイド携帯の契約を通常契約に切り替えたもんだからJR大阪を出たのは7時過ぎ。
わは、また「8時過ぎても来るヤツ」な伝説を今年も確立しちゃったい。
けど、新幹線の中で食べた弁当以降、何も食べとらへん;_;この辺の地下街で食事したかったのに。
郡山に到着。幸い、寿司屋が開いていたおかげで巻きずし1本所望。でもどこで食べるんだ?
結局、稽古場の学校へ。校門はやはり閉じてる。通れるだけ空けてまた閉じて入校。
体育館で久々の面々。着替えながら巻き寿司を平らげて軽く稽古。
八重垣の囲い構えに入る刀さばきが違うの?
翌日の待ち合わせは…鳳神社ではなく直接会場って、最初から冷房の効きすぎな体育館ですって?

2001.Jun.24
7時40分には出て近鉄奈良から快速急行。まったりと走って鶴橋で乗り換えて若手数人と合流。
天王寺で快速に乗り継いで、そんでもって津久野駅着は9時20分。
喫茶店で2回目の朝食をご馳走になり、程々の距離を歩いて体育館に到着。
案の定というべきか空調が効いてる:-)
途中、さすがに冷やしすぎたせいか少し緩められたけども。
受付で名前を探したら…ない?(段位を間違えられてた-_-;)
んで若い段位から順に進行。段位の関係もあり、ちょっと気を利かして2列目に入る。
1列目だと始めの合図が聞き難いし。が、真正面は関東地区の会長さん。何かとご縁があるなあ。
新調した袴にも慣れてきて、まずまずの出来。
昼は弁当。けど朝食が多かったもんだから半分で妥協。
午後もまた演武が続く。お気に入りのF先生の演武まで時間があるので関東地区の登録について、 英信館の担当と相談。労をねぎらってくれたり。
と思ったら長引いて、F先生の演武を少ししか見られなかったけど;_;
その後、いただいた鍔の話を少ししたり。作るのに慣れてきて今度は10点も持ってきたそう。
Y先生の近くに移動してまた演武を観ては感想をそれとなく談したりして
去年の忘年会で声をかけられたE先生の話になり、「そういえば演武では見えませんでした?」 って聞いたら「この先生でしょ」と演武を済ました名前を示される。
えー、人違い?
…ありゃ、私が聞いてたのは後ろで順番を待たれている「とっても高段位なO先生」と判明-_-;
トホホな文面の年賀状をE先生に送ってしまったことになるなあ(一応、合宿で顔を合わせてたが)。
それよりもO先生にはどう話したらいいんだろ。
ご宗家の演武で締めくくり、無事に終了。
片づけを手伝い、陽が射す午後を駅前まで戻り、軽く打ち上げ。
乾杯を済ましたのち駅前で預金を少し下ろして指定席を購入。 計算では18時44分発で余裕20分、となるのだが問題は千鳥足の勘定。
…という心配もあまりなく、それでもやはり余韻を残して一足先にたつ。
場所柄、関西空港が近いので飛行機だともう少し居られるんだけどなあ… 誰か一緒に往復してくれないかな。

帰路・のぞみ28号は新大阪駅着の時点で後続数本も含め満席。

2001.Jun.19
週末が用事で稽古に行けなかった分、職場をそそくさと退却して稽古に寄り道。
往復とも立ちっぱなしだったけどそれほど響かなかったみたい。
んで新調した夏袴。少し膝当てにひっつき気味。膝当てに滑りの良い布でも張るか。
しかし連日のキー連打のせいか、手首が疲れてるのを実感。
窓鏡を見ながら自習。そういや道場に活けてある月下美人、開花しててなんともいえぬ香り。
しかし背丈が人間よりも高いのぉ。巨大な花に喰われるっていう劇は案外はここからか?
さて、今度の週末は久々の堺。

2001.Jun.9
電車で行こうと思ったのに忘れ物(膝当て)に気付いて引き返して結局クルマ。
前みたいにえらく遅れずに済んだけど。
そういえば真っ向の切っ先運びを自習してる方がいたっけ。
あと、おじいさん先生と初めて会った気がする(これを記してるのは5日後)。
隣では剣道。

2001.Jun.3
前日昼にメール。時間通りに到着し、受付で記名してると先生のお出まし。
八重垣は猫背気味だったのかしらん。
真っ向の切っ先運びが予想以上に難しい。
柄頭を体の中心から外さない振り下ろし。
立膝まで進み、いくつか指摘。 お気に入りの浮き雲の引き回しで左膝を動かさないの?…ビデオを見ると足の組み替え時か。

