江戸浮世絵の世界
清長 | 俊満 | 初代豊国 | 広重 | 国芳 | 英山 | 三代豊国 | 二代豊国 | 芳虎 | 芳艶 | 国周 | 北斎 | 二代国貞 | 貞秀 | 貞廣 | 貞信 | 種類別


前略亭草々 浮世絵コレクション

1994年から97年までの3年間、オランダのアムステルダムで過しました。異文化の中での生活は毎日がとっても刺激的であっという間の3年間でした。美術館やアンティークショップにも随分と行ったんだけど、結局ハマったのが江戸文化(!)19世紀ジャポニズムの影響か、はたまた出島貿易の恩恵か、アムステルダムでは沢山の江戸に巡り合いました。その中でも「浮世絵」は比較的手軽に入手出来ることもあって、オークション巡りの日々。とうとうこんなコレクションになってしまいました。草々の中では今や「江戸=浮世絵」ですらあります。
江戸の庶民の息吹が聞こえてきそうな、バイタリティに溢れたその世界をご鑑賞頂ければ幸いです。

座元 前略亭草々 謹白


鳥居清長【宝歴2年(1752)〜文化12年(1815)】

江戸浮世絵界の名門鳥居派は役者絵をお家芸とし、特に芝居の絵看板は鳥居派の独占であった。(現在もこれは続いている。東京の歌舞伎座絵看板は鳥居派九代清光師)
清長は初代鳥居清満(鳥居派三代宗家)の門下で修業し、後に狩野派など他流の絵も取り入れて清長流ともいえる独自の画風を確立した。また師清満の死後は四代鳥居派宗家となり一門をまとめている。
清長を世に知らしめたのは鳥居派お家芸の役者絵ではなく、むしろ清新な「清長風」美人画である。清長の描く美人画は鈴木春信および後の美人画界に大袈裟に言えば革命をもたらした。春信の描く小悪魔的美少女の世界を脱し、清長はより成熟した、しかも健康的な色気を持つ八頭身の美人を描いた。清長のこの画風は天明期(1781-89)を最盛期とし、歌麿、春潮、俊満等後進の絵師の美人画にも大きな影響を与えた。

大川端夕涼


窪 俊満【宝暦7年(1757)〜文政3年(1820)】

北尾重政門下に学び、浮世絵のみならず戯作、狂歌にも才を発揮した。号を尚左堂、南陀伽紫蘭、一節千杖の名も用いた。絵は肉筆、摺物絵が主であったが、「紅嫌い」と呼ばれる赤を極端に抑えた独特の色調の絵にも才能を発揮した。

六玉川 -井手之玉川


歌川豊国【明和6年(1769)〜文政8年(1825)】

豊国(初代)は歌川派の創始者歌川豊春の門下で寛政〜文政期に一世を風靡した。挿し絵、役者絵、美人画など多岐にわたる作品で活躍し、当時の大人気絵師としてその名を轟かせた。特に役者似せ絵と言われる彼の役者絵はその表情や仕草の描き方が巧妙で、初期作品「役者舞台之姿絵」など現在でもその高い芸術性が評価されている。一陽斎を号し、門下も多く国貞、国芳、国政、国安、豊重などを育て、歌川派全盛時代の基礎を築いた。

坂東三津五郎の玉屋新兵衛
関三十郎の千崎弥五郎
美志んあは勢
題不明(美人画)
松本幸四郎の不破伴左衛門
三代目坂東三津五郎


歌川広重【寛政9年(1797)〜安政5年(1858)】

歌川広重は本姓安藤。公儀定火消同心の家に生まれ、浮世絵師を志し初め初代豊国の門を叩くが断られ、同じ豊春門下の歌川豊広に入門。1830年代ごろより風景画に独自の境地を見出し、「東海道五十三次」(保永堂版)で一躍大流行絵師となった。

名所江戸百景−築地鉄砲州
五十三次名所図会−蒲原
五十三次−庄野


歌川国芳【寛政9年(1797)〜文久元年(1861)】

国芳は初代豊国門下の鬼才として、江戸末期の歌川派全盛時代の一翼を担った絵師である。残された多くの作品を見てもその守備範囲の広さに驚かされる。特に揃い物の武者絵や歴史ものに佳品が多い。号は一勇斎、朝櫻楼など。

題不明(美人画)
風流名頭字尽−柳
江都錦今様国尽


菊川英山【天明7年(1787)〜慶応3年(1867)】

菊川英山、本名大宮万五郎。父は狩野派の絵を学んだ絵師菊川英二。父に絵を学び後浮世絵師となる。弟子に渓斎英泉(一説には同門)がいる。英山の活躍した文化文政期は浮世絵と言えば歌川派、北斎派という二大潮流があり、特定の浮世絵師系から出ていない英山が両派と伍して活躍出来たのは、余程彼の絵が好まれた証拠であろう。退廃的な美人画がもてはやされた時期にあって、「英山風」ともいうべき独特の表情をもつ美人を描いた。

題不明(子供絵)


歌川国貞(三代目豊国)【天明6年(1786)〜元治1年(1864)】

初代豊国の弟子で初代国貞、のち弘化元年(1844)師の名を継ぎ豊国となった。豊国門下の最逸材として早くから活躍し、役者絵、美人画、挿絵などあらゆる分野で業績を残している。幕末、江戸浮世絵界のドンとして君臨した。号は一雄斎、五渡亭、香蝶楼など。

