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■なぜ、私は建売住宅を設計するのか?(建築ジャーナル2012年1月号掲載文)new!!
こだわりのローコスト住宅を成功させるには(ニューハウス・ムックno.110「1000万円台で家を建てる!」掲載インタビュー)
■思い描いてきたのは、ハッピーな空間!(ニチハ社内誌2006年vol.434掲載文)
■ひと・住宅・まちの関係、そして空間のこと(住宅建築2006年2月号掲載文)
■ザ・ハウス建築家コラムリレー(2005年11月掲載文)
■「建築知識」丹下健三に関するアンケート(2005年6月号掲載文)
■「建築家のメモ」(丸善)掲載文
■「現代日本の建築vol.1」(ART BOX)掲載文
■「Memo男の部屋」2004年2月号掲載文
■家づくりのコストを考える(2004年4月ザ・ハウス講演会原稿)
■海をみる、波をきく・・・夏休みについて(OZONE o-cube2003年8月号掲載文)
■「家族を容れるハコ 家族を超えるハコ」(上野千鶴子著 平凡社)を読んで(最近考えていること)
■建築家と施主をつなぐ自由なサイト「すまいと」(建築知識2002年10月号掲載文)
■「コストの透明化」の鍵をにぎる現場監督という仕事(住宅建築2002年9月号掲載文)
■「SU-HOUSE 1」のこと(住宅建築2002年9月号掲載文)
■旗竿敷地を豊かにする方法(住宅建築2002年9月号掲載文)
■旗竿敷地の解法(住宅建築2002年9月号掲載文)
■気密・断熱についての考察 (2002年6月OZONE講演会原稿)
■ローコスト住宅について (2001年11月ザ・ハウス講演会原稿)
■「適正価格」とは (最近考えていること)
■「地域主義的インターナショナリズム」という考え方(近代のもう一つの方向性) (住宅建築1999年2月号掲載文)

 

(建築ジャーナル2012年1月号掲載文)

■なぜ、私は建売住宅を設計するのか?

 

 

私は現在、東京都世田谷区の住宅地に建築設計事務所を構え、おもに住宅の設計を生業としている。独立してかれこれ23年、仕事のない独立当初には、都市計画がらみの仕事、建売住宅の確認申請、他事務所のお手伝い仕事などをやって食いつないでいた。そんな貧乏時代に、従来の建築家というハイブローな立ち位置からではなく、地べたの既存の社会のしくみ側から建築と社会の関係ついて様々なことを考えてきた。それぞれの時期に考えてきたことを書き記してみたい。

 

●建築家と社会とのギャップ

私が最初に勤めた事務所は、いわゆる前衛建築家事務所である。建築に対する哲学に惚れ込んで入所した。しかし、設計実務に携わるようになっていくと、クライアントの要望とこちらがデザインしたいことの間に大きなギャップが生じてくるのを感じるようになる。スタッフとして、ボスとクライアントの板ばさみになり、自分の思考や行動はどんどん引き裂かれていった。

 

建築家の設計する「建築」はすばらしい。しかし、クライアントに伝わらないものでは意味がない。高レベルの話は理解できないにしても、具体的なレベルでの空間的効果については説明できるのはないかと考えるようになった。従来の建築家像に凝り固まって、本来建築家が伝えるべき空間の豊かさを伝播できないのはおかしいのではないか。現実社会にリンクしながらより高次の建築を考えていくことが必要なのではないか。そんなことを構想するようになった。

 

●ミニ開発批判から協働へ

その後独立してからは、以上のような視点でクライアントや社会と接するよう活動してきた。そうしていく中で、だんだんまちづくりに関わる機会が増えていった。まちづくりの集まりに参加すると、決まって建売住宅の「ミニ開発」が槍玉に挙げられているのを目撃するようになった。彼らの論法によると、大きな敷地が分割されて細分化されること自体が悪でまちを醜くしているらしい。しかし、私はそこでちょっと待てよと立ち止まって考えてみた。住宅メーカーなどの比較的大きな区画の開発はそれほどいいものだろうか。いや、そうではない。隣棟同士の関係や、まちと建物の関係が考慮されていない開発はどう考えてもよくない。つまり、大きいか小さいかは問題ではなく、上記のことがしっかり考慮されているかどうかが重要なのである。

