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クリスマス・イブ





 眼下に見える夜の埠頭には、大型の船が静かに停泊している。
 その向こうに広がる真っ暗な川面には、ところどころに航行する船の灯かりが揺れていた。


「いい所だろう…」
 港に面したビルの最上階のパブ。窓際には、長江を見下ろせるようにカウンター風のガラスのテーブルがあり、背の高い椅子が並んでいる。
「穴場なんだ。ここは…」
「君は、ひとりで考え事をする時は、ここに?」
「ふたりでも、いい場所だ」
 そう言うと、孫策はグラスを一気に飲み干し、すぐ横に座っている周瑜に視線を移した。



 すでに夜の帳が下りていたが、パブには二人の他に客の姿はほとんど見えない。
 BGMには懐かしいジャズが流れている。確かに、酒を楽しむにはいい店だ。

「今日は何の日か知っているか? 公瑾」
「……?」 
 重要な軍議を開くからと、その日の夕方になってから呼び出されたのだ。今日は早く帰ると小喬に言ってきたのが気になるが、仕事上の相談では、先に帰りますとは言えない。
 周瑜は時計を気にしながら、孫策が話を切り出すのを待っていたが、そわそわと落ち着かない態度は、ちょっとおかしい。

「世間ではクリスマス・イブだといっている」
「ぶほっ…(しばし絶句) …我々は異教徒なんだから、そんなもの関係ないだろう」
「…公瑾、目をつぶって手を出せ」
 真剣な眼差しに乞われて、しかたなく周瑜は手を広げた。
「よし、見てもいいぞ」
 手のひらに、小さな浅黄色の箱が乗っていた。
「何だ? これ」
「いいから開けてみろ 」
 周瑜は、丁寧に結んであるオフホワイトのリボンをそっと解いた。

「ティ○ァニー…?」
 箱に書いてあったブランド名を、周瑜は怪訝そうな顔をして読んだ。
「箱じゃない! 中を見ろ、早く」
 せっつかれてふたを開けると、銀色の小さなネックレスが薄紙に包まれていた。
「こんな高そうな物を…小喬にくれるのか? 悪いなあ」
「だれが女房にやれっていったぁ〜?」
 孫策は半目を閉じたような表情で、周瑜の反応を楽しんでいるようだった。
 まさか… 嫌〜〜な予感…。

「お前に似合うと思ってさ。何だよ、その目は。ほら、ちゃんとリボンだって、赤じゃなくて白を選んだんだぞ」
「そっ、そういう問題じゃないだろう。いったい何を考えているんだ君は。私をからかおうっていうのか?」
 孫策は悪びれた様子も見せずに、周瑜の困惑する顔を眩しそうに見詰めている。
 そして箱からネックレスを摘み上げると、留め金具を外して周瑜の目の前で左右に開いた。
 プラチナの三日月の先に、小さなダイアモンドが乗っている。
 そして、その向こうには孫策の熱いまなざし…


「おい、首をこっちに出せ」
 そう言うや否や、孫策は がしっと周瑜の肩を掴み強引に引きよせた。
「お前…意外と首、細いんだな」
 孫策の手が首筋に触れる。一瞬、雷が落ちたように周瑜は身震いした。
「うーん、そのままじゃ見えないなぁ。よしっ、ネクタイは取ってシャツのボタンを外せ」
「ま、待ってくれ、こんなところで…」
 周瑜は戸惑いを隠せない。
「誰も見てないって、見ているのは窓の外のお星様だけだよ」
 冗談になっていないぞと思ったが、孫策の瞳は真剣だ。たとえ拒否しても、今の彼は腕ずくで襲ってくるだろう。
 周瑜は、しぶしぶと小橋が選んでくれたネクタイを取り、ゆっくりとボタンを外し始めた。
「この月は俺、星はお前かな…。いや、お前が月で俺は月に抱かれて眠る星かもしれない」
「酔っているんだ、君は。それもかなりの悪酔いだぞ…伯符;;;」


 薄暗いパブの片隅。
 周瑜の胸の上で小さな星は港の灯かりを受けてキラリと光っていた。


「なあ…俺と二人で会うときだけでいい。これをつけて来てくれないか…」
 孫策は顔を寄せ、そう囁くと、小さな星に指を伸ばしてきた。





  ――― 今夜は帰れない


…たぶん…きっと…

(終)


作者コメント
この小話を初めて表に出したのは97年。当時ベイエリアに勤めていた関係で、こんなクリスマスの風景を描いてみました。策周のちょっとアヤシイ仲に初めて触れてしまったた記念すべき作品ですが、さて、これから二人はどこへ流れていったのでしょうか(爆) それにしてもイブの日にティ○ァニーをプレゼントするなんて、バブル時代みたいですね(笑)(00/12/24)

Copyright 1997 Haruno Yomogi / 著作 春野 蓬


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