聖剣・森羅万象

またまた学園のイベントで、今度は「風魔の小次郎」を企画した東都学院の面々は、殺陣の練習をすることとした。そして、剣道5段の腕前をもつ如月を指導者に迎え、彼が大学生時代に通っていた、東京郊外にある柳生道場に集まることになった。
(1)

―――さらに神は言った
聖剣戦争が終結した後、地上に、新たな聖剣が現れるであろうと―――

***

心地よい初夏の風がそよいでいる、柳生道場。
真新しい剣道着を着た学園の連中たちの前で、普段のスーツとは打って変わった剣道着姿の如月が、おもむろに口を開いた。
「この中で、剣道の経験のあるかたはいますか?」
「体育の時間でちょっとやったことはあるけど…それって経験したっていえるのかな」
お互いに顔を見ながら躊躇している中、輝とフレディだけが手を上げた。
「経験者ったって、一週間だろ>輝」
「ふん、一週間だって君たちよりは数倍基礎が身についているさ」
ツッコミをいれた宇都宮の方をチラリと見ると、輝は上段の構えから、すっと竹刀を振り下ろし、額の高さ辺りでピタッと止めた。
「おおっ、会長、ホントに決まっているじゃん」
如月はにこやかにそれを聞きながら、同じく手を上げたフレディのほうを見た。
「フレディくんは、どこで習ったんですか?」
「フィンランドに住んでた頃、やってました」
「へえ、向こうにも道場とかあるんだ」
日本人の男子たちに尊敬と羨望の眼差しで見つめれたたフレディは、少し照れくさそうに笑っている。

「それでは、最初は竹刀の持ち方から始めましょう」
前後左右にぶつからない程度の間隔をあけさせ、如月は一人一人に握り方から指導して回った。
「竹刀は左手の小指一本で持ち、他の指は添えるようにしてください」
「キタシロくん。そんなギチギチに握っちゃダメだよ。もっと柔らかく持たなくちゃ。で、打つ瞬間、雑巾を絞るように、こう!」
「会長。身についてますねえ」

東都の生徒たちが素振りの練習を始めた頃、複数の剣道着姿の男たちが廊下を歩いてくる音が聞こえてきた。
如月は、道場に入ってきた猛者たちの中心人物と思われる眼光鋭い男と視線があうと、神妙な顔で立礼をする。
その男も軽い会釈を返したが、初心者丸出しの高校生たちの練習をチラリとみると、彼らを案内してきた道場を仕切っている老人に話しかけている。
「皆様の稽古の邪魔になるようでしたら、我々は外で素振りをいたしますので」
男の視線が気になった如月は、老人の方へ近づいていった。
「いや。壬生先生がたも、気になさらず練習を続けてくださいとのことですから、大丈夫ですよ」

壬生―――
これが、先ほど冴子が言っていた警察の剣道部の集団なのか。そして会釈した男こそが、如月と冴子の共通の大学の友人である壬生俊介の伯父であり、日本の警察のトップである警察庁長官なのであろう。新聞に載っていた、就任時のプロフィールの写真と確かに一致する。
いかにも猛者ぞろいの濃紺の剣道着の集団は、神棚の前に整列すると、壬生といわれた男の先導で、一糸乱れることなく、深々と礼をした。その瞬間、道場内の空気が凍りつくような緊張が走りぬけた。

「なんか…すごい集団だな」
素振りの稽古をしていた高校生たちも、濃紺の集団の様子に思わず目を吸い寄せられて練習の手を止めてしまっていた。
そして濃紺集団は、竹刀ではなく木刀を取り出すと、すぐに二人一組になって道場の半分を使って練習を始めた。
迫力ある打ち合いの音が、カンカンカン…と道場内に響き渡る。
「やっぱり、竹刀とは迫力も違うな」
「一つ間違えると、ありゃ、えらい怪我をしそうだな」
いやでも、生徒たちの視線は、そちらに釘付けになっていた。
「ねえねえ、それよりもあの畳のところに座っている人、きっと師範なんだろうね。一人だけ練習見ているけど、なんかすごいオーラがビンビン出ているよ。視線も鋭いし、タダモノじゃないね」
馨は、役者の直感なのか、すぐに壬生の迫力を感じたらしい。
「馨のいうとおりだ。あのおっさん、気をつけたほうがいいぞ>龍」
龍の肩からこっそり顔をだしたロンも、壬生に何かまがまがしいものを感じて、龍の耳元でこっそりと囁く。
「え?気をつけろって?」

