G.I.M.

( What does it mean? You can't know it for the time being. )




 君がアクセスしたのはクドリャフカとか云った名前のソフトハウスのサイトだ。知らない名前だ。何語だろうか。どこかスラヴ系の響きがする。いづれにせよ得体もしれぬマイナーなソフトハウスが玉石混交で雨後の筍みたいに出来たり消えたりしてる世の中だ。名もしれぬソフトハウスなどと特別視するにゃあたらない。

 しかし君の目を引いたのは、そのソフトハウスがアップロードしているゲームに添付されている叩き文句だった。G.I.M.というそのゲームに付せられている叩き文句は「主人公は文字通りの意味で貴方自身!」と云うものだった。かくも陳腐な叩きで現代性の象徴たるネットにアップロードしようと云う神経も大概なものだが、にもかかわらず君の琴線に触れてきたのはそれに続く「ダウンロードする前から、われらがサイトにアクセスする前から、君がコンピュータを買ったその日にすでにこのゲームは始まっている。」なる唱い文句だった。

 君は思い出す。君が始めてコンピュータを買った時。自らの意志のままになるはずのデヴァイス。その筈なのに「意志のまま」どころの騒ぎじゃない。君はおよそいうことを聞かないこのハイテクの塊にはずいぶん苦労させられたものだ。画面の前で君は、まるで機械の意志に従ってでもいるかのように、シリコンチップの集積のご機嫌を伺う。何度苛立ちに振り上げた手を抑えつけた?何度自分の愚かさを呪い、機械の固陋さを罵った?それでもそのコンピュータを買ったときには自分の可能性が拡張するという確信に、それこそ世界がひろがっていくような気がしたものだった。

そのとき君の画面を飾ったソフトウェアたちは何をおいても、コンピュータ・サイエンスの頂点の技術を汲尽くしたゲームソフトの数々だ。その時君の目を引いたゲームソフトの多くがもう過去のものとなろうとしている。そして君のソフトウエアに関する造詣も欲求も、加速してやまない技術革新と歩みを合わせる様にして増大していく。君が手に入れることができ、手に入れることを望む情報量は、幾何級数的に膨脹していく処理周波数や記憶容量と手を携えて昂進していく。このような情報に対する反応速度のインフレーションは機械の進歩によるのか、ネットワークの稠密化によるのか、それとも君自身の身体的な反応速度そのものが高まっているのか。日進月歩のソフト・ハードの進化が画面の前のアドレナリン分泌をも加速しているようではないか。

 それなのに「君がコンピュータを買ったその日から」?それはいったいどういう意味だろう。ネット上でのファイルのサイズからしてもさして大がかりなゲームであるとは思えないこのゲームが、ついぞ動いてやまない君のコンピュータとの付き合いの何をカヴァーしうるというのか。機能を停止しているからといって叩くわけにもいかないこの精密機械に向かって君の放った呪訴の言葉、思いつく限りの処置が施されたあとでそのどのプロセスが効を奏したものか俄に快適な作動音を告げる魔法の箱に向かって君が挙げた快哉の叫び、それらの何を知っているというのか。宣伝文句を真に受けるほど素朴ではないが、「君がコンピュータを買ったその日から」こんな随分といえば随分な御題目を掲げているというのはたとえ単なる酔狂心にもせよいささか気になるではないか。

 君はさして凝ったところもないホームページにアクセスして、繁雑というほどのこともない手続きの後に首尾良くダウンロードの段取りをとった。有名なあるメジャーブランドのソフトウェアで作製したらしい見慣れた意匠のありていなページが一連の手続きを見守っている。この効果、このボタンのデザイン、このレイアウト、言ってしまえば月並なよくあるホームページの一葉に過ぎない。ただ…ただ?そう、ただいささか何かが違う。何かが異なっている。こんなページを作っている連中は五万といる。しかしこのページは何処か偽物臭い。何処かフェイクめいている。どんなページにも漂っている、ここを凝ってみましたと言わんばかりの気負いめいたものが感じられない。そこそこに手の込んだ細工が施してはあるのだが、それも偽悪的なまでにありきたりな線を保っている。造花のような、人形のような、本来こうあるべしといった押し出しが却って不自然な何かを湛えているのだ。君は思う、こんな感じは何かに似ている。そうだ、雑誌の広告がしばしばアピールしてくるような、ある不愉快さ。ほら、あなたが欲しいのはこんな感じのものでしょう、こんな感じの生活でしょう、こんな具合になっているのが本当でしょう──そう言ってはばからない紛いものめいた密かな煽情。あるいはむしろ、然るべき昆虫を誘引しようと実際には在りもしない、しかしいかにもありそうな花を擬態するある種の食虫植物の邪悪さ。君は変な話を思い出す。そもそも食虫植物といわずともある種の花は望むとおりの虫媒を果たすために可視領域外の電磁波を反射し続けているのだそうだ。無邪気そうな顔をして澄まして咲いている花々の何たる権謀術数。

