Cross of the EDEN
エデンの園の十字架


『薔薇色のロマンス』


 「お姉さまの意地悪!!」
 「祐巳!お待ちなさい」

 また、やってしまった。
 あれだけ失敗を繰り返し、その度に二度と同じ轍を踏むまいと誓っ
 たというのに。
 愛しい妹が駆け出していったビスケット扉を眺めながら紅薔薇さま、
 小笠原祥子は後悔と呵責の念に苛まれていた。

 「あ、あの。追いかけなくても…」
 「そのうち帰って来るでしょう」

 白薔薇のつぼみ、二条乃梨子の問いに言い切るように答える。
 祐巳の事をとても愛しているのに。
 なぜいつも自分達はこうなってしまうのだろう。
 最近は祐巳も思ったことをはっきり伝えてくるからあまりこういう失
 敗をしなくなっていただけ余計に堪える。
 こういう事態になるときはほとんどの場合、自分に責がある。
 そして恐らく、祐巳以上に心を締め付けられるのだ。

 「祥子…」

 隣の席から黄薔薇さまの支倉令が非難めいた口調で言ってきた。

 「今のはどう聞いても、祥子が悪いわよ」
 「わかっているわよ、そんなこと」

 令の顔が見れない。
 多分、ひどく狼狽しているであろう自分を見られたくなかったから。

 「途中から雲行きが怪しいな、とは思ったんだけどね」
 「なら!どうして…止めてくれなかったのよ…」

 最後の方は自分でも聞き取れないような小さな声だった。
 自分の失敗を令に擦り付けているようで、自分が許せなかった。

 「祥子、ちょっと立ってごらん」

 振り向くと、令が自分のすぐ横に立っていた。

 「何をしようとしているのかしら」

 直ぐに令から目をそらし、ビスケット扉の方に顔を向ける。

 「いいから、さっさと立つ」

 令はひょいと祥子の腕をとって引っ張り立たせた。

 「な!なにを」
 「令さんが祐巳ちゃんと仲直りできる必殺技を教えてあげる」

 そう言って祥子を立たせた令はその腰と背中に腕を回す。

 「れ、令!」

 あまりのことに声がうわずっていた。
 一体、令は何を考えているの?

 「わたしが祥子役で、祥子が祐巳ちゃんの役ね」

 令は背中に回した手を祥子の頬にあてがう。

 「祐巳…」

 最愛の妹の名を令が呼ぶ。
 しかし、その瞳はまっすぐに自分を見つめていた。
 まるで金縛りにあったように祥子は動けなくなっていた。

 「さっきはごめんなさい」
 「れ…令?」
 「令じゃない。今のわたしは祥子なんだから」

 こんなにも近くで令の顔を見つめたのは初めてだった。
 そうだったのね。令の中性的な整った顔立ちと、身竦められるような瞳
 を見つめて納得した。
 これがミスター・リリアンの称号を手にするほどの令の魔力なのね。
 祥子は自分の鼓動が早くなっていく事に戸惑いながらも令を振りほどこ
 うと言う気は起きなかった。

 「わたしが悪かったわ。祐巳」
 「お、お姉さま…」

 気がつくと、祥子は令の演技に乗っていた。

 「今度の日曜日のデートは出来なくなったけれど…」
 「は、はい」

 頬に添えられていた令の右手が祥子の顎に移され、顔を軽く持ち上げる。
 そして……

 「約束は必ず守るから。だから今日はこれで……」

 令の顔が更に接近する。

 「ちょっ…令…」
 「許して頂戴」

 そう声にした刹那、令は祥子の左の頬にキスをした。

 「っっっ!!!」

 祥子は頭に血が昇るのを感じて反射的に左手を令に向かって伸ばしていた。

 「っと。危ないじゃない、祥子」

 繰り出した左手はあっさり受け止められた。
 恐らく今の自分はとんでもない顔をしているだろう。

 「これだったら祐巳ちゃんもきっとめろめろになって許してくれるよ」

 にこにこ微笑みながら令が言う。
 体中の血液が頭と顔に集まってくるような錯覚に襲われた。

 「わ、わたくしは…」

 そう言残して思わず部屋から飛び出した。
 少し前の祐巳のように。
 そして階段を駆け下り、中庭を横断した後上履きをマットで拭う事も忘れ
 手近なトイレに駆け込んだ。

 「な、なんていう事かしら…」

 鏡を見た。案の定、真っ赤になった自分の顔が映し出されていた。
 令ったら、一体何を考えているの?
 あんなことするなんて。実際に自分でやって見せる必要なんかなかったで
 しょうに。

 それにしても、令のアップはとんでもない破壊力だった。
 令のファンたちが魅了されるのも当然だった。
 ずっと側にいた祥子でさえこのざまなのだから。免疫のない他の生徒なら
 一瞬だろう。

 「でも……」

 確かに、これならば祐巳は簡単に堕ちそうな気はした。
 なんだか祐巳を誤魔化すような感じはするけれど、少なくとも今は祐巳に
 謝ってしまって、関係を修復する事が先決のように思えた。

 「祐巳は…あそこに決まっているわね」

 祥子はとりあえず顔を洗い、トイレを出た。
 目的地は祐巳がいる場所。
 あの古い温室。
 あのロサ・キンンシスの所に祐巳は必ず居るから。

  − f i n −


ごきげんよう。
今回は令さま×祥子さまです。
まあ、見た目だけですが。
祥子さまに迫る令さまを書きたかっただけです。はい。
ごめんなさい。
それではまた近いうちに。
おまけがありますのでよろしければ下からどうぞ。


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