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玄武神・北斗

(1)

それは、仕事納めの日。
大手町にある如月の会社、大鳥商事の社長室では、受付の女性社員が入口の机の上に小さなお飾りを並べていた。

社長とその秘書が今年最後のミーテキングから戻ってきたのに気付くと、受付の女性社員Aは、にこにことして会釈する。
輝の父である鴻池社長は、お飾りの先端をツンとつつくと、「すっかり正月気分だな。そうか、来年は丑年か」とつぶやいた。
「早いものですね」
「如月くんは、正月はどう過ごすんだ?今年は長めの休暇になるから、やはり海外とか?」
「いえ、特に予定はありませんので、年明けにある支社長会議の準備をしておこうかと思っています」
「独身イケメンの優雅な休暇とは思えんな。去年の年末も同じようなこと言っていたぞ」と言いながら、「そうだ、社長命令として、来年こそは結婚したまえ!」と思いつきで言った。
社長発言に、秘書課の女子社員の間に衝動が走る。
「…なあんて僕が言っても聞く耳もたんだろう。じゃあ、ウチの会長から言ってもらおうか」
「社長、それは;;」
「はははっ、日頃、人前で焦りやうろたえを見せることなどない如月くんが、初めて困惑しているぞ」
如月は、会長である鴻池洋次郎の秘書業務も兼ねているため、もしもホントにそんな話が出たら、断ることは困難だろう。

その時、1階の受付から秘書課に電話がかかってきた。
「あ、はい。今、戻られましたが…。はあ、受付にですか?」
電話を受けた女子社員Bは、通話口を塞ぎながら如月を見る。
「お客様がいらっしゃっているというんですが」
「私に来客ですか?おかしいな、今日は訪問の予定はなかったはずなのだが」
怪訝そうな顔で、如月は電話を代わった。
電話の向こうでは、受付の女性社員が困惑したように口を濁している。
「お名前をお伺いしたところ、壬生様からの用件を預かってきたもので、必ず直接、如月様にお会いしなければならないと申されているのですが、ただ…」
「壬生は確かに私の知人だが。ただ?」
「おいおい、如月くんを訪ねてくるとは、どんな訪問者なんだ?女性か?(^^)」
背後で社長がニヤニヤしながら聞き耳を立てている。女子社員たちはそんな社長の態度にあきれ返っていた。

「ちょっと様子の変わった方でして。今、ロビーでお待ちいただいていますので、できれば降りてきていただきたいのですが…」
受付嬢は、その謎の訪問者のことを、うまく説明できないでいるようだ。
「わかりました。今、行きます」
「如月くん。今年の仕事はおおむね終わっているから、早く行きなさい。わざわざ訪問してきてくださった方を、待たせてはいけないよ」
「ありがとうございます。すぐに戻りますので」
そのまま帰ってもいいぞと、鴻池社長は手をヒラヒラとさせて如月を送り出す。口元はまだニヤニヤが消えていない。
「社長ったら、あれ、絶対に女性が来たと思っている顔だわよ」
「ホントに女性なのかしら?そうだとしたら、わ〜、ショック」
「こっそり見に行ってみない」
秘書課の女性たちも、こっそりと後をついていくことにした。

1階の広々とた明るい受付のラウンジには、今年の仕事を終え、のんびりとお茶を飲んでいるビジネスマンたちの姿が目立つ。
そんな彼らの視線の先は、受付の横にある来客用のソファーに注がれていた。
「あ、如月さん。あちらです…」
受付嬢が指示した方を如月は見た。
「あの・・・人ですか?」
ソファにすくっと背を伸ばして座っているのは、黒づくめの和装っぽい姿の長身の若い男性だった。腰までありそうな長い黒髪は、ソファーから流れ落ちている。
白とアイボリーが基調のラウンジでは、これはかなり目立つ姿である。彼は周りの視線を無視するかのように、じっと瞳を閉じている。息もしていないように身動きもしない。
「…ね、ちょっと…変わってますでしょ(^^; 芸能関係なんでしょうかね?」
「怪しいようでしたら、警察を呼びますか?」
警備員も、興味深そうに近づいてきた。
「い、いや、大丈夫です」
怪訝さを隠せない如月だったが、自分を名指してきたという客人なので、思い切って男の方へ歩いて行った。

「お待たせしました」
如月が話しかけると、男は長い睫毛をゆっくりと開くと、如月を見上げた。
その瞳は黒かと思ったが、よく見ると少し青みがかかった碧である。これはかなりの美形だと思わせる容貌だ。全体の姿も異様だが、確かにこれは注目を集めるキャラである。

男はゆっくりと立ち上がると、いきなり如月の前に一通の封書を突き出した。
「我が主人、壬生俊介様からの書状である」
少しタカビーな言葉づかいに、如月は面喰った。
「我が主人って…。壬生の…」
「わざわざ私を赴かせ、必ず、直接お渡ししろという厳命であった。さあ、早く書状を読みたまえ」
「え、…ああ、ちょっと待ってください」
さすがの如月も、人品は卑しからないが(むしろ神々しさを感じるのだが)、こんな不思議な人物に会ったのは初めてだ。さすがにこれは対応も難しい。

いったい壬生は何を伝えようとしているのだろう、と、あわてて封書を開く。
中には、学生時代の友人で、アメリカ帰りのカウンセラー・壬生俊介の手紙が入っていた。
壬生とは春先に柳生屋敷で久々に再会したのだが、あれから、アメリカ仕込みのカウンセリングセミナーなどを開きながら、この春からは輝たちの高校でも非常勤カウンセラーに招かれたと聞いた。
そんな壬生からの手紙にはただ一言、「この男を預かってくれ〜〜;」と書いてあった。

