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涙の七夕デート 窓越しに、朝から降り続く雨を見つめていた呂蒙が、大きなため息をついた。 「くっそ〜、この雨じゃ、ナイターお流れだな」 「残念でしたね先輩。せっかくの内野指定席だったのに」 「まあ、子敬どのからもらった招待券だからさー、こっちの懐は痛まないからいいんだけどね。この時期はやっぱりドーム球場じゃないとダメだよな。それにしても、何だかお前はウキウキしているように見えるぞ、伯言よお」 呂蒙にそういわれて、陸遜は思わず照れ笑いを浮かべた。 「なるほど、七夕デートってことか〜」 「はあ、一年ぶりに田舎から彼女が出てくるんです。…で、今夜は食事でもしようと」 「ホントに食事だけかよー (^^)ニヤリ」 「やだなあ、いたって健全なお付き合いですよ」 終業の鐘まで、あと5分。陸遜はさっきから何度も腕時計を気にしている。気持ちはすでに彼女の元へ飛んでいるのだろう。 そういえばコイツ、今日は派手なネクタイなんかして、いいところ見せようっていうんだ。もともと美形だから、おしゃれをすると本当に垢抜けるんだよなと、呂蒙は思った。 俺なんか…。まあ羨んでもしょうがないし、今夜は野球観戦が流れたので甘寧あたりを誘ってビールでも呑みに行こうかなと、内線番号を探し始めたとき、いきなり背後で扉が開いた。 「おい、おまえたち、命令を聞いていなかったのか」 入ってきたのは、カーキ色の少しぶかぶかした防災服を着た孫権だった。 「命令…ですか?」 二人は怪訝そうな顔で孫権を見た。 「長江上流で大雨が降ったので、東呉の災害対策本部が設置されたんだ。今夜は全員職場待機だ」 孫権は、早々に書類を片付けている陸遜のところへツカツカと近づいてくると、おしゃれなネクタイをグイと引っ張った。 「東呉の住民の生活を守ることが我々の任務だということは、わかっているだろうなー」 「…はい(--;」 この機嫌の悪さ。どうやら孫権もまた、何かを犠牲にして「命令」に従わせられているのだろう。 「よろしい。兄上も公瑾どのたちも、すでに災対司令室で待っている」 孫権は同朋を得て満足げに頷くと、陸遜の頭に「呉」と書かれたヘルメットを被せて部屋を出て行った。 「しょーがないよなー。七夕には雨がつきものだからなあ」 そういうと、呂蒙は受話器を取って陸遜に押し付けた。 「ほれ、電話しとけ…」 「…せっかくの三ツ星レストランだったのに…(泣) 牽牛と織女に恨まれたかな…」 ぶつぶつ言いながら陸遜が彼女に電話をしているのを、横目で見ていた呂蒙の机の上の内線電話が、不意に鳴った。もう終業ですよ〜と鷹揚に受話器を取った瞬間、「ぐずぐずしとらんで、早く来い!」と孫策の怒鳴り声。思わず飛び上がって直立した呂蒙は、受話器に敬礼しながら「すぐ行きます!」と答えた。 「どこかに隠しカメラでもあるのかね。さっさと来いってさ。…ったく、要は最新鋭の防災情報システムを使いたくてしょうがないんだろう。伯符さまは…」 度重なる長江の水害を防止するため、東呉は国家予算の十分の一以上を、このシステムに投入していた。上流から河口までの各潮位と観測ポイントの天候までもが、瞬時に災害対策本部のモニターで確認できるのだ。 呂蒙はロッカーから防災服を引っ張り出すと、ぱっぱと着替えて、先に行くぞ!とヘルメットを掴んで部屋を飛び出して行った。 「先輩ー。抜け駆けはずるいです」 陸遜は諦めモードでロッカーを開けた。そして防災服に着替えようとスーツを脱ぐいだ時、ハラリと足元に彼女の写真が落ちた。 「ごめん、でも、これが男の仕事なんだ〜!」 拾い上げた写真を見つめながら、再度許しを乞う。キャンセルの電話をしたときの、彼女のそっけない声が耳元に冷たく残っている。 「あー、もうだめかもしれない;;」 「何をしているんだ、伯言」 振り向くと、そこには気難しそうな顔をした周瑜が立っていた。スラリと背が高い周瑜は、色気のない防災服も見事に着こなしている(笑) 気の短い孫策は、ついに周瑜を遣って自分を迎えにきたのだろうか。 「す、すみません、すぐに行きますから;;」 「デートだったそうだな、伯言」 「…でも、仕事ですから」 未練たらしい事をいったら、また恫喝されてしまうかもしれない。 「ひたすら誠実に詫びるしかないだろうな。予算の倍増は覚悟しておきなさい」 意外な返事に、陸遜は思わず周瑜を見た。 どうやら自分を迎えにきたのではなく、何か忘れ物でも取りに戻ってきたらしい。周瑜は自分の机で何やらごそごそやっていたが、やがて携帯電話を取り出すと、陸遜にも聞かせたくないのか、後ろ向きになって小声で話し始めた。 「わかっているって、今日が鸞の誕生日だってことぐらい。だけど、しょうがないだろう。非常時なんだから…。あ、ああ。わかったわかった。ボーナスが出たら買ってもいいから…。 え? 帰れるわけないだろう、今日は徹夜だって。…そうだよ、今日は仲謀さまも呂蒙も陸遜も…、全員が城に待機なんだって。何度いったらわかるんだ。伯符と二人だけじゃないよ…。くっ、お前もわからないなあ…。しょうがない。ちょっと待ちなさい」 しどろもどろに電話をしている周瑜に、りりしい司令官の面影はない。 「伯言、ちょっと悪いが、説明してやってくれ。今日は仕事なんだってことを」 「どなたですか?」 周瑜は情けない顔をして小指を立てた。仕方なく携帯を預かった陸遜は、恐る恐る「いつもお世話になっています。陸遜です」と言った。 若く優しい声が聞こえてきたので、小喬の反応も緩やかになってきたらしい。陸遜の受け答えも、まともになってきた。 「はあ、そうなんです。長江の水位があがっているので、早めの水防対策が必要だと判断されまして…。都督どのは本部の副司令官なんです。今夜は徹夜になると思います。はい…私も…そうです。はあ、そうですね。がんばります、はいっ、はいっ…;;」 電話にペコペコしている陸遜に向けて、周瑜は両手を合わせた。 「…なんとか納得されたようです」 携帯を周瑜に渡すと、陸遜はふう〜と溜め息をついた。今日は、もう電話に出たくない。 「すまなかったな、伯言…」 「…大変ですね…」 周瑜はげっそりした様子で、携帯電話をかばんの中にしまいこむ。 七夕デートは、とにもかくにも、また来年だが、結婚すると毎日がこの調子なのだろうか…。(もっとも、周家は特別なんだろうが…(^^;) 雨は、まだ降り続いている。 「よく…降りますね」 「ああ、今夜は長くなりそうだな。何事もなければ御の字だがね」 防災服に身を包んだ二人は、災害対策本部に力強く走っていった。 終
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