私の「コンピュータ」履歴書 No.1

コンピュータって何?


私が初めてコンピュータなるものに触れたのは、今を去ること20年ほど前、あれは高校1年の時でした。高校のコンピュータクラブなどというものに入ったのが、今思えば、私とコンピュータとの腐れ縁の始まりです。

私は、それまでコンピュータがどんなもので、何ができるのが全く知りませんでした。ただ、なんとなくそのクラブに入ってしまったのです。
その当時、私の通っていた高校には、コンピュータらしき代物が1台だけありました。たしかOlivetti製だったと記憶しています。机の上にやっと乗るくらいのタイプライタを大きくしたような格好の機械でした。記憶媒体としては、パンチカード(って言っても、今の若い人は見たことも無いかも知れませんけど)くらいの大きさの磁気カードっていうのでしょうか、片面が磁性体になっているカードを使っていました。その他、詳しいことはもう覚えていません。多分、アセンブリ言語のような言語を使って、出力はロール紙に打ち出すようなものだったと思います。
このコンピュータ、どんなものだったか、もしご存じの方いらっしゃいましたら、情報を下さい。情報が少なすぎて、わからないかも知れませんが・・・

とにかく私はそこで、コンピュータが電卓とどう違うのか、そんなところから、徐々に理解を深めていきました。当時、電卓はかなり一般的になってきていました。私の父親は、家で経理関係の仕事をしていた関係もあって、私の小学生のころから家に電卓があって、いろいろ遊んでいたものです。ですから、同じ計算をやるのに、電卓とコンピュータはどう違うのか、そんなところに疑問や興味を持ったのかも知れません。
そのクラブの顧問をやっていたのが数学の先生で、この先生は説明がうまく、私たちはすぐにプログラムを書くことが出来るようになっていきました。
私が一番最初に書いたプログラムはどんなものだったのか、もうよく覚えていないのですが、多分定番の「素数を求めるプログラム」といった類のものだったと思います。今から見れば、とても貧弱な能力しかないコンピュータでしたが、自分の思い通りにコンピュータが計算をして結果を出してくれるのが面白く、結構遅くまで残ってやっていたものです。

「バグ」という言葉を初めて聞いたのも、そのころのことだったと思います。自分の作ったプログラムがどうもうまく動かない、そんなときに、顧問の先生は「そういうのを『バグ』っていうんだよ」と教えてくれました。それ以来20年間、私(だけじゃないでしょうけど)は「バグ」に悩まされ続けているわけですね(^^;)

そのころ、CASIOがプログラム可能な電卓を発売している、ということを知りました。確か2〜3万円位の値段だったと思います。自分の家でもプログラムを動かすことが出来る、と知ったときに、どうしてもそれが欲しくなり、親に借金したり、あちこちからお金をかき集めて、買ってしまいました。プログラム電卓としては、往年の名機、FX-502PやFX-602Pの前の世代に属するものです。実家にまだあると思うのですが、型番は忘れてしまいました。表示が液晶ではなく、なんて言うんでしたっけ、緑色に光る奴です。大きさも、厚さが3cmほどあって大きめです。電源は単3電池かACアダプタでした。言語はFX-502Pなんかと似ていたような気がしますが、既に忘却の彼方です。
とにかく、これにもはまりました。家で自分専用のコンピュータを持つことができる、なんて当時夢のような話でしたから。これでも、夜寝る前に複雑な計算をさせて朝に結果を見たり、とかいろいろ遊んだ記憶があります。

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