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春爛漫、恋せよ趙雲 (前編)

【注意】
カッコいい趙雲がお好きな方には、ごめんなさい;;な内容ですので、ご注意ください。


春風に吹かれながら、趙雲は隆中に向かって愛馬を走らせていた。何かいいことがあるような気がする。葦毛の足取りも軽やかだ。
「いい季節だなあ。殿も運動不足で悩んでいるなら、こんな日は屋敷で悶々としてないで、一緒に遠乗りにくればよいのに」
けして劉備を非難しているわけではない。むしろ最近ふさぎ込みがちの主君を思ったうえの正直な気持ちだった。

隆中に向かうこの道を、趙雲は何度か通っているが、こんな穏やかで気持ちよい日に走ったのは初めてだった。何里も続く桜のトンネルも美しく、まるで夢幻の世界にいるようだ。
「いかにも、伝説の軍師:臥龍先生の家に続く道って感じだな」
長い桜のトンネルを抜けると、まぶしすぎるほどの陽気に、趙雲は思わず目を細める。

そのとき、
―――おや? いいにおいがする…
桜の花の香りではない。無骨な男でも、そのぐらいはわかる。
馬を止めてあたりを見回したとき、彼の目に飛び込んできたのは、丘の上の一本の満開の桜だった。
―――やっぱり、あの木の方からだなあ…
気になって仕方がないので、趙雲は馬を下りて丘を登っていった。
だんだんといいにおいが強くなってくる。どうやらお菓子のにおいのようだ。丁度空腹だったこともあり、趙雲の嗅覚と胃袋は素直に反応している。

みぞおちを押さえながら、趙雲は丘を登り続けた。甘い香りに引き寄せられるかのように…。
「あれか!」
見ると、桜の下に子供たちがたくさん集まり、うまそうに何かを食していた。その給仕をしているのは、長い黒髪を後ろにまとめた細身の若い女性だった。
「…何かご用ですか?」
不意に現れた趙雲に、女性はちょっと驚いたようだった。
「…いや…この木が、一際、見事に咲き誇っていたので…」
腹が減ってつい…とは、男として言いたくない。しかし正直すぎる彼の胃袋は、彼女の前で くうぅ〜と情けない声を発してくれた。

「おじさん、腹がへっているんだね(^^)」
口の周りを、あんでべたべたにした少年が、からかうように趙雲を指さした。
「食べたいんなら、遠慮しないほうがいいよ」
彼らがむさぼるように食べていたおしるこが、この甘いにおいの正体だったようだ。
「おじさんも一杯どうだ? 白玉入りで、すっごくうまいぞ〜〜」
「ダンゴもあるよ〜〜。ほらっ、あんこがいっぱい」
「…ダンゴは、みたらしの方がうまいぞ」(←どこの国の食べ物だ;)
趙雲は、みぞおちを押さえながら、子どもたちの挑発に乗らないようにしていたが、彼の思惑と別に、腹の虫はより大きな声を発して敗北宣言してしまった。
「どうぞご遠慮なく、あなたもおひとつ召し上がってくださいな(^^)」
子どもたちに囲まれて困惑している様子から、趙雲が怪しい男ではないとわかったのか、女性はにっこり微笑みながら、桜の葉に包んだモチ菓子を一つ趙雲の前に差し出した。
「おしるこは、この子たちが全部食べてしまったので、代わりにこれを…」
「…か、かたじけない」
おいしそうに頬ばる趙雲を見て、女性も満足そうに微笑んでいた。
「よろしかったら、お茶もいかがですか?」
ところが、彼女が差し出した茶を一口含んだとたん、彼は噴出してしまった。
「…かっ、変った味の…お茶ですね;;」
「笹茶なんですけど、お口に合わなかったようですね。もう少し精製方法を考えないとだめですねえ」
「笹?」
「この乱世ですから、何でも食べられるようにと、いろいろ試しているんですよ」
「…というと、このモチ菓子も?」
怪訝そうな顔をした趙雲に、女性は口元を手で隠しながら、それは普通のあんころモチですよ、と笑った。

