マカオ社員旅行+香港
2005年1月8日〜10日
会社からの連絡メール。
"今年の社員旅行はマカオです。"
誰もが抱いたであろう感想、何故マカオ?
予習
マカオで思い浮かぶものといえば…少なくとも私はカジノしか思い浮かばない。
沢木耕太郎の「深夜特急」で読んで知っているくらいだ。
作中の沢木耕太郎がマカオでカジノの大小というゲームにはまってあわや一文無し…というシーンがあったのだ。
少なくとも私にはその程度の知識しかない。
友人に聞くと「チ○コ切る所ってイメージがあるな」、そりゃモロッコだと思うが…
結局カジノしか出てこない、そして結局カジノなのだろう。
前回の社員旅行が韓国・ソウル。
ソウルで泊まったホテルがシェラトン・ウォーカーヒルホテル。
韓国で唯一の合法カジノが存在するホテル。
そして今回の社員旅行がギャンブルの街、マカオ。
それでなんとなく想像が出来た。
会社のお偉いさん(多分社長)がソウルのカジノでイイ思いをしたのだろう。
それならば今度は本格的なカジノの国へ…ということだろう。
ともかく行く動機が何であれ私は海外だというだけで満足。
しかもマカオは行ったことの無い所。
自由気ままな時間が取れる学生時代のような個人旅行とは違う。
短い滞在期間で行くのだから少しはマカオのことを調べて行こうと思った。
マカオは旧ポルトガル領で1999年に中国に返還された。
正式には中国領なのだが、香港のように一国二制度を採っている。
そしてやはり大々的にギャンブルの街だということ。
"東洋のモンテカルロ"と称されるほどのアジア1のギャンブル街。
外務省HPによるとGDPの約4割がギャンブルによる収入らしい。
日本から飛行機の直行便はなく、香港から船で入るのが一般的だという。
それなら社員旅行も香港でいいのに…
ギャンブルに興味が無い私としてはガイドブックを見てもマカオにはそそられるような物は無かった。
ポルトガル統治時代に建てられた教会や西洋風建物が残っているくらい。
本当にギャンブルの街、だ。
今回の旅行では丸1日自由行動の日がある。
調べるとマカオから香港まで船が出ていて1時間弱で行けるという。
それならばギャンブルしかないようなマカオではなく香港に行ってしまおうと思った。
香港なら行ったことがある(1998年9月)。
しかも私が初めて自力で海外旅行をした場所でもある。
いわば私の海外旅行の原点だ。
こういう形で再訪することになろうとは思ってもみなかった…
2005年1月8日 土曜日
昨年末から仕事が忙しくなっていた。
そして年明け第1週も例外ではなかった。
正月休み後初めての休日が社員旅行。
成田空港集合が朝の9時。
私の家からだと9時までに成田空港に着くためには6時過ぎに家を出なければならない。
すると起床は5時、普段仕事へ行くよりもキツイ時間だ。
正月休みで鈍った身体には堪える…
幸い成田までの全ての電車で座ることが出来たので全て眠っていた。
成田に到着、前の職場で一緒だった同期と先輩に会う。
どうやら今回の旅行でも一緒に行動することになりそう。
1年近く一緒に仕事をして気心の知れた仲なので余計な気を遣わなくて良い。
社員旅行のような団体旅行では全体説明を聞くのが面倒臭い。
航空券だけ渡してくれればあとは自分でやるよ…という感じだ。
11時頃に出発した航空機はキャセイパシフィック。
隣の席に座ったのが現在の職場が同じの先輩。
こちらも知った仲かつ酒飲みなので余計な気を遣わずに遠慮なくビールが頼める。
機内食の前にドリンクサービス。
早速ビールを注文して機上で乾杯。
さっさと飲み終えてスチュワーデスさんにもう1本ビールを注文、前途良好だ。
機内食はご飯の上にチキンがのったメインディッシュにパン、蕎麦、サラダ、デザート。
ご飯、パン、蕎麦って…どんな組み合わせだよ。
飛行機内でのイベントといえばビールと機内食くらい。
あとはひたすら睡眠、4,5時間ほどで香港に到着。
香港へ入国はせず空港から船で直接マカオに向かうという。
ある程度の自由時間を与えられるも空港からは出られない。
香港の空港ではSARSが流行したときによく見られた人の体温を測るビデオカメラが置いてあってしっかり映されていた。
空港内の売店を覗くもそれほど面白そうなものがあるわけでもない。