 

ミニ開発は日本のどの地域でも行なわれているごく日常的な建設行為である。もし、それを豊かなものにすることができたら、多くの場所でまちの景観に貢献できるのではないかと考えるようになった。これが建売住宅に関わるようになった大きな理由の一つである。

 

●既存のシステムを受け入れること

建売住宅には、守るべきプランニングの法則、建築材料の制限、不動産業界ならではの特殊な販売システムがある。最低3LDKは確保し各居室の最小面積は4帖半、建築材料は基本的に既製品、販売までの時間をなるべく短くするために設計期間を最小限に押さえる、などの不文律がそれである。それらを限られた設計料でこなさなければいけない。だから、一般的に建築家はこうした仕事を受けようとはしない。あらかじめ設計の自由度や潤沢な予算がセットされたモデルハウス的な高級建売住宅にしか参入しようとしない。

 

確かに、現在一般的につくられている建売住宅の設計料は正直言って安い。価値を認めてもらって適正な価格を確保する必要はある。従来の注文住宅と比べて検討すべき項目も少なく、デザインも一本勝負で提案できる。もしその才能があれば、独立当初の若い建築家の食い扶持としてもその存在価値があるのではないかと考えている。

 

3棟以上の多棟現場の場合、単体の建築という意味だけではなく、「まち」という視点も入ってくる。純粋に建築家としてまちづくりに参加する機会はそう多くはない。そうした滅多にない機会を与えてくれる仕事であるということも忘れてはいけない。

 

建築家の仕事を、豊かな建築空間を提供し社会に貢献することとしたら、建築家はそれらが存在しない場所に出て行って広めていくことをしていくべきではないかと考えている。そのことによって、従来の設計の仕事も増えていくのではないかと思う。もっと、既存の経済や流通のシステムを受け入れ、そうした状況下でも建築空間の豊かさを提案していった方がいい。

 

●建売住宅の設計という仕事

具体的にいままで関わってきた建売住宅の例を紹介しよう。昨年、東京都世田谷区北烏山に計画した「北烏山プロジェクト」である。位置指定道路をもつ8棟現場のうちの5棟で、2棟を伊原孝則さんが、残りの3棟をうちの事務所が受け持った。A、B、A、B、Aというように、それぞれ交互に住宅を設計していった。設計していくプロセスの中で、比較的ゆるいデザイン上のガイドラインを決めていく。塀を設けず相互の開口部がバッティングしないようにしそれぞれの開放感を確保すること、建築材料を統一すること、階高など高さを揃え町並みに一体感をかもしだすこと、などが主だったルールであった。そのような過程を経て、建売住宅にありがちな退屈で均一なデザインではなく、統一感を保ちながら変化のある町並みをつくり上げることができた。

 

●建売住宅設計というビジネス

さて、この仕事がビジネスとして成り立つかどうかということについて考えてみよう。一般の注文住宅では、設計から完成まで最低1年以上の時間をかけて丁寧に設計施工していく。かたや、建売住宅はその半分の6ヶ月で完成までこぎつけなければいけない。注文では10案以上の案を検討するが、建売では1案だけの一本勝負で決めていく。そう考えて見ると、建売住宅は、注文住宅の1/3〜1/2の設計コストが確保できれば十分ビジネスとして成り立つのではないだろうか。仮に、注文で300万円の設計料だとしたら、建売では100万円〜150万円あれば仕事として関わることができるということだ。

 

