新・闘わないプログラマ No.498

コード


「あの、例のA社のシステムなんだけど、社員マスターが必要だろ?」
「もちろん要りますね」
「で、さあ。あの会社、社員一人ひとりに社員コードみたいな番号を振ってないらしいんだよ」
「えーっ? だって、そんなに大きな会社ではないとは言え、あのくらいの社員数になると、コードを振らないで、人事とかの事務処理はどーしているんですか?」
「なんか、人事部に職人芸的な人が何人かいて、それでなんとかしているらしいよ」
「……」
「あと、これは噂なんだけど、実は人事部内では秘密裏に社員にコードを割り当てて、それを使っているらしい」
「じゃあ、このシステムでも、そのコードを貰ってマスターを作れば……」
「それは門外不出でダメらしい。コードを振っていることすら極秘事情のようだし」
「だいたい、なんで社員コードすら無いんでしょ?」
「どうやら、昔のA社のお偉いさんが『社員総背番号制』など、そんな物扱いは社員に失礼だ!』とか言ったらしい」
「でも、それだと名寄せとかで大変でしょう。年金じゃないですけど」
「だから人事部員の職人芸に頼っていたらしい」
「じゃあ、社員マスターはどうするんですか? こっちはコードを振らないとうまく動きませんよ」
「まあ、しゃあない。適当に『あいうえお』順にでも番号を振っておけばいいんじゃないか」
「そうですね。コード自体はシステム内部で使われるだけで、ユーザーからは見えない仕組みになっていますし、内部処理上のコードなら文句も言わないでしょう」

「いや、まいったよ。A社とのミーティングで難問が持ち上がってさあ」
「何ですか?」
「ほら、例の社員マスター。『社員一人ひとりにDB内部ではコードを持たせますけど、それはユーザー様には見えないようになっております』と説明したんだけどさあ」
「拒否されました?」
「偶然、そのミーティングにA社のシステム関係のトップの役員さんが出席されていてさあ、『コードを振ることは認められないだろう。創業者の意思だし、それをひっくり返すのは難しい』って」
「でも、システムの内部的なものですし、なんでそうまでこだわるんでしょ?」
「A社の担当者のほうでも『もう一度上層部を説得してみる』とは言ってくれているんだけど」

「やっと、社員にコードを振ることを認めてくれたよ。ただし、外には絶対に見えないようにしろ、って」
「よかったですね」
「でも、もうひとつ難問が……」
「まだあるんですか?」
「会社の序列順に、会長が1番で、社長が2番で……ってな感じでヒラまで順番に番号を振れってさ」
「だったら、順番に番号を振ればいいんじゃないですか? 何が問題で?」
「それがさあ、序列が変わったら番号を振りなおせ、ってよ」
「え?」
「いや、だから、たとえば会長が辞めて、いまの社長が会長になったら、こんどはその人を1番にして、それ以降すべてのコードを振りなおし」
「じゃあ、もしかして抜擢とかあったら序列が変わるから、その場合もコードの振りなおしってことですか?」
「まあ、そういうことだな」
「そんな……コードなんて、そうそう変えるべきものでもないわけですし」
「そんなことわかってるって」
「でも、振りなおしたら、それの翻訳をするか、DB内の随所にあるコードを書き換えるか、いずれにしてもものすごく大変なことになりますよ」
「『序列が変わるのは年に数回くらいしかないですから、よろしく』だってさ」

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