憎しみの向こうに
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           ダライラマ14世

        ニューヨークタイムズ(4月26日)


 今、世界中で、怒りや恐れや憎しみなどのネガティブな感情が吹き出し、さまざまな問 題が起きています。毎日の悲惨なニュースを見るにつけ、破滅的な感情がいかに強いか を思い知らされます。私たち一人ひとりは、どうしたらそれらのマイナス感情を克服で きるのでしょうか?

 それらの危険な感情を静める、実際的ないい方法があります。その効果は、仏教徒だけ でなく、今では科学者までが認めるようになりました。私はこの15年間、科学者と協 力して、量子力学から心理学にいたるまで一緒に研究してきました。
 例えば、ウィスコンシン大学のリチャード・ディビッドソン博士は、私たちチベット 僧が瞑想している間の脳波測定をして、それがどれだけ心を静めるのに役だつかを科学 的に証明しました。
 またカリフォルニア大学のポール・エックマン教授は、仏僧を実験室に招き入れ、銃 撃戦のような大音量の騒音を浴びせかけました。ところが、その仏僧は平然とその騒音 に耐え、微動だにしなかったそうです。

もちろん、瞑想の恩恵は、山にこもる僧に限られているわけではありません。ディビッ ドソン博士はこの瞑想法を、ストレスだらけの仕事についている一般人を対象に実験し てみました。
 これらの被験者たちは、心に起きる雑念にとらわれず、それらが浮かんでは消えるの を、まるで川の流れのように静かにながめる瞑想法を習いました。そして8週間後、デ ィビッドソン博士が脳波の計測をすると、被験者たちの脳の中で、プラスの感情をつか さどる部位が一段と活発になっているのを発見しました。

 これらの実験の意味するところは明かです。今の世界には、どんな理不尽な敵に対して も心を開いて対話のできる指導者や市民が必要だということです。私自身も、戦争など の悲しいニュースを聞いたあとには、これらの瞑想法をすぐに実行しています。 する と、心を毒する救いようのない怒りが消えて、より慈愛にみちた気分になれるのです。
 もし私たち人類がこれから生きのびようとするのなら、心のバランスを保ちながら幸せ に暮らすことが一番大切です。そうしなければ、私たちの子供の世代は、絶望とともに 不幸で短い人生を閉じることになるでしょう。

もちろん、物質的な発展や心地よい暮らしは、幸せにある程度は貢献します。しかし、 それだけでは十分ではありません。もっと深いレベルの幸せを得ようとするなら、内な る成長を見過ごすことはできません。
 
 9/11の不幸は、憎しみに導かれた知性が近代技術を利用すれば、壮大な破壊をもた らすことを示しました。あのような恐ろしいテロ行為は、病んだ心が発する暴力的な症 状の一つです。そのような惨事に、賢明かつ効果的に対応するためには、ただ憎しみを 迂回するだけではなく、もっと健全な心の導きが必要なのです。

 憎しみや恐れとの戦いは、まず、私たち一人ひとりの内側から始めましょう。大切なの は、心の平安を勝ち取ることです。きっとうまくいくと私は思っています。


       (抄訳・パンタ笛吹/TUP翻訳メンバー)

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