さっさとマカオ行きの船の発着場へ。
しかし発着場へ向かうバスがなかなか来なくてだいぶ待たされた。
香港→マカオへの船はターボジェットなる高速船。
船内は大きな新幹線、といった感じか。
あいにく船が出港する頃にはもうあたりが暗くなっていて景色は楽しめない。
まぁ景色といっても海しかないだろうが…。
1時間弱でマカオに到着。
船内から見るマカオ、早速カジノのネオンが光っている。
到着したフェリーターミナルで入国審査を済ませる、そういえば税関は無かった。
外へ出ると寒くない、コートはなくても良いくらいだ。
この時期のマカオの平均気温は15℃くらいらしい。
フェリーターミナルからホテルまでは歩いても行ける距離だったが全員バスに乗せられる。
バスの中でホテルのキーを受け取ったり簡単な説明を受けたり現地通貨への両替をしたり。
マカオにはパタカという現地通貨があるが、香港ドルも使えるという。
パタカと香港ドルは等価で1パタカ=1香港ドルらしい。
ただ等価とはいえマカオで香港ドルは使えても香港でパタカは使えない。
さらにパタカは日本円に両替できないので、両替も香港ドルにした。
こうなるとパタカって通貨は何のために存在しているのかが分からなくなる。
全部香港ドルに統一させれば良いのに。
一応こっちは現地通貨があるんだ、っていうマカオの意地みたいなものかな…。
1万円を香港ドルに両替、1万円=700香港ドル強(以降1香港ドル=14円でレート計算)
泊まるホテルはマンダリン・オリエンタル。
どのガイドブックを開いても高級ホテルの部類に紹介されているホテルでカジノも併設。
個人で行ったら絶対に泊まらない(泊まろうという気すらしない)ようなホテルだ。
前回の韓国旅行も高級ホテルのシェラトン。
前も思ったのだが、ウチの会社は景気いいのかな…。
ホテルの目の前はど派手なネオンのカジノ、ホテルの横にもでっかいカジノ、ホテルにも併設されたカジノ。
いきなりカジノカジノカジノ、だ。
ホテルの部屋は飛行機の席も隣だった現在同じ職場の先輩。
先輩とはいえ気心は知れている(つもり)なのでそう気を遣う必要も無い(遣えって?)。
高級ホテルではあったがまぁそれなりに普通の部屋。
勿論個人で旅行して泊まろうと思うようなレベルの部屋ではなかったが。
部屋に荷物を預けるとすぐにホテルの大広間に集まる。
到着日にホテルで宴会をして後は帰国の日まで完全な自由行動になる。
つまりココで公式行事をこなせばあとは自由の身だ。
マカオ料理なのか中華料理なのかコースのように様々な料理が出てくる。
最初はお馴染みポートワイン、後にビールも出てくる。
落ち着いた感じのあるホテルの大広間だったので席を立って上役のところへ行ってビール注いだり…
という儀式をしなくて良いかな、と思っていたが適度に酒が回り始めるとそうした儀式が始まった。
社長・専務・直属の上司や世話になっている諸先輩への挨拶その他を済ませる。
これで公式行事は殆ど終わったも同じだ。
宴会がお開きになっても会場にはビールが余っていたので同期と同室の先輩と3人でひたすら飲んでいた。
日本時間23時(現地時間22時)、寝るには早すぎる時間だった。
マカオのカジノはどこでも24時間営業。
マカオを散策がてらカジノでも冷やかしていこう、ということで外へ。
夜のマカオの街、人通りも車の量も他の諸外国首都と比べるとはるかに少ない。
ホテルを出て都心と思われる方へ歩くと一層派手なネオンが見えてきた。
リスボアホテル(葡京酒店)、マカオ1有名なカジノを持つ巨大ホテル。
今回の旅行前に沢木耕太郎の深夜特急のマカオのくだりだけはもう1度読んでおいた。
その中にも登場するのがリスボアカジノ(葡京娯楽場)だ。
名前はやはりリスボンから来てるのだろう
ギャンブルに興味は無くても東洋一のカジノには興味がある。
入るのは無料だ、重厚なホテルのドアを抜けてカジノへ。
入り口では荷物チェックをされ金属探知機ゲートをくぐらされ、ボディチェックも受けた。
そして場内、薄暗いカジノの照明の中にうずまく人人人。
土曜日の夜、Saturday Night…だからこその混雑か。
深夜特急でも出てきたマカオ特有の「大小」というゲーム。
