インド一人旅
2008年7月28日 月曜日
アグラ城前に到着、どうせ時間を潰さないといけないので露店で水を購入。
1.5リットルの水を買おうとすると「20Rs(60円)」。
駅の売店では12Rs(36円)程度だった。
他にも売店はあるので「高いからイイ」と言うと「OK、15Rs(45円)」と値下げ。
ついでなんで「No 10Rs(30円)」と言うと「OK」と交渉成立。
まったく、水買うのにすら交渉が必要なのかよ(まぁ後半は自分が勝手にやったってのもあるが)。
アグラ城の入場料は300Rs(900円)、こればかりは値切れないし結構高い。
ココもやはりインド人は20Rs(60円)。
一通り中を見ると長閑な庭園があるお城という感じ。
中世インドを支配したムガール帝国の城。
この城でも1番の見所はやはりタージマハルが見える所。
城の展望台のような所から見るとタージマハルが川沿いに綺麗に見える。
アグラの主要観光スポットはタージマハルとアグラ城。
タージマハルはそれ自体しか無いが、アグラ城は広くて人も分散しているので時間の潰し甲斐がある。
列車の時間が近くなるまでゆっくりと城内や庭園を散策。
夕方近くになってアグラカント駅へ戻ることに。
例によってオートリキシャーを捕まえて交渉。
ここへ来るまで20Rs(60円)まで値が下がったので最後は強気に10Rs(30円)から交渉してみる。
すると何人目かのリキシャードライバーが割りとアッサリと10Rs(30円)でOKだと。
10Rs(30円)で良い代わりに土産物屋へ寄れ、と言い出した。
これも結構な常套パターン。
見るだけで良いと言いつつも土産物屋へ連れられると実際には何か買わないとダメなように軟禁されるとか。
土産物屋へ行くならリキシャーは要らないと突っぱねる。
仕方ないので10Rsは諦めて場所を替えて20Rsで交渉。
ところが20Rsでも芳しくなく、結局25Rs(75円)で交渉成立。
スムーズに交渉が行く時とそうでない時がある。
ちなみに途中で降りた現地人がドライバーに払っていた金額はコイン(5Rs以下)。
当たり前だがどんなに粘り強く交渉しても観光客は相当ボラレているんだろうな。
アグラカント駅に着き、列車の出発までは時間がある。
どこかで夕飯を、と思い歩くアグラカント駅前。
小汚い屋台風食堂が並んでいる所へ適当に入る。
英語メニューもあり、インド風定食と言われている「ターリー」を注文。
メニューにビールは無かったのでコーラを注文。
ターリーはお盆のようなプレートにご飯、ナン、小さい器に4種のカレーが入ったメニュー。
ご飯とナンを4種のカレーにつけて食べる。
カレーはやや香辛料のクセが強い気はするが基本的には日本のそれと遜色ない。
全体的に可も無く不可も無しといった感じ。
ご飯とナンで結構お腹いっぱいになり、駅に戻って列車の到着を待つ。
通称タージエキスプレスなんていうから僅かながら期待していたが、登場したのはオンボロ車両。
指定された号車に乗り、指定された席へ。
エアコンの無い車内、1列3人がけの席で幸い窓側だった。
すぐ横に小さい子供を連れた夫婦が座ったので荷物は常に膝の上で持っていることになってしまった。
盗られるのを警戒して網棚には置けず、足元に置くスペースも無かった。
それでも指定席なだけ来たときの何倍もマシ。
19時頃に発車したが、ゆっくり動き出す車両に駆け込んで乗ってくる人が多数(ドアは開いたまま発車している)。
中年のオジサンが駆け込んできたが、後についてきた子供を抱いた爺さんが追いつけずにホームに置いていかれた。
駆け込んだオジサンは列車のEMERGENCYと書かれた緊急停止と思われる紐を何度も力強く引っ張る。
列車は急には止まれないらしく数分後にジワジワと止まる。
そして車掌らしき人物が現れてオジサンと口論をしている。
恐らくオジサンは「乗り遅れたから引き返せ」的なことを言っているものと思われる。
恐らく車掌は「そんなこと出来るか」的なことを言っているものと思われる。
オイオイまさか引き返しはしないだろうな、勘弁してくれよ。
何両も連結して長いインドの列車、だいぶ進み始めていたし今から反対方向に戻るのは結構大変そう。
ただでさえニューデリー到着が22時と遅い時間なのにこれ以上遅らせないでくれ。
他の客までアレコレ口を出しているようで何人かでオジサンを取り囲んで口論。
恐らくは車掌を含めて他の客は「戻れるわけないだろう」的なことを言っているものと思われる。
数分後に結局オジサンが1人で降りて行き、事なきを得た。
