小説目次へ



来来好姑娘


柔らかな日差しが南向きの窓から差し込んでいる。
春風に乗って桃の花びらも迷い込んできた。雲雀の声もかすかに聞こえてくる。

―――ああ、春だなあ…

薄物をまとって牀に横たわっていた周瑜は、時々うつらうつらしながら、けだるい春の午後を楽しんでいた。たまには、こんな何もしない時間もいいものだ。
その時
「おーい、公瑾、いるか!」
庭の方から彼の字を呼ぶ声。静寂が一気にぶち壊された。

―――あ〜、情緒を解さない男が来た(ーー;)

まどろみを邪魔された周瑜は、不機嫌そうに乱れた髪を掻き揚げると、無粋な訪問者をじらすように、ゆっくりと牀から降りた。
見ると、孫策が窓のところで手を振っている。

「なんだなんだ、その格好は。今、何時だと思っているんだ。お前、低血圧なのか。…ったく、青白い顔をして」
寝乱れた周瑜の姿は、孫策にはだらしがないとしか見えていないらしい。
「さっさと着替えてこいよ」
「いきなりやってきて人の午睡を邪魔しておいて、いったい何の用なんだ(ーー;)」
周瑜はむっとして尋ねた。
「街にナンパに行こうと思ってさ(^^)」
と、孫策は窓枠に腕を乗せ、意味深な笑いを浮かべた
「ナンパ〜ァ?」
周瑜の眉間が、更に険しくなる。
「約束したじゃないか。春になったら行こうってさ」
「そんな話は知らん;」
周瑜が強引に窓を閉めようと手を伸ばすと
「おいっ、男の約束を違えるのかっ。公瑾!」
孫策は、閉めさせるものかと窓枠をがっしり掴まえて踏ん張っている。
「確かに暖かくなったら「二張」の話を聞きに行こうという話はあったが、ナンパに行こうだなんて聞いた覚えはないぞ」
「そう硬いこと言うなよ〜。どうせお前も、昼間っからゴロゴロして、ヒマなんだろう」
「……(ーー;)」
ヒマというのと、何もせずのんびり過ごすというのは次元が違うといっても、この男には通じないだろう。

「公〜瑾〜(^^)」
「ナンパなんて一人で行けよ。どうして私が付き合わなければいけないんだ」
「だってさー、お前がいれば向こうから女の子が寄ってくるじゃないか。そん中から、好みのタイプをよりどりみどり…ってさ」
それを聞いた周瑜の目が点になった。
「…私を…人寄せパンダにしようっていうのか;」
「心配するな。ちゃんと合コンできるように取り計らうからさ」

――― そういう問題じゃないだろう;

これ以上、彼のくだらん遊びになど付き合ってられんと周瑜が踵を返すと、孫策もムキになって
「おい、お前には貸しがあることを忘れるなよ」と、声音を変えて脅迫し始めた。
「貸し? 何のことだ。借金なんかしてないぞ」
「金じゃない。無断外泊したとき、お前の母上に取り繕ってやったのは誰だ?」
周瑜の母親は非常に厳格な婦人で、未成年が無断で家をあけるなど、どんな理由であれもってのほかだと思っている。その時の外泊の原因を作ったのは、他ならないこの悪友だったのだが…。
あの日、無謀な遠乗り計画に付き合って、とうとう日没までに帰宅できず、二人で隣町の女郎部屋のようなところに泊まる羽目になってしまった。外泊はまだしも、女郎部屋なんて言ったら勘当されてしまう。
ところが、そんな孫策が、なぜか母に受けがいい。ヘタすると自分より彼の言うことを支持する可能性もある。
「今日は昼間からのお出かけだから、そんなに遅くはならないって(^o^)」
女郎部屋のカードをちらつかせられては、折れざるを得ない。
不機嫌そうに更衣のために奥の部屋に引き下がる周瑜の背中に、「髪もきれいに梳かしてこいよ(^^)v」と、孫策は付け加えた。