サイコロを3つ振って出た数字が大か小か、という単純なゲーム。
大か小かの他に出目の合計を当てたりゾロ目を当てたりすることで倍率が上がる。
西洋のルーレット、東洋の大小、といったところか。
マカオでは大小が一番人気らしく、その他にブラックジャックやバカラといったスタンダードな台が並ぶ。
大小があるからかルーレット台は殆ど無かったように思う。
「深夜特急」の中で沢木耕太郎は大小のある法則を発見してそれまでの負けを取り返している。
実際それを意識して大小のテーブルを眺めていたが全然判らなかった。
もっともそんな簡単に判るような法則ではないだろうけど…。
様々な人種(同じ会社の人間も)渦巻くカジノをぶらぶら見て回るだけで面白かった。
カジノを出ると(まだ外ではない)ホテル内に様々な店が並んでいる。
時間が遅かったので店は閉まっているのだが、人通りは多い。
人通りが多いと思っていたが殆どが若い派手な化粧の女性でこちらと目を合わせて微笑んでくる。
なるほど、そういうことか…。
それにしてもカジノを出たところとはいえホテルの中だっていうのに…。
改めて人間の欲望が渦巻くところなんだな。
カジノを出てコンビニを探して歩いたが、いわゆるコンビニエンスストアは見つからなかった。
結局まだ開いている商店みたいなところに入ってビールとミネラルウォーターを購入してホテルへ戻る。
リスボアだけじゃなくて他のカジノも覗いてみよう、ということで帰り道に我々の泊まるホテルの目の前のカジノへ。
ココでもやはり入場の際には厳重検査。
中には社長専務重役連中がいて簡単にご挨拶、社長がご機嫌だったところを見ると勝ったらしい。
これで来年の社員旅行はラスベガスかモナコが期待出来るかも。
ホテルへ戻って買ってきたビールで乾杯。
どこで判断を誤ったのかビールを何故か1本しか買っていなかったのが失敗。
翌日の終日自由行動では香港へ行こう、という私の案が容れられてこの日はお開き。
※マカオと日本の時差は1時間、日本が12時ならマカオは11時。
2005年1月9日 日曜日
朝、我々団体用に借り切られた部屋で朝食。
ビュッフェ形式で好きなものを好きなだけ食べられる。
基本的に朝はあまり食べたくない私でもスクランブルエッグやソーセージ、ハッシュドポテトが美味しくてしっかり食べた。
高級ホテルの部類に入るホテルだからだろうが、朝食を食べている傍にウェイターがすぐに控えている。
コーヒーを注ぎに回ったり汚れた皿を片付けたり。
そうした雰囲気に慣れていないから妙に緊張する。
朝食を終え、9時30分にホテルロビー集合。
一緒に行動するのは同室かつ現在同職場の先輩と前職場で一緒だった同期と先輩。
何度も書くが基本的に知った仲なので余計な気を遣わなくて済む。
サッカー好きの先輩はソウルでそうしたように香港でも安いバッタ物ユニフォームが買えれば良い、とのこと。
他の2人は特に希望が無さそうだったので香港の典型的観光スポットを回れば良いかな、と判断。
旅のイニシアティブは私に与えられた(と勝手に判断)。
ホテルを出て歩いて15分ほどで昨夜到着したフェリーターミナルへ。
昨夜は空港からマカオへ来たが、今回はマカオから香港市街へ行く。
噴射飛航(TurboJET)という名の船、香港まで154香港ドル(≒2156円)。
9時50分くらいにフェリーターミナルに着いて次の船は10時出港。
マカオを出る際に出国審査もしなければならなく出国カードが無かったりして予想以上に時間がかかった。
間一髪出航間際、駆け込み乗船をして10時発の船に乗り込めた。
昨夜空港からマカオに向かった船と同タイプの船だったのだが、波の影響か揺れが凄く激しい。
強烈なタテ揺れが何度も襲ってくる。
自分は乗り物酔いには弱くないと思っていたが、船内で香港の入国カードに記入をしたのが効いたらしい。
かなり気持ち悪くなり、眠るタイミングすら逸した。
酒飲んだ以外であんなに気持ち悪くなった経験は久しく無かった。
かなり辛い60分弱で香港島に到着。
1998年の香港旅行時の記憶と日本から持参したガイドブックを頼りに行動開始。
船で降りたのは香港島だったが、まずは九龍島へ行くことにした。
地下鉄で行くルートもあるのだが、香港島〜九龍島の往復はスターフェリーが観光的で良い。
