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おめでたき日々

(2000年3月)


2000年3月26日

●調布は梅がおわり、桃やボケが咲き出しコブシが満開です。桜の開花予想は29日だったと思いますが、今日は寒気がきびしかったのでどうでしょうか。

実篤作品とモデル

 私は文芸作品とそのモデルという問題には関心がない。構造論のように作品を分解して読んでいくこともしないが、一個の作品は作品として独立したものとして扱われるべきだと思う。実篤作品には作者の考えが強く出ているが、登場人物や舞台は実篤と関連づけなくてもじゅうぶん読むことができる。むしろ「人間万歳」のように荒唐無稽な舞台のものも多く、外見よりもその精神をこそ鑑賞するのが楽しい。

 そういう実篤作品にもモデルと密接な関係をもつものはいくつかある。中編小説「世間知らず」(1912年)は、実篤と房子前夫人(作品中ではC子)との恋愛・結婚を下敷きにしている。「しかしこゝに書かれたことが外面的事実と寸分もちがわないと思ふ人があれば、それは作者の手腕を買ひかぶってゐる人である。 」(『世間知らず』自序)とあるように、事実そのままを書いたものでは当然ないが、「事実ばなれ」が多い彼の作品の中では、より事実に近いものである。ただし「世間知らず」を単なる「告白」と読むのはもったいない。自伝小説「或る男」は主人公を「私」ではなく「彼」としていて、そこに虚構性を認めることができるが(*1)「世間知らず」にも虚構の臭いを嗅ぎつけ、何か新しい側面を読み取ることができるかもしれないのだ。

 実篤の(あるいは白樺派に共通の)基本的な創作態度・信条として「自らの実感にぴったりこないことは書かない」というものがある。その意味で彼の作品の部分部分は、彼の実感に合ったもの=彼自身をモデルにしたものと呼ぶことができるだろう。特定の「モデル」が作品外のどこかにあるのではなく、むしろ逆に作品のここかしこにモデルが遍在しているため、そういう詮索は意味を持たなくなっている。作品の背景をあれやこれやと想像して読むことはそれなりに楽しいが、そこから本質的な「読み」は引き出されないのではないだろうか。作品にまっすぐ向き合い、素直に読むところから始めてみるべきだと思う。

*1 渡辺聰「『或る男』−自伝に見る武者小路の転換−」(「国文学解釈と鑑賞」1999-2 特集 武者小路実篤の世界

2000年3月17日

●トップページに、尾道白樺美術館の「中川一政展」へのリンクを追加しました。会期はあとわずかですが。
「総目次」のページを久しぶりに更新しました。作業を半自動化してあったので、我ながら楽だと思いました。この辺は「武者組B」でいずれご紹介したいと思っています。

2000年3月12日

●落ち着いて文章を書く時間がなかなかとれず、このページもしばらく更新できずにいました。また「時間があいてしまったから、この次更新するときはそれなりに読みごたえのある文章を書こう」と思ったりするので、かえってそれがプレッシャーとなりまた筆が重くなるという悪循環に陥ってしまいました。「武者組」も毎週70〜100アクセスぐらいあります。見てくださる方々にもこのままでは申し訳ないので、大した内容でなくても(もともと大した内容のあるページではなかったのですが)少しずつ文章を書いていきたいと思います。最近はゲストブックも活発になってきました。こちらもあわせてご覧いただければと思います。ゲストブックのメッセージに触発されて、最近いろいろと考えたり読んだりすることもあります。そういったことも少しずつ書いていければと思います。

●有島武郎と三遊亭圓歌

 三遊亭圓歌の創作落語に「中沢家の人々」という噺がある。現代の老人問題を鋭く斬った(笑)傑作だが、この中で「今自分が住んでいるところは、有島武郎邸だ」というようなことを聞いたことがある。方角は合っていたから聞き間違いではないだろうと思ったが、活字になっていないので確認のしようがない。そうこうしているうちに「落語協会がインターネット寄席をやった」という記事を見て、さっそく行ってみた。するとトリは圓歌の「中沢家の人々」ではないか。RealAudio形式かMP3形式のいずれかいずれかで聞くことができるので、MP3形式(約8MB)で聞いてみた。20分弱の落語の12分過ぎにこういう一節が出てくる。

落語家で麹町のど真ん中に屋敷持ってるって落語家はあたしだけです。麹町のど真ん中、元有島武郎の屋敷に住んでます。あたしが引っ越してきた時は里見とんて先生がまん前だったな。二軒奥ってぇと泉鏡花住まいの跡。今だって(この辺よく聞き取れず)の隣は伊能チュウケイ忠敬さん子孫のうちってんですかね。真横が株式会社ツムラ本社。

 これで長年の疑問が解けた。


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(C) KONISHI Satoshi