街への道すがら、洒落た服に着替えてきた周瑜を、孫策は眩しそうに見つめている。
「しっかし、お前って本当っにイイ男だよな〜。男の俺でさえ、惚れ惚れしちゃうよ」
「やめろ、気色悪い。男に擦り寄られるのは好かん」
「な! だから女の子がいいだろ〜(笑)」
……(ーー;)
強引な三段論法である。

若者に人気のおしゃれな街には、この陽気に誘われてか、予想通り多くの若い男女が繰り出していた。
男女の二人連れも多いが、孫策のようにナンパ目当ての子も少なくないようだ。彼女たちは一際目立つイケメンの周瑜を見ては秋波を送ってくる。意味深な熱い視線とヒソヒソ話。孫策の思惑どおりだ。
「よし、あそこのカフェにしよう。お前はあそこでコーヒーでも飲みながら人を待っているふりをするんだ。その間に物見高い女が寄ってくるだろうから適当に話してくれ。俺はちょっと離れたところから見ていて「これぞ!」と思った女の子が来たら、さりげなく合流するからさ(^^;」
そんな七面倒な手順を踏まなくても、最初から君がここに座っていればいいだろう;
「「これぞ!」が来なかったらどうするんだ。私はコーヒーは1杯以上飲まない主義だぞ」
「大丈夫だって、適当なところで手を打つからさ…。ん?何だよ、この手は?」
「コーヒー代。必要経費だ」
「…ガッチリしているな、お前(ーー;)」
「あとで成功報酬も請求するからな」
ぶつぶつ言いながらも、周瑜の手に1000銭札を握らせた孫策は、とても楽しそうだった。


人通りの多い歩道のオープンカフェに一人で座っていると、孫策の目論見どおり、誘われたがっている女の子が何人も声をかけてくる。周瑜自身は、あまりそういうことに関心がなかったし、好みのタイプもこないので、声をかけられてもほとんど無視して、持ってきた文庫本に視線を落としていた。露骨にそんな態度を取られれば女の子たちも立場がない。未練タラタラで美青年の元を離れていく。
「ちぇっ、今の子なんか俺の好みだったのにさー。公瑾のやつ、もっと愛想振りまけよ(ーー;)」
離れた場所から様子を見ていた孫策は、非協力的な相棒にイライラが積もる一方だった。

その時、黒塗りの高級車がカフェの前に停まった。
中から降りてきたのは、お揃いの黒サングラスに黒服を着た怪しげな男たち。孫策が「おや?」と思うまもなく、彼らは周瑜をとりまいていた。
怪訝そうに周瑜が顔を上げると、サングラスの男たちの間から、ポマードで固めた髪が光る中年男が現れた。あまり似合っていないブランド物のスーツに、指にはいかにも成金趣味といった金の指輪、そしてなぜかピンクのバラが一輪…。

「今朝の占いのとおりだ。午後の街で、美しき青年との宿命的な出会いがあると…」
「おめでとうございます」
男たちが揃って頭を下げる。
思い出した。あの男は色好みで有名なこの街の知事 袁術だ。確か父(孫堅)の昔の上司だったと思うが、食えないやつだとよく父も言っていた。
周瑜もそれに気づいたようだが、さすがに屈強な男たちにぐるりと囲まれては、逃げるに逃げられないでいるらしい。

「ああ、このバラでさえ、君の前ではかすんでしまう(^^*」
袁術はそう言うと、うっとり口付けたバラの花で、いきなり周瑜の頬をスッ…と撫でてきた。
「な…何をするんです;」
背中で虫が一斉に暴れだしたような気分だ。
「さきほどから車の中で見ていたのだが、どうやら君は女性たちの誘いを、とても迷惑に思っているようだね。わかるとも。こんな麗しい春の日、もっと静かなところで過ごしたいもの。そうだったら、こんな騒々しい所にいてはいけない。わしの屋敷に花々が咲き乱れ、鳥のさえずる静かな庭園がある。普段は客には通さないのだが、君のような麗しい青年は別だ。わしと共にそこで春の午後を過ごさんか? 君に飲ませたい芳醇な酒もあるし…」