庶民の足として使われているので安いし、船だから物珍しいし、海上から島を眺めることも出来る。
スターフェリーが発着するフェリーターミナルまで徒歩。
香港もだいぶ暖かく日本の春並みの陽気で、歩いていると汗ばむくらいだった。
スターフェリー(2.2香港ドル≒31円)は10分弱で九龍島側のフェリーターミナルに到着。
香港一有名なペニンシュラホテルを経由して香港一有名なネイザンロード(彌敦道)へ。
漠然とイメージする香港、看板と人と車がひしめき合っている通りがこのネイザンロード。
1998年に私が宿泊したホテルも健在だった。
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香港、というより混沌 |
看板作成中? |
ネイザンロード周辺を歩いて昼飯時になったので適当な店に入る。
中華料理屋っぽかったが正確には台湾料理屋だったらしい。
いつもなら早速「イーピンピージュ(一瓶碑酒)!」と行くところだが、マカオ→香港船内での気持ち悪さが残っていた。
それは酒飲みの同期も一緒だったらしく、最初に出されたジャスミンティーが実にお腹に優しかった。
日本語表記の無いメニューの漢字と英語を見比べて適当に注文。
炒飯、水餃子、小龍包、麻婆茄子、回鍋肉(ホイコーロー)、拝骨麺(パーコーメン)。
最後にキナコ餅みたいなデザートが出てきて4人で259香港ドル(≒3626円÷4=1人906円)
酒が無かったことを考慮しても安い。
ガイドブックを眺めて今後の予定を決める。
地下鉄で2,3行った駅にスポーツ用品店が軒を連ねる花園街という通りがある。
サッカーのユニフォームを買いたいという先輩のためにそこへ行くことにする。
レストランを出て地下鉄に乗り旺角(モンコック)駅へ(5香港ドル≒70円)。
目指した花園街(通称スニーカー街)にはスポーツ用品店は沢山あったが、
先輩の求めるような安バッタ物サッカーユニフォームは置いていない。
売っているのは正式なユニフォームばかりで日本で買うよりは安いが、バッタ物よりは高い代物。
めぼしいものが無く適当に歩いていたら行き着いたのが女人街。
女人街と書くと妖しいイメージだが、実際は露店が並ぶ市場で観光地にもなっている所。
衣服や雑貨など女物の商品を多く売る店があることから女人街の名がついたに過ぎない(ちなみに男人街もある)。
女人街は日曜の午後ということもあって観光客や一般客でごった返していた。
サッカーのバッタ物ユニフォームを売っている店もあったので先輩はそこでユニを購入して事なきを得た。
女人街近くには信和中心なる通称「おたくビル」がある。
日本のアイドルや漫画、アニメなどを扱う店が多数集まっていてアキバ系の人が喜びそうなものがいっぱい。
前に香港へ行ったときに何となく入って日本のサブカルの浸透具合に驚いたものだ。
前回はそこで海賊版CDを購入したのを覚えているが、今回行ってみてさらに驚いた。
海賊版CDを売る店は殆ど無くなり、エロ(裏?)DVDを売る店が大量に出来ていたということ。
フロアーに入っている店の殆どがDVD屋みたいな感じだった。
1人なら色々見て回ったかもしれないが(笑)、社員旅行ということで一応節度を保って冷やかすだけで出た。
花園街から女人街、信和中心と結構歩いていたのでそろそろ疲れてきた。
香港の九龍島側は色々なところに雑然とした市場がある。
代表的なところでは男人街のナイトマーケットも興味があったが、活気が出てくるのは17時頃からだという。
それらを見て回るのは時間的にも難しいし疲労もたまってきた。
この辺が潮時かもしれないということで、香港で予定していた最後のコース。
香港へ来たら誰もが行くであろうビクトリア・ピークへ行くことに。
もはや説明するまでも無い100万ドルの夜景が見える丘である。
ビクトリアピークは香港島側にあるので再び海を越える。
地下鉄でそのまま香港島へ行っても良かったが、折角だから戻るのもスターフェリーで。
ネイザンロードの南端、尖沙咀(チムサチョイ)まで地下鉄で行き、スターフェリー乗り場へ。
スターフェリーの九龍島側の乗り場近くは観光スポットになっていて、香港島が綺麗に見渡せる。
そこが前回来たときよりも綺麗になっていて観光客もいっぱいいた。