「お前の回答を聞く」
「ちょ、ちょっと待ってください」
手紙を折りたたむと、如月は席を立って足早に外に出、携帯を取り出した。
何度かのコールののち、やっと出た壬生は、今は成田空港にいて、これからシカゴへ帰るのだという。
「そこに書いてあるとおりだ。頼む。その男を預かってくれ」
「どういう意味なんだ?彼はホームレスか何かなのか?」
「大丈夫だ。食事なども気にしなくてもいい。ただ、日本に留めておいてもらいたいだけなんだ。俺は、もうあいつにまとわりつかれるのは疲れたよ」
「君に、こんな友人がいるなんて初めて知ったが」
「友人ではない;」
「…親戚か?もしや…」
一瞬、間が空いた時、壬生は誰も考えないような関係を想像してあわてて打ち消した。
「バカなことは考えるな;」
「私が君の要望に「ノー」といったら、どうなるんだ?」
「その男は俺の命令は絶対聞く。お前の言うことが俺の命令だということも言い聞かせてある」
「しかし」
「頼む〜、君しか頼れる人はいないんだ。あ。もう飛行機の時間だ」
「壬生っ; いつ戻ってくるんだ?」
「先のことはわからん。頼むぞ!如月!」
そして、むなしくも電話は切れた(一方的に切られた)のだった。

重い心で、如月はラウンジへ戻ってきた。
黒髪の男の周りには、さっきよりも野次馬が遠巻きに増えているようだ。こんな目立つ所に彼をいつまでも留めておくわけにはいかない。
「わかりました。では、あと2時間ほどで仕事が終わりますから、そのころにJRの恵比寿駅で会いませんか」
「恵比寿だな。よし。では私は一度ご主人様の屋敷へ戻る」
「え、戻るといっても、壬生は海外に…」
「なに?」
「聞いてなかったのですか?」
男の眉間に、深いが美しい溝が生まれた。
「地上に悪がはびころうとしている、この大事な時に…」
「はあ…?」
「まあよい。いずれにしても、一度戻る」

そういうと、男は長髪を揺らして、なぜか屋上に向かうエレベーターに乗り込もうとした。
「どこへ?」
「少しでも高いところから戻る方が早いからな」
「屋上は一般人は入れませんよ;;それに危険です」
「私は、ここから入ってきたのだ」
あわてて追いかけていく如月を振り切るようにして、男は屋上の非常口を目指していく。
そして非常扉の前に仁王立ちになると、両手を突き出して交差させた。
すると、その手から虹色の光が魔法陣のような円形模様を描いたと思うと、鍵が外れたかのように重い扉がすっと開いた。急に差し込んできた外のまぶしい光とビル屋上の強風に、思わず如月は顔を覆った。

高層ビルの屋上など、ここの社員ですら使うことはない。管理会社の担当者でも、作業をするときは命綱を付けてでないと、ここに出ることもないだろう。
「風が強すぎる。そこに出ては危ない」
「ふむ。この季節らしい、いい風だ」
男は屋上の端に向けて、むしろ風に体を任せるかのように平然と歩いていく。そして風上に顔を向け、髪や服の裾が強風にあおられいたかと思うと、なんとその背中には、同じく黒い巨大な翼が現われたのだ。

「か、神・・・・か???」
「では」
「ま、待ってください。あなたのお名前を、まだ聞いていない;」
「玄武神。北斗と呼ぶがよい」
北斗はそう言い残すと、両手を広げて上昇気流に乗って身をひるがえしていった。
あとに残された如月は、何が何だかわからないで、ただ呆然とするだけだった。


「あ、如月さんが戻ってきた」
女子社員Aがつぶやくと、社長秘書のお局様までもが気にしていたのか、すっと立ち上がって如月の方に歩いていく。
「どうされたの。髪がぼさぼさですわよ」
「とかなんとか言っちゃって、如月さんの髪に触ろうとするのよね(ぼそっ)」
鴻池社長も気になっていたようだ。
「で、どうした。お客は」
「友人からの書面をもってきてくれただけですので」
「髪が乱れることをするような訪問者でしたの?」
お局様は、さっと手を伸ばすと如月の乱れた髪を手ぐしで直そうとする。
「いえ、ちょっと外で話したもので。あ、もう結構です」
「陰で見てたんだけど、すっごいイケメンだったよ。総務部の女子と萌えちゃった」
「むっ;あなたたち、お仕事はどうしているの;」
お局様に睨まれた女子社員たちは、要もないのに書類の整理を始めた。
「で、もう帰られたのか?」
社長の問いに、訪問者は屋上から帰って行ったとは言えず、如月はただうなづいただけだった。

それにしても、2時間後に恵比寿でと約束したが、はたしてちゃんと来るのだろうか。
来たら来たで、あの姿で現れないだろうな。ビジネス街よりはましだろうが、それでもやっぱりあのいで立ちは、注目の的になりそうだ。
如月は自席に座ると、壬生からの手紙をもう一度広げた。
あんなうるさいヤツには、もう付きまとわれたくないと、命令を装って彼を自分のところに遣わした間に、国外逃亡をしたのだろう。
それにしても、神とは…。
「まさか…な」
「なんか、如月さんが難しい顔している」
「珍しい〜〜」
「つうことは、やっぱ、さっきの人、如月さんのいわくのある関係者ってことかなあ」
「携帯写真でも撮っとけばよかったのに〜」
お局様がトイレに立ったすきに、女子社員はお互いの顔を突き合わせて、そんなうわさ話に花を咲かせていた。

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