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新年の誓い |
夜明けには、まだ早い。 周瑜は駐車場に停めた車の中で、ハンドルに両腕を預けるようにして、フロントガラスの外を見つめていた。長江の川岸には朝霧が立ち込めていて、視界はよくない。 助手席のドアが不意に開き、頬を刺すような空気が車内に入ってきた。 「コーヒー買ってきたぞ。熱いから気を付けろ」 「多謝!」 「奥方たちは、よく寝ているな。まあ、カウントダウン・ライブ見てから出てきたのだから、しかたないけどさ。それにしても、寒いのにおチビさん連れて、よく初日の出を見に行こうって気になるよなあ。うちのは寒いのはイヤだから、どうぞご勝手に…だってさ。同じ姉妹とは思えんよ」 孫策は助手席に乗り込むと、コーヒーをすすりながら、後部座席で寝息を立てている小喬と子供たちの顔を覗き込んだ。 初日の出が目的ではないだろう。 彼女の中に、不安とも疑惑ともつかない何かが、芽生えてしまったのだ。 あのクリスマスの夜、急ぎの仕事ができたといって、外泊してしまった。 ところが ―――あら、あなたコロンを変えたの? 帰宅直後に、小喬にそう言われた。 移り香が残るほどのコトはしていない;;;と思いつつも、思わず腕の匂いを嗅ぐしぐさをしてしまった。 ―――ウソよ。徹夜でお仕事をしているあなたに、そんなヒマはないでしょう。 何と言う失態。浮気現場を押さえられたように、動揺してしまうとは。 小喬は、カマをかけたのだ。 東呉軍のきっての軍師といわれた、この周瑜公瑾に;;; そんな、我が家の家庭争議などはお構いなしに、伯符は執拗に私を誘い出す。今度は、初日の出を見に行こうというものだった。 嘘がつけない私は、正直に妻に告白した。 伯符と二人でと聞いたとき、彼女はニヤリと笑うと、すぐさま自分も行くと言い放った。明け方はものすごく寒いよと言っても、聞く耳は持ってくれなかった…。 そして今日、車が孫策の屋敷につくやいなや、小喬は自ら窓を開け、乗り込もうとした孫策に向けて勝ち誇ったように手を振ったのだ。それを見た孫策は、ちょっと驚いたような顔をした。 ★★★ 東の空が、少し明るくなってきたようだ。 「もうじき、日の出の時刻だな」 周瑜は、車のデジタル時計を見た。 「エンジンをかけっぱなしにしていても、さすがに冷えるなあ」 ↑地球温暖化を無視しているぞ(ーー; 「まあ、そろそろ外に出てみようか」 二人はコートを羽織ると、寒そうにポケットに手を突っ込みながら車を出た。 目の前には、巨大な龍 長江が横たわり、大海に流れ込んでいる。ここは、東呉で一番最初に、日の出が見える場所である。(←本当か?) やがて、水平線にゆっくりと光の帯が広がり始めた。 「…黎明…」 水上に溢れ出す光に、二人は感慨深げにため息をついた。 「俺たちの年の幕開けだな」 その声にひかれるように、周瑜はゆっくりと隣の男を見た。 孫策の額には、海風になびいた長めの前髪が、うるさそうにかかっている。 こうして、孫策の横顔を黙って見ているのが、周瑜は好きだった。 意志の強そうな太い眉、その下の少年のような夢見る熱い瞳。 彼の横にいるだけで、何かできるような気がする。自分の力が何倍にもなるような気がする…。 この気持ち、小喬にはわからないだろう。周瑜は思わず目を細めた。 その時、遠くから、砂浜を駆ける馬蹄の音が聞こえてきた。 「がんばれ! 伯言。今年はお前を鍛えるぞと、兄上や母上に誓ったのだ。これからの東呉を支える若き人材には、まず体力だ!」 「仲謀じゃないか、何やってんだ? 正月早々…それもこんな朝早く」 孫権は、兄と周瑜の姿を見ると、驚いたような顔で馬を降りてきた。 「兄上こそ早いですね。あ、公瑾どの、あけましておめでとうございます」 「仲謀どの、今年もよろしく」 周瑜も、にっこりと微笑む。孫権も今年は孫策の片腕となって、内政に力を発揮してくれるだろう。 「お、おい、ところで、あの走ってくるのは…ありゃ伯言か?」 「そうです。今年は呂蒙と陸遜を鍛えようということで、年末から甘露寺に篭って合宿中なんですよ」 (←海に近い甘露寺ね;;) 「それにしては、子明の姿が見えないようですが…」 「はあ、どうも風邪を引いたらしく、寺で寝ています」 「あいつは見た目よりも体が弱そうだから無理をさせるなよ。それより、仲謀。お前だけ馬に乗っているのか。上に立つものとはいえ、部下と痛みを分かち合えないと、付いてきてくれなくなるぞ」 孫策にそう言われて、孫権はバツが悪そうに視線を逸らす。 三人の視線に見守られながら、トレーニングウエアの陸遜が、やっとのことでたどり着いた。息が整わないのか、肩を大きく上下させている。 「よぅ、ご苦労さん!」 「は、伯符さま…? あ、公瑾どのも…;;;」 意外な人物の登場に驚いた様子の陸遜は、寒風の中、一人だけ玉のような汗をかいていた。 「そんな姿で立ち止まっては風邪をひくよ。伯言、これを着なさい」 周瑜はそういうと、自分のコートを脱いで陸遜の肩にかけてやった。 周瑜の温みだ…。陸遜は、ちょっと頬を染めたようだった。 「ばか、お前だって寒いだろう。こっちへこい」 そういうと、孫策は少し嬉しそうな顔をして自分のコートのボタンを外すと、周瑜の体を包み込むようにして取り込んだ。 いきなり、そんな様子を見せ付けられた孫権と陸遜はたまらない。言葉を失うと同時に、視線の置き場に迷ってしまった。 「ち、仲謀さまっ…;;」 「い、行こう、伯言! あ、あの灯台までだ!」 陸遜は、周瑜にコートを返すべきかどうか一瞬迷ったが、一つのコートに包まっている孫策たちを見ていると、とても言いだせる雰囲気ではない。そして、同じように立場を失っていた孫権にせっつかれて、再びよろよろと走り出した。 そして、孫策と周瑜だけが、長江の岸辺に残された…。 「公瑾、見てみろ、夜明けだ…」 孫策の指差す先にある、水平線の光の帯は、やがて一つの黄金の玉になり、静かに昇りはじめた。 「なあ、お互いの今年の抱負を述べてみないか。お前から言ってくれ。公瑾」 「…そ、そうですね…」 孫策の広い胸に抱かれている。 背中が…熱い… 「こ、今年こそは許昌の攻略を…」 「お前がそういってくれると、できそうな気がする。今年は曹操の鼻をあかしてやろうぜ」 孫策は周瑜の背中で、嬉しそうな笑い声をたてた。 ああ、この香り…孫策のつけているコロンの香りだ。 また、小喬にグチグチ言われるだろう…。 でも…。 「じゃあ、今度は俺が日の出に誓うぞ。よく聞いていろよ」 孫策は、周瑜の耳朶に唇を寄せるようにして、囁いた。 「お前と ×@☆◎♂∴∞♀… (^_^)」 小喬は、何も知らずに眠っている…。 (終) |
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【作者コメント】 Copyright Haruno Yomogi / 著作 春野 蓬 |