前回と似たアングルで撮れていた写真
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1998年・初の海外一人旅 |
2005年・明らかにビルが増えている |
スターフェリーに揺られて香港島へ。
香港島のスターフェリー乗り場からビクトリア・ピークを登るケーブルカー・ピークトラムの駅まではバス。
2階建てのオープントップバス(3.2香港ドル≒45円)に乗りピークトラムの駅へ。
夕方の16時、ビクトリアピークへ向かうピークトラムの駅は大混雑。
前回私が行ったときは全く混んでなかった、平日のしかも午前中だったはず。
それと比べれば今回は日曜だし夕方だし…混雑するわけだ。
30分ほど待たされてようやくビクトリアピークへ向かうピークトラムに乗り込む(往復30香港ドル≒420円)。
トラム内も大混雑で座ることが出来なかった。
世界でも有数の急勾配4〜27度の傾斜(ガイドブック参照)を立ったまま、というのは結構キツイ。
ピークではお馴染みの景色。
まだ夜景も夕陽も出ていなかったが観光客は多数。
これから夜にかけてどんどん増えて行くのだろう。
もはや説明不要
ビクトリアピークは近代的な建物でレストランや土産物屋も集う一大観光地。
少々ブラブラしてからマカオへ戻ることにした。
香港に宿を取っているならともかく、マカオまで戻らなければならないのだ
折角マカオに泊まっているので晩飯はマカオで食べようということにしていた。
行きと同じピークトラムで降りるのだが、下りでも椅子の向きは上りと同じ。
つまり背中を向けて山を下る感覚。
登りも怖いが下りもなかなかのものだ。
ケーブルがプツンと切れたらアッというまに落ちていくだろうなというのが容易に想像できる。
ところがこのピークトラム、1888年の開業以来100年以上経っているが未だに無事故だという。
さすがイギリス統治時代に造られた物だ、これがもし中国だったら…(以下自粛)
ビクトリアピークを降りてさすがにもう歩くのはだるくなっていた。
タクシーに乗ってマカオ行きの船が出ているフェリーターミナルへ(21香港ドル≒294円)。
この日は高速船・低速船・地下鉄・バス・トラム・タクシー…あらゆる乗り物に乗ったな。
帰りの船は17時45分発、帰りは夜料金になっていて行きより高価175香港ドル(≒2450円)
かつては国境を越えたはずの香港とマカオを行き来するのに1時間で2000円チョットか…。
帰りの船内は疲れて殆ど眠っていられたので船酔いを気にする必要は無かった。
例によってマカオまで1時間弱で到着。
歩いてホテルに戻る途中に立ち寄ったのが皇宮娯楽場なる水上カジノ。
海の上に船を浮かべた中にあるカジノ。
ココも深夜特急で著者が立寄った所で、観光客よりも現地人が多くいるカジノと紹介されていた。
例によって金属探知機と荷物チェックを受けてカジノへ。
水上カジノらしく時々室(船)内が揺れる。
カジノ内は確かに観光客は少なそうで現地人っぽいのが多い。
しかし全体的なお客の量が少なくて、どことなく寂しげな感じだった。
観光客の少ないカジノで何もせずにウロウロしている我々観光客はかなり目立つ。
早々と引き上げてホテルに戻った。
ホテルでしばし休んだ後にガイドブックに載っていたマカオ・ポルトガル料理を出す店へ行くことにした。
昨夜も通ったリスボアホテルを越えてマカオのメインストリート新馬路へ。
確かにメインストリートなのだろうが香港なんかと比べると明らかにスケールダウン。
目指すマカオ・ポルトガル料理屋を少し苦労して見つけ出して入った。
どうもマカオでは中華料理的なものよりも魚介類を使った西洋風料理が多いように思う。
中華料理よりもポルトガル料理寄り、という感じでその点は香港と違うところだ。
まぁ旧イギリス領だった香港と旧ポルトガル領のマカオ。
マカオ人がポルトガルの料理やポートワインを取り入れるのはともかく、
香港人がイギリスの料理を取り入れなかったのは…(以下自粛)
マカオを代表する料理の一つとして紹介されているガーレーハイ。
漢字で書くと「」、文字通りカレー蟹。
メニューでそれを見ると値段は「時価」と書いてある。
オイオイ、時価ってやばくないか?
