残暑お見舞い申し上げます。
8月も末になって、日中は まだかなり暑くなりますが、朝晩は涼しさを感じるようになりました。
7月、21日から8月3日まで、スエーデンに行きました。今回は3回目でした。最初の3日程、ルンドの知人のアパートに泊めてもらって、時差ぼけから回復するのを待ちました。26日から30日まで、ルンドの町から自動車で4時間程の場所にあるキリスト教系のリトリートセンターで5日間の眼蔵会がありました。スエーデンの人達は殆どが英語ができるので、通訳無しで英語で話しても問題はありませんでした。今回は十二巻本の「発菩提心」、私の英訳を講本にしました。今年の2月の眼蔵会は、チャペルヒルの禅センターで、「発無上心」を参究したので、道元禅師の菩提心についての教説をなるべく総合的に学びました。「学道用心集」第1則の「菩提心を起こすべき事」では、無常を観ずる心が菩提心だと説かれたました。また「知事清規」監院の章での「道心」についての教えでは、「いわゆる道心とは、仏祖の大道を放散せず、深く仏祖の大道を護惜するなり。ゆえに名利を抛ち来たり、家郷を辞し去り、黄金を糞土に比し、声誉を涕唾に比し、
真を瞞かず、偽に順わず、規縄の曲直を護し、法度の進退に任す。ついに仏祖家常の茶飯をもって賤価に売弄せざるは、乃ち道心なり。」と定義され、仏祖道の伝統を地道に護り伝えて行く事の大切さを説かれています。「発菩提心」の巻では、「自未得度先度他」の心を重視し、「およそ菩提心とは、いかがして一切衆生をして菩提心をおこさしめ、仏道に引導せましと、ひまなく三業にいとなむなり」と言われています。智慧の面から、慈悲の面から、また伝統を受け継いで行く修行の面から様々に菩提心について説いておられることを紹介しました。
「随聞記」の中で無常によって菩提心を起こしたけれども、比叡山では、本当の師や先輩に恵まれず、大師などの高名な僧になるように教えられたこと、けれども「高僧伝」等を読んで心を入れ替えたことが書かれていますが、十代の頃から「菩提心」がご自分の問題として切実な、重要な問題であった事、それを十二巻本を書かれた頃まで、ずっと胸の中に置いておかれ、後世に人に書き残しておかねばと考えられていた事などを学びました。
私がスエーデンに着いた日か、其の前の日にノルウェーの首都オスロでテロリストによる爆弾と銃の乱射により何十人もの人々が殺された事件が起こりました。私が居たルンドからオスロまでは自動車で数時間の距離ですので、スエーデンの新聞は此の事件の報道で持ち切りでした。スエーデンの人々も身近な事として様々に影響を受けていたようです。日本やアメリカから見ていると、北欧の国々は平和な所のように思えるし、実際に訪問しても、森と湖の国と云った印象なのですが、聞いた所によると、ノルウェーと同じような社会的背景がスエーデンでもあるようです。その他のヨーロッパの国々でも同じような事態を抱えているとの事です。たとえばスエーデンではアフリカや中近東からの移民が全人口の一割を超えているのだそうです。現政府は移民に対して寛容な政策を取っているのですが、文化、宗教、言語などの違う人々が在る程度以上の人口比率になって来ると、ことに民族主義的な人々は、伝統的な文化や価値形態の崩壊に危機意識をもち、貧しい層の人々にとっては、仕事や福祉に関して競争者と映るようです。そのなかで狂信的な人が今回のようなテロ事件を引き起こしたのですが、是が本当に個人的なものか、背後に組織的な勢力があるのか、多くの人々が心配していました。
スエーデンから帰ってからは、次ぎの著書の原稿の最終的なチェックに集中しました。私の仕事は、原稿の全体を読み、日本語の長母音の上に音声記号を入れなければならない言葉を総て選び出して記号を入れる事(譬えばDogenを
Do?genに)でした。作業としては単純なのですが、一語も見逃さないように注意しなければなりません。念のために、3回繰り返して全体を読みました。なかなか時間がかかり大変でしたが、私にしかできない仕事ですので文句は言えません。
それがようやく終ると、17日からノースカロライナに行きました。山の中の静かな所で数日間、家内と過ごす事が出来ました。
本日夕方から、9月5日まで、5日間の接心です。また日常の坐禅生活が始まります。
8月31日
奥村正博 九拝
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