岡庭 昇 の仕事
書評 『太平洋の旭日』(パトリシオ・エイルウィン&池田大作/河出書房新社刊行)
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月刊「第三文明」2月号(第三文明社刊)に『太平洋の旭日』(パトリシオ・エイルウィン&池田大作/河出書房新社刊行)の書評(by 岡庭
昇)が掲載されました。
●人間の多様性と共通性を尊重
これは、1973年の軍事クーデター以来、13年にわたって南米チリを支配した軍事政権を、平和の内に退かせ、1990年3月、民主政権を実現したパトリシオ・エイルウィン・アソカル前チリ大統領と、池田大作創価学会名誉会長のあいだに交わされた討議の書である。
もともと学究の人で、いわゆる政治家ではないとはいえ大統領を務めた前者と、宗教家である後者には、問題意識の共有は前提でありつつも、いささかニュアンスの違いが感じられる場合がなくもない。たとえば国家という枠組みを超越したところに本質的な問題の立て方を試みる池田氏に対して、それに賛成しながらも、エイルウィン氏はその場合国家に代わる「法的な主体」の不在にこだわらざるを得ないというように。
だが、むろんそれは相違や、まして対立などではなくて、国家を超えた人類的な立場が前提であること、そこから国連に依拠しつつ「環境国連」などの創立に力を尽すべきである事において一致していることはいうまでもない。その前提のもとで、貧困や戦争の乗り越えが、民族や国家の枠を超えた連帯の実現がさまざまに模索されている。
ある民俗学者は、「帝国主義とは同一性の強制である」と定義した。たとえば、アメリカ外交の「切り札」である「人権」だが、それ自体はむろん正しいにせよ、状況によっては、なにやらこのことばを想起させる面がなくもない。池田氏はあざやかに述べている。
<文化の力は、人間の多様性と共通性を、同時に教えてくれます。世界の人々の多様な生活様式や伝統文化を、互いに尊重しつつ、互いに人間としての共通の基盤に立つことを自覚していく――この精神は、人権を保護していこうとする生き方と、完全に合致しています。>
多様性と共通性のこの両義性、もしくは両義性そのものの両義性、とでもいうべき弁証法。民族の固有性の尊重と、地球的な発想の重要さが両立しなければならないといったように、この両義的(であることによって総合的でありうる)への認識は、本書の全体に一貫しているのであり、そのことによってわれわれにとっての貴重な教訓となっている。
●連帯・共生への本質的な思考を提起
この討議において、いわゆる南北問題は、必然的に重要な課題の一つである。豊かな「北」と貧しい「南」が現実に両立していること自体が問題なのは言うまでもないが、さらにそれがただの併存ではなく、前者の後者に対する収奪によって構造的に存在させられていることを正しく指摘したあと、さらに本書のすばらしいところは、南の貧困は北にとってもみずからの課題であることを提起している点である。これは倫理的な課題だけではない。きわめてアクチュアル(現実的)な「分析」であもあるのだ。
わたしはかつて、あるアメリカのルポ・ライターの、世界一富裕国である同国にじつに3千万人に及ぶ飢餓人口がある、という驚くべき報告を引用して、問題を提起したことがある(『メディアの現象学』『自己決定力』など)。
いま、日本では官僚独裁が、自分たちに責任がある「危機」を市民に押し付けようとして、露骨な福祉攻撃を展開しようとしている。それはこの国の権力の問題として批判されなければならないのが、理想的とされた北欧諸国の福祉さえ、ある意味では困難な状況であるようだ。
福祉を経済の範疇で捉えるのが間違いなのはいうまでもない。同時に、それだけではなく、たとえ先進的、民主的でも、資本主義そのものがある種の限界に達していることが認識されねばならないのであろう。
余剰からの支出という観念にとどまらない、あるいは資本主義に並行する理念的な義務という発想にもとどまらない、新しい福祉概念が求められているのだが、これは同時に、人類規模においての連帯そのもののありように関する課題でもある。この点でも本書は本質的な思考を提起してくれている。
わたしはこの課題は、経済概念を超えた、協力、援助、励まし、手助けなど、いわゆる「贈与」に根本的な解決を委ねるのだろうと考えている。これは理想論ではなく、あくまでも現実的なあり方として問われている。
軍事力などの力による抑圧」をまっこうから否定するエイルウィン氏は、また理想主義が他者に対してその理想を強いる権利を持つと錯覚するとき、また力による専制主義に陥ることを指摘する。人権も環境も、人類にとって課せられた問題は、究極のところ人間の存在の根本に立脚するので、たとえば人間存在に対する根本的な尊厳のないところにいかなる課題もありえないと池田氏はいう。これらのすばらしい論理が、なによりも人類の「共生」においてひとまず結論に達する、この生き生きとした展開に感動した。