大星力弥
四季所作事ノ内−冬
中村芝翫の大伴黒主
模擬六佳撰
放駒の長吉
坂東玉三郎の長吉
市川団十郎の組定重次
尾上松助の和田志づま


二代目歌川豊国【安永5年【(1776)?〜天保6年(1835)】

初名豊重。初代豊国の門下で文化7年(1824)豊国の養子となった。師の死去に伴い文化8年(1825)二代豊国を襲名、後素亭、一陽斎、一龍斎、一瑛斎などの画号を使った。画風はよく師の様式を踏襲し、風景画、美人画などに見るべきものも多いが、同門国貞の人気に比べてその活躍はやや地味である。

風流東姿十二支−戌


歌川芳虎【?〜明治13年(1880)】

芳虎は国芳の門下で幕末から明治初年頃に渡り作品を残している。一猛斎、一孟斎と号した。役者絵、美人画、異人画などを得意としていたらしい。

義士四拾七人之内大星力弥
本朝武術名誉鏡


歌川芳艶【文政5年(1822)〜慶応2年(1866)】

国芳の門下で、号は一英斎、幕末期に活動した絵師。役者絵、美人画、武者絵などを得意としたようだ。

川中島大合戦組討図


豊原国周【天保6年(1835)〜明治33年(1900)】

国周は三世豊国(国貞)の門下で幕末安政の頃より絵師として活躍し、維新後も引続き画壇で重きをなした。役者絵や美人画に見るべき作品が多い。

題不明(近江八景見立て絵)
市村羽左衛門の時鳥亡霊


葛飾北斎【宝暦10年(1760)〜嘉永2年(1849)】

数多の浮世絵師の中で、現在でも世界中から賞賛を受け続ける巨人、北斎である。90歳で死ぬまで現役の絵師として多くの作品を描き続け、また頻繁に転居、画名変更をしたことでも有名である。北斎というのも一時期名乗った名に過ぎない。(他に、春朗、宗理、為一、画狂人、載斗、卍など)
富嶽三十六景などに見られる、多分に心証を取り入れた独特な画法は後にヨーロッパでエスプレッショニズム(表現主義)として紹介され大きな影響を与えた。

箱根


歌川国貞(二代目)【文政6年(1823)〜明治13年(1880)】

三代目豊国の弟子で女婿。初め三代目国政を名乗るが弘化3年(1846)師の女婿となり、二代目国貞を継ぐ。後に師の没後、一門の総意を得ずに四代目豊国を名乗り騒動となった。号は梅蝶楼。

市村羽佐衛門のおのふ


歌川貞秀【文化4年(1807)〜明治12年(1879)頃】

歌川貞秀は三世豊国門下で幕末期に大きな足跡を残した絵師である。五雲亭、または玉蘭斎と号し、若年より多くの挿絵をこなし、特に馬琴の「南総里見八犬伝」終編の挿絵を英泉、重信とともに任されたことでも彼の技量の程が知れる。また風景画家としても全国の名所を訪ね歩き、優れた作品を描いている。もう一つの貞秀の業績に横浜絵がある。幕末期、新開港場としてにわかに栄えた横浜を題材にした風景、風俗画である。

横浜港崎町大門橋眞景


歌川貞廣

歌川貞廣は生没年不明、天保〜弘化期に作品を残す絵師である。初代国貞(三代目豊国)門下で、五輝亭、五蝶亭、五楽亭、五粽亭等の亭号を称す。主に役者絵、絵本、読本などの作品がある。

二代目とら


長谷川貞信

絵師の長谷川貞信は現在まで四代続いている。初代貞信(1809-1879)は歌川国貞(三代豊国)の門下歌川貞升の弟子で幕末期の後期上方絵の代表者の一人。役者絵、美人画、風景画などを残している。二代貞信(1848-1941)は明治開化期の京阪神風俗や新聞挿絵などをした。

假名手本忠臣蔵三段目


種類別

【美人画】
鳥居清長「大川端夕涼」
歌川豊国「題不明」
窪 俊満「六玉川」
歌川豊国「美志んあハ勢」
二代豊国「風流東姿十二支−戌」
三代豊国「模擬六佳撰」
歌川国芳「題不明」
歌川国芳「風流名頭字尽−柳」
歌川貞廣「二代目とら」
豊原国周「題不明」

【役者絵】
歌川豊国「坂東三津五郎の玉屋新兵衛」
歌川豊国「関三十郎の千崎弥五郎」
歌川豊国「松本幸四郎の不破伴左衛門」
三代豊国「四季所作事ノ内−冬」
三代豊国「中村芝翫の大伴黒主」
三代豊国「放駒の長吉」
三代豊国「大星力弥」
三代豊国「坂東玉三郎の長吉」
三代豊国「市川団十郎の組定重次」
二代国貞「市村羽佐衛門のおのふ」
豊原国周「市村羽左衛門の時鳥亡霊」
長谷川貞信「假名手本忠臣蔵三段目」
三代豊国「尾上松助の和田志づま」
歌川豊国「三代坂東三津五郎」

【風景画】
歌川広重「五十三次名所図会−蒲原」
歌川広重「江戸名所百景余典−築地鉄砲州門跡」
歌川広重「五十三次−庄野」
歌川貞秀「横濱港崎町大門橋眞景」
葛飾北斎「箱根」

【その他】
歌川芳艶「川中島大合戦組討図」
歌川芳虎「義士四拾七人之内大星力弥良金像」
歌川芳虎「本朝武術名誉鏡」
歌川国芳「江都錦今様国尽」
菊川英山「題不明(子供絵)」


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