愚行連鎖

■終戦のローレライ:続き

「映画化原作」で書店の平積みになっていた文庫本の1巻目を、つい気まぐれで手に取ってハマってしまった本作であるが、何故、この本に対してこんなに魅力を感じるか…
じっくりと考えてみた。

これは、形式は架空史劇、戦争小説、潜水艦小説の姿をまとってはいるが、実はたった二人の相反する個性を持った男の戦いなのだ。
舞台設定は、たまたま提示されただけのモノであって、特に戦争や潜水艦にこだわらなくとも同質のストーリーは充分に出来たであろうと想像できる。

一人の主人公は、本編の大筋になる謀略を講じる男。

もう一人の主人公は謀略に為す術もなく巻き込まれつつも置かれた状況に全力で立ち向かおうとする男。
表面的には潜水艦の艦長と言うことになるが、映画版では恐らく主人公とされるであろう若き水兵も、艦長に共感して強大な的に挑むその他の人々も、この艦長の分身と取ることも出来る。

謀略を巡らす男は、生まれも育ちも上流で、エリートコースを直進し国を動かす立場につき、それには飽きたらず、さらには国家間すらも手玉に取ろうとする。

もう一人は、体制の進路からはじき出され、しかし、善良かつ実直故に、それでも自分の信じる体制を守ろうと力を尽くす。

悲劇のヒロインを演ずるべく登場した少女は、実はただの狂言回しにすぎない。

エリートは、理想と理論のみで自分の描いた未来を実現しようとする。
この作品に描かれる最初の男は、それでも世に跋扈するエリート達とは異なり、実際の現場を確認に赴き、そこで極限を経験することによって、更に歪んだ理想に驀進することになる。
魔性とも言える、妖しい求心力を持つ男は、極限状態の中にあっても己の理想と理論によって人の心をつかむが、本人はつかんだモノを計画を実行するための単なる道具としてしか考えない。
人を信じさせることには長けていたが、己は一切の他者を信じなかった。
故に、たった一人で、何ら意味のない寂しい最期を遂げてしまう。

対して、もう一人の方は、己の職業に関する技術以外、特に人より優れたモノを持っているわけではない。
あるとしたら、愚直と言った方が良い程の実直さ。
人を信じ、己を信じ、そして己の今置かれている状況に誠意を持って全力を尽くす。

結果としての結末は、いずれも現象的には「悲劇」であるが、心情的には後者の結末は単なる「哀しい姿」ではない。

どちらが人を惹きつける人間かは言うまでもないことである。

戦争や潜水艦にこだわらなくとも…と書いたが、ただ、この戦争と潜水艦という大道具が小説をより魅力的にしていることは確かではある。

映画版“ローレライ”について

“ローレライ CHARACTER FILE”と題する雑誌である。

ローレライ CHARACTER FILE しかし、この雑誌、オヤジが店頭で手に取るのを一瞬躊躇いそうな、まるで女性ファッション雑誌のような装丁。
その上、、極上の紙質に全ページカラーで大量の俳優写真で、破格の安価!
しかし、メカニズムや血生臭い戦いについては一切触れていない。
表紙だって、なんだこれ?ロミオとジュリエットかぁ??
女性客を取り込みたいのは一瞥しただけで解るが…なんだかなー…

普段、私が持ち帰る雑誌には殆ど興味を示さないカミさんが暫くめくっていた。
狙いは大当たりである。


…と前項で書いた。

公開前に追い打ちをかけるように…

ローレライ COMPLETE GUIDE これが発行された。
こちらは、前述の“CHARACTER FILE”と同様の俳優写真とインタビューももちろん掲載されているが、内容の多くを占めるのは制作側(特撮など裏方中心)のインタビュー、映画の設定資料、潜水艦図解、用語集…
版元の宣伝文には
全世界注目の「ローレライ」を徹底解剖!!撮影開始より密着取材を敢行し、その圧倒的な情報量で構成した究極ガイドブック。豪華キャストのインタビュー、伊507の戦績、さらにマニア納得の兵器解説まで……これを読めば、映画の興奮倍増間違いなし!
とある。
“CHARACTER FILE”の方には、およそ潜水艦の姿と思しき写真は1〜2枚、それもほんの小さなモノしかなかったのとは対照的である。

これは、多数派を占めるであろうもう一つのターゲットに明らかにおもねる内容。
(つい買ってしまう私も乗せられの口だが…)

カップルの観客を期待して、どちらのニーズをも掴んだ非常に上手い商売である。
しかし、この価格差は何なんだろう?
確かに後者の方がデータ量は多いが、それにしても一冊の雑誌を作るのに3倍近いコスト差があるとは思えない。
「データマニアのヲタクは放っておいても金を出す」と読まれているのかも知れない。
それとも女性はこんなモノにそうそう金を出さないのだろうか?
“CHARACTER FILE”は380円、“COMPLETE GUIDE”は980円…

ちなみに“CHARACTER FILE”の方の版元宣伝文は
豪華キャストに密着した最速ビジュアル本が登場。役所広司、妻夫木聡、柳葉敏郎……完全撮り下ろしのインタビューを満載したうえ、各キャラクターの解説は、なんと原作者・福井晴敏がすべて書き下ろし! 魅力充実の本書で、感動を先取りしよう!
である。

私も、恐らく映画館に足を運ぶことになるだろうが…
この“COMPLETE GUIDE”をざっと読んで、何か引っかかるモノが大きくなった。
前述したが、監督が妙に「ローレライは仮想戦記物ではなくファンタジーだ」と繰り返していること、衣装デザインのインタビューで「旧日本軍の軍服はあか抜けないので新規にデザインし直した」、「考証を無視して格好良い絵になる衣装を選択した場面がある」等のコメントがあったこと。
更に、雑誌の性格上仕方ないのかも知れないが、異常に特殊撮影やCGへのこだわりを強調していること…などなど。
いずれの発言も原作の舞台や、それを扱うことの本質を本当に理解、考慮しているのか非常に疑問が残ってしまう。
監督もスタッフ周辺も特撮映画やジャパニメーション系の人々で占められているように見えるが、どうも舞台装置、小道具にだけ「第二次世界大戦風」を使ったガンダムやエヴァンゲリオンの延長、あるいは宇宙戦艦ヤマトの再構築のようなSFアニメ、スペース・オペラの実写版を作ろうとしたのではないかと思えてしまう。
であれば、思想も無しにわざわざ我々の父祖が犯した愚を題材にする必要があったのだろうか?
1945年夏の帝国海軍という必然はあったのだろうか?
ファンタジーであって、舞台となった当時の軍服が格好悪いのでデザインし直し、考証を無視して俳優に着せるのなら、舞台は1945年の太平洋でなく、2045年の火星でもガミラス星でも良かったのではないだろうか?

原作はフィクションとは言え、ある程度の史実を下敷きにし、人によっては少々煩わしいかも知れないイデオロギーを含んだ架空史劇の体を成している。
「特に戦争や潜水艦にこだわらなくとも同質のストーリーは充分に出来たであろうと想像できる。」と前述したが、架空であっても史劇の形態は崩しておらず、道具立て選びにもそれなりに必然はある、と私は読んだが、この映画はどうもそういう方向性ではないらしい…

☆某所に書き留めた日記より編集加筆

▽映画;ローレライ

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