「あのさ、あの例のトラブルの件、お客さんからさ、かなり強硬に抗議があったみたいでさあ」
「『例のトラブル』って、あのA社のやつですか? クライアント機の1台で業務アプリケーションが動かなくて…というやつ」
「そうそう、それ、それ」
「でも、数百台あるクライアント機のうちの1台でですよね、動かなかったのは。なんでそんなに大問題になったんですか?」
「詳しくは聞いてないんだけど、どうやら、その障害になったクライアント機、A社のCIOになっている役員が使っているやつらしんだ。で、そのCIOさんがえらい怒っているらしいんだよ。ま、自分のだけが使えなかったのが、かなり気に障ったみたいんなんだが」
「で、それがどうかしたんですか?」
「君にそのトラブルの原因を調べて欲しいんだよ」
「そんなこと言ったって、私はあのシステムとは全然関係ありませんよ。実際に開発に携わったわけでもないから、中身は概略しかしらないですし」
「そこはまあ、なんだ。第三者の目から見た方がトラブルの原因追求もしやすいかも知れないし」
「『トラブルの原因』と言ったって、あれって、クライアント機のアプリケーションのINIファイルが壊れていた、というか書き換わっていた、というのが原因だと聞きましたよ。違うんですか?」
「うん、それは間違いないそうだ。でもって、なぜそのファイルが壊れたのか、それを調べて欲しい」
「『なぜ』って、誰かが書き換えたかなんかしたんでしょ?」
「とにかく、例のシステムの開発担当や、何なら営業担当と話して、原因の調査をして、報告してくれよ」
「先日のトラブルの件なんですけど、何やら私に調査命令が出ちゃいまして、それで調べようと思っているのですが、そちら、開発の方にある情報を貰えませんか?」
「それがねえ、悪いんですが、何も無いんですよ」
「『何も無い』ってどういうことですか? INIファイルが壊れたと聞きましたが。その壊れてたINIファイルは手元にあるでしょう? どんな壊れ方しているのか、またファイルのタイムスタンプがどうなっているのか、そんなのを見れば、誰がどうやって壊したのか、調べる手がかりになると思うんですが。それくらいはありますよね?」
「無いです」
「それじゃ、調べようが無いじゃないですか。障害のあったクライアント機には残っていますよね、その問題のINIファイル」
「あるとは思いますが…そんなことより、原因を挙げた調査報告を早く出してください。うちもお客さんからせっつかれて困っているんですから」
「だから、そのINIファイルを持ってきてくださいよ。あと、イベントログとかなんやらのログファイル。それ無しで、どうやって原因を調べろ、と言うんですか?」
「だからあ、可能性のある原因の候補を挙げて、それが出たら、それに対する対策を考えます。とにかく原因ですよ、必要なのは」
「あのね、考えられる原因なんていくらでもあるでしょう? 何の情報も無しにそんなのを挙げていったところで、見当はずれになるだけで、その作業にどんな意味があるんですか?」
「意味があるか無いかはこちらで検討しますから、とにかく調査報告書を出してください。できるだけ早くお願いします」
「開発担当の方に資料を出してもらうようにお願いしたんですが、出してくれませんでした。それで、トラブルの原因を究明しろ、と指示されましても、それは不可能なんですが…」
「それでも、なんとか調査できんか?」
「そりゃ無理ですよ。そのトラブルの原因になった壊れたINIファイルすら入手できないんじゃ、どうにも調べようが無いじゃないですか」
「そうか…んじゃ、向こうの開発の部長に電話して聞いてみる」
「やっぱり情報は入手出来ないそうだ。お客さんがかなり怒っていて、とても向こうのクライアント機から資料を収集することすら憚れるらしい」
「それで…?」
「それにな、あるスジの情報では、その何とかいうファイルを壊したのは、ユーザである件のCIO氏らしい。今までにも、あちこちの設定やらファイルやらを弄って動かなくしては、ウチの方に怒鳴り込んでくる、という前科があるそうだ」
「…」
「だから、今回もその辺の事情があからさまになるような状況だけは避けたい、と」
「あのお、それでは、私にいったい何をしろと…。そこまで分かっていて、トラブル原因の調査も何もないんじゃないですか?」
「ま、オレも状況をよく知らなかったからこの間はああいうふうに言ったけど、ちょっと軌道修正。お客さん側にトラブルの原因があるようなことを書いて、向こう怒らせるようなことをせずに、かと言ってこちらにも責任が無いような原因、というのを見つけ出して、それで報告書が書ければいいなあ、と。というわけでよろしく」
「…」
いつも申し上げておりますとおり、この話は「フィクション」です。「フィクション」ったら「フィクション」なんだってば!!(泣)