「林檎と核兵器」 岡庭
昇
●空爆そのものが狙い
林檎と核兵器とはまた、まるでシュール・リアリズムだねといわれそうだが、これはリアリズムをシュールしているのではなくて、まさにあたかもシュールなまでに究極的なリアリズムなのである。すなわち、「チョー現実的」なのだ。
アメリカが(NATO軍という形を使って)行ったユーゴ空爆を、わたしは何度か批判してきた。それも原理的に批判してきた。
もとより、原理的であるということは両義的である。たとえば、およそ絶対的な悪に対して、エクスキューズなどというものは成り立たない。空爆を含む戦争犯罪こそ、その最たるものである。だが、しばしばわたしたちはそこで論理的な間違いをしてしまう。一つは戦争に本来正義があり得るのか、というまっとうな理屈において。
しかし、まともであれ、やはりそのような発想は批判されねばならない。というのも、それは結局、戦争が一般的に罪であるという論理において戦争犯罪を戦争一般のなかに解消し、結果としてそれに与えられるべき絶対的にエクスキューズが成立し得ないという原理的な批判をなし崩しにしてしまうからである。だからしばしばそういう態度は、論理的なアクロバットとでも言うべきシニシズムに落ち込む。動機が正しいニヒリズム、とでも評すべきか。
戦争と戦争犯罪は、たとえどちらも犯罪であるという立場からしても、やはり峻別されなければならない。では前者にはエクスキューズが成り立つ場合があり得るのか、という理屈(あるいは立場)はわたしも選択したいところではあるが、わたしたちの批判活動は一義的に「状況批判」でなければならないという「決意」から、そのような抽象性と背中合わせの理屈を採らない。
もう一つは、理由の正当性を並べ立てて手段に対する批判を棚上げしようとする、いわば帝国主義お得意の方法である。そこでは常に、「奴らの戦争」は不義だが「自分たちの戦争」は人助けなのだ。まさにこの図式通り、ユーゴ空爆にあたってアメリカはミロシェビッチの非人道ぶりとそれによって迫害されたコソボ民衆の困苦の現実を大々的に喧伝し、日本のマスコミ(つまり権力)はそのまま宣伝を広げた。
すこしでも現実を知る者なら、たとえば直接の帝国主義植民地である中南米では、そのアメリカがどれほどミロシェビッチまがいを後押ししているかを知っている。アジアの戦後半世紀において、アメリカが作り維持した権力の多くが、民衆にとって強権と迫害のイメージに包まれたものでしかなかったことを知っている。いまさらサダム・フセインとミロシェビッチに対して、それを懲らしめる正義の味方を装うなど、まさに笑止というものだ。
またコソボの民衆を救出するのに、空爆しか選択肢がなかったなどという証拠はどこにもない。事実はそれは、アメリカがそうしたいから選び採った方法以外のものではないのである。
すでに述べたように、第二次大戦後の朝鮮とベトナムという二つの大戦場で、ヤルタ・ポツダム体制の支配者であるアメリカは、にもかかわらず敗れた。以来アメリカは、戦場に参加すらしようとしないまま、もっぱら遠距離空爆で戦争を仮装するという卑劣な方法に専念することになった。断るまでもなく、直接の戦闘行為に支えられた戦争より、はるかに一方的であり、ある意味では残虐である。これに加えてどこかに「けしからん独裁者(事実かどうかはどうでもいい)」を設定し、そのフィクションと空爆を組み合わせる。つまり「世界の敵」を仮装しつつ、それを叩く。これはリビアのカダフィから本格的に始まり、もう名前は忘れたがソマリアの独裁者将軍に、そしてサダム・フセインからミロシェビッチに繋がる路線である。ユーゴ空爆は、いかなる理由にも先行してそれ自体がもともとの狙いだったのである。
この方式において、いま格好のターゲットにされようとしているのは、朝鮮民主主義人民共和国でありその指導者の金正日であるだろう。その「仕掛け」の計算に基づいて、日本にガイドライン体制を強制した。三党連立独裁は、それが持つあまりのいかがわしさゆえに、この法案が含む国家総動員体制の側面を、こっそり国会審議途中に滑り込ませなければならなかった。すなわち地方自治体に課せられた、拒否権なき戦争協力体制の法制化である。15年戦争下のファッシズム体制においてさえ、第二次大戦開戦の後になって法制化された国家総動員体制を、いま日常の制度にしようというのだから呆れるしかない。だが、不景気が持ち直すなら、どのような悪魔にでも魂を売り渡す(それともすでに魂などない?)という退廃にこの国の人々は捉えられているのか、さほど懸念の声さえ挙がらないまま民主主義処分は完了した。
●転向したアメリカ