2001.Jun.1
健康診断で午後休みを入れて歯科と膝痛。X線撮影の結果は異常なしで、単なる筋力不足による筋肉痛?
確かに筋力測定結果も3割がた落ちてる。

2001.May.27
15分の遅刻m_ _m;
家から着て行ってたので時間いっぱいの稽古。
指先で切っ先を返す自傷度の高い浪返のコツ。

2001.May.26
モノレールで武道館へ。履き物は雪駄。
途中、バイク屋に寄り道して、某スクータのシート下のトランクに刀袋が入るか検証するも収まらず。
ほぼ通し稽古。立膝がきまんないよぉ。
1時間半で終わり。どうも物足りないので日曜も希望。

2001.May.22
仕事のちょい谷を見繕って稽古。
前の晩にノートを見て復唱したところを念入りに。
夜景越しに己を見つめながら通し稽古。
1時間弱とはいえこざっぱりとした汗。

2001.May.18
先生からメールの返事をいただく。日曜の稽古の形態はまんざらでもないよ、でした。

2001.May.13
日曜稽古。1対1。
出だしで2回も床をしばいたなあ、と思ったら手首が「死に手」になってると。
んで、肘。なんで力が入るんでしょ?
少し早い時間に切り上げて、片づけてると先生からメールアドレスを聞かれる。
翌週は先生が昇段審査、だそうで休会。土曜は…ありゃ、用事。

2001.May.11
宗家継承式典演武の参加申し込みを連絡。そーいや夏物、どうしましょ。

2001.May.6
連休疲れで腹具合を気にしつつ、旅行ケースを転がして久々に富雄へ。
エレベータが付いて降りるのが楽になった^O^
遅れてきてY先生。
通し稽古を奥居合2段までやってくれてしまい、本身持ちの私には最後には気力だけになりそうに。
気にしてた抜き付けが良くなってきたのは意外。
久々の型でついトリ足。

JR奈良に戻る頃にはくたくた。階段をなんとかしてくでぇ。
京都で2時間ばかり暇なので京都タワーに上がってみるが春霞が凄くてあまり見通しが利かず。
さすが弓を持ち歩いてる人が多い。そいや紋袴の刀持ちさんも見えたなあ。
ホームに上がりてくてく歩くと、奥さまと椅子に腰掛けて刀を携える方。
遠目から刀袋の名前を見たら関東会長どの、ちょっと会釈。
ホームに上がるまでの時間つぶしに一杯飲んだビールが効いて、乗り込んですっかり眠りこける。

2001.May.4
近鉄丹波橋で乗り換えて京阪三条から歩いていく。こちらから歩くと判りやすいがちと疲れる。
9時半過ぎに到着してみるともう開演。あち、Mさんらの初演武を見逃しちゃった。
気を取り直して早速観武。かなりの人数なので8人でひと組ずつの進行。
英信館のMKさんの演武、周囲に粘っこい空気がひっつくような空間を醸す。
1本目での挙動を勘違いしてたのもあるけど、周囲の進行に合わせて終わるのかと緊張してしまった。
んにしても、Hさんたら、2本目から立膝の段を立て続けに。
颪の引き倒しに入る前に腰を起こす人って少数派なのかな。むしろ刀を後方に払った時に、かしら。
久しぶりに清澄会のF先生の演武を拝見。また見る目が変わる自分に気づく。

途中からなんとなく大きな勘違いをしてたのかな、と気づく。
京都大会では競演はナシなのである。でも漠然と見て終わらずに済んだのは良かったのか。
…んじゃ、来年、私の番のときはあれとこれをやってみよっ:-)
千葉のO先輩。立膝の納刀時の足捌き、ちょっと変えてるような。
もっとも私もこの辺をずっと勘違いしていたのに今更ながら気づいたのだけど。
関東大会7段入賞者の先生の演武、さすがに非の打ち所がない。周囲の空気も違う。
清澄会のY先生の演武、贔屓目は仕方ないけどやっぱり感心してしまう。
山下道場のT先生をいつもと違う角度で拝見するが、やはり微妙に違うんだ。
最後はご宗家の演武。また時間をつくって英信館にもいかなきゃ。

久々に話でも、と思ったけどY先生たちは別の用件があって見送りになってしもたT_T
日曜には中国へ出張、というT先生と話してると千葉のT先生が挨拶に見えてご挨拶。

以和貴会のルーキーMZさんと一緒に奈良へ。
丹波橋で近鉄に乗り換えたら紋付のままの先生。西大寺でMZさんと別れる。
隣の紋付の先生に話しかけてみたら鎌倉から昇段審査、だそう。
お髭の風貌のおかげで8段に見られてしまってるそう^O^
ああ、そうか、今日の演武は一種の腕慣らしの意味もあるのかな。
近鉄奈良の階段を上がった時、すれ違いかけた人と顔が合っておや?と思ったら清澄会の先輩。