このビジネスをどのように建築界の常識へと広げていけばいいのだろうか。家を建てたいという人の中には、注文住宅ほど密に打合せをして自分好みの住宅を手に入れたいわけではないが、一般的なおもしろみのない建売住宅では飽き足らず人と違った豊かな空間を持つ住宅に住みたいという人は結構いる。そうしたマーケットは確実に存在している。また、注文住宅では、まだここにないものを建築家とともに考えつくり出していかなければいけない。建売住宅では、基本的には完成したものを買う。しっかり見て確認してから購入を決めることができるという利点もある。このあたりのマーケットを開拓していけば、建築家のビジネスのひとつになっていくのではないだろうか。

 

若い才能のある建築家の仕事の確保ということも考えている。独立して建築設計事務所を開設した当初は、事務所を運営していくための仕事を得るのはそう簡単なことではない。独立して数年のうちに仕事がない若い建築家はいくら才能があっても事務所をたたまなければならない状態に追いやられる。私は、これまでそうした例をいやというほど見てきた。独立したての若い才能のある建築家が、設計事務所経営の基礎を固めていくための仕事として位置付けていってはどうだろうか。また一般の設計事務所でも、設計依頼の少ない時期に、事務所経営を安定させるための仕事として有意義なものとなるだろう。

 

●まちづくりに関わること

いままで建築の仕事をしてきて、これほど多くの構成要素を取りまとめ再構成していくという複雑なものはないのではないかと思う。結婚パーティのプロデュース、芝居の制作や美術なども手がけたことがあるが、建築的な思考や仕事の進め方を応用すればなんとかかたちになった。

 

そんな中で、まちづくりの相談にも乗るようになる。そうした場所に出掛けていくと、さまざまなアイデアが語られ提案されるが、なにひとつ実行に移されることがなかった。なにかが具体的にかたちになり、それが参加者にいい影響を及ぼし、またまちづくりを推し進めていく。そんな展開がないと長続きする本当のまちづくりはできない。

 

建築はコンセプトを構想し、デザインし、実際にものとしての建築をつくり上げる。抽象的でありながら具体的なものである。だからこそ他分野と関わったときに、その多様なアプローチが有効に機能する。こうした思考方式で今後もまちづくりに関わり続けていきたい。

 

3.11以降に思うこと

高度成長期から続いてきた右肩上がりで設定された社会システムは、景気が後退していく中で機能不全に陥っていることが誰の目にも明らかになってきている。にもかかわらず、運用されている社会システムは旧来の既存のものである。こんな社会がスムーズに回転していくはずがない。現状にシステムを合わせていくことが求められている最中に、東日本大震災に襲われた。旧来のシステムでは事態に対処できないことが誰の目にも露わになった。意思ある若者は、既存のしくみにとらわれることなく思考し行動を始めようとしている。建築生産システムも、旧来の社会システムに大きく依存している。すなわち、現状にマッチしていないということはあまりにも明らかである。よって、現実に即した実体のあるしくみを構想してく必要がある。

 

震災に見舞われて以降、その変革の機会が与えられているのではないかと思う。大きな変革をする必要はない。現実の一つ一つを見つめなおし、小さなものから変えていく。同時に全体の進むべき方向も見つめながら、周辺の小さなことをその方向にまとめていくのだ。もう、これからは上からの変革は有効な時代ではない。個人個人が、いまの現実社会にマッチするように思考行動し身の回りから変革していくことが求められている。問題はこうした意思ある人たちをどのようにまとめ方向付けていくかにある。そうしたことを議論しまとめ上げていくための市民組織をオーガナイズしていくことが求められている。私も微力ながら、それらの方向に向けてこれまで関わってきた建売住宅計画やまちづくりに関わっていけたらと考えている。

 

いま、建築家は旧来の「建築家」の業態から飛び出し、建築家の持つ様々な次元や分野に及ぶものを統合していく能力を存分に生かし、オセロのコマを裏返していくように身の回りのことから現実に即したしくみに改変していくという、新しい業態を確立していく必要があると思う。

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ニューハウス・ムックno.110「1000万円台で家を建てる!」掲載インタビュー)

■こだわりのローコスト住宅を成功させるには

 

