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vol.3 ハードボイルドでいこう
 
Clear Day  ボスからの指令だ。
例のものをヒットさせなければならなくなった。

「やるのよ!」
ボスのカトリーヌは、俺にそう命じた。
そして、「Au Voir!」と手を振り、いつもの優しい目に戻ってオフィスから出て行った。
同僚のLINDAも、その緊迫感から気を使ったらしく、「お先に!」と、Let' Noteを大事そうに抱えて、出て行った。

オフィスは俺一人になった。

5時15分になると、冷房が切られる。5分もすると、体中が汗ばんでくる。
しかし、今の俺にはボスの命令を遂行しなければならないことに、恐怖と戦慄を覚え、それどころではなかった。俺がネクタイを緩めたのは暑さからではなく、その締めつけから、少しでも解放されたかったからだ。

静まり返ったオフィスに、時計の刻む音が一段と大きく響く。

電話が鳴った。
「どう。ヒットできそう? ヒットできなかったら、どうなるかわかってるわね」
ボスだ。
「ラジャー」
今の俺にはそういう答えしか求められていない。

また、鳴った。LINDAだった。
「今、ネットであなたの今日の寿司占いをしてみたわよ。結果は、タコよ、タコ!」

よりによって、ついてない一日だ。
しかし、そうはいっていられない。俺に残された時間はあと15時間。その間にヒットできるだろうか。
恋人のSYNDYとは今夜は過ごせないな。まったくタコだぜ。

気分転換に、いつも大仕事をするときにかけている黒いサングラスをかけた。
俺は、獲物をヒットするときのいつもの鋭い目つきで、そいつを見据えた。
そして、微笑んだ。レクイエム、だ。

深夜1時。もう一度レクイエムの微笑みを浮かべた。
SYNDYとのひと時とは違う、心の震えを感じてしまった。こんなことはかつてなかった。
ISOのときだって、こんな心持はなかった。清掃体験のときだってそうだ。
俺は、「心」をSYNDYだけに向けていたはずだった。それ以外は捨て去ったはずだった。
ボスの指令に「ラジャー」と答え、レクイエムの微笑みの中、ビジネスをこなしてきただけだ。

翌日、彼のもとへ、幾人もの甘い声が届いた。俺はやったんだ。ヒットしたんだ。

彼は、その紙をしみじみと眺めた。優しい目だった。

「あなたの 『しっかり働き しっかり休む 心と体の健康管理』 は、今年度のわが社の健康管理スローガンコンテストに選ばれたので ここに表します」


代官山のフレンチ料理店。
ボスとLINDA、隣の机からも4人、計7人がフルコースを食べていた。
ボスは、いつかのように赤ワインをガンガン飲んでくつろいでいる。
LINDAは2次会の店をネットで探している。
健康太郎というやつは、やたらおべんちゃらを言っては、ガンガン飲んで食っている。
 
「会計!」
俺は、コンテストの賞品の地域限定商品券をギャルソンに手渡した。 
「ウィ,ムッシュー」
しかし、その商品券を見たギャルソンが、烈火の如く怒った。
「ここは、シブヤ区ね。これ使えない」

俺は、14万7千円を払った。

店を出ると、LINDAはいつもの柔らかい笑顔で俺に言った。
「今日のあなたの寿司占い、タコよ、タコ!!」

                                                   
健康太郎 
自分で言うのも何ですが、これメチャクチャおかしい。
当時、研修担当と健康管理係はすっごく仲がよくて、よく合同で飲み会やってました。「ISO研修」「新人職員の清掃体験研修」「健康管理スローガン募集」なんていうのをやってたり、私も今は亡き「レッツノート」を持ち込んでは仕事をしていたのでした。。

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