2001.May.3
前日のうちに奈良へ移動。21時発の関西本線、対向待ちもないので意外と早く到着。
午前は京都御所で行われる弓道大会を覗いて、福岡からの知人を即席京都案内して鳥料理屋へ。
酉年の私がこんな所で美食するもんだからか、平安神宮近くの京都会館へ向かう途中、
店から出てきた紋付姿の先生の歩く方向に惑わされて場所が判らなくなり、道を聞いてしまった。
そういえばそこも熊野神社だけど、やたがらすの悪戯だったのかな。
途中、剣道連盟の大会にも出くわす。違うなあ、と思ってたら顔見知りの先生が通りかかり、やっと到着。
この日は範士演武のみ。最後は関東地区の会長の演武。すーっと流れる時間に意識も同調しそうになる。

2001.Apr.28
あまり混まず、18時半に到着。
隣半分は使われず照明が落とされている。
京都大会に出場するO先輩がT先生に稽古をつけてもらっている。
途中から混じって立膝と立業をおさらい。やっぱり毎週やっとかないと腕がなまるなあ。
んにしても立膝の納刀時の足運び、どうしても近畿流になってしまう。
ただ、関東流は右膝への負担が少ないのは利点だけど、今度は左膝。
今まで右膝をかばってきたせいか左膝が少し怪しいT_T
京都大会ではどっちが多いんだろう?

2001.Apr.22
1対1。もうちょい誰か来てくれないかな。もとい誘えばいいんだけど...
途中から1階で親子体操。かけ声を自粛するのでやりにくい。
ゆっくり刀を運ぶ、を意識してみよう。

2001.Apr.21
迂回路を通ってみたら散々道を間違えてしまう。1時間ばかり自習。
そういえば飲料自販機、前からあったのかしらん。
隣半分は少年剣道。

2001.Apr.15
情報処理試験の日なのに、カゼがぶり返し、休場。
更新したつもりが、保存し忘れたらしい+_+

2001.Apr.8
1対1で先週のおさらい。いっぱい癖がついてたなあ。
帰ってから久しぶりにノートにメモしていったら一頁分も埋まった^_^;

2001.Apr.7
膝を伸ばしてPCの前に一日中座ってたのがまずかったか、調子が良くなく休場。

2001.Apr.3
4月頭、てことで早めに出社して早め退社。
日曜で教わったことを復習したかったし。A先生はお休みか、S先生と、もう一人。
一通りおさらいして30分。キーボードの叩きすぎで手首が疲れてるので休憩。
復習したことを中心に自習してるとS先生が手本を見せてくださる。
切り下ろした後の構えが気になるようだったので手本の通りに直してみると…びゅんびゅん鳴る。
これが原因だったのかなあ、今まで鳴りにくかったのは。
腰を起こす時に左手を前に出さないって?ちょっと戸惑いが。
後で聞けば山下道場の流儀、だそうで。
いつも何かしら発見がある。

2001.Apr.1
前夜、T先生に電話したら留守電。通じたのかなあ、と思いつつ寝不足頭ながら親のクルマで稽古場へ。
体育館には誰もいないけど、来るまで待とうと思って利用申請を済まし、さてどこで稽古しよう?
と思って振り返ると更衣室の上にある2階でT先生がお待ちでした:-)

久しぶりに交互の稽古。久しぶりの本身、やっぱり軽い。
正座、刀法の後、細かい所の指導いただく。そういや1対1は初めてだったか。
私の妙な癖を1つ1つ指摘され、目からまた鱗。
附込の抜き付けでなかなか会得できなかったのがあっさり解けたのは驚き。
四方切りの足を持ち上げる踏み込みをして「22代宗家ですねえ」:)
納刀後の柄頭に手をやる残心にも、また意味があるとは!

2001.Mar.31
朝から寒いなあ、と思ったら雪!
夕方になっても止まないし、冷え込みも考えて自主休場。
復活した日曜稽古、明日は行くべ。

2001.Mar.25
曇り空。さすがに休日の特急はがら空き…で東京へ。
会場に着いてみるとだいぶ揃っている様子。受付で名前を申告したらば…あれ?名前がない?
ええと、と思ったら演武の段に名前が出てる-_-;
とりあえず番号札199を貰って更衣室へ。おっと、トイレ。
ロッカーの鍵に手こずって体育室へ向ったら、もう全員集合で国歌斉唱中。
なんとなく決まりが悪いので壁際で小さくなる。(去年秋の大会も「え?もう始まったの?」だったなあ)
しばらく話が続くようなので、受付に戻り、競演の部に変更してもらえないか相談。
一応番号札を発行してもらう。99−1。
トーナメントの組み合わせも決まっているので案じてたら「欠場者との入れ替えができるかも」
暫く待ってみるとどうも浮かない顔。やはりあかんかったか。うるる、幻の99−1。
来賓の席には…ご宗家の奥さまに孫がおいでになってる。ご宗家もご来席なんだ。