私は一部始終を見ていたから事情は分かったが、それ以外の車両の乗客は何が起きたのか分からなかっただろう。
再びジワジワ走り出し、ノンストップではなく所々の駅に停車しながらデリーを目指す。
エアコンは無い車内だったが、夜風が入って暑くない。
車内では物売りがひっきりなしに何かを売りに来る。
時々身体の不自由な物乞いが乗ってきて喜捨を求める。
基本的に私はずっとインドの車窓から夜のインドを眺める。
外は真っ暗なところもあれば、パーっと明るくなる所もあり、何でこんな所に人影が?なんて所も。
時間的にそろそろデリーだろうなという所へ来るとさすがに周囲は明るさが増した。
到着予定の22時を20分ほど遅れてデリー近郊のハザラト・ニッザムッディン駅に到着。
車内アナウンスなど無く、続々と人が降り始めたので理解した。
この日のホテルは全く決めていなかったが、列車の中でガイドブックを読んで目星はつけておいた。
安すぎず、適度な値段のホテルを2,3軒ピックアップしておいた。
ただそれらのホテルはいずれもニューデリー駅前、そこまで移動しなければならない。
この時間でもリキシャーは捕まるかどうか一抹の不安はすぐに払拭。
駅を出ると例によってワラワラとリキシャードライバーが寄ってくる。
時間も遅く、疲労もあり、ホテル探しの労力を考えるとあまりリキシャーとの料金交渉をする余裕は無く。
ニューデリー駅前のメインバザールまでいくらからを聞いてみると夜も遅いから150Rs(450円)と。
料金交渉する余裕は無くとも言い値では乗りたくない。
かといって強気な交渉をすると時間も過ぎていくしどうなるか分からない。
そんなわけでこちらは緩めの100Rs(300円)から始めて結局120Rs(360円)で落ち着いた。
出発するとどうも運転がぎこちない。
途中でガソリンスタンドへ寄ってタイヤに空気を入れている。
再び走り出して大丈夫かなーと思っていたらガコン!ガガガガガという震動と共にタイヤがパンクしたらしい。
路肩に止まるオートリキシャー。
タイヤをチェックして、スペアタイアを取り出す。
数分後に「手伝ってくれ」と。
リキシャードライバーのオジサンがリキシャーを持ち上げている間に私がクイを挟んで前輪を持ち上げる。
前輪が持ち上がっている間にオジサンがタイヤを交換し、私はリキシャーが倒れないように支える。
まさかインドでこんなことをするとは思わなかった。
タイヤ交換を終えて再び出発。
一気にスピードを出すので日本ほど整備されていないインドの道路では結構揺れる。
だからそんな無茶な走りをするからタイヤがパンクするんじゃないか。
ようやくニューデリー駅前のパハールガンジ・通称メインバザールに到着。
パンク修理の手伝いまでさせられたから日本なら料金負けろ、なケースだが今はそんなことをしている暇は無い。
とりあえずは泊まるホテルを探さなければいけない。
23時を過ぎたメインバザールだったが、露店の食堂街は営業中で呼び込みも多く熱気がある。
この小汚さや雑然さはまさにアジア的。
初日にニューデリー駅に着いた時はメインバザールとは反対側から駅に入ったのでココには気が付かなかった。
最初からこちらに来ていればインドの第一印象が違ったかもしれない。
駅前に面した通りは活気があったがメインバザールの通りに入ると開いている商店以外の灯りは殆ど無くて真っ暗に近い。
初めて通る所で深夜に真っ暗はかなり恐い。
何人かホテルの客引きに声をかけられたから宿無しという最悪の事態は避けられそう。
だが単純にホテルの客引きに付いていくのも恐いのでまずはガイドブックに載っていたホテルを探す。
いかにも安宿という所へは泊まりたくなかったので1000Rs(3000円)〜2000Rs(6000円)くらいなら妥当だろうと考えていた。
最初に飛び込んだホテルは客引きも無く外観もそれなりで1泊1500Rs(4500円)。
疲れていたのでもう充分です、と即決。
部屋は前日のホテルより良く、シャワーもちゃんと出た。
前日はシャワーを浴びられなかったので、日本以来のシャワー。
ホテルでようやく落ち着くことが出来て考えるのはこれからの予定。
ここまでたった2日だけど相当疲れたインド。
目的はタージマハルとガンジス河なので、ガンジス河のヴァラナシへはどうしても行きたい。
残り日数は約3日。
デリーからだとアグラ以上に遠いヴァラナシ、行くだけで半日かかりそう。
最良の策は往復で夜行列車だがアグラからの夜行列車が満員ということを考えるとデリーからのも楽観はできない。
いざとなったら飛行機を使ってでも目的を果たす覚悟を決めてこの日は就寝。