癒し系
通勤電車、それは未だに謎の多い人類最後のフロンティア、人が人である以上、そして歩んだ道が同じではないからこそ現れる千差万別のパラレルワールドなのである。
見渡してみよう、この通勤電車の中を!
見てみよう、自分自身を!!
省みよう、自分の人生という名の、歩んできた道程を!!!

・・・・・・、あまりぱっとしないよ、俺・・・・・・・・。

んな事はどうでも良い。
こうして見渡すと、私の半径5メートル程は、殆ど顔ぶれが変わることがない。
基本的に完全に個人でしかないはずの通勤電車の中といえど、人のコミュニティというものがそこには発生するのだろう。
たとえ外部にそれが分からなかったとしても、なんとなく阿吽の呼吸というか、その場でしか通じない暗黙の了解というものが確実にある。

だがしかし、その日はちょっと事情が違ったらしい・・・・・。

その日の電車は混んでいた。
推測はいくらでも出来るのだが、当日は月曜日。
週初めのこの日は、周りの人々は休日を過ごし終え嫌々ながらのご出勤である。
ましてや月曜日というのは結構忙しいというのもあり、統計的に見ても込み合う確率が高い。
これは長距離通勤はや五年になろう私の経験から導き出されている事である。
ご多分に漏れず、この日の電車も混み合う様子であった・・・・・・。

「次は〜」

と、いつものアナウンス、目の前のおっさんが立ち上がり、降りる準備に入ると、空いた席に私は身を沈めた。
さてこれで一時間程の旅程の残りの40分を寝て過ごせる算段である。

そして一人のおにゃのこが私の前に立ったのである。

さて、彼女のことをここからは恵子さん(仮名)とでもしておこう。
恵子さん(仮名)は、私の目の前に立つと、つり革につかまった。
しかし、次の瞬間彼女の後方にある乗車口がにわかに賑やかになってきた。
通勤電車では学生の長期休みの間にしか経験できないことだが、某アメリカの国民的人気ネズミのテーマパークに向かう、高校生らしき集団が雪崩をうって突入してきたのである。
遺憾、これは遺憾。
ここから路線が切り替わる駅までは、すし詰め状態であろう。
そして恵子さん(仮名)は手すりにつかまることが困難になり、網棚のパイプに掴まる事となったのだ。
うわぁ、可哀想に・・・・、というのがこの時の私の印象。
そして私に癒しとも言えるような一瞬を与えてくれた一因ともなる。

電車は走る、目的地に向かって。
恵子さん(仮名)は耐える、自分の目的地にたどり着くまで。
私は居眠る、終点を目指して・・・・。

「次は〜」

車内アナウンスが流れ、やっと内房線から京葉線に切り替わる駅までやってきた。
通常、先ほどの高校生軍団は、ここで電車を下車し、隣の京葉線ホームに向かわなくてはならない。
それは何故かと尋ねられたら、「通勤快速は、京葉線内の、八丁堀と東京にしか止まらないから」である。
しかし、何をとぼけたか、いや知らなかったのであろう、彼らは降りることなく某アメリカの国民的人気ネズミのテーマパークにたどり着けると信じ、そのまま車内に残ってしまったのである。
そして更に乗客を増やし、車内は混雑の極みを向かえとようだ。
恵子さん(仮名)は相変わらずつり革につかまることなく、網棚のパイプに掴まり続けた。
この辺で、私自身も再びスリープモードに突入してしまったのであった。

時間にして10分ほどであろうか、私は周囲の雰囲気に変化があった事から目を覚ますことになる。
目は閉じたまま、まず聴覚で何がおかしいかを確認してみた。
・・・・・・,変化なし、いつものままだ。
では何がおかしいのだろうか?
次は視覚で確認してみようと、うっすら目を開けると・・・・・、視界が黒一色に染まっていた。
・・・・・・、コレハ何デアロウヤ???
恵子さん(仮名)であった。
彼女は寝不足に悩まされていたのかもしれない、きっとそうだ多分。
どうも車内が混んでた所で、網棚のパイプに掴まってはいたものの、疲れか、普段ならばおきないような時間に起きた所為か、意識が飛び始めたらしい。
結局電車の壁に手をついて、膝を私の膝で留め、まるで私に覆い被さるような姿勢で、うっすらと睡眠の淵に落ちたらしい。

・・・・・・・・・・・。

さて、彼女が動きを止めてしまった事から、ひとつ重要な問題が発生した。
そう、目の前にやってきてしまった彼女の胸・・・・、である。
まさかこのまま目を開けて、凝視するわけにもいかない。
さりとて混んだ車内では「どけ」とも言えない。
そして、最近元気は足りなくなったものの、私自身が"男"であるという点である。
若い女性の肉体が、私の目の前、しかも胸部が目の前なのである。
考えに考えた結果、私の思考は男の部分が勝利を勝ち取り、

「どーせ、こんなことは滅多に無いんだ、観察するだけ観察しとけ」

という結論に落ち着いた。
ああ、なんてだらしない自分の思考。
だがなんとなくそんな・・・・・・、まぁあえて言おう、スケベ心が満たされると、なにやら癒されている気分になるのだ。
ああ、これが癒し系ってやつかぁ。
(違います)
時間もさらに十分ほど経ったころであろうか?
電車はポイント切り替え個所に達し、電車がガクンとゆれた刹那である。

がんっ!!!

「っっっっっっっっっっっ!」

一瞬暗転する視界、頭部に残る鈍痛。
あの一瞬に何があったのかを予想した。
つまるところ、壁についていた手が衝撃で外れ、恵子さん(仮名)の頭部が私に降ってきたということなのだ。
卑し系な感情で癒しを得ていた報いだろうか?
人間やはり悪いことは出来ないという好例であろうか?
そしてこのロケーション(通勤電車+ヘッドバット)、私の中でひとつの仮説が立てられた。

ひょっとしてこの恵子さん(仮名)、ヘッドバットおねーちゃんの眷属か?!
(眷属扱いかよ)



前に戻る_TOPに戻る_次に進む