千葉に来てから浅くて知っている人があまりいないものの、演武は午後からでしょ、 と思ってたら今度は先生方による太刀組み演武、それから女子の合同演武を拝見。もう次?
でもなく、今度はようやく競演開始。え?私?演武、って決まったんだけど…
再度、山下道場のS先生が受付に戻り諮ってみていただくがやはり無理。
仕方がないのでよく見える所に座って演武を観る。
4組進行で手前が初段、それから四、参、貳段。少し見づらいけど初段と四段を中心に。
ふむふむ、防衛大の剣士が結構参加してるのか。課程に取り入れてるのか、非の打ち所のないもの。
四段は参加者が少ないな。そういや昨年秋の団体戦では北陸が4段抜き、だった。
参段は…茶髪の舶来さん(と称して失礼にはならないかな)大きな体をしなやかにこなしてる。
指定業を絞っている分、稽古量も違うわけか。
おっと、山下道場の初段剣士O殿だ。あれ、対戦相手は防大。
…ううむ、O殿、いつもの勇ましい踏み足が全然響かない。後に聞けば「頭ん中まっしろけ」。
四段では注目してる剣士が結構いかめつい(?)刀さばきで勝ち進んでる。で、優勝。
参段もかなりの業前が列してる^_^;
と思ったら、入り口からご宗家が席へ戻ろうとしてる。
道を空けようと前に詰めておじきしてたら肩にトントン。
簡単な挨拶しかできなかったけど、心に留めていただいてて。とはいえ演武、どう説明するんだろ?
これで半年も正座をあまり稽古できてない私が参戦して入賞は…厳しいだろうな。特に月影は鬼門状態。
ただ、附込では立ち上がる時の柄頭の位置を余り意識してないのかな?
初段に目をやると女剣士。はれ、足袋を外すって?というハプニングがあったものの、あっさり彼女に軍配。

11時半にいったん中断し、会長の真剣組み演武。近畿ではあまり見ないんだけど、ここの流儀なのかな。
高段位の先生の単独ご演武のちに、ご宗家のご演武。
私の目線上に合わせられたのは偶然にしても驚くけど、堺でも似たような場所を陣取ってたか…
体調も宜しいのか穏やかに演武が済んだと思ったら、もう昼過ぎなのにまた競演を続行。
弁当は道場ごとに割り当ててるみたいなので、誰から貰えばいいんだろ、 とO殿を探してやっと発見してありつく。
ひと息ついてまた競演を観る。参段は…あら、舶来さん結構勝ち進んでる。
今度は空いている組で次の五段の競演開始。なるほど…って、体育館の広さのせいか。
人数の多い初段はやっと半ばくらいまで進んだところ。ほとんど防大剣士の中、女剣士もがんばってる。
参段もやっと決勝。瞠目しても優劣付けがたいが、またも舶来さん。審査員も良く見極められてる。
合間にご宗家のお通り。競演に出られなかったのを聞かれてしもた。

合間に七段も開始。うーん、こうして一歩下がって一堂に演武を観武させていただくのも悪くない。
なかなか鋭い運用をしてるなあ、と見とれてしまう白髪の先生を注目、予想通りの快進撃。

手前の初段も決勝が近づくにつれ、防大生同士の勝負も出てくる。
ほよよ、女剣士も結構善戦してるなあ。

向こうの七段の決勝。やっぱ白髪の先生。この勝負の行方を追ったら、意外にも対戦相手に軍配。
対戦相手は丁寧さを優先してたせいか、あまり印象に残ってなかったんだけど…。

初段。惜しくも敗退した防大生が集まって、食い入るように観戦してる。
同じ仲間に軍配が上がるのを見て一同歓喜したりするのが佳い。
ついに決勝戦。女剣士と防大生。結果は意外にも審査員3人が揃って女剣士に旗を挙げて決着。

座り草臥れた頃にやっと演武開始。
点呼もないまま開始しちゃうんで初めは目線が泳いでたけど、前後斬・八重垣・附込・浮雲・順当1。
それまでの競演でほとんど見なかったのと、昇段審査で稽古してたのもあって浮雲を入れたりして。
その後の高段位の先生方の演武になってようやく浮雲や惣留も見られるようになる。
神伝流の演武を初めて見る。切っ先を円く跳ね上げる動きもなかなかのものです。