さてそれはともかく、アメリカによるユーゴ空爆にどれほどのいかがわしさが存在していようとも、実はわたしはそれらいっさいに関わらず、それは空爆が空爆であるゆえにこそ犯罪なのだと、あくまで原理的な主張を改めて確認しておきたい。そしてこの点において頑なに原理的であることが、この半世紀のアメリカ世界支配(ヤルタ・ポツダム体制)の本質を正しく問い返し、その現在の悪辣さを理解する手助けになるだろう。
いいかえればその鍵は、民主主義の分岐点を理解することである。わたしはそれを歴史的時制においては1938年のゲルニカ空爆に、意味的にはそれによるアメリカ民主主義の国家的な総転向にに求めるのである。
いうまでもなく、空爆とは非戦闘員、弱者、病人を含む居住者に対する無差別攻撃であり殺戮である。1938年、スペインのバスク民族の都市ゲルニカはファシストのフランコ軍に対決していたが、そこにドイツのナチス軍が空爆、すなわち無差別虐殺を行った。このニュースは世界を震撼させ、連合軍側はファシストの非人道性の証明だとして非難した。非難した側にはアメリカもいたのだが、それはアメリカが民主主義を欺瞞でなく主張する、実は最後の機会でもあった。大戦下に始まった対ソ冷戦がそれをまぎれもない帝国主義に純化させ、東京大空襲などの日本への空爆、引き続く広島、長崎への原爆投下をもたらしたのである。対ソ連戦略のためにだけそれら巨大な戦争犯罪が敢行された。したがって、その時点で「アカ狩り」もすでに必然されていたのである。国家を挙げた組織的戦争犯罪は、必然的に民主主義そのものの転向である。亡国の志をもってアメリカ民主主義に青春を託した石垣綾子が、同志であるまぎれもない良心的民主主義者アグネス・スメドレーともども、戦後「共産主義者」として追放されることになる。
ここに語られているのは以下の真理である。この半世紀世界を支配してきたヤルタ・ポツダム体制がただの抑圧機構でしかなかったのは、すでにその「価値」軸である民主主義が当初から国家ごと転向した、インチキのそれであることを以って既に証明されている、と。そしてパール・ハーバーから日本空爆、果ては原爆投下に至る過程を一つのパターンと捉えるなら、改めて半世紀の支配を可能としてきた軍事構造を容易に知ることができるだろう。「ヒロシマ」といえばただちにヒステリックな「パール・ハーバー」という声が返ってくるアメリカの現状は、つまりはサダム・フセインが他国に進入したからイラクの民衆にどれほど残虐な行為をしても当然だという感性と同じものであり、そのままユーゴ空爆非難に対抗して「可哀想なコソボ住民」を振りかざす御都合主義な大合唱と瓜二つである(断っておくが、わたしはなにも「居直り史観」に同調しているのではない)。
この偽りの民主主義宣伝に守られた軍事支配体制は、同時に遠距離空爆という卑劣残虐な方法と科学兵器(その最たるものが核兵器である)の使用という二点において、常に戦争犯罪とセットになっている。この事実こそが重要なので、それゆえにわたしはアメリカを、感情的な理由からでなく「悪魔の帝国主義」と呼ぶのである。
広島、長崎への原爆投下が、対日本戦においてはどのような意味においても不要であり、ソ連を威嚇するためになされたことはほとんど常識だが、もう一つの悪魔たる所以として、日本降伏後、つまり投下から日も浅いうちに専門家が投下現場に入り、膨大な「データ」を採集して持ち帰ったという事実がある。広島、長崎はこの最大にしてもっとも残虐な科学兵器の「実験」の場にもされたのである。
●もはや一方的な殺戮
そしてこの悪魔の帝国主義に支配された世界では、同じ構造の「二重の戦争犯罪」は必然である。ここに、湾岸戦争において、ある種の核兵器がアメリカによって大量に使用されたというまさに糾弾されるべき事実があるのだ。「劣化ウラン弾」がそれである。
かつてジョンソン政権の司法長官を勤めた高名な人権活動家ラムゼイ・クラークは『劣化ウラン弾―湾岸戦争で何が行われたか』(国際行動センター劣化ウラン教育プロジェクト/板倉修・監訳、日本評論社)に寄せた文章で、アメリカ陸軍は「少なくとも14,000発の劣化ウラン弾を打ち込んだ」ことを認めているが、自分の調査では「90万発を超える」と述べている。
劣化ウラン弾は想像を超えて残酷な武器である。それはもはや戦争ではなくて一方的な殺戮である。その点で、空爆が戦争犯罪である本質を、さらに極限まで引き伸ばしたものである。