 ダウンロードは終わった。経済上の配慮から君は早々に接続を切って、いましがた獲得したばかりのプログラムの吟味にかかる。型通りの手続き、型通りの進行。画面は一瞬のフラッシュとともにブラックアウトしてオープニングデモンストレーションが始まる。どちらかといえば気の聞いたものに属するソフトハウスのステッカーに続いてメインメニューが開き、モニター上の主導権は君の手に移る…

そうはならなかった。犬のマーク(この犬は何を意味しているのか)のロゴタイプ表示の後、出て来ると想定されたメインメニューがなかなか現われない。君は初めフリーズを疑った。粗製濫造の三流ソフトハウスのデータにはよくある話だ。バグフィックスもおぼつかない素人がソフトウエアの配布に手など出さないでもらいたい、君は心中で毒づく。画面はチューニングのとれていない旧式のテレビみたいに左右にぶれ、ホワイトノイズの向こうから笑い声がしてくるような気さえしてくる。もう少しモニターが落ち着いて、ディスクの動きが安定しているようだったら、とっととシャットダウンしてこんなソフトはごみ箱行き、あとは後ろなど振り返らずにもっと安定したなじみのプログラムにでも戻るとしましょう…

 その時、画面が鈍い音をたて意味のある映像を映し始めた。その画面は豈図らんや今し方離れてきたばかりのネット上に開かれた見知らぬあるフォーラムの中に君を連れ戻そうとしている。しかし君は確かに接続は切ったし、みれば君のモデムもランプは消灯したままだ。これはいったいどんなバグなんだろう。それともモデムの発光ダイオードが切れていたので接続を切り損ねてしまったのか。とはいえオン・オフラインはソフト上の操作で行ったはずだ。アクセスソフトのバグだろうか。いずれにせよこんなトラブルはかなり多くの偶然が共起しなければ起こりえまい。ではこれはいったいどうしたことだろう。

ここはどこなんだろう。まったくネットとは関係のないところで作業している際に、再びオンラインに連れ戻されるなんてことがあるのだろうか。いぶかしむ君の前で画面のなかでは出自も知れぬ幾人かがライン上の埒もない会話にうち興じている。早くもここから抜け出す手だてを模索し始めた君の手の動きを抑え、むしろこの得体もしれぬチャットに入り込んでゆくことを余儀なくさせたのは、ふと目をやったその会話の内容が君自身に関わったものだったからだ。画面のなかの彼等はほかならぬ君について話しているようなのだ。


(小山)またしんいりさんがきた。

(永田)いらっしゃーい。

(ならばやし)びっくりしたでしょう。

(川崎)さぞや驚かれたことと思います。

(ササハラ)そりゃ驚くだろう。俺も初めは何事かと思ったよ。

(永田)なんか支離滅裂なこといってたよねー、はじめは。

(小山)ながたしもはじめはそうでした。

(ならばやし)ぼくもとっても驚きましたよ。何が起きたのかわからなかった。

(佐藤)とりあえず名前を聞くのが礼儀かな。


 名前を聞かれているのは君だろうか。どうもそうらしい。彼等の口ぶりからすると、彼等自身も含めて今君がおかれている状況に等しく意志に関わらずこのサイトに連行される者が少なからずあるらしい。君は現状をまだ把握しきれていないけれども、ほとんど反射的に自分の名前をキーインしようと手をキーボードへと走らせた。しかしキータイプに画面がまったく応えようとしない。君は「彼等」とは違うところにいるのだろうか。君はこの画面上に厳密な意味でアクセスしているのではなさそうだ。そんなふうに君が考え始めた時に、それでも画面のなかからは君にあてられたとおぼしきメッセージが続き始める。