袁術が言い終わらないうちに、黒服の男たちは周瑜の両腕を捕み、否応なく車に押し込もうとした。
「何の真似です::」
「ふふふ〜〜。恥ずかしがらなくてもいいんだよ。ベッドには君にお似合いのローズピンクのバラを敷き詰めてあげようね〜♪」
「はっ、伯符〜っ!何をしているんだ! 早く助けろ〜〜っ;;」
「公瑾;;;;」
友人の貞操(笑)の危機という予想もしない展開に、孫策は思わず近くに繋がれていた馬に飛び乗り、手綱を引いて広場の中央に踊り出ていた。
そこから先はがむしゃらで、何が何だか細かいことは覚えていないが、ともかく周瑜を助けようと、気が付いた時には、通行人が舐めていたソフトクリームを強引に奪い、車に乗り込もうとしていた袁術に向けて投げつけていた。
「うわあっ、な、何じゃ、これは」
見事に袁術の顔に命中。袁術は一瞬何も見えなくなってパニックに陥っている。主人への襲撃に、黒服の男たちは周瑜を掴まえていた手を緩め、防戦に構えようとしている。
そこへ馬とともに飛び込んだ孫策は、男たちを体当たりで蹴散らすと、あっけにとられている周瑜の腕を掴んで馬上に引き上げた。
「落っこちるなよ、全力で走るぞ」
「わ、わかった;」
孫策は思いっきり馬の横腹を蹴ると、一目散に走り出した。
残されたのは、クリームをかぶって放心している袁術と踏みにじられたバラの花と、周瑜の読んでいた文庫本が一冊…。

白昼の繁華街で突然派手な捕り物が始まったので、カフェの近くには映画のロケでもやっているのかと、次々と野次馬が集まってきた。そしてソフトクリームをぶつけられた無様な姿の袁術を見ては、あちこちから失笑が起こっていた。
「なっ、何をしている、追え、奴らを逃すな〜〜」
ポマードの上にクリームでさらにベタベタになった袁術が、顔を真っ赤にしてわめいている。部下の何人かが孫策たちの逃げた方に走っていったが、すでに二人の姿は見えなかった。
「襲ってきたのは、どうやら孫堅どのの長男のようです」
「何だと、孫堅の…。あいつがか…;」
クリームをふき取らせていた袁術は、周瑜の残した文庫本をぎゅうっと絞った。
「青二才のひよっ子どもめ、わしを甘く見るなよ〜…」



袁術の追跡がかわせたとみて、孫策は街はずれの辻のところで馬をとめた。
「またひとつ貸しが増えたな(^^)」
といって、孫策は馬から飛び降ると、陽だまりの草の上にごろりと寝転んだ。
「冗談じゃない。元はといえば、君がこんなバカなことを考えたからじゃないか」
周瑜は近くの立ち木に馬をつなぎながら、ため息をついた。
この馬も無断借用だろうし、あのソフトクリームの補償はどうするんだ; そして何よりも、あの袁術にあんなコトして…大丈夫なのだろうか;;;
今日は厄日だ。やっぱり家で静かに午睡していればよかったのだ。
「それにしても、俺ともあろうものが、重大な事実を見落としていた」
「…今度は…何なんだ」
どうせ、ロクな話ではないだろうと思いつつ、周瑜は孫策の横に座った。
「なぜ、あのエロおやじが、お前に目をつけたのかだ」
いうや否や、孫策は起き上がると、周瑜の鼻の前に人差し指を突きつけた。
「要は、お前にはナンパ用人寄せパンダとしては、致命的な欠陥があったってことだ!」

《終》

<あとがき>
恐ろしく昔に描いた、アヤシイ小話のリメイクです。銅雀台には、時々「ちょっと女性向け(^^*」が出てきますが、元祖「襲われキャラ」は周瑜くんのようですね。
ちなみに、袁術知事のひつこいリベンジを期待された方、申し訳ありませんが続きはありませんので、ご了承ください。#誰か書いてくれますか?(笑)

春野 蓬

小説目次

04/03/13 (C)Yomogi haruno