4.橋本地区の自然と文化財
名称 相模原市 橋本地区
アイコン場所 橋本/小山/清兵衛新田
アイコン交通  ■JR横浜線:東神奈川〜→古淵駅→渕野辺駅→矢部駅→相模原駅
           →橋本
 ■JR横浜線:八王子駅〜→橋本
 ■京王電鉄:新宿〜調布(相模線)→橋本
メール アイコン記録日 2004年3月 
城山から橋本駅界隈の遠望です。
■橋本公民館祭り
 平成17年3月5〜6日に開催されました。
■相模原文化財調査&保護 北部班が展示した相模原北部文化財マップです。
大勢の地元の方々から、なっかしい!と言って頂きました。
それは、ぼんくい!(棒杭)だと教えて頂きました。
■橋本七夕祭り
 8月初旬に橋本駅界隈の商店街を中心にで開かれます。当日は浴衣を着た女性も多く見られます。
■JR横浜線
  相澤家が橋本駅を誘致した橋本駅設置記念碑跡
  
■JR相模線
  相模線は大正4年の相模軽便鉄道が基になり、大正6年に相模鉄道株式会社が設立され、大正10年に相模鉄道として茅ヶ崎〜寒川間か゜開通されました。主に貨物・砂利が運ばれました。途中、大正12年に関東大震災があり、茅ヶ崎〜橋本間が開通したのは昭和6年のことです。また、電化されたのは平成3年の事だそうです。(参考:湘南いどばたかいぎ相模原北部版2004年5月号)
■大山道
 橋本駅南口の大山道道標
■橋本 大山道の棒杭
棒杭付近の大山道辻
橋本駅北口側の橋本宿の大山道
■橋本宿
 上宿、中宿そして下宿と区分けしされていました。
■原家の長屋門
■牛久保家の長屋門
相沢家
  橋本宿沿い
■横浜線記念碑
  相沢家
神明大神宮
 場所は橋本駅から旧大山道商店街にあります。創建は1569年 永禄12年といいますから、永い戦乱の世も織田信長により室町幕府が滅ぼされ終わりを告げようとする直前の頃になります。祭神は天照大御神。祭日は9月15日です。境内には大鷲神社、橋本天満宮もあります。
■天縛山連乗院
境内は緑が美しくすがすがしさに満ちています。
■河津 本家
■小川家
香福寺
  香福寺の山門です。
香福寺本堂
□六地蔵
橋本新開の開拓碑
■徳本念仏塔・秋葉大権現・灯籠
 橋本
■橋本の徳本念仏塔
名称 氷川神社
アイコン場所 神奈川県相模原市
アイコン交通 JR横浜線 相模原駅下車 徒歩約10分
メール アイコン参拝日 2003年9月 16時 雨
場所は相模原駅の近くの清新です。創建は1815年 天保12年といいますから、江戸末期で、伊能忠敬が蝦夷地を測量し、間宮林蔵が樺太を探検していた頃になります。祭神は素戔嗚尊。祭日は8月23日です。この地は清兵衛新田により開拓された所になります。南多摩郡の氷川神社から分霊を受け鎮守としました。境内には秋葉大権現、石灯籠、石水盤および子育て地蔵等の石造物が沢山あります。また、清兵衛新田の大変大きく立派な開墾祈念碑があります。
写真を撮ったこの日は雨上がりの夕方近くでした。
境内内の説明によりますと、1843年(天保14年)小山村の豪農 原清兵衛光保は、新田開発をするにあたって高尾山の氷川神社から分霊を受け鎮守の神として創建したとあります。今から約160年前の江戸時代末頃になります。
□氷川人神社拝殿
清兵衛新田の開拓碑
 この開墾祈念碑は、江戸幕府の最後の将軍であった徳川慶喜が書いた清兵衛新田入植者の偉業が記されています。
大谷家旧主屋
 
現存する清兵衛新田開拓時代の農家です。庭には深さ約30mの井戸があります。井戸を上から覗き込んでも底は暗くて見えません。。風呂の水くみは男衆の仕事で大変だったことがよくわかります
江戸道の道標
■六地蔵
■聖徳太子塔
■清水寺
■瑞光寺
 
瑞光寺山門
■瑞光寺本堂
■不動明王
■たかさご橋
 境川にかかるたかさご橋
■道ばたの小さな祠
■天縛皇神社(てんぱくこうじんじゃ)
  初めは、天縛山連乗院持ちとして帝釈天を祭神とし、本地十一面観音や牛頭天王を祭り天縛明神社といいましたが、明治初期の神仏分離により、祭神を帝釈天から伊邪那岐命・伊邪那美命に変えて天縛皇神社と改められました。変わった神社名ですネ。伊勢信仰に係わる天白信仰によるものらしいとのことです。場所は宮下本町の北方面で、旧小山村の鎮守です。創建は1532年 天文元年といいますから室町時代末期で今川義元が全盛のキリスト教が伝来する直前です。。祭日は8月29日。
境内には足穂神社を合祀したため天照大神、大山咋命および神呂岐命も祭られています。
[参考文献
 ・「相模原市史」 第1巻 
 ・「相模原の史跡」 第2版  著者:座間美都治 発行:昭和52年 8月
 ・「おおさわ風土記]      著者:笹野邦一 監修:長田かな子(おさだ) 発行:2000年 3月21日
直線上に配置
相模野の自然と文化財