−伝えたい想い−

緊張、不安、恐れ・・そして僅かな期待をその表情に浮かべて、アンジェリークは
闇の守護聖、クラヴィスの執務室の前に立った。

今日は11月11日、クラヴィスの誕生日である。そして日の曜日。小さな包みを
抱えたアンジェは、ドアをノックしようとして、そのままの姿勢でフリーズしてい
た・・

「どうしよう・・ここまで来ちゃったけれど・・」

そう思い、左手に納まっている包みに視線を落とした。包みの中身はクラヴィスへ
のプレゼント。以前からずっと、誕生日にはプレゼントを差し上げるのだと決めて
いたアンジェは、勢い込んでプレゼントを選び、ラッピングもしてこの日を待ちわ
びていたのだが、いざ当日になり、執務室の前まで来て気力が途絶えてしまったの
か、ノックして中へ入ることができなかった。

結局そのままノックすることは出来ず、ドアの前で行ったりきたりしていることと
なってしまった。

そうしてただウロウロと歩き回っているアンジェのの傍を、水の守護聖・リュミエー
ルが通りかかった。

「アンジェリーク、どうしたのです?日の曜日だというのに、クラヴィス様に何か
ご用だったのですか?」

リュミエールは水のごとく穏やかな微笑を浮かべてアンジェリークに声をかけた。
アンジェは誰かに声をかけられるなどとは思っていなかったので、驚いて包みを落
としてしまい、慌ててリュミエールに挨拶をした。

「こっ・・こんにちは、リュミエール様。」

赤面し、ぎくしゃくした動作で挨拶をするアンジェに微笑で答えると、リュミエー
ルはアンジェの落とした包みをそっと拾い上げて、

「とてもかわいらしい包みですね。どなたかへのプレゼントでしょうか?」

「は、はい、実はクラヴィス様に貰っていただきたくて・・」

リュミエールは得心して頷く。

「今日は11月11日でしたね。クラヴィス様のお誕生日、よくご存知でしたね。
けれど、それなら何故中へ入ってお渡ししないのですか?」

アンジェリークはとたんに俯き、困惑した表情で答えた。

「だって・・喜んでいただけるかどうか、自信がなくなってしまって・・」

「それは大丈夫ですよ。貴方が心をこめて選んでくださったのですから、きっとあ
の方は喜んでくださいますよ。あまり表面には、お出しにならない方ですけれどね。」

リュミエールはそう言ってにっこりと笑った。そして包みをアンジェに手渡すと、

「さあ、今日は私もクラヴィス様にハープを聞いていただこうと思ってきたので、私
と一緒に入られては如何ですか?」

アンジェはにこっと笑って、

「はい!リュミエールさま!」


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執務室のドアを、リュミエールと二人で押し開け、中に入る。・・が。

そこにはクラヴィスの姿は無かった。

アンジェは今にも泣き出しそうな顔で「今日は私邸の方に戻っておいでなのかしら・・」
とリュミエールにすがるような目で訴えた。

「おかしいですね、今日は私が伺うとお伝えしておきましたので、いらっしゃる筈なの
ですが・・」そう言うとリュミエールは暫く思案していたが、

「それでは公園の方にでも探しに行って見ましょう、なにしろ気まぐれな方ですから。」
アンジェをなぐさめるように微笑んでそう言うと、リュミエールはアンジェを促し、公園
へと向かった。

日の曜日、公園は沢山の人々でにぎわっていた。皆リュミエールの姿を見つけると、元気
よく声をかけてくる。アンジェは、優しく受け答えをするリュミエールをみて、先ほどま
での不安な気持ちが少し薄れているのに気がついた。