(川崎)キーが効いてないみたいですね。全部文字化けてる。

(永田)またか。それが一番癪かもね。

(ササハラ)キーの効かない人はみんな出てっちゃうもんな。

(ならばやし)あの何とかいった人はキーが利かないのに結構長くいたけど。

(小山)なんといったっけ。

(永田)わすれた。

(川崎)高橋さん。

(ササハラ)よく残って話し聞いてたよな、俺だったら我慢できないね。

(ならばやし)そう短気そうなこといってる割には笹原さんも結構長く残ってますよね。

(ササハラ)ちょっと興味を引かれることがあって。

(永田)ここに今残ってる人もみんなどっかおかしいんだよ。

(佐藤)ひどい言い肩。

(永田)いやそういう意味じゃなくって。

(川崎)操作とか接続のことでしょ。

(小山)やはりぼくがいまのところいちばんひどいかな。

(ならばやし)小山さんはキーも表示も駄目なんだって。

(永田)画面にはリソースのマシン語のままで出てるらしいよ。それを読んでるってんだから理系は恐ろしいよなー。

(ならばやし)ぼくは理系だけどそんなこと出来ませんよ。入力も、キーがテンキーしか効かないからってバイナリーで直に入れてるっていうのは、ちょっと人間業とは思えない。

(佐藤)キーは二個だけですむわけか。楽というか大変というか。

(川崎)しかしそんなことも出来るんですね。

(小山)はじめのころのこんぴゅーたはみんなそうだったから。

(ならばやし)そうすると僕なんかは楽なほうかな。

(ササハラ)どんなだっけ。

(永田)左右逆なんだっけ。

(ならばやし)そう。というか全部鏡文字になってる。

(川崎)僕はデスクトップに文字情報しか出なくなってるんですよ。ほかはもう全然駄目。

(佐藤)俺んとこは感じが変換しない。みんな四角にばつのついたもじになってる。だからもう適当。

(ササハラ)何のつもりで書いてんのか解るけどね。


 彼等は明らかに君を意識して話している。どこか説明的な、自分たちにとっては言わずもがなの事実を確認しているような話し振りは「しんいりさん」に対する配慮にほかならない。転校生に対して格式ばらないやり方で教室の勢力地図をレクチャーしようとする時に生ずるような、そんなある種の力学がこの会話を縛っているのだ。君はすぐにそのことに気がついたが、それこそまさに転校生自身がそうであるように、君には「ここでの事情」がまだ分明でない。


(永田)高橋さん方式でいこう。新入りさんテンキーは生きてますか、生きてたら1を、さもなくば0を打ってね。


 ほかに何か思いつくわけでもない、君は勧めにしたがってテンキーに指を滑らせる。君の手は最も手近にあった0に伸びた。とりあえず君は叩いてみる。すると画面に君のキーインに反応したらしいダイアローグが現われた。


(***)0

(永田)あら、駄目だって。

(ササハラ)ばっかじゃねえの、テンキーが効いてなきゃ「0」も打てるわけないじゃん。

(川崎)それじゃテンキーは生きてる訳ですね。

(佐藤)しかもこっちの話してることもちゃんと読めていると。からかわれてんじゃないだろうな。


 君は慌てて打ち込む。


(***)0

(小山)ちがうということですかな。

(ならばやし)単なる打ち違いだったかな。

(***)111

(川崎)最低限のコミュニケーションはこれでとれることがはっきりしたわけですね。

(永田)やっぱ、他のキーは全然ダメかな。ためしてはみただろうけど。

(***)1

(小山)ひょうじはまともなのか。

(***)1

(佐藤)それじゃ高橋さんのときとほぼいっしょだな。

(ササハラ)おれ、その高橋さんって知らない。前にここにいたの。

(永田)笹原氏はまだ新しいほうだから。

(佐藤)俺が入ってきたときも他のひとはもうほとんどいたよな。誰が一番古いんだ?

(小山)わたしです。

(ササハラ)どのくらいここにいるの。

(小山)もう48じかんぐらい。

(佐藤)うわっ、暇人。なにやってる人?

