「二十四の瞳」


 その光景に出会った瞬間、僕の体を電撃が突き抜けた――。

 今夜は、クリスマスイブ。世の中の恋人たちがせっせと思い出づくりに励む日だ。だけどもちろん、僕ら受験生にそんなものは関係ない。僕は今日もいつものように、参考書とノートをブックバンドで縛り、通いなれた中央図書館を訪れていた。
 春日町立中央図書館。町の外れ、田んぼの中に建つそれは、さほど大きくもない二階建ての建物である。一階の窓際に四人掛けの机が三つ、ひっそりと置かれている。この机と椅子の使用に関しては、一応「読書をする人優先」の決まりがあったが、そもそもこの図書館を利用する人が少ないため、大抵の場合、僕はひとつの机を占有し、周りを気にすることなく悠々と勉強することができた。

 だが、今日はいつもと様子が違っていた。珍しく、先客がいたのだ。少なからぬショックを受けている僕に気付く風もなく、彼らは黙々と自分たちの世界を築いていた。
 図書館のしんと透き通った静寂の中、ページをめくり、ペンを動かす。ペンを持つ手の動きがふっと止まったかと思うと、視線を上げ、向かいの席の恋人と目での会話を楽しむ。彼氏がウインクすると、彼女が頬を染める。そして、お互いほどよく照れたところで、視線を手元の本に戻す。そんなことの繰り返し。一糸乱れることもなく、斉一の取れたその動き。六組十二人の男女が織りなす、ほとんど無音のシンフォニー。
 その光景に僕は心を奪われ、思わずその場に立ち尽くしていた。

 どれほどの時間が経っただろう。

 ゴッ。

 床に落ちた参考書の無粋な呻き声に、僕ははっと我に返った。
 次の瞬間、僕は思わず手を叩いていた。
 二十四の瞳が一斉に、僕の方へと向けられる。
 十二の手が、ノートにペンを走らせる。
 タンっとノートが立てられる。
 十二の指が主張する。

「図書館では静かに!」



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