9月の第4週、梅雨からのぐずついた空模様が今日もあやしい。
2日前に発熱した夏風邪は3回目の解熱剤投与で収まり、熱いシャワーとカップ3杯のCOFFEEが、出かける前の気分を楽にさせてくれる。
ツーリング用のタンクバックにテニス用具とツナギタイプのレインウエアを詰め込み、タンデム用のフルフェイスをリアシートへ固定する。
ガソリンコックのレバーをONのポジションまで回し、キックペダルをゆっくりと踏み下ろす。
スターターノブは引かない。
暖かい季節の2ストロークエンジンは、チョーク機構を作動させない方が始動が容易になる。
アクセレーションはキクックペダルの工程に合わせず、タイムラグをもたせ、全閉から1/2まで開く。
サイレンサーに蓄積されたカーボンをトーチで焼き落としたばかりのチャンバーは、以前に比較して太めのエクゾーストノートを聞かせ、回転計の針は吹け上がりが改善されたことを示してくれる。
風に舞った雨滴が不定期にシールドへ落ち、僕を憂欝にさせる。
鎌倉街道を16号と合流する交差点から裏道へ入り、京急のガードを2度くぐって桜木町へ出る。
駅前の中州に建てられたビルを1周し、歩道へ乗り上げて止める。
両サイドを6車線の道路に挟まれた中州は、1度に2つの横断歩道を渡ろうとする人達で周期的に混雑している。
JRに併設された私鉄の高架ホームへ、折り返し運転となるステンレスボディの急行が入り、改札口を出た彼女が小走りに中州へ渡って来る。
スポーツをするときに見せてくれる彼女特有の化粧が、今日もとてもよく似合っている。
16号をタンデムで南下し、久里浜へ向かう。
杉田を通過する頃から再び落ち始めた雨粒が、金沢文庫の手前で本降りに変わる。
国道沿いに、広い植え込みを持ったパーキングを見つける。
ショックを避けるために段差をなくした部分から歩道へ乗り入れ、そのまま走り続ける。
植え込みの中央部にオートバイを停止させ、ブルーのレインウエアを取り出して彼女へ渡す。
彼女はライダー用のレインウエアを着るのは初めてらしく、ファスナー部分に手こずっている。
表層部のベルクロテープを1度襟元から剥し、中間層のフラップを整えてから止めてやると、3重構造に作られた防水機構に感心している。
僕は同色のブーツカバーだけを着ける。
雨は局地的なものらしく、横須賀方面の空はとても明るい。
途中で昼食を取り、ほぼ約束の時間にコートへ到着する。
雨は市街に入る前に止み、コートには薄日が射している。
インストラクター役のアコードに乗る彼も含め、3人で1面を使用し、練習を開始する。
4年ぶりに振るラケットは、ボールに目がついていかないせいか、なかなかスウィートスポットに当たらない。
彼女は僕より少し出来る程度で、インストラクター役の彼も僕達2人を相手にかなり手こずっているようだが、1時間もするとストロークの続く確率が急に上昇する。
風邪が完治していないせいか関節がだるく、15分に1回は休憩を取る。
ベンチに腰掛けていた僕の前へ彼女が立ち、テニスシューズを片方脱ぐ。
穏やかに足をシューズの上へ乗せる彼女を見ていると、1週間前の出来事を思い出した。
退社後にJRのホームで電車を待っていた彼女は、僕の隣で右足の靴を脱ぎ、爪先で器用に靴を整えるとその上に足を置いた。
驚いた僕が何をしているのかと尋ねると、”くつろいでいる”と彼女は答えた。
僕は自分にストックしている言葉ではとても形容出来ない彼女に対する素敵な感覚でいっぱいになり、その場ではただ微笑んで見ていた。
テニスコートの上には青空が広がり、セスナが1機通過する。
僕は”バリバリバリ”とアソゥルトライフルを口真似してセスナを攻撃する。
彼女は僕の無駄口に対応せず、青空に吸い込まれていくセスナを見ている。
今またコートでくつろいでいる姿に、僕は彼女が大好きだという事を確認した。
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