そんなもの日本でも頼んだこと無いよ…
しかし折角ココまで来たのだから、とカレー蟹を注文。
その他にマカオ焼肉の定番という牛助骨(ビーフスペアリブ)、葡式炒飯(ポルトガル風チャーハン)などを注文。
そして勿論ビールも。
時価のカレー蟹はカレー風味の蟹で主役は蟹。
バンコクで食べたブーパッポンカリー(蟹カレー)という食べ物を想像していたが逆だった。
(ブーパッポンカリーは蟹のカレーで主役はカレー)
普通に美味い代物ではあったが、蟹の甲羅割ったりするのが面倒だった。
カレー蟹に合わせて全員分のフィンガーボールが出てきたりといかにも高級感を漂わせる。
オイオイ、日本でもフィンガーボールが出てくる食べ物なんて頼んだこと無いよ…
時価、恐るべし…いくら取られるのだろう。
適度に食って飲んでマッタリしているところへ先輩があっ、と声を上げた。
社長がトイレから出てくるのを見たという。
同じ店に社長が?!
どこにいるのかは分からなかったが意識して耳を澄ますと聞き覚えのある笑い声が。
確かに社長も同じ店にいるらしい。
ここで大きな2つの選択肢。
黙って店を出るか、とりあえず挨拶はするか。
挨拶をすればあわよくば奢ってもらえるかもしれない。
しかしチト面倒だというのもある。
協議の結果、私と同期でとりあえず様子を見に行くことに。
笑い声の元を辿ると個室、ドアが開いていたのでコッソリ中を覗く。
すると社長専務以下重役勢揃い、総勢15人くらいはいただろうか。
だいぶ酒も入っているようで笑いが絶えない、入っていける雰囲気だ。
こっちも酒の勢いを借りて「お疲れ様でーす。」と入っていく。
「聞き覚えのある声がしたもので…」と事情を説明。
マカオの数あるレストランの中で出くわすとは思っていなかったのは向こうも同じようで一様に驚かれた。
早速社長が「そっちの皆も連れてきて伝票も一緒にして持って来い」と期待通りの一言。
先輩を呼んできて個室の末席に新たにテーブルと椅子が追加された。
テーブルの上には我々が時価と戸惑っていたカレー蟹が何皿も。
その他にも石岐燒乳鴿(焼き鳩)、炭焼沙旬魚(イワシの炭火焼)、菲洲辣鶏(鶏のピリ辛ココナッツソースかけ)…
牛助骨、葡式炒飯など我々も食べていた物も勿論ある。
それらマカオの名物料理が一通り手付かずで揃っていた。
こっちは充分食った後だったので満腹だった。
しかし社長に呼ばれて奢られてこれだけの豪華な料理が並んで手をつけないわけにはいかない。
幸いビールも大量にあり、少しでもグラスが減ると部屋付と思われるボーイがどんどん注いでくれる。
少しでもグラスが減ると注がれるものだから一向にビールが減らない。
故にもっと飲め飲め、若いんだから食え食え的な上役の声に押されてひたすら食って飲んだ。
もっと早い時間に社長を発見していれば良かった。
それでもお互い酒が入った時点で会ったので懸念していた堅苦しい雰囲気になることは無く楽しめた。
そして勘定は社長もち、本当にご馳走様でした。
ただ唯一の心残りは時価のカレー蟹が幾らだったのか最後まで不明だったということだ。
最初に店員に聞いておけばよかった…。
これからカジノへ行く、という社長一行と別れて我々はセナド広場というマカオの中心地へ。
同じ道を歩いて帰るのはつまらない、ということでセナド広場から適当にホテル方向へ歩き始めた。
かなり酒も入っていたし満腹感も半端じゃなかった。
とにかく少しでも歩いておきたかった。
夜でも寒くなく、風が心地よい。
なんとなく歩いているとなんとなく道に迷っていた。
幸いガイドブックでなんとなく現在地は掴んでいて、行くべき方向もなんとなく分かっていた。
全てがなんとなくだったが同じ道を引き返すのは面倒だ。
帰る方向は間違っていないはずだ。
気がつくと小高い公園のような所にいた。
チョットした山道を降りて抜ければ目指す方向へショートカット出来そう。
降りる為の山道らしきものはあるが、車道ではないので電灯は無く真っ暗。
しかし結局酔いも手伝って行ってみよう、と。
山道(半分獣道)を下っていくと出たのは廃車場か駐車場か、車があちこち無造作にある工事現場みたいな所。
そこを抜ければ目指す大通りへ行けるはずだが、もしも出口がフェンスで閉まっていたら…
かといって今降りてきた道を引き返してまた山道を登るのも相当面倒だ。
結局ここでも酔いが手伝って廃車場(?)を突っ切ろう、ということに。
