愚行連鎖

■私的オートキャンプ論 序-2-

ブームという渦の中で… -II-

 ここで“はた”、と再認識した。
 キャンプとは「飯を食う(作る)」…。
 あるいは「生活の場を移動する」事だったのだ。

 何かをするためにキャンプをする。  (手段としてのキャンプ)
 何もしないためにキャンプをする。  (方法としてのキャンプ)

 そして…

 キャンプをするためにキャンプをする。(目的としてのキャンプ)

 こう考えるのであれば、特にあえて「不便である」事に拘ることもないのかも知れない。
 事情が許す限りの「文明の利器」を駆使して、出来うる限りの「文化的生活」をフィールドに持ち込むのも「間違いである」とは断言できないのである。
 小さなザック一つに凝縮した必要最小限の“道具”で「野外生活」を楽しむのも、それも一つの行き方。車のカーゴスペースに許す限りの“コンビニエンス・グッズ”を満載して「アウトドア」へ向かうのもまた正しいキャンプ。
 別荘の代用としてのオートキャンプを非難する理由はどこにもない。
 カタログフリークス(私もその一員かも知れんが)の参入を排除する理由もどこにもない。

 テーブルセット、タープ、Coleman(ツーバーナー、ガソリンランタン)。
 これらアウトドア三種の神器はすでに、かつて戦後高度経済成長時代、一般大衆憧れの三種の神器と唱われた3C(カー、クーラー、カラーテレビ)と同様にもはや当り前に近い普及率となったようだ。
 新アウトドア三種の神器はクロカン4×4、MTB、カヌーと言ったところだろうか?

   ※あるいはフライロッド?スタントカイト?…この辺りは趣味の問題で意見も多々分かれることだろう。


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