閉会のち、片づけの時間。16時半とは結構長く掛かるんだわ。
こちらも道場ごとに集まって、会長へ挨拶してらしてる光景。
O殿は途中で帰ったのもあり、顔見知りもなく所在なさげな私。

事前に申し込んでた懇親会に顔を出してみましょか、と思ったけど勝手が分からず階段を上下してばかり。
やっと道場のT先生を見つけたと思ったら、質問する前に移動されちゃったT_T

4段で優勝した剣士が見えたので挨拶してみると、初段優勝の女剣士のS道場とは!
今回の顛末を話したら「手違いかな。私も初段の時、手違いで競技に回されちゃったんだよねー」^_^;
私だけじゃなかったのか。もっとも今回は一歩退いてじっくり観戦できたので良しと。
そのうち年少のためか話し相手もない十代の剣士とお喋り。こちらもS道場。
週2回教わってるからか、さすが防大、という壁をよく越えられたものです。

手続きの関係でしっかり名前と顔を覚えてくれてた東京南の先生、場所はというと大田区だそう。
通勤時間短縮のために転居するなら大田区もアリか。もっとも当分は目処もないけども。
いい気分で帰宅。

2001.Mar.24
不在者投票を済まし、某所を午後に離脱し、五島美術館へ。
包永が殊の外異彩を持つ。
夕暮れに帰宅し、夕食をかっこんでから稽古先へ。
結局、大遅刻で20分しかでけへんかった-_-;
翌日は9時からと思って確認したら10時からだった。9時半に下丸子に着けばいいのかな。
う、結局いつもの出社時刻…って、近畿では9時からなんだなあ。

2001.Mar.18
ならまちの隠れ家を7時過ぎに出発。
西大寺・生駒と合流して順調に堺へ到着。ハムサンドの芥子が利くう。さすがにゆで卵は敬遠。
久々の面々も揃ったところで会場へ移動。
定期総会のち学科試験。鞘の左側がどんなのか悩んで、太古の太刀の鞘が革製だったことに気づいて確信。
例年通り、午前は3段まででしょ、とリラックスして時々写真を撮ったりする。
せめて3倍ズームは欲しいものだけど。
配付された会報を眺めてたら私の名前が英信館と山下道場の2カ所に出てる:-)
11時半前にはあと数組と思ったら、なんと点呼が掛かる。ひ、膝当が、、、
やきもきしてたら、進行の都合でやっぱり午後と報され、一応安堵。
食堂で簡単に掛け蕎麦。同門のMさんは稽古前は食事を控えるのに、と少しぼやきつつカレーを食する^O^
そういえば点呼にもS道場のMさんが見えなかったので、S道場の剣士を見つけて聞けば来てないと。
深くは聞かないけど、どうしたのかな。。
と思ったらスーツ姿に着替えられたF先生が中途退出のため挨拶に回って来られる。
昼休みに会場へ戻ると、ご宗家がどこかの道場の先生にじっくり稽古を付けている。
ピリピリした雰囲気とはいえ、例年通り昼休みにちょい稽古できるのだからとちょいちょいと。
特に床と足裏の感覚をしっかり把握しないといけないし。
カメラマンのMさんからは「いつもの調子で。とても上手だから」と励まされる。
さて出場、私の目前がS道場のN先生、端には以和貴会のO会長…つとめて目線を確保っ。
自然に身体が動くとはいえ、途中から少し緊張が出てくるのは相変わらずか。
棚下の抜き付けに少し難があったかな。
すっかり汗びっしょりになって戻り、後続の4段審査の演武を見る。
惣留の納刀時に切っ先が山なりになるのが殆どだったのを見ると、ついそうなりやすいみたい。
私が水平に納刀している時に審査員が感心したような様子だったのは錯覚ではなかったのかな。
最後の特認5段には5人が応募。
最高年齢のMさんは途中から肩で息をしてきて気を揉んだが無事に済む。

合格発表のち、閉会。
宗家へ挨拶に伺えば「なんであまり講習会に来ないねん?」と以和貴会の先生へお言葉^_^;

外はすっかり春風の中、春分の陽射しの中を難波へ。どこかな、と思えば宝来551。
T先生の音頭で乾杯のち、反省会。意外な審査結果にY先生が歓喜。
ともあれ上段振りかぶりの癖、まだ直ってなかったんだ…
まだ陽のあるうちに散会し、また隠れ家へ。と思いきや寄り道した所のPCに手を焼いてしまった。

