ハローウィンは魔女とタンデム



 僕の大切な女性が結婚することになった。
僕は当然のような雰囲気をまわりに作っておき、お別れ会を企画した。
一度は仮装パーティーを仲間内で開催したいと思っていた僕は、季節柄うまくハロウィンに同調して貸切り専用のBARを1軒予約した。
横浜を舞台にしたTV番組でも使われるとても素敵なBARだった。
 本来のハロウィンは10月31日の夜に行われる。
仮装パーティーは彼女と僕の共通の友人をスタッフに、30人近いメンバーが趣向を凝らして集まることになった。

 僕の左隣で、てきぱきと仕事を片付けている麻子さんに声をかけた。
「お別れ会は、仮装にしよう」
退職に備えて引継の資料を作成していた彼女は、僕と斜めに向き合って膝を揃えはにかんだ表情で僕に尋ねた。
「わかった、仮面ライダーをやるのでしょう」
僕は第2案として考えていた仮装ネタを当てられ、彼女のデスクの上にあったキャンディーポットから飴を一つ取り出し、口へ放り込んだ。
「いや、違うよ。何か銃を持つ格好をしようと思っている。君は何をやるんだい」
「まだ決めてないわ」
「中国人の格好をするなら、カンフーの練習着を貸してあげよう」
彼女は以前一緒に写真を撮りに行ったときに僕が着ていた、ブルーの中国服を思い出した。
「あのときの服でしょう」
「Sサイズの、まだ袖を通していないものも1枚持っているんだ。髪をそれらしくして、靴を選べば十分だろう。よかったらやるよ」
と、僕は言った。
彼女は僕の提案に、明日休暇を取った用件を済ませてから渋谷へ寄り、これといったものが見つからなかったら電話をすると返事を保留した。


 スタッフと買い出しに出かけた僕は、ファンシーショップのハローウィンコーナーへ入った。
かぼちゃをメインとした各種キャラクターグッズの中からほうきに乗った魔女のキャンディーを見つけ、素敵なアイディアを思い付いた。
僕はそのキャンディーと魔女をかぼちゃに置き換えたもう1本のキャンディーも買った。

 職場には、香さんという麻子さんも僕も共通に親しい女性がいる。
今回の仮装パーティーにも、当然出席をお願いしていた。
香さんはどこかモンゴロイドを感じさせない、コーカソイドと中間的な雰囲気を備えている。

 僕は、彼女の写真も撮らせてもらったことがある。
落ち着いてしまったときの表情は彼女特有の大ざっぱな感じを認めるが、緊張気味の笑顔は麻子さんと同じような内面的なシンメトリックがあり、もともと美しい彼女をいっそう際立だたせる。
僕はマイフェイバリットフォトグラフとして、数枚の作品を永久保存している。

 職場はかなり広い敷地を持ち、社内を移動する場合は自転車を利用する人が多い。
1年程前他部門から帰って来る僕は、JRの引き込み線脇に設置された道路上で、自転車に乗る彼女とすれ違った。
黄昏時、逆光線のシルエットで見えていた彼女が順光線に切り替わり、僕はほうきに乗った魔女を見た。
それ以来、僕はトワイライトゾーンを確信している。

 麻子さんにかぼちゃのキャンディーをプレゼントし、もう1本を持って同じフロアの香さんの所へ行った。
僕はキャンディーの入った紙包を後ろに隠し彼女に尋ねた。
「いま、忙しい」
「なあに」
「ちょっと応接迄いいかな」
彼女は仕事を中断し、僕の後を来客用の応接室へ入って来た。
彼女とテーブルを挟んで差向いに座り、魔女のキャンディーを差し出した。
「はい」
「あら」
と、彼女は答えた。
事前にスタッフを通じて彼女の耳に届くようにしていたおかげで、彼女はキャンディーの意味をすぐに理解してくれた。
「やってくれる」
「いいわよ。でも帽子が大変ね」
「黒い服はあるかい」
「あるけど、それらしくないのよ」
彼女は僕が帽子を準備することで、魔女になることを了解してくれた。
また、当日重なってしまった別の宴会を途中で切り上げるために、僕がオートバイで迎えに行くことになった。


 僕はスタッフに事前準備を任せ、オートバイを用意するために一度帰宅した。
僕の仮装は、ようやくスワットに決定していた。
仮装のための小道具は、麻子さんとエレショーを見学したついでに、上野まで出て揃えていた。

