転載『情報公開法と公共建築』


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記載者:江口 征男 on October 13, 2104 at 17:27:20:

元の記事:「設計料入札」を批判する理由 /記載者:江口 征男 on September 30, 2104 at 10:36:20:

ホームページからの転載です。
『情報公開法と公共建築』

 情報公開法が動きだした。公共建築のつくられるプロセスに対しても、市民の関心が高まることが期待される。
 公共建築は、立案から設計、工事、完成、運営、そして検証までの全ての情報が公開されるべきだ。これがされていないからハコモノ批判が起きる。
 第一に大切なことは、行政が立案する前に、本当に必要な施設なのか、どのような内容が求められるのかを、市民参加を得て論議することである。
 第二には、設計者の選定が重要だ。その方法は、透明かつ公正な公開設計競技(コンペ)にゆだねるべきなのだが、現在の公共建築の設計者は、80%近くもが「設計料入札」によって選ばれている。
 これは、設計者の能力とは無関係に『設計を請負う金額』を入札させ、最低額を提示した設計者に発注する制度である。しかし、美術館がアーチストに入札させることを想像すれば、極めて文化度の低い方式であることが解るだろう。
 欧米諸国には「設計料入札」は無く、ドイツ、イタリアでは公共建築の設計者は全て「設計競技」によって選ばれるという。にもかかわらず、わが国の自治体が「設計料入札」を採用する理由は、会計法、自治法を根拠にしているからだという。物品を購入する際は「競争入札」にするように定めている法律だが、設計は「まだ形をもたない、これから行なう創造行為」である。だから物品購入のための法律を設計発注の根拠にするのは極めて不当だ。この法には但し書きがあるから、他の方法をとっても問題はない。事実、「設計競技」等で設計者を選ぶケースもあるが、極めて少ない。しかし、すべてが「設計料入札」で決められると、能力は低くても「手間ひまをかけない設計」の得意な設計者が常に仕事を得て、結果として質の低い公共建築が増加することになる。「設計料入札」を採用する裏には「設計競技は事務手続が煩雑」という本音があるのだが、ここには『市民のための建築』という視点はない。
 さらに、設計料入札にも談合はある。能力により公正に設計者を選ぶようになれば、仕事が取れなくなるであろう設計者にとって、談合に支えられた設計料入札は“おいしい”方式だ。だが、公共建築の発注方法の多くが設計料入札である以上、不本意ながらも参加する設計者が存在するのも厳しい現実ではある。
 設計競技では、応募要項に予算や面積規模、施設内容などが詳細に提示される。それなら、誰が設計しても同じような案ができると思うかも知れない。しかし、国際公開設計競技によって設計者が選ばれた第二国立劇場や東京国際フォーラムの報告書を見れば、世界からの数百の応募案は千差万別だ。それほどに設計者の能力(構想力、デザイン力、技術力)が大切なのだ。
 第三に重要なのは施工者の選定である。税の無駄使いが指摘される談合をなくすには、発注者周辺からの、予定工事価格の“犯罪的な”漏洩を防止することこそが必要だ。これができれば、談合は成立しにくくなり、高値入札も排除できる。詳細な設計図書をもとに積算するから、極端な低額で応札しても、設計の仕様と厳しい工事監理に拘束されるので、品質低下の心配は全くない。
 このようにして、公共建築の立案から完成後の運営までを検証し、フィードバックすべきだ。プロセスが絶えず市民の目にさらされるようになれば、不明朗な動きも追放され、無駄な公共施設はつくられなくなるだろう。そのためにも、さらなる情報の開示を求めていく必要がある。
 アメリカでは、AE(建築家・エンジニア)選択法によって公共建築の設計に関わる建築家らの選定過程の公開を定めている。納税者が納得しないからだが、わが国の“情報公開障壁”に、“いつもの外圧”がかかる前に是正してほしいものである。(991222アップ)

※日本建築家協会関東甲信越支部長野地域会の働きかけにより,田中康夫知事及び県行政当局の理解を得られ,長野県は設計者選定に際して「基本的には入札によらない」ことへ大きく前進したという。きわめて喜ばしい。(041012追記)



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