「公園でクラヴィス様が思索に耽られる場所にご案内致しましょう。そこにきっといらっ
しゃると思いますよ。」

リュミエールはそう言うと、流れるように歩き出した。アンジェはゆっくりとついていく。

暫く歩き、公園の奥の方まで来たとき、誰かが声をかけてきた。

「リュミエールさま〜!!」

息せき切って駆けてきたのは、緑の守護聖マルセルだった。

マルセルは二人の傍まで駆けより、リュミエールの隣にいるアンジェに気付くと、

「あっ、アンジェだ!こんにちは!今日はお散歩?」眩しい笑顔でアンジェに笑いかけた。
そしてリュミエールの方へ向き直ると、

「リュミエールさま、ルヴァさまが探していらっしゃいましたよ、辺境の惑星から届いた
水晶についてお聞きしたいって・・」

「そうですか、ではすぐ伺います。」そう言ってからリュミエールはアンジェの方を見る
と、耳元で

「この茂みの向こう側を少し行ったところにいらっしゃる筈です、ここからはお一人の方
が宜しいでしょうから。」そう言って笑った。

アンジェは少し頬を赤らめると、「わかりました。ありがとうございました。行って見ま
すね!」アンジェはそう言って二人を見送った。

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茂みをかきわけて、アンジェはクラヴィスの姿を探しながら歩いていた。茂みの奥は林に
なっていて、木洩れ日が差し込み、明るく暖かかった。

「こんなところでお昼寝したら気持ちいいだろうな〜」

アンジェは少し伸びをして、空気を胸いっぱい吸い込んだ。と、視線の端に、小さなうさ
ぎの姿を見つけた。その愛らしさに、アンジェは思わずその場に座り込み、

「おいでおいで♪」と手招きする。だがうさぎは暫くアンジェを見つめていたが、さっと
身を翻して走り出す。

「あっ、待って、うさぎさん〜!」

アンジェもうさぎを追いかけて走り出した。・・が、すばしこいうさぎに追いつくはずも
なく、あっという間に見失ってしまった。気がつけば随分と走ったのか、周りを見渡して
も林が続いているだけで、見覚えのある景色はない。

「ど・・っちから来たんだっけ・・」

アンジェは歩き回って見覚えのある場所はないか探してみた。・・しかし繁っている木々
はどれも同じようなもので、歩き回った分余計に分からなくなってくる気がする。1時間
ほど歩いても、見覚えのある場所どころか方向すらもわからなくなってしまった。

足が疲れ、不安で座り込んでしまったアンジェは、知らず知らずのうちに叫んでいた。

「あーん、どうしよう・・帰りたいよ〜、クラヴィスさまぁ〜!!」

その時、アンジェの背後でがさがさという音がした。アンジェは驚いて振り向く。そこに
立っていたのはアンジェがたった今助けを求めて無意識に呼んでいた、闇の守護聖クラヴィ
スその人だった。

アンジェは一瞬、驚きの表情を浮かべたが、次の瞬間駆けだし、クラヴィスの胸の中へと
飛び込んでいた。・・そしてぽろぽろと涙をこぼした。

クラヴィスはそんなアンジェに何も聞かず、そっと背中を抱いてアンジェが泣き止むまで
静かに待っていた。

「・・こんなところで、一体どうしたというのだ、アンジェリーク・・」
「ずっと、お探ししていたんです、だって、今日はクラヴィス様のお誕生日でしょう?私、
プレゼントを差し上げたくて・・」
アンジェはまだ涙が残る瞳でクラヴィスを見つめ、そして包みを差し出した。

「これを私に・・?」
「はい、良かったら開けてみて下さい。」

クラヴィスは頷くと、箱にかかっている薄いピンクのリボンをほどき、包みを開いた。中
にはアンジェが作ったクッキーと、小さな紫水晶のピアスが入っていた。が、クッキーの
方は、先ほど落としてしまったせいか半分くらい割れてしまっていた。

覗き込んで見ていたアンジェは割れたクッキーを見て、あわてて
「クラヴィスさま、それ・・ごめんなさい、ここへ来るまでに落としてしまって・・こん
なの、差し上げられないですから・・」そう言って包みをクラヴィスの手から取り戻そう
とする手をクラヴィスは制し、割れたクッキーのかけらを一つつまみあげると、そのまま
口に入れた。

「割れていても、ちゃんと食べられる・・なかなか良い出来ばえだ。」

そう言ってクラヴィスは微笑んだ。頬を赤くして嬉しそうに微笑むアンジェは、まだクラ
ヴィスの手が自分の背中に回されていることに気がつき、はっとして離れようとした。

「よい、もう少し・・このままでいさせてくれ。」

クラヴィスはプレゼントの包みに入っていたピアスを一つ、自分の身に着け、もう一つを
アンジェに差し出した。

「この片方、お前に持っていて欲しい・・」

掌の上に光る紫水晶の輝きを、アンジェはしばらく見つめていた。そしていとおしげに手
の中へ包み込むと、もう一度、クラヴィスの胸へと飛び込んだのだった・・


-END-


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