 

1000万円、1500万円? いったい、いくらぐらいからローコスト住宅と言うのでしょうか。家づくりの専門家である建築家の方々に聞くと、だいたい1000万円台前半という答が返ってきます。そして、単に金額の安さだけがローコストの条件ではないとも。長年、住み続ける住宅ですから、“安かろう悪かろう”では困ります。家族が満足して快適に暮らし続けられる家が、予算内でできるかどうか。要は、金額が高いか安いかではなく、出来上がった家に対する満足度が支払った金額より高いか低いかもローコストのバロメータになるということです。そのあたりについて、いわゆるローコスト住宅を数多く手がけている建築家の岡村泰之さんに語っていただきました。

 

1 ローコスト住宅の考え方

 

いちばん大事なのは何だろう

 ローコスト住宅といっても、決して安くつくることだけに集中するわけではありません。建築家としては、1000万だろうと3000万だろうと手間ひまは同じにかかるし、仕事としては区別していません。ただ、施主と一緒に予算内で何ができるかを考えるわけですが、限られた金額の中でどれだけ希望がかなえられるか、ローコストの場合はそのあたりの選択が厳しくなるわけです。 たとえば、超ローコストでやらなければならないのに50も60もの希望をすべて実現しようとしても、それはムリな話です。当然、何を優先して何をあきらめるか、厳しい選択を迫られます。ここでいちばん大事なのは、この先、家族が生活するにあたって気持ちよく、快適で、皆が仲良く暮らせる家であること。そして、頑丈で壊れない家であることです。この視点に立てば、たとえばキッチンセットの扉のつまみがどうのなんて些末なことではないか、ということになります。私は、施主との話し合いに際し、まずそのあたりの説明からスタートします。 家づくりにおいていちばん大事なのは、@空間の面白み、A地震に強いこと、B暑さ寒さに影響されない優れた断熱性能、の3点だというのが私の持論です。これらの項目はいずれも、家が完成した後でやろうと思ってもできません。後からできない部分はしっかりつくりましょう、ということです。ローコストでいきたいなら、この3つは最低限の選択肢になります。とくに@は大切で、その場所でしかできない建築空間の面白さを引き出してこそ、建築家の面目躍如といったところでしょう。

 

家づくりは“選択”の積み重ね

 いくら予算がなくても、先に挙げた最重要項目3点以外にもう3つほどは実現できるかもしれません。そこで、たくさんの希望の中から次に何が重要か、選んでもらいます。最初はなかなか絞り込めず、盛りだくさんの要望を受けながら設計していきますが、金額的にできないと思われるものも“チャレンジ項目”として残します。最終的には、そのほとんどが消えていきますが、どうしても実現したいものは残っていきます。 1500万円ほどの予算しかないのに、床暖房の希望を死守した施主もいましたから。こだわりたい部分に関しては、本当にそれが重要なのか、慎重に検討してみることです。そうやって優先順位を決めていくことに慣れると、「あ、Aはすごく必要だからBはあきらめよう」という選択ができるようになるものです。 家づくりというのは、最初から最後まで何かを選んでいくことの積み重ねです。「やはりBにしておけばよかった」などと後戻りしないよう、納得づくで設計を進めていくことが大切です。何か物を買った場合、高い買物をしてしまったと不満に思うか、お金より価値の高いものが買えたと思うか、そこには大きな差があります。もちろん、後者で納得できたほうがハッピーです。適正な価格でより納得できる買物をするために、私は「20年も30年も住むなかで、快適に暮らすにはそれが本当に必要なのか、予算を念頭に考えてみましょうよ」と、設計の段階でひとつずつ、施主と一緒に選択していくようにしています。 最終的に何がいちばん必要かということが見出せれば、良い家を手に入れる第一歩を踏み出したことになります。私は、実現したい希望の上位5番ぐらいまでの優先順位を決めることが、望む家を手に入れるいちばんの近道ではないかと思います。

 