2001.Mar.17
ぶり返し気味の風邪もあり、余裕を持って早めの新幹線、と思ったものの、 やはり1時間前には地元の駅で指定席確保せなあかん。
結局、14時前のうなぎのぞみ号。なぜか京都で降りるまで私の隣には誰も座らず。
17時に西大寺に着き、Kさんのクルマに乗せてもらい近鉄奈良近くのまぐろ料理屋で夕食。
そぼ降る雨の中、郡山着。う、椅子がいっぱい。卒業式とぶつかってたのね。
以和貴会の方も数人見えて空いている所で適宜自習(先生とI先輩が歩き回って指導)。
久々にじっくり稽古した(とはいえ風邪薬も入っていたのだけど)気分。
四方切の抜き付けは自然に、か。
Nさんは門入などを稽古してたので、あら?と思ったら復活早々に特認5段とは。お先に、か。
今度は私がおっかける番か。

2001.Mar.10
職場のセミナールームを借りて用事をこなす。遅延も予想した通り。
千葉に寄って30分ばかりの稽古。瀧落をやっとくの忘れてた。
帰宅したらば山下道場から「連盟の会報が出来てるので連絡されたし」の手紙。
今度の昇段審査会でもいただくので、連絡して送付を辞退いただく。

2001.Feb.27-Mar.6
風邪が長引き留守。。
今度の週末も夕方まで予定が目白押しだけどなるべく行けるようにしよう。

2001.Feb.24
別件でお休み。ノートPCを2つ持っていくのに例のトランクケース。階段なし移動なら、営団か都営。
表参道、赤坂見附は実に良くできた構造。
とはいえ本回復でなかったため翌日はまたダウン。これでは風邪日記か。

2001.Feb.20
熱っぽいので早退。稽古も休み。
寝汗もあるのでフロに入ったら却ってこじらせて翌日ダウン。

2001.Feb.17
湯冷め&寝不足&東京の空気のまずさがたたって風邪が治まらず、また寒すぎるためやむなく休む。
忘れちゃいけないんだよなあ、仕事に縄を掛けるか、縄を掛けられるかどっちか。
あ、来週は用事で行けないか…今週は火曜の稽古に顔をださなくては。

2001.Feb.13
連休明け。遅くなることが判っていたので休み。

2001.Feb.10
昼前に出発し、葛城方面の寺社を案内いただく。楠公に縁のある地域で居合連盟の菊水紋に納得。
一言神社は菊一紋。んでもって鬼蜘蛛石の伝説。歌舞伎の演目がここからだったんだ。
高田の温泉に寄り道し、一路郡山へ。
若干遅れたものの久しぶりのいつもの人数。
附込:刀を逆さに引く時(を称する名前がないのは意外)の妙な手癖の原因がやっと判明。
浮雲:瀧落の癖が入ってたのを除けば殆ど指摘なしか?もう少し腰を据えよう。
瀧落:突き出しの場所もやっと会得。
棚下:あまり稽古する機会がなかった。英信館での再履修が効きました。
惣留:納刀時に切っ先を山なりに無意識に運んでいたとは…
行違:突き出し量。
自身の癖をY先生に関東流と思われてしまったような所を見ると、 逆に関東でも私の癖を近畿流と思われてしまわないようにしないと。

2001.Feb.9
午後の新幹線で堺へ。途中、日本橋に寄り道。秋葉原よりは店じまいが早いような。
天王寺駅で階段なし経路が判明するものの、やたら遠回りな…
エレベータで空港快速に乗り込む。新今宮からでも乗れるんだったらこっちも階段なし上下移動が欲しいとこ。
同じ道場へ向かう剣士も乗り合わせていて、三国ヶ丘でこんばんわ。
着替えていると以和貴会の先生がたに、MさんやNさんもお目見え。
段外から2段、そして5段を受けるという同年代のZさんは私と同じ段の人と自習。あれ?と思ったら、 のちに彼も特認5段を受審と説明される。
置いていかないでぇ〜って気もするものの、地道に昇段し、入賞常連を目指すのも悪くないか。
T先生に指摘いただいた癖を自覚して直すべく、わざわざ足を運ぶのである。
O先生の指導のもと、順繰りに型をみてもらいながら稽古を続ける。
稽古着ながらもNさんは完全復調とはいえず、途中よりご宗家の配慮で見学される。
帰り、先に抜けた駅でMさんに追いつく。例の22時40分発を逃したそうで、後続列車に乗って談話。
なんとMさんの英信館初デビューだったそうで。
天王寺で別れ、私は阿倍野橋駅の近鉄南大阪線へ乗り換え。御所の知人宅へ投宿。

