Cross of the EDEN
エデンの園の十字架


『ハッシュ・ハッシュ』


 そうこうしている内に期末試験は恙無く終了し、最終日の放課後に祐巳は薔薇の館に居た。
 結局、何もつかめないまま試験休みに入ろうとしている。
 会議室兼サロンには祥子さまと、瞳子ちゃん以外の全員が集まっていた。

 「祐巳さん、試験も終わったのにそんな暗い顔しないでよ」
 「うー」

 沈んでいる祐巳を鬱陶しげに由乃さんが見て言った。
 原因を知っているくせにって、由乃さんを恨めしげに見つめ返す。

 「お、お姉さまクリスマス・イブのことですけど」
 「え、ええ」

 祐巳の視線の意味を悟ったのか、由乃さんは令さまの傍らに逃げ込んだ。
 いいな。祐巳なんてイブのお話を祥子さまとも、瞳子ちゃんとも出来ないで居るのに。
 志摩子さんは乃梨子ちゃんと楽しそうにお話中。
 なんだか祐巳だけが除け者のような気がしてきて、不安になってくる。

 「ちょっと中庭を散歩してきます」

 このままだと、どんどん不安が募ってきそうだったので、気分転換に外の空気を吸おうと
 席を立った。
 ビスケット扉を出て、階段を音を立てないように降りてみる。
 瞳子ちゃんはこの階段を、ほとんど音を立てずに上り下りできるから、少し真似をしてみ
 たくなったから。

 「だから、ここは瞳子に……」
 「駄目よ、わたしだって去年はお父様の都合でパリに行っていたのだから……」

 一階に降りたところで、聞きなれた声が耳に入ってきた。
 それはとても小さな声だったので、いつもの様に階段を降りていたら気が付かなかったか
 も知れなかった。

 −お姉さまと、瞳子ちゃん?

 声のする方。
 一階に一つしかない、倉庫と化した部屋。
 その中から愛しい二人の声が聞こえてくる。
 祐巳はそっと、扉に近づいて耳をそばだてる。そうすると、よりはっきりと二人の声が聞
 こえて来た。

 「ですから、それは祥子さまの都合であって、瞳子には関係ありませんわ」
 「祐巳と迎えるクリスマスは今回が最後なのだから」

 なにか、随分声を殺しているけど、二人とも言い合いをしているような雰囲気だった。
 祥子さまのお言葉はとても淋しかった。
 そう、祥子さまとリリアンの高等部で迎える最後のクリスマス。なのに、祐巳を避けて瞳
 子ちゃんと内緒話をしている祥子さま。ちょっと祐巳は悲しくなった。

 「瞳子だってお姉さまと……したいんです」
 「もう、聞き分けて頂戴、瞳子ちゃん」
 「いいえ、祥子さまこそ」

 二人の会話はだんだんエキサイトしてきたようで、少しずつ声が大きくなってきている。

 「わたしだって、祐巳とクリスマスデートがしたい…んん!」
 「わ、さ、祥子お姉さま!声が大きいですわ!」

 急に大声を出した祥子さま。どうやら瞳子ちゃんが慌てて祥子さまの口を押さえたようだ
 った。
 デート。クリスマスに。祐巳と。
 今の祥子さまのセリフを思い返して、祐巳は飛び上がりそうだった。
 デート、クリスマスに祥子さまとデート。きゃー。
 という事は、祥子さまと瞳子ちゃんはどちらが祐巳と、クリスマスのデートをするかで言
 い争っていたの?祐巳に内緒で。
 知ってしまって、今までの不安が消え去った。ああ、そんなにお姉さまに想って頂いて祐
 巳はとっても嬉しいです。瞳子ちゃんも祐巳とのデートを祥子さまと争ってまで……。

 「しー、しー」
 「ご、ごめんなさい」

 うん、こうなったら二人の仲裁をして差し上げよう。そうしないと、折角のクリスマス・イブ
 に二人とも一緒にいられなくなりそうだったから。
 もちろん、二人には少しお仕置きも必要だろうし。
 祐巳がどれだけ不安に思っていたかを少しは解っていただかないと。
 決めたら後は実行あるのみ。
 祐巳は扉のノブに手をかけた。

 「お姉さま、瞳子」
 「ゆ、祐巳!」
 「お姉さま!」

 祥子さまと瞳子ちゃんがビクッとしてから振り返った。

 「お二人が祐巳を避けていらっしゃったのはそういう事だったんですね」
 「祐巳、これはね……」
 「お、お姉さま、瞳子は……」

 ニコニコと二人に近づく祐巳に、祥子さまと瞳子ちゃんはじりじりと後ずさる。

 「お姉さまと瞳子ちゃんが内緒で相談している間、祐巳がどれほど淋しかったかお分か
  りになりますか?」

 表情を崩さず、更にお二人との距離を詰める。

 「あ、あの……」
 「ゆ、祐巳、それは」

 二人はそろって壁に追い詰められる格好になった。
 後ろは壁。これ以上下がる事は出来ない。

 −今だ!

 祐巳は、ぱっと、二人に飛び掛るように小さくジャンプする。

 「イブには3人でデートに決定です!」
 「お姉さま!」
 「祐巳!」

 祥子さまも、瞳子ちゃんも祐巳の行動に驚きながらも、不満そうな声をあげる。

 「駄目です、もう決めました。3人でデートなんて滅多にできませんから」
 「でも、瞳子は」
 「わたしだって二人きりの方が」
 「承知してくれないなら、祐巳はどちらともデートしません」
 「う…」
 「それは……」

 二人はまだ納得しないような感じだったけれど、諦めたのか最後には頷いてくれた。

 「祐巳を淋しくさせたお仕置きです」
 「わかったわ」
 「はい」

 お姉さまと瞳子ちゃんと祐巳、3人揃ってのデート。
 とっても楽しみ。
 うん、やっぱり場所は遊園地がメイン。
 いままで二人が祐巳を避けていた分、当日はめい一杯甘えちゃうんだから。
 覚悟していてくださいね、お姉さまも、瞳子ちゃんも。

  − f i n−


ごきげんよう。
当初、祐巳・瞳子だったはずが何時の間にやら紅薔薇三姉妹に……。
あんまり祐巳・瞳子ばかりだから祥子さまがお怒りになったのかも(汗
しかし、だんだんうちの祥子さまは、祐巳のいいなりになりつつある様な気が…
うーん。
まあ、いいか(笑
ちなみに、タイトルの「ハッシュ・ハッシュ」はイギリスでよく使われる言葉だそうで
意味は日本語で言う「シー、シー」の事です。
あとは「内緒ばなし」っていう意味もあるそうです。
それではまた近いうちに。


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