(永田)そんなの聞かなくてもわかるじゃん。

(川崎)バイナリーを読む男。

(小山)しょくぎょうじょうこのとらぶるのいじょうさがどうしてもきになって。しごとはどうじにやってます。


 どうも不得要領な会話がこのあともしばらく続いたのだが、それでも「古株」らしい小山と永田とを中心になされた説明によるとこういうことらしい。彼等は皆、例のクドリャフカなるソフトハウスにアクセスしたのだった。いずれもあのG.I.M.というプログラムをダウンロードしようとしてだ。そうしてひとしなみにこの出所もしれぬフォーラムの虜になっているということだ。もちろんコンピュータをシャットダウンしてしまえば問題ない。いつでも出てはいけるのだ。現にもう数十人もがここに紛れ込んでは去っていった。だが、自分自身のハードのトラブルではないことがはっきりしてしまえば現金なもので、とりわけ好奇心と暇とを持ち合わせたいわば変人たちがここに残って、この異常事を楽しみその如何を討議していたのだ。川崎に至っては一度は機械をシャットダウンしてここから出ていきながら、またしても同じ手続きを践んでここに戻ってきたのだという。


(川崎)いや、何度やっても結局ここに連れてこられちゃう。そのうちに心情的に抜け出せなくなっちゃったんですよ。


 そうしてしばらくは新たな闖入者である君にこの場の話題は集中した。

 男女が何らかの極限状態で出会った、いやさほどの大げさなものでなくとも、例えばつり橋の上で出会ったといったような時、他の条件のもとで出会ったときよりも恋におちる割合が格段に増すのだという。ここでの彼等にも、若干みずから能動的にではあるにせよ、あるトラブルに一緒に巻き込まれているもの同士の奇妙な連帯感が生じている。今までに多くの新参者たちが彼等にきびすを返して去っていったという話だった。それはそうだろう、何を好き好んでこんなバグに付き合わなければならないのか。しかし彼等は君に何か同じ匂いをかぎつけたのか、君が「残り組」の人材であると決めてかかっている節がある。冗談じゃない、君はこんな暇人たちにおつきあい願われる筋合いはない。大体こんな得体のしれない連中にあれこれ聞きまわされて1と0とを二本の指で交互に叩き続けるなんて猿みたいな真似をいつまでも続けているなんて真っ平御免だ。そもそもこいつらだって…

 そのとき、君は今までうかつにも見過ごしていた可能性に俄に思い至る。まさか…。ところが君の疑念を見透かしたかのように、画面上の彼等のほうがその「可能性」について切り出してきたのだ。


(永田)この会話ってさ、本当かな。

(佐藤)何それ。どういうこと?

(ササハラ)俺解るよ。このチャットの画面から何から作りもんかもしれないっていうんだろ。

(川崎)僕も思った。G.I.M.っていうゲームは、この会話のことなのかなって。

(ならばやし)じゃあ、その場合この僕も架空の人物だってことですか。

(ササハラ)自分以外は皆なね。

(永田)その自分って誰。

(ササハラ)そりゃ、俺にとっちゃこの俺が自分だよ。

(小山)するとぼくたちはみんなそのげーむのぷろぐらむにかきこまれたにせのじんかくだということに。

(永田)なるよね。僕にいわせてもらえれば本物は僕だけだ。そういうことになる。

(佐藤)皆が皆、自分が唯一の本物の人格だと主張しているようだが。

(小山)たしかにじぶんがほんものだとしゅちょうするぐらいぷろぐらむにだってできるけど。

(川崎)でも二度目に入ってきたときは面子も話の内容も変わってたけど。

(ならばやし)そんなの二度目だってことさえモニター出来てれば。プログラム上いくらでも対応できるでしょ。

(永田)じゃあ百回アクセスしたら?そのつど別の会話内容を用意しておくの?そんなことできるかね、専門家。(>(小山))

(小山)ぎじゅつてきにはなんのもんだいもないけどようりょうとかぷろぐらむのてまひまをかんがえるとげんじつてきではない。

(佐藤)それに会話なんて無限に近いバリエーションがあるわけだろう。それに全部対応できるわけないだろ。

(川崎)対応しなくてもいいんですよ。誘導尋問みたいな一定の内容に常に話を差し向けていくような方向づけをしておけば。

(ササハラ)それにしたって何の不自然もなくってのはちょっと難しいんじゃないか。例えばさ、「昨日見たツルニチニチソウの根端分岐のことなんだけど」とかって切り出されたら無理なく誘導して話をそっちの土俵の上に連れていくまでに結局かなりの量の不毛なプログラムが必要になるわけじゃん。