少し歩くと突然ワンワンワン!!とすぐ近くで犬の鳴き声。
呼応するかのようにアチコチで犬が鳴き始め犬が走ってくる音も聞こえる。
大人4人がそりゃぁもう大慌てで走った走った。
頭の片隅には出発前に暇つぶしに成田空港で見た「世界の伝染病紹介」の記事。
「狂犬病が発症すると100%死亡。」という文言がよぎる。
これだけ全力疾走したのはいつ以来だろう、というくらいの全力疾走。
アッというまに廃車場を抜けてフェンスが閉まっていたらどうしようと考える余裕すらなく一気に大通りへ出た。
幸い犬も追っかけてきていない。
大通りへ出て落ち着くと大爆笑だった。
「オマエが走り出したからコッチもつられちゃったじゃねーか。」
「えー、ソッチの方が早かったですよ」
何はともあれ道に迷っていたのもこれで一気に解消された。
まだ開いている小さな商店があったのでそこで缶ビール(1本8パタカ≒112円)を購入。
香港ドルで購入することは出来たがお釣りがパタカで戻ってきた…
そのままホテルに戻るのも何だったので、ホテルの隣にある2004年に出来たばかりというマカオ最大のカジノへ。
金沙娯楽場(サンド・カジノ)というそこはマカオ最大の名に恥じない巨大なカジノ。
現地人ではなく明らかに外国人観光客をターゲットにした作り。
それはマカオで人気の大小が殆ど無く、代わりにルーレット台が沢山あることでもわかる。
巨大なホールではウェイターがフリードリンクをお盆に載せて歩き回り、ステージではバンドの生演奏。
客も大勢いてマカオのどこにこれだけの人がいたんだ、というくらい。
そこでは先ほど別れた社長以下重役もいた。
結局カジノは冷やかすだけで一度もやらずにホテルに戻った。
先程あれだけ飲み食いしたにもかかわらず部屋では同期とお疲れ様でした飲み。
飲んでいる間、同室の先輩は耐え切れずに1人カジノへ。
なかなか帰ってこなかったので「調子が良いんだろうね」なんて話をしていた。
買ってきた4本のビールが無くなる頃に部屋に戻ってきた先輩はそのままベッドに倒れこんで一言「2度と行かねぇ…」
ふとこの日のマカオを振り返って浮かんだあるCMのフレーズ…
小さな商店で買ったバドワイザー…8パタカ
カジノですった掛け金…800香港ドル
レストランで食べたカレー蟹…時価
見知らぬ地で野良犬に追いかけられた思い出…priceless
2005年1月10日 月曜日
この日の11時30分にホテルロビー集合で帰国の途につく。
つまり午前中は辛うじて自由行動が出来る。
それならばカジノ以外で最低限マカオの街を観光しよう、ということに。
マカオで一番有名な所(カジノ以外)、セントポール大聖堂(大三巴牌坊)。
深夜特急にも出てくるマカオのシンボル的スポット。
火災による焼失で建物正面の壁面しか残っていないハリボテの聖堂跡だ。
歩くのが面倒でホテルからタクシーで向かった(19パタカ≒266円)のだが到着したのはその壁面の裏側。
確かに壁面しか残っていない建物だがイキナリ裏側から見させられると少々興ざめ。
表から見ておぉ凄ぇ、そして裏も見ておぉ凄ぇ…という感動が(大して無さそうだが)。
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窓の向こうは空 |
窓の向こうは街 |
マカオの典型的観光地だけあって午前中にもかかわらず結構な観光客だった。
そこから歩いて昨夜は暗かったセナド広場へ。
そういえば明るいマカオ市街を歩いたのは初めてだ。
最後の目的はマカオ名物というエッグタルトを食べること。
セナド広場から歩いて行ける所にエッグタルトの店があるというのでそこへ。
西洋風の喫茶店で客も西洋人が多い。
コーヒー10パタカ(≒140円)とエッグタルト5.5パタカ(≒77円)。
サクッ、フワッ、トロ〜…という感じでまぁ普通に美味だった。
帰りはさすがに道に迷うわけには行かないので知っている道を歩いた。
リスボアカジノの前を通ったので最後に覗いてみることに。
24時間営業のカジノとはいえ、月曜の午前中はどんなものだろうか、と。
期待は見事に裏切られ、カジノ内は相変わらずの人だった。
さすがに到着した土曜夜ほどの人ではなかったが、充分に混雑しているといえる人。
こりゃGDPの4割がカジノ収入だって言うのも頷ける。
マカオ人はギャンブルで生計を立てているのか?
