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おめでたき日々

(2001年12月)



2001年12月23日

『文豪の愛した東京山の手』

●少し前の本だが、先日見つけて感心したものがあったのでご紹介しておく。
●『文豪の愛した東京山の手』(近藤富枝監修、文芸散策の会編)という本で、「漱石、鴎外、実篤、芥川を求め歩く」という副題がついている。日本交通公社発行のJTBキャンブックスという旅行ガイドの1冊で、写真が多く楽しく読める。実篤は麹町の生まれで「山の手」ということになるのだが、地理的歴史的な特徴がよく説明されている。また生家跡の写真などがあり、とても勉強になった(一度行ってみなければ)。
●実篤は麹町には大正のはじめ頃までしか住んでいなかったが、この本ではそこだけではなく実篤の生涯をとりあげている。内容も満足できるもので、実篤に興味のある方なら一度読んでも損はないと思う。初版発行は1996年11月だが、Amazonで見つかったのでリンクを張っておく。

実篤の遺言状

「文藝春秋」2002年新年特別号は80周年記念号で、特集は「遺書80人 魂の記録」である。著名人80人の遺言が出ているが、実篤も昭和11年の欧州旅行の前に書いた遺言状が出ている。生きて帰るつもりではあるが、万一に備えた書いたものだ。死後家族が困らないよう財産の分与についてが中心だが、末尾に借金について書かれているのが目を引く。
●今回のように印刷されると、家族へのことも借金のこともみな同じ大きさになり、同じような重みづけに見えてしまうが、実物を以前実篤記念館の展示で見たが、借金のことは小さな字で覚え書きのように書き添えられているのだ。実篤の本意が伝わらない残念な見え方だと思う(企画自体、どうも上品なものとは思えない。80周年に対する必然性も独創性もないし)。なお全集では、第18巻書簡の最後に収録されている。
●ちなみに実篤の遺言はこのときだけで、仙川の家屋敷を調布市に寄付する等は安子夫人の遺言によってなされたものである。

「芸術新潮」に「冬瓜茄子図」

「芸術新潮」2001年12月号の特集は、「アーティストたちの美味しい食卓」。高橋由一の鯛、マネのアスパラにまじって、劉生の「冬瓜茄子図」(1926)も取り上げられている。描かれた野菜について京・錦の市場で聞いたところ、「賀茂瓜」と教えられた等のエピソードが紹介されている。賀茂瓜とは冬瓜のことらしいが、京都で描いた絵について京都で聞いてみるというのは、なにごとも東京で考えがちな私にとって新しい視点となった。
●他にも「再現!芸術家たちのメニュー」では、国木田独歩の「ライスカレー」が出てくる。炊きたてのご飯にお好みの量のカレー粉(と塩少々)をまぶしたもので、今のドライカレーとも異なるが、独歩やそれを振舞われた田山花袋らは、これをハイカラな食べ物として食べていたのだろう。ちょっとおいしそうなので、今度試してみたい。

『ファン・ゴッホの手紙』

●ゴッホの没後100年を記念して、オランダ語版の書簡全集(全4巻)が1990年に刊行された。これまでの書簡集には削除や省略、伏せ字があったが、それらが近年の研究で明らかになり、今回の全集に反映されているそうだ。従来のゴッホの神話化を修正する新事実が明らかになっているとのこと。
『ファン・ゴッホの手紙』(全1巻、二見史郎編訳、圀府寺司訳)はその抄訳で、2001年11月にみすず書房から発行された。私は「新事実」にはあまり興味はないが、有用な方もおられるかと思い、ひとまず書いておく。


2001年12月4日

新潮文庫、異状あり?

●「新潮文庫解説目録」(2001年10月)を入手。こういったリストはインターネットで検索する方が効率が良さそうだが、私は漫然と紙の目録を見るのが好きだ。「文庫・新書で読む白樺派」の新潮文庫分をチェックしたが、若干の減少。実篤は『棘まで美し』がなくなってしまった。それから有島武郎『惜しみなく愛は奪う −有島武郎評論集−』が化粧直しで内容も充実。整理番号も変わっていた。トルストイは初期三部作のうち、真ん中の『少年時代』が欠けてしまった。リストは修正済み。
●それだけではなんなので解説者一覧をつくってみた。