2001.Feb.6
連休には英信館へ行く予定を入れたのもあり、大事をとって稽古を休む。

2001.Feb.3
1日と2日の通勤で少し膝の調子が悪いけどな、と思ってクルマを走らせたら、 武道館が休館。管理上の都合だって。

2001.Jan.30
早めに家をでたけどやはり35分缶詰列車。いつもよりは少し緩めなのでそのまま乗ってしまう。
帰りはとんとんと片づけて千葉みなと駅に到着。
自習で正座からおさらい。これでいいんだろうか、と思いつつ復習。
昇段試験の型もこなしてみるが1時間ではちと足りない。

2001.Jan.27
関東西半分を襲った大雪が千葉にも及んでいながらのほほんと千葉へ。
linuxの書籍2冊を購入し、モノレールでスポーツセンター駅に来てみるともう吹雪。
ここまで来たんだしどうなってるのかな、と思って武道館前まで来てみると昼間から閉鎖状態。
厚い雪面を踏み抜いた先、入り口に誰かが居るので声をかけたら警備員。
帰りのJRも運行休止寸前でいつもの倍の時間。

2001.Jan.23
土曜に行けなかった分を、と思って35分缶詰の通勤電車を1駅だけ我慢して見送って特急、と早め出社。
その足で早めに退出したら、勤務時間を見透かされたのかどうか後続の各駅停車に乗り換える駅にて、 乗っていた列車で人身支障が発生し10分遅れ。
稽古先の最寄り駅で父に拾ってもらって7時過ぎに到着。先生を含めて6人。
最近入門されたばかりの方をじっくり指導されてる最中。
久々の正座4本ばかりながら、見直す所も一杯。特に介錯は妙な解釈をしてたみたいで。
振り下ろしは時計の0時近くと思ったらこちらは2時みたい。対象をもっと考えるべきか。。。
小一時間ばかりながら再認識するいい時間ではある。でも8時半くらいまでは自習したいよほ。
帰宅したら清澄会からの手紙。4段に合格したらば登録料がついに5桁台^O^;
若干雑になってるため演武科目で外した附込も含まれるので時間をみつけてじっくりやるべ。
んにしても、新年会で聞いた「本館に週3回通えば特認されるよー」には参ったなあ、、、
もっとも、急ぐわけではない…のだろうけど。

2001.Jan.20
午後から降雪。帰りが危ぶまれるので休場。代わりに火曜は早めに帰って寄れるかなあ。

2001.Jan.16
私の留守の間に山下道場のT先生から電話連絡があり、関東大会の申し込みをお願いする。

2001.Jan.14
早々と出発。御門・餅飯殿・東向きと歩き切る頃にはとんびコートの下はぽかぽか。
待ち合わせの西大寺駅で2人と合流。昨夜は混んでませんでしたか、と聞かれ、若草山の山焼きだったそう。
少し湿っていて今ひとつだったらしいけど。
ここで日の出を見る。生駒付近はうっすらと白い。トンネルを抜けて大阪平野を見ると生駒山脈の山影がくっきり。
一日のうちに2回も日の出を拝むとは^O^
地下の近鉄難波駅ではツーカには電波が届いてJには届かない?「電波にチカラ」は伊達じゃない。
南海に乗り換えると橋本行きの列車の屋根には雪。
いつもの喫茶店で朝食。型の選定で迷ってると告げるが自分で決めるのみ。
体育館の周辺では野球少年が多数準備運動中。あんな風に動き回る神経が私にも残っているかしらん。
受付では当日参加で各段の最後の番。
Kさんの仕立て直してもらった紋付き、無理だと言われてたのに1尺8寸2も出してもらってて驚き。
私も袴はまだ稽古用なんだけど、がうぢゃずな生地の紋付きには勿体ないと一緒に言われるしまつ。
早いトコ例の御召袴を仕立て替えしなくては。
段外から進行して私の番。S道場のMさんはさすが習熟した演武。
進行さんの声もよく判り、切り上げから始める。
身体が少し堅かったかなあ、と失点の少なそうな前・八重垣・横雲・順刀1で締める。
昨夜指摘された癖を意識して出さないようにする。
昨年までは他の流派も関心を持って見てたのに、今年は同じ流派で入賞候補をじっくり見るようになってた。
昼。全員入賞らしいとは聞いたが例の内定の声が掛からず、どうなんだろう、
と思ってると初段と2段の1位を以和貴会が占めたらしいとの声。
初抜奉納の写真を紹介したら慌てて制される。会が引けてから封筒に入れて渡すんでした。
隣では刀をかざしての談義もあるのが何とも。
午後からは先生の演武。ゆったり構える分、独特の雰囲気が出てくる。
回りに流されずに、ということかしらん。観る者の気を引き込む技量も技のうち?
やがてご宗家の演武をじっくり拝見のち、表彰。
3段はやはりS道場のMさん。んでもう一人が前へ。後ろから腕をつつかれて思わず返事。3位だわ。
新年会の代理参加^_^;で談話。宗家の近くのテーブルががら空きってんで、順繰り移動があったり。
食事も進み、篠山で私の歌声を聞いているO先生から「唄いなさーい」とコワイ顔で言われれば、
応じないわけにはいかず歌を探すが良く聞いてた「さよなら小町」がなく「夜桜お七」を選曲。
いつ呼ばれるか冷や冷やしてる間に久しぶりにロキュータスさんとお話。
新宮にも情報が充分にもたらされてたら少しは変わってたのかなあ…
最後の蕎麦をすすってると私の番だって、そこそこにステージに上がり、
照明で少し眩しいなかカラオケの画面を見ながら歌唱。艶っぽい女性が出たりして。
もとより歌詞がこの場に合ってたんだろうか?と疑問に思いつつ終えると結構な拍手。
帰り支度をしてると後ろから若い人に挨拶をいただく。来年は負けませんって、それはそれは。
ともかく技の復習だろうなあ。
駅近くのホテルを教えてもらい、先生たちを見送る。

