8.大野地区の自然と文化財
名称 相模原市 大野地区
アイコン場所 上矢部/矢部新田/渕野辺/鵜野森/上鶴間
アイコン交通  ■JR横浜線:東神奈川〜→古淵駅→渕野辺駅→矢部駅→相模原駅→橋本
 ■JR横浜線:八王子駅〜→相原→橋本→相模原駅→橋本
 ■京王電鉄:新宿〜調布(相模線)→橋本
メール アイコン記録日 2004年3月 
こもれびの森

名称 木もれびの森
アイコン場所 神奈川県相模原市
アイコン交通 JR横浜線 古淵駅下車 徒歩約15分
メール アイコン参拝日 9 月 午前 曇..
渕野辺公園
□つどいの森
上矢部御嶽神社
  場所は上矢部 境川の近くで、旧上矢部の鎮守でした。創建は1190年代の建久年間といいますから、平安時代も終わりを告げ、後鳥羽天皇と後白河法皇の院政が敷かれ、源頼朝が鎌倉に幕府を開いた鎌倉時代になります。祭神は日本武尊。祭日は9月8日です。矢部義兼により勧請され1334年〜38年に正覚院淨因により御嶽大権現として再建されました。例大祭日には古式ゆかしい厄よけの「笹湯の湯花神事」がとりおこなわれます。また、境内には弁天社、第六天社、八坂社、蚕影社および日枝社があります。
宇宙科学研究所 JAXA
鹿沼公園
でいらぼっち伝説
村富神社
 場所は矢部駅の近くで、相模原市内においては、氷川神社と双璧を成す大きくて立派な神社です。創建は1673年〜1681年 延宝年間といいますから、江戸時代初期 将軍徳川家綱、霊元天皇の頃で、町人文芸が発達し始めた時期になります。祭神は倉稲魂命(うがのみたまのみこと)です。祭日は8月30日(現在は8月の第1日曜日)です。
■この村富神社を甲州の江戸商人 相模屋助右衛門は油屋、鍛冶屋、雑貨屋および木賃宿を設けて開墾し、矢部新田の鎮守としました。、
■大正末まで「見透の松」があったそうです。
獅子頭
 村富神社境内内の獅子堂のなかに2つあります。最近では角が生えています。
■石造物
 境内の一角に沢山纏められておいてあります。
名称 相模原市の中世を歩く
アイコン場所 神奈川県相模原市渕野辺本町 
アイコン交通 JR横浜線 渕野辺駅、古淵駅
メール アイコン参拝日 2003年9月 午後 曇
境川沿いに中世の史跡が連なっています。渕辺義博居館跡、竜像寺、鹿島神社
l■龍像寺坂
■竜像禅寺
■岡野氏墓地
■相模女子大
■鹿島神宮
皇武神社
おおざか
■縁切り榎木
鎌倉道 切り通
小さな柿の実が人気でした!
かわじま坂
■地神塔
鹿島神社
■いでのさわ


■大日堂
■日枝神社(渕野辺山王神社)
 場所は渕野辺1〜2丁目の山王平付近 渕野辺山王神社とも呼ばれています。創建は1307年 徳治2年といいますから、北条氏が元寇に苦しめられ鎌倉幕府も衰退し始めた頃になります。祭神は大山咋命で、祭日は9月10日です。ここ渕野辺地域には、渕野辺義博の大蛇退治、北条時貞の大蛇退治そして北条氏康のの関東平定のため家臣 大友義実がここの山王大権現を祈願所にしたというような伝説が多くあります。
■上矢部の板碑
■大沼新田
■大沼神社
■中和田新田
■中村新開
■横浜水道道
■渕野辺の呼ばわり山
■渕野辺新田稲荷

■中和田惣吉稲荷
青龍寺界隈
青龍寺
町田駅から徒歩約15分鹿島神社隣

方運山と号します
鹿島神社
町田駅から徒歩15分青龍寺隣
武相困民党発祥の地
鹿島神社の境内にあります。この門をくぐると夫婦円満とか。
鹿島神社と青龍寺の間に天満宮がありました。
■幸延寺
幸延寺坂の標識
■稲荷神社
幸延寺隣にあります。
■相模大野中央公園
小田急線相模大野駅下車徒歩約10分
市内探訪の途中、お昼になり、弁当を食べるのに丁度良い所でした。
■二宮神社
二宮尊徳を祭っています。小田急相模原駅から徒歩5分と近くです。
相模野の開墾では指導して戴いた足柄生まれの偉人。
[参考文献
 ・「相模原市史」 第1巻 
 ・「相模原の史跡」 第2版  著者:座間美都治 発行:昭和52年 8月
 ・「おおさわ風土記]      著者:笹野邦一 監修:長田かな子(おさだ) 発行:2000年 3月21日
相模野の自然と文化財