軽く汗が滲んだ頃、如月は少し休憩をとりましょうと、少年たちに言った。
その間に、例の洋次郎から預かってきた「長刀」を、本来の持ち主である冴子に渡そうと思ったのだ。
如月が道場から出て行くと、生徒たちもトイレに行ったり、ペットボトルを取りに行ったりとバラバラに動き始めた。
「あ〜、腹減ったな〜」
思わず床に座り込むのは雅希である。
「もうおなかすいたんですか。あ、僕、カロリーメイトなら持ってますけど」
一年生たちが、その横に座って汗を拭いている。
「だけど、道場内では飲食禁止だろ。もう少しガマンするさ」

雅希は、汗を拭いながら警察集団の練習をじっと見つめている。木刀同士の稽古は、さらに激しさを増していた。
「なんか怖い…」
「当たり前だろ、小野。剣は相手を倒すためにあるんだからな」
「偉そうに…何言ってるんだか>キタシロ」
思わず笑い声を立てたところ、警察集団の控えのものたちが、一同、じろりとそちらをにらみ返したので、一年生たちも思わず凍り付いてしまった。
「やっぱり、警察に勤めるとすると、剣道ぐらいできたほうがいいか」
「警察官志望でしたっけ」
原田の問いかけに、以前、空き巣を取り押さえたことのある雅希は、ニヤと笑って頷いた。
「ん、まあ、一応候補…」
「雅希さんは正義感が強いですからねえ」

そのとき、鋭い突きを受けた若い警官が、まるで飛ばされるようにして床に転がりこんだ。
「何だ、今のは。隙だらけだぞ」
壬生長官の声が、空気を切り裂いて鋭く響く。
「あんな突き、かわすだけでも至難の業だよな」
生徒たちは、ビクビクしながらその様子にくぎ付けになっている。これでは練習にならない。
「剣を…」
というと、壬生長官がゆっくりと師範席から降りてきた。
彼が受け取った木刀は、その身長にあわせているのか、赤樫でできた少し長めのものであった。
「長刀だ…。ホントにあんなの使う人、いるんだ」
「ねえねえ、龍。あれ…かなりヤバそうな木刀だぞ」
ロンも心配そうに、龍の耳元で囁いている。
それに気づいたのか、壬生は、目をまんまるにして練習風景を見ている高校生たちのほうに視線を回した。
「君たち、剣道は初めてかね」
「は、はい」
代表して何か返事をしなければならないと思い、輝が率先して立ち上がった。
「僕たちは東都学院高校のものです。学校のイベントで、ちょっと立ち回りをやらなければならないので、それなら剣道の基本から学ぼうと、練習に来ています」
「東都学院…か。ぼんぼんたちの学校だな」
警察集団の中で、なにやらそんな会話が聞こえた。
「ふむ…」
壬生長官の瞳は、明らかに剣術と遊びを同列にするなと言わんばかりの不快感が漂っていた。
「…おい、輝。あのおっさん、ちょっと怒ってないか;」
宇都宮の指摘があるまで、輝はそんなことにまったく気がついていなかった。

「そうか。剣道は基本が大切だ。少し教えてあげよう」
表情も変えず、そういって壬生は座っている高校生の中から、龍と雅希とフレディの三人を指名した。
「なんであの3人なの?」
「わからん…でも助かった;」
選ばれなかった九十九や宇都宮たちは、内心、ホッとしていた。
「な、なんで僕が選ばれたんだろう」
「りうさまは体育万能で強そうだもの。ね。みんな」
馨のいうとおり、みんな龍のスポーツ能力は高く買っていた。
「剣道は、やったことないんだけどな…;」
「大丈夫ですよ」
唯一のまともな経験者であるフレディは、そういってすっくと立ち上がると、余裕で素振りを開始している。