2001.Jan.13
準備が済んだと思ったら朝4時^_^;
さすがに午前の用事はすっぽかして、午後からの用事をさっさかとまとめたのち東京駅へ。
うなぎのぞみ号には間に合ったのに、焦りすぎて時刻を1時間も間違えてた-_-;
気を取り直して後続の指定席に切り替え。…え?こんなに乗るの?指定席で正解だったか。
京都からも特急でとばして西大寺。1分強の乗り換え時間は泣き所。せめて下りエスカレータ。
近鉄郡山からは徒歩10分とはいえ狭いので安全をとってタクシー1メータ。
場所がすぐに判らず説明したりして。
予想通り結構な人数。
久々に業前を見ていただくが、ろくに正座の段ができなかったのが露見されてる。
基本に戻ってやるかしらん。
夜は雪が降り出す。送ってもらってるクルマの中から電光表示を見ると2度…

2001.Jan.6
12時間寝たらなんと夕方^_^;
帯を変えて、本身で一通りのおさらい。
多少は動かした方が良いのかな?
ここの先生はお休みのようで、関東大会の参加については手紙で相談か。
周囲には本当に飲料自販機が全くない。県営とはいえ、利用したいと思わせるもの?
そういえば堺の体育館って自販機もあるし活気もあるな。
屋外に出て若干歩けばファミリーレストランや料理屋もいくつかあるのだけど。
あ、ここで軽く食べてから稽古っていう考えもあるか。

2001.Jan.3
富雄の神社で初抜奉納演武会。
今回も家から着て行ったのが災いして駅に遅れるかと思ったらKさんまで遅刻。道案内して到着。
Nさん、なんとおいでになる。暮れにやっと退院されたばかりで、挨拶のみながら、3月には一緒に昇段できるかな。
時折寒い風が抜けるのを紅白幕で遮り、設営完了。
手がかじかんで、いきなり刀法抜きで始めてしまった…とはいえ真剣ながらすんなり終了。
前、八重垣、附込、浮雲、そのまま鱗返。
メモリスチルカメラのシャッターに慣れる意味もかねてカメラマンもしてみるが寒かった。
新年会は2次会にも付き合うが、I先輩へO会長が言われた「仕事と居合どっち取るねん」、 私ってどっちなんだろ?正月早々に来るあたりは、既に後者優先なんでは、だそうであるが。
とりあえずここで筆を置こう。
ちなみに猿沢池近くのプチホテルで投宿し、4日は法隆寺をぶらついてからお帰りでした。

2001.Jan.1
転居後の住所変更連絡をさぼったせいか私宛の年賀状は少な目。その中に記念消印入りの一枚。
御宗家が弟子全員に出されているとしたら、たいへん畏れ多いもので返信^_^;にも気を遣うものです。
午後は初抜奉納に備えて刀の手入れ。
紙やすりをこすり合わせると、なるほど目がさらに詰まる。
紙が硬いのか反りがきついが、逆に芯としての機能も備えるようでやりやすい。
先日の油付きで磨いた時に溶けてた紙やすりの樹脂?がこびりついているため少し手を焼くが、
磨くにつれて紙やすりの色も変わるので順次新しい面で磨いて、及第点かなという所で終える。
下緒も取り替えてみるが、栗形の飾り金具の隙間が狭すぎて平たい真田紐しか入らないT_T

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