気がつくと、子供たちはおやつの時間を終え、春の野山に散っていった。桜の下に残されたのは、趙雲とこの女性だけである。
「うまかったです。私は普段は甘いものは苦手なのですが、このアンを包んだモチ菓子が、こんなにうまいものとは思いませんでした」
「それはよかった。ところで、どちらへ向かわれるのですか?」
「あ、隆中の臥龍先生こと、諸葛亮先生のお宅です。もう何度か伺っているのですが、いつもご不在で…」
それを聞くと、女性は苦笑して、
「あの先生のお宅へですか…。まあ、あの人は気まぐれだから、今日もいらっしゃるかどうか、わかりませんよ」といった。
女性の話に、趙雲は正直がっかりした。また劉備からの書簡を下男に託して帰るしかないのか。せっかく今日はいいことがあると思っていたのに、自分の直感なんて当てにならないものだ。
「そんなに…臥龍先生は…お忙しい方なんですか…?」
「忙しいというか…変人なんですよね」
「…そんな言い方されて、いいんですか?」
「だって、隆中では有名な変人ですから」
主君劉備が、ぜひとも軍師に迎えたいと思っている立派な先生というイメージがあったのに、いとも簡単に「変人」だなんて言われてしまったことに、趙雲は呆然としてしまった。

「ありがとうございました。でも、一応、これから先生のお宅に伺ってみます。実は主君からの書簡を持っていますので、これだけでもお渡しできれば、いつか臥龍先生にも気持ちは通じるでしょう」
「そうですか、ご苦労様です」
苦笑しながら、彼女は今度は饅頭を数個取り出して小さな箱に入れると、それを趙雲に差し出した。
「よろしかったら、その熱心なご主君様にも差し上げてください」
「…よろしいのですか?」
「美味しかったら、またおいでください」
そういうと、女性は手際よく菓子の入れ物などを後片付けて立ち上がった。草の上に座っていたときは華奢で小柄な感じがしたが、意外と背が高い。

軽やかに丘を駆け下りていく後姿を、趙雲は魂を抜かれたように見とれていたが、それが見えなくなると、サクラの下に座り込み、ごろりと横になった。
彼女より美しい女性は今まで何人も見たことがあるが、女は顔形ではない。やっぱり心だ。
桜の下で子どもたちにおやつを作って食べさせていた家庭的な女性との出会いに、オクテといわれ続けた男心が揺すぶられていた。
―――きっと子ども好きなんだろうなあ…。あんな人を妻にできたら、きっと家庭はいつも楽しい声で溢れているだろうなあ。
そんなことを空想していたら、自然に顔がにやけてきた。
頬を春風が撫でていく。心地よい午後のひととき。やっぱり、今日はいいことがあった。

それからどのぐらい時間がたっただろうか。
夢心地のまま寝込んでしまった趙雲は、風が少し冷たくなってきたのに気づいて跳ね起きた。すでに太陽は西に傾きはじめているではないか;
劉備に、隆中まではひとっ走りですよ、なんてタンカをきって出てきたというのに、こんな時間になってもまだ目的地まで着いていないとは…。彼はあわてて馬のところへ走っていった。
こんなに遅くなってしまって、どうしよう。不在の孔明先生をずっと待っていたのが、いつ戻られるかわからないので、書簡を託してきたと嘘をつくこともチラリと考えたが、そういう不忠は元々許せない性格の趙雲である。
一方で、こんな時間に人様のお宅を訪問するのは失礼に当たるのではないかという不安もぬぐえない。
―――でも、変った先生だというから、許してくれるかな?
彼女が断言していた「変人」という形容詞に一縷の望みを託して、結局、彼は隆中に向かうことにした。

やがて、こんもりとした小さな竹林が見えてきた。あそこの下に孔明邸がある。昼間ならば新緑が太陽に輝いていただろうが、この時間だと、それは黒い小山のように見えた。
「やっぱり…まずいだろうか…」
しかし、竹林は「とりあえずおいでなさい」と誘うかのように、さわさわと揺れていた。

「あの〜、こんな時間に申し訳ございません」
恐縮しながら、趙雲は臥龍庵の門を叩いた。中から出てきたのは、いつもの下男の少年だった。
「ついているねえ、おじさん。先生はちょっと前に戻って来たんだよ」
「本当ですか!」
災い転じて福となす。丘の上で眠り込んでしまったのが、かえってよかったのだ。

少年に案内されて通された部屋で、趙雲は初めて「変人」臥龍先生に会った。と同時に、思わず息を呑みこんでいた。
「どうなさいました?私の顔に何かついていますか?」
「…い、いえ…」
実は、孔明はさっきの彼女とうり二つだったのだ。
「…せ、先生には…妹さんかお姉さんがいらっしゃいますか?」
「なぜですか?」
「…いえ、実は…」
正直者の趙雲が昼間のことを語っている間、ずっと孔明は口元に白羽扇を当てていたが、目が笑っているように見えた。
「へえ〜、私にそっくりだったんですか。うーむ、父はもてたというから、もしかすると私の知らない異母姉妹がいるかもしれないなあ」
「異母って…、そっくりでしたよ。その目元とか鼻とか…」
「よく覚えていますね。こんな平凡な顔を…」
「平凡だなんて、とっても印象的でしたよ」
趙雲にとっては、あばたもえくぼ状態なのだ。