(小山)うーむ。ちょっとしたちゅーりんぐてすとだね。

(永田)なにそれ。

(佐藤)あれだろ。人間とコンピュータを見分けるためのテスト。

(ならばやし)いや、よくそう解説されているけど正確ではない。本当は人間とコンピュータを見分ける認識についてのテストですよ。

(ササハラ)なんのこっちゃ。

(ならばやし)つまりですね、人間とコンピュータのどっちがいるか解らない部屋の隣で、その隣人と話をする訳です。どうもこいつは話がまともに出来てない。話が通じない。あるいは話が四角四面で展開がなさ過ぎる。そう言って人はこれはコンピュータと話をしているに違いないと判断する。一方、こいつは話が出来る、まともに受け答えもするし展開もある、そう言って隣の部屋には人間がいると判断する。その際、何をもって人だコンピュータだとの見分けがつくのか、あるいは見分けたつもりになるのか。そういった見分ける側の認識についてのテストなんですよ。それで、人間がある程度複雑なプログラムに対して、人間が隣にいるのか、コンピュータが隣にいるのか見分けられなかった場合はそれをもってコンピュータに知性があると認めようっていう…

(永田)なるほど。会話なんていうのは情報理論からすれば関与性の高さで量れるような適切な返答の集積に過ぎないんだってことだ。要するにパターン学習ね。

(小山)ただしいまのようなふりーとーきんぐのけいしきではたんしないだけのそざいじょうほうのりょうをかんがえるとひつようになるぱたーんのりょうだけでつうじょうのぷろぐらみんぐでしょりするかのうせいをこえる。

(佐藤)じゃあ、さっきダウンロードしたぐらいのファイルサイズじゃちょっと実現出来そうにないな。


 話を聞いている限りでは君が想定した可能性も乏しいらしい。それでも君はこのフォーラムの上で展開している会話にいま一つ心を許すことが出来ない。他にも何かが引っかかっている。相変わらず画面のなかの会話は埒もないまま続き、ときに君は君に許された数少ないキーを使って返答しなくてはならない。君はまだ一抹の疑念を抱いたままでいる。何かがおかしい。このフォーラムに留まっていることに何か解らないが不安を感じる。いやむしろ君が感じているのは予感だ。これから何かが起こる。もうすぐここで何かが始まる。ここから抜け出すのは今だと切実に感じる。そんな焦燥が君を苛んでいるのだ。しかし君はすでに時期を逸した。その何かがまさに動き始めているのが解った。

 それは何でもないことだと見ることも出来る。それはさして恐ろしがらねばならないようなことではない。画面の隅で「プリンターの準備が出来ていません」というダイアローグが点滅しているだけのことだ。しかし君はそのメッセージを恐れた。にもかかわらず、というよりもむしろ恐れていればこそ、君はそのメッセージに従ってしまう。君は画面から目を離すことも出来ないままで立ち上がる。君のプリンターの方に手を伸ばして指先で探りながらオンライン状態にたちあげる。低い唸り。可動部がいつになく大きく軋みをあげているような気がする。

印刷の準備が完了しました。

印刷。

クリック。

 思えば今まで何が印刷されるのかわからないままに印刷を実行したことなどあるだろうか。君のプリンターは今日始めて見る機械のように、自らの意志でそうするかのように取り澄ました落ち着きで用紙を吸い込んでいく。ヘッドが動き始めた。君は思う。これは君を取り替えしのつかないところへ連れていく往復運動だ。いつもの規則正しい左右動とは異なって間欠的に麻痺と蘇生を繰り返しながら君が今恐れつつも待ち焦がれているメッセージが印字されていく…




 君は床に落ちた一葉の、差出人も知れぬその彼岸からの連絡を拾い上げる。君は裏返し、文面をたどろうとする。それは文面そのものはごく簡単なものだった。

だが君はこれで、いわばページを開いてしまったのだ。

























To be continued.

G.I.M. First Episode

Script par KUDRYAVKA

28.8.'96




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