「大丈夫かなあ…」
心配そうなのは、龍の守護神のロンだった。
「ちょっとこの場面じゃ、僕は手助けできないからね」
そんなロンを肩に乗せて立ちあがった龍に向けて、壬生はいきなり長刀を突きつけてきた。
「う、うわあ〜、な、何を」
「ひゃ〜、ぼ、僕を狙っているな」
思わず後ずさる龍。ロンは龍の肩から飛び上がり、あわてて神棚の中に逃げ込んでいた。
「な、何を!」
「君は、何か邪悪なものが憑いていると言われたことはないかね?」
壬生長官は、不審そうな眸で睨むように見つめている。
ロンのことを邪悪といわれるのは不本意だと、龍は憮然として
「僕に邪悪なものなんてありません」と、きっぱりと答えた。
「そうか。それならいい。すまなかったな」
そういって、壬生長官は道場の真ん中に三人を誘い出し、その前でスッと長剣を構えた。
「どこからでもいい、三人一緒でもいい。かかってきなさい」
「え。俺たち竹刀なんですけど、そちらは木刀なんて、フェアじゃないんじゃないですか」
雅希が口をとがらせて突っかかろうとした。
「大丈夫だ、君たちを打つわけではない。怖がらずにかかってきなさい」

「ようし」
最初に気合を入れたのは、警察官希望の雅希であった。
「手塚雅希、行きます!」
そういって、一気に上段に構えて突っ込んでいった。そして相手の胴に当てたつもりだったが、気がつくとかわされていて、雅希は自分の反動で派手に床に転がっていた。
「お、おかしい。確かに当たったと思ったのに…」
「次!」
「よろしくおねがいします!」
フレディは、さすがに少し経験があるだけあって、竹刀を構えるとじりじりと相手の出る様子を伺っていた。

そのとき、如月が冴子を伴って道場に戻ってきた。そんな彼の手にあるものを見て、壬生長官の目が妖しく光った。

―――あれは、森羅万象!? なぜこんなところに

「話はわかったけど、私自身は北条家との付き合いはないから、むしろ、じいに話を付けてもらったほうがいいかもしれないわね」

「隙アリ!」
壬生長官の意識が、わずかに森羅万象に注がれた隙を突いて、フレディが鋭く突っ込む。誰の目にもフレディが一本とったと思ったのだが、次の瞬間、フレディは光りが鏡に反射したかのように跳ね返され、雅希と同じく大きな音を立て、派手に床に弾き飛ばされていた。
フレディは何が起きたのかわからない様子で、きょとんとして床に座り込んだままだ。
「大丈夫か?」
「あ…、はい。でも…おかしいな」
腕を取った雅希に、フレディは納得行かないような顔で呟く。
「この人の剣は動いていなかったのに、僕だけが弾き飛ばされたのが不思議です。日本の剣道って、直接触れずに相手を飛ばす技があるんですか?」
「まさか、そんなの聞いたことないよ」

そのときフレディは自分の竹刀が黒くなっているのに気がついた。
「これは…燃えたんですかね?」
「ばかな!」
黒くなったフレディの竹刀、そして…。
雅希は、壬生の長刀が赤く光っているのに気がついた。
「…フレディ。あのおやじ、なんだか…すごく、やべえヤツなのかもしれないぞ」
壬生長官は、本来は見ず知らずの高校生などに自分の正体を見せるつもりもなかったのだが、聖剣に気を取られたのとフレディの鋭い突っこみにわずかな隙を作ってしまい、瞬時に秘術を使ってしまったのだった。

そんな壬生長官のすぐ横を、「森羅万象」を手にした如月が足早に通り過ぎる。
如月は自分が席を外している間に、例の警察幹部たちと生徒たちが剣を交えるなど想定もしてなかったので、目の前で派手に転がったフレディを見て、大丈夫か?と慌てて駆け寄った。

―――間違いない、あれこそがわが壬生一族が探していた聖剣・森羅万象。しかし、なぜこの男が…?


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