駅の改札を出て約30分を経過していた。
市内の中央駅からわずか2駅しか離れていないにもかかわらず、駅前のロータリーはのどかな雰囲気でいっぱいだ。
午後2時過ぎのけだるい感じが、吸い込む空気にさえとけ込んでいた。
車で迎えに来てくれるはずの彼女は、まだ到着しない。
券売の窓口を通り過ぎ、缶飲料の自動販売機まで歩く。
コインを1枚入れ、コーラのボタンを押した。
午後の静けさに缶の落ちる音が響き渡り、思わず辺りを見回してしまった。
駅舎から張り出した軒の下で、先ほどから人待ち顔でたたずむ女性がくすりと笑い、こちらを見ないふりをしている。
ブルーのワンピースに白い帽子が、清楚な感じを醸し出している。
コーラを取り出し、プルリングを引く。
グリーンの地に赤文字のロゴが、とてもセンスよく映えている。
缶に占めるカラーバランスも影響しているのだろう。
底に貼られたシールを見ると、原産国はカナダになっていた。
僕はコーラを飲みながら、ロータリーを一周することにした。
背もたれの壊れたベンチとコンクリート製の重石が付いたバス停が、ロータリーに沿った歩道上へ設置されている。
バスを待つ人は誰もいない。
時刻表を覗き込む。
行き先は1系統だが、途中止まりが2カ所。
朝夕を除くと、時間当り1.5本だ。
ベンチへ腰掛け、コーラを一口だけ飲む。
甘さは適度に抑えられているが、炭酸の力が弱い。
改札口へ向いていた彼女が、柱のこちら側へ回り、空を見上げている。
ベンチを立ち、散策を続ける。
ビデオとCDのレンタルショップは、まだクローズしたままだ。
ここの住人は夜型なのだろう、営業時間は15:00〜3:00となっていた。
ぽつんと目立つ、木造2階建ての布団屋がある。
ガラス製のショーウィンドウには、名前もわからない花が散りばめられた、ごく一般的な布団が積み上げられ、ビニールを被った枕が吊り下げられている。
枕カバーのほとんどは、子供向けTV番組のヒーロー達が悪役と戦っていた。
布団屋の隣は、フローリスト・ショップだ。
店頭の隅に、スチール製のスタンドに乗った赤電話がたたずんでいる。
パスケースを取り出し、赤電話まで歩く。
電話番号を確認し、ジーンズのポケットから硬貨を3枚取り出す。
コーラの缶を電話帳の棚へ置き、ダイヤルを回す。
呼び出し音が続き、6回目のコールで接続される。
2,3秒の沈黙があり、留守番電話が彼女のメッセージを伝え始める。
ハンドセットを戻し、落ちてきた硬貨をポケットへ入れる。
電話のスタンドから店の反対側までは、バケツに入れられた花が並んでいた。
僕は薄いピンクのバラを1本抜き取った。
バケツに下げられた価格表は、100円硬貨3枚でお釣りがあることを示していた。
バラは3分の1ほど葉を落し、茎はアルミホイルで包んでもう。
僕は散策を終えて、改札の前まで戻った。
約15分を経過していた。
電車が到着し、3人の降客が出て来る。
彼女が時刻表まで歩き、次の電車を確認している。
あと15分待たないと、電車が来ない事を僕は知っている。
僕はメッセージ・ボードまで歩き、伝言を記入した。
”今日の箱根の夕焼けは、残念ながら締め切りました”
書き終えるとポケットのバンダナでチョークの汚れを落し、彼女の所まで歩いた。
「来ないようですね」
「ええ」
彼女の表情に訝しげな様子はなく、素直な返事が帰ってきた。
僕はちょっぴり勇気づけられ、
「これ、あげます」
と言った。
「私に」
「はい」
「よろしいのかしら」
僕が花を差し出すと、彼女は嬉しそうに受け取った。
彼女が黒いポシェットから飴を取り出し、僕に渡す。
「どうぞ」
「ありがとう」
飴は、アセロラの味がした。
「僕は待ちくたびれたので、帰ります」
と言うと、にっこり笑って僕の握っているコーラの缶を見つめ、
「素敵な色ね」
と、言った。
頬にひろがるそばかすが、笑った表情に屈託のなさを増幅する。
ロータリーへバスが入って来る。
僕は電車をやめて、バスで繁華街まで出ることにした。
「じゃ、さようなら」
「お花を有難う」
僕は歩きながら最後の一口を飲み、空缶をくずかごへ入れた。
アセロラとコーラの微妙な味がした。
バスへ乗り込み、一番奥のシートへ座ると窓を開けた。
バスが発車し、ロータリーを大きく回る。
僕が彼女へ手を振ると、バラの香りを嗅ぎながら、もう一方の手を振って返してくれる。
日陰にいる彼女とロータリーの照り返しが、思った以上に強いコントラストを作り、夏への扉が開いていることを教えてくれた。
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