む-1-1 武者小路実篤 『友情』 新潮文庫 (小田切進、亀井勝一郎)
む-1-3 武者小路実篤 『愛と死』 新潮文庫 (小田切進)
む-1-4 武者小路実篤 『真理先生』 新潮文庫 (亀井勝一郎)
む-1-12 亀井勝一郎編 『武者小路実篤詩集』 新潮文庫 (亀井勝一郎)
む-1-13 武者小路実篤 『人生論・愛について』 新潮文庫 (山室静)
む-1-14 武者小路実篤 『お目出たき人』 新潮文庫 (山本健吉、阿川佐和子)

し-1-1 志賀直哉 『和解』 新潮文庫 (安岡章太郎)
し-1-4 志賀直哉 『清兵衛と瓢箪・網走まで』 新潮文庫 (高田瑞穂)
し-1-5 志賀直哉 『小僧の神様・城の崎にて』 新潮文庫 (阿川弘之、高田瑞穂)
し-1-6 志賀直哉 『灰色の月・万暦赤絵』 新潮文庫 (高田瑞穂)
し-1-7 志賀直哉 『暗夜行路』 新潮文庫 (阿川弘之、荒正人)

あ-2-5 有島武郎 『或る女』 新潮文庫 (加賀乙彦)
あ-2-4 有島武郎 『小さき者へ・生れ出づる悩み』 新潮文庫 (瀬沼茂樹、本多秋五)
あ-2-6 有島武郎 『惜しみなく愛は奪う −有島武郎評論集−』 新潮文庫 (高原二郎)

た-4-1 伊藤信吉編 『高村光太郎詩集』 新潮文庫 (伊藤信吉)
た-4-2 高村光太郎 『智恵子抄』 新潮文庫 (草野心平)

く-2-1 倉田百三 『出家とその弟子』 新潮文庫 (亀井勝一郎)

●こうやってみると「近代文学」関係が多い。新潮の武者小路は亀井勝一郎というのは知っていたが、志賀に高田瑞穂とは初めて知った。

情報処理学会のホームページに、実篤記念館が登場

●研究報告「情報メディア」No.022(情報処理学会)に、実篤記念館のマルチメディア端末についての記事があった。中村広幸氏「文学館におけるマルチメディア −武者小路実篤記念館の事例を中心に−」がそれで、資料館開館の翌年1995年7月に発表されたものだ。
●この記事によると記念館のマルチメディアシステムはMacintoshにレーザーディスクを接続したもので、コンテンツはハイパーカードでつくられている。この構成は今でこそ少し古びて見えるが、当時はもちろん現在においてもひとつの完成した組合せと言える。また記事でも、ハードウェアやシステムといった容器(いれもの)よりも、展示コンテンツの作成に学芸員が関わった点を高く評価している。記念館が自館の展示コンテンツの作成に携わるのは当たり前のようにも見えるが、実際にはコンテンツ制作会社に素材を渡すだけで何もしない/できない記念館が多いそうだ。内容のみならず操作性まで記念館と制作会社が協力してつくったからこそ、今の楽しいマルチメディア端末があるのだと思った。
●中味のことを書くとなんだか難しく聞こえるかもしれないが(じっさい、上記論文は専門的なものだが)、端末の操作は簡単で記念館でも人気の展示物のひとつだ。私も初めて記念館に行ったとき、実篤の肉声や映像に接することができてとてもおもしろかった。その後何度も通ってほぼ全部のコンテンツを見たし、その一部を見るだけでも来館の価値はあると思う。

人気の展示品「実篤の硯」

●実篤記念館人気の展示品と言えば、実篤が愛用していた「穴の開いた硯」が挙げられるだろう。毎日使っていたので、墨をする部分がすりへって穴が開いてしまったものだ。愛用の墨と並べて展示されているが、添えられた中川一政の文章には、硯の方が実篤よりも先に寿命がつきてしまったとある。記念館の展示品はテーマに合わせて変わるが、この硯だけは必ず展示されている「常設」品である。

甘党実篤、ここにもあり

●実篤は甘党だったが、仙川にも実篤の描いたかぼちゃの絵を使った名物「南瓜最中」がある。インターネットで検索したら、東京都府中市にも、実篤ゆかりの和菓子があるようだ。武蔵一ノ宮・大国魂神社近くの亀田屋「鮎もなか」がそれで、店頭には実篤が書いた「府中名物 鮎もなか」という書があるそうだ。京王線府中駅またはJR武蔵野線府中本町駅から徒歩5分。大国魂神社は古社だけあって風格のあるよい神社なので、機会があれば一度おいでになるのをおすすめする(府中競馬場のついででも可)。


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