「ふむ…で、趙雲どのは、その「妹」のことを、どうお思われたのですか?」
孔明は、少し意地悪そうな目で尋ねた。
「どうって…」
「嫁にでも、もらってくれるのかな〜♪」
図星だったので、趙雲は顔を赤くして黙り込むばかりである。
「あなたのような誠実な方だったら、これはとてもいいご縁なのかもしれないなあ」
「せ、先生、今日私がお伺いしたのは、そんな個人的な話をしにきたわけではありません。まずは、主君のお使いを…」
趙雲は身を固くして、居住まいを正した。
「じゃあ、劉備どのにお話しよう。そして仲人にたってもらって…!」
「先生;;;」
孔明は趙雲の動揺を無視して立ち上がると、部屋に風を入れようと窓を開けた。スラリとした後姿も、さきほどの女性と重なる。
「…春爛漫、恋せよ…」
春の夜風に吹かれて部屋に迷い込んできた花びらが、白羽扇を揺らす孔明の横を通りすぎ、趙雲の膝の上に乗った。
「あ、そうそう、うまい饅頭があるのですが、いかがですか?趙雲どの」



「どうしたんだ、子龍のやつ。元気がないな」
初めて孔明と対面でき、劉備の書簡も直接手渡せたというが、どうも趙雲の様子がおかしい。食事もとらずに、そのまま自室へ篭ってしまった。
「帰宅も遅かったし、孔明先生に失礼なことでもして、苦言を言われたのではないだろうな」
劉備も、心配そうに隣の関羽を見た。
「子龍に限って、そんなことはないでしょう。こいつとは違いますから」
「二兄、それって俺のことか〜」
張飛は趙雲がもらってきた饅頭をほおばりながら、関羽をじろりと見た。
「それにしても、この饅頭、うまいなあ(^^)」
「うむ、この甘さ加減と、上に乗った桜の塩漬けが…なんとも美味じゃな」
つられるように劉備も頬ばりながら、渋茶をすすっている。
「兄者、この前の健康診断で糖が出たと大騒ぎしたばかりではないですか」
「そうそう、その太股の贅肉も問題だしなあ」
気にしていることをいわれ、劉備は渋い顔をして茶を飲み干した。

「でも、孔明先生がくれたんだろう、これ。食い物をくれるぐらいだから、嫌われたってことはないと思うけどな〜」
「子龍の話だと、孔明どのの妹御がくれたようです」
「ほう、孔明先生には妹どのがいられたのか?」
初めて聞く話に、劉備も興味深そうに身を乗り出してきた。
「わかったぞ!!子龍のやつ、きっと恋煩いだ」
張飛の第六感は、このところ非常に冴えている。
「恋か…。あいつも、そろそろ身を固めさせてもよいかもしれんなあ」
「孔明どのの妹とですか?」
関羽は、ちょっと勇み足じゃないんですかといった顔で、劉備を見た。
「子龍はわしにとっては3番目の弟のようなもの。姻戚関係になれば、臥龍先生もわしの軍師になってくれるんじゃないだろうか」
「兄者よ〜、なんだか、そういうのって、目的をすりかえているような気がするぞ」
「だいたい、当の孔明どのが結婚に反対だったらどうするんです」
「そういや…そうだが…」
はしゃぎ気味の劉備も、少し反省したようだった。
「ま、少し様子を見て見ましょう」
三兄弟は、饅頭をつまみながら、内庭の向こう側に見える趙雲の部屋の灯かりを見つめていた。


「はあ〜〜」
当の趙雲は、胃の辺りをさすりながら寝台に横たわっていた。
実は、あれから孔明の勧めに逆らえずに、饅頭を4個も食べてしまったのだ。調子に乗って慣れない甘い菓子をたくさん食べたせいか、ちょっと胃の具合がよくない。劉備たちが心配しているような恋煩いではなく、胃袋の不調が彼の元気のなさの原因であった。
「やはり、あの妹御とは縁がないようだなあ。あんなにたくさんの菓子を作っているってことは、本人もかなりの甘党なのだろう。あの調子で毎日毎日甘いものばかり出されたら、こちらの体がおかしくなってしまう…」

目を閉じると、まぶたの裏に孔明似の飄飄と微笑む女性の顔が浮かんできた。
どちらかというと好みのタイプだったのだが、これからの長い結婚生活を考えると、やはり味の好みの違いは無視できない。
「なかなか、世の中うまくいかないな〜。うっぷ…;;;」


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04/03/29 (C)Yomogi Haruno
素材提供:柚莉湖♪風と樹と空と♪