 オートバイ用の革パンツの上に、ブルゾンを着込む。
装備はブーツを含めすべて黒で統一した。
Y型サスペンダーを取り付けたピストルベルトを腰に巻く。
サスペンダーとベルトには、マガジンポーチ,サイドアームホルスター,L型ライト,コンパスポーチをオプションで装備している。
ショルダーベルトを用いて、M16アソォルトガスライフルを背中に固定する。
マガジンポーチには、ガスボンベと精密研磨BB弾を入れる。
カレラデザインのサングラスをかけ、ベレー帽をかぶる。
我ながら少しさまになっているのは、銃器関係の専門誌を定期的に見ているからだろうか、と鏡を見ながら思った。
 ベレー帽をフルフェイスに取り替え、僕はオートバイでマンションのパーキングから出た。
信号に止められると、後ろについたドライバーが皆けげんそうな顔をしているのをミラーで確認出来る。


 予約したBARは運河を跨ぐ橋を隔てて、米軍施設と隣合っていた。
”ポールスター”。
昔は米兵で賑わっていたそうだが、一度売りに出され隣の”スターダスト”のオーナーが買い取っている。
橋の入口には、日本国政府のコーション文が書かれたバリケードが並べられている。
時折MPのパトロールカーがバリケードの前まで来て、引き返して行く。

 パーティーはスタッフの1人が道に迷い、定刻より1時間近く遅れて始まった。
僕は乾杯もそこそこに、香さんを迎えに出た。
彼女との約束の場所には5分程早く着き、歩道に乗り上げて停止させた。
僕はオートバイのシートを外し、リアショックユニットのプリロードを最強から2番目のポジションへ合わせた。
横羽線のランプから合流する交差点は、金曜の夜らしく、とても込み合っていた。

 横断歩道の方向へ曲げていたミラーの中に、彼女が駆けて来る姿を見つけた。
「待った」
と、彼女が尋ねた。
「定刻だよ」
と答え、彼女のバックを肩からクロスするように掛けてもらった。
彼女にフルフェイスを渡し、顎ひもを固定してやる。
 メインキーとキルスイッチをONに回し、タンデム用のステップをブーツのかかとで倒した。
エンジンを始動し、キュロットの彼女がタンデムシートへ座ったのを確認して、ゆっくりとスタートした。
タンデムのこつを教えないと、彼女がどのような反応を示すか試してみた。
徐々に速度を上げ、法定速度+αで車の流れに乗った。
先ず彼女は僕の腰に両手をまわして、加速を受け止めた。
バランスは崩れない。
タンデムの経験が幾度かある、もしくはライディングそのものをこなしている印象を受けた。
 赤信号に減速する。
彼女のフルフェイスが、ブレーキングに同期して小刻みに僕のフルフェイスへ接触した。
ただし重心のずれはなく、バランスはよい。
タンデムの経験よりスクーターにでも乗っているのではないかと、僕を確信させた。
減速時に問題があると感づいた彼女は、片腕を僕の腰に残しもう一方でリアのグラブバーを掴んだ。
僕はあまりの適応力に驚き、最近のオートバイが前傾姿勢を強要して昔のような乗り方が出来なくなったことを、彼女に説明する必要をなくしてしまった。

 彼女と僕は、所要時間12分のタンデム走行を終わり、”ポールスター”へ入った。


 パーティーは、ピンクのブタのパーツを着けた麻子さんが仮装コンテストの大賞を取り、とてもよい雰囲気でエンディングを迎えた。

”ポールスター”は、JRの駅まで歩いて20分近くかかる。
22時を過ぎ、希望者を順に2台の車で駅まで送る。
 スタッフと数人のメンバーが残った。
BARの借用時間が終了近くなって、 COFFEE をいれた。
魔女の仮装から着替えた香さんが、カウンターの中へ入り COFFEE のサービスをした。
心地よい疲れと残ったメンバーとの会話が、 COFFEE をとても美味しくさせてくれた。

 オーナーへキーを返し、アコードに乗るスタッフが麻子さんとその友人を私鉄の駅まで送るために出発した。
香さんと僕が、最後に残った。
彼女の希望で僕が自宅まで送ることになっている。
 エンジンを始動しギアをローへ落とした僕は、背後の運河に向かって後方確認を行った。
彼女を乗せゆっくりとクラッチをつないでスタートしようとしたが、冷えきったエンジンがアクセレーションにうまく反応しない。
ギアをニュートラルへ入れ、軽くレーシングする。
僕は跳ね上がったタコメーターの針が徐々に戻るのを見ながら、魔女とタンデムするとどのくらいのスピードで空を飛べるかと、ふと疑問に思った。