劣化ウラン弾は現在の戦車では止められない。要するに防衛のしようがないのである。退役軍人で「湾岸戦争症候群」の研究家であるダン・ファーヒーは、その上「イラクの戦車の有効射程距離が約2,000mなのに対してアメリカのそれは約3,000mだった」という事実を指摘している。繰り返すが《劣化ウラン弾が「ロシア製T−72戦車の砲塔に命中しこれを完全に貫徹して次の戦車に命中し(そして破壊した)」例がある》(同)という現実の上で、さらにそうなのだ。彼は指摘する。《空軍のA−10攻撃機「戦車キラー」はイラクの装甲車や大砲に対して広い範囲で使用された。(略)劣化ウラン弾によって破壊された大砲や装甲兵員輸送車両その他の装備は数千に昇る。戦争の終結までに使われた弾丸から約300ウランが、大きさはいろいろだが、イランとクエートの戦場にばらまかれ朽ち果てていった》(同)。
かかる戦闘、このような空爆が、すでに戦争ではなく一方的な殺戮であることは繰り返すまでもない。そしてこれはまた、膨大な核兵器の使用による「核のばらまき」でもあるのだ。まことにラムゼイ・クラークの警告は当然のことである。彼はこういう兵器によって「子供を死なせることが」、「人間として許されるのか」と切実に問いかける。そしてきっぱりと提案するのだ。劣化ウランをただちに廃棄しよう、と。
《技術によって人間はあらゆる欠乏から解放されると思われていた。そうでない。人間は前例のない苦痛と死にさらされているのだ。技術は、大量破壊兵器の製造に用いられ、全住民を孤立化し生死に関わる経済制裁を執行するために用いられている。人命を脅かす技術の効果をしっかりつかまなければ、解放者であるはずの技術は、われわれを滅ぼすだろう。兵器技術はわれわれが求めるべき解放ではない。問題はこうだ―技術を支配するのは誰か、人民か、それとも金権政治家か》(同)。
ユーゴ空爆で劣化ウラン弾が使用されたという、公式の調査結果はまだないようだが、使われていないわけがない。それは要するに、いまやいっさいの戦闘行為さえもが不在の、つまりは空爆という戦争犯罪だけに純化した「戦争」だったのだから。
アメリカは、他国の原水爆実験には威嚇的に抗議し、化学兵器を戦争犯罪として先頭にたって弾劾する。だが、みずからは日本空襲以来、ユーゴ空爆に至る半世紀、科学兵器と核使用の張本人だった。他国に対しては、あざといまでに戦術的に人権を振りかざし難詰するくせに、世界支配を維持するためには人権圧殺以外のなにものでもない攻撃、侵略を行ってきた。これがアメリカの、その一人勝ちゆえにますます独裁を強めたヤルタ・ポツダム体制の本質であることを、「資本主義とアメリカが大好き」で、その勝利による冷戦体制の転換をただ歓迎している日本人は、痛切に確認する必要があるだろう。
ここでわたしは、環境問題にかかわったテレビ・ドキュメンタリストとして(環境問題の書き手としても)以前公にしたある現実を想起する。それはかつてアメリカがワシントン州の林檎を日本に押し込もうとして、害虫の持ち込みを理由に抵抗する農水省に対し、放射線照射による害虫駆除を提案(威嚇?)してきたことである。輸入農産物に対する度重なる「薫蒸」処理は、確かに極めて危険なものである。EDBや臭化メチルといった人体に危険な劇薬で害虫駆除を行うのであり、わたしはそのような手段を用いてまでわざわざ農産物を輸入する体制そのものを繰り返し批判してきたのである(くわしくは『飽食の予言』情報センター出版局・参照)。
しかし薫場処理がいくら危険だからといって、替わりに放射線を照射して、害虫が近寄らない状態に農産物を変貌させることが「より良い対策」だ、などという言い方はもとより冗談にもならない。
重要なことだが、アメリカはそこで、どのような意味でもポスト・ハーベスト農薬や薫蒸問題に関わる論争、あるいは再検討をもちかけてきたのではないという事実である。その「提案」は、アメリカの国家的プロジェクトとして、輸出農産物のための放射線照射工場を作ることが前提だった。そもそもは、まず「工場」の発想があったのだと思う。原発や原子力兵器産業を国家が後押しし、あるいは共謀して、原子力産業に発生した膨大な「核のゴミ」の処理がはかられ、税金が使われた。そしてその「処理」のひとつの手段として林檎への照射が仕組まれたのである。
林檎と核兵器が、まさに同じ位相において登場する。林檎への照射と劣化ウラン弾は、どちらもまさに端的に、原子力産業の抱える膨大な「核のゴミ」を処理するため、国家プロジェクトとして考案され、農産物輸出(の押し付け)と戦争(のデッチ上げ)という、それぞれアメリカお得意の国家行為において「処理」された。それはまた、「有効需要の創出」という概念の、いわば最高度のイロニーにおいて、ニューディールに代表されるケインズ主義的理想の無惨な結末でもあった。
すでに述べたように、1938年の「ゲルニカ」から1943年の「東京」に至る距離に、アメリカ民主主義のまさに対極物への転換がある。以来半世紀、わたしたちの世界はこの悪魔の帝国主義によって、その名にふさわしいやりかたで支配されている。
「月刊TIMES」/1999年11月号