そしてカジノを出るとこれまた月曜午前中だというのにソノテの女性が歩いている。
いやはや、凄い所だ。
無事にホテルに戻って集合するとそこから後は帰国するだけ。
船で香港の空港に向かう。
昨日の自由行動では5分で船に乗ってさっさと出発できたのに団体では1時間以上もアレコレ待たされる。
1時間あればもう香港着いてるよ…。
香港空港の船着場から空港へ向かうバスもなかなか来なくてここでも1時間以上待たされる。
これなら最初から自力で香港行って香港から地下鉄で空港向かった方が早かったな。
夕方に香港を離陸した飛行機が日本に到着したのは日本時間21時すぎ。
飛行時間は4,5時間、行きより早かった印象がある。
成田で、というより正確には航空券を受け取った香港の空港で解散になっている。
税関だ何だがあって22時に成田空港を出る京成スカイライナー。
結局帰宅したのは0時を過ぎていた。
予想以上に楽しめた今回の社員旅行ではあった。
しかし行きの朝は早く、帰りの夜は遅く、翌日は即仕事。
それが無ければなぁ…
総括
結果として充分楽しめた社員旅行だった。
出発前は「何でマカオなんだよ」と思った。
帰りにマカオ→香港空港を待つ間も最初から香港滞在にしておけばこんな余計な時間を使う必要も無いのにとも思った。
しかしマカオ滞在だからこそ、マカオに行けた。
最初から香港滞在だったらギャンブルに興味の無い私がマカオに足を向けることは無かっただろう。
そしてそれは社員旅行という公式行事でもなければ私がマカオに行くことは無かっただろうということを意味している。
海外旅行で楽しいのはその土地の雰囲気を感じる、ということだと思う。
そういう意味ではマカオと香港は全く違う雰囲気を醸し出していた。
そう考えるとマカオで良かったな、ということになる。
帰国してガイドブックを眺めていると香港では他にも行ってみたいところが出て来た。
男人街のナイトマーケットや様々な特色のある市場など。
最初に香港へ行ったときは自力での初めての海外旅行だった。
そして今回様々な海外旅行の経験を積んで改めて行った香港。
やはり香港は面白い所だなという思いを改めて強くした。
九龍島の雑然としたいかにも発展途上なアジア的雰囲気と香港島のアジアを代表する経済都市ぶり。
タイのバンコクにあるのは前者だけだし、日本は後者はアジア最強だろうが前者が無い。
その両方が別の島に揃い、その両島を結んでいるのが地下鉄やトンネルと海上を行くおんぼろスターフェリー。
なんだか近いうちにまた香港へは行きたいと帰国して思った。
行けばまた違う顔を見せてくれそうな気がする。
そしてマカオ。
こっちはこっちでギャンブルに磨きをかけるようだ。
何やら建物を建設中の大きな土地があったのだがそこには2006年オープン予定の巨大カジノが建つという。
銀河娯楽場と書いてあったが、まだカジノを作る気かよ、と。
アジア有数の経済都市香港から船で1時間弱で行けるアジア最大のギャンブル都市。
お互い持ちつ持たれつの関係がそこで築かれているのだろうか。
深夜でも香港-マカオ間の高速艇が出ていることがそれを物語っているのか…。
帰国して前回(1998年)の旅日記を読み返していて気がついた。
当時は1香港ドルが約20円だったと書いてある。
今回は1香港ドルが約14円、不景気といわれているこのご時勢で日本円が強くなったのか、香港ドルが弱くなったのか。
さらに深夜特急を読み返すと50香港ドルが3000円、というくだりが出てくる。
つまり当時(1970年代)は1香港ドルが60円だったということだ。
次に私が香港へ行く頃には10円くらいになってないかな…
ヨーロッパや遠方へは難しいが、3連休が取れれば香港クラスの場所なら行けそうだ、ということが分かった。
ところで次の社員旅行でも海外に行けるのかな…。
お願いしますよ、シャチョー。