空間は大事

 住宅の場合、良いものができるかどうかは施主の能力によっても大きく左右されます。何が必要かを選ぶ能力、建築家を選ぶ能力、そして選んだ建築家を信頼する能力など。あるいは、ある程度のリスクがあることがわかっていながら、ちょっと冒険してみてより良いものを目指すことができる人は、面白い空間を得ることができます。 好奇心や冒険心がない人は、建築家向きではないかもしれません。ハウスメーカーなどで建てたほうがトラブルは少ないでしょう。しかし、コストダウンの工夫には限界があることも承知しなければなりません。だからといって、建築家向きとそうでない人とに2分されるかというと、必ずしもそうではないのです。一緒に設計していくなかで、空間の面白みがわかるようになり、予想もしていなかったようなアイディアを提案する施主もいます。 吹き抜けなどは空間の面白みを引き立てるには欠かせない手法ですが、残念ながら、吹き抜けがあること自体がコストアップにつながってしまいます。床があるのと同じボリュームなのですから、金額的には高くつきます。しかし、たとえコストアップにつながっても吹き抜け空間が必要ならちゃんとつくっておくべきでしょう。空間はあとから計画することはできないのですから。 しかし、床はベニヤで壁は安価な桐を使ったりして価格を調整します。つまり、譲れるところと譲れないところをいかに理解するか、施主の賢さが大きく影響します。私も最初は、限られた予算の中で空間をしっかりつくりつつ、ディテールもすっきり見えるようにできないものかと悩みましたが、空間設計がしっかりできていればディテールなどとんでしまうことに気づきました。もちろん、お金があればすっきりおさめますが、たとえ壁をつくらずに下地を露出させても、空間さえしっかりしていれば気にならないものです。

 

気持ちがわだかまるとお金も滞る

 家づくりは、施主と建築家と工務店(大工さん)の3者が協力しあって初めてうまくいくものです。施主だからといって「お任せします」というのではなく、自分も家づくりに参加しているんだという姿勢がないと、賢いコストダウンはできないし納得できる家はできません。施主はお金を出すだけでなく住みたい家をいちばんよく知っている参加者であり、建築家はそれをよく理解してより豊かな空間を提案するのが得意な参加者、工務店はそれを効率良く美しくつくるのが得意な参加者です。この3者が集まってする協同作業が家づくりです。 つくるものやお金や気持ちが滞りなく流れるような状態にすることが、要らないお金なり時間なりを削減する最良の方法だと、私は考えます。そのためには、家づくりに際して人間関係をどう構築していくかが大きな課題となります。3者の人間関係がうまくいかず気持ちがわだかまると、お金も滞るものです。 施主が参加意識を持てば、建築家だっていっそう張り切って良い家をつくろうという気になります。施主の希望を最大限生かしながら、どこで費用を削れるか知恵を絞ります。

 

設計期間は最低1年は欲しい

 これは、ローコスト住宅に限らず家づくり全般に言えることではありますが、後に不満が残らないためには設計期間を適度にとることも大切です。なかには8ヵ月、10ヵ月でお願いしたいという人もいます。「いいですよ。やってみましょう」と引き受けますが、最初はトントン決まっていきます。ところが、基本設計の段階で納得していなかったりすると、実施設計に入ったら途中で「やはり…」と振り出しに戻り、結局は1年以上もかかったという例もあります。 家づくりというのは、判断を迫られて判断し、納得することの繰り返しです。したがって、一般には設計契約をしてから最低1年ぐらいは設計期間が欲しいとされていますが、人が判断して納得することを繰り返すにはそれぐらいがちょうどいい時間なのではないかと思うのです。あわててやると、失敗する可能性もあります。ましてローコスト住宅ともなると選択肢が増えるので、設計期間は余裕を見込んで設けたほうが無難です。

 

2 コストダウンの手法

 

シンプルな外観を心がける

 建物は表面積を少なくするために、なるべく立方体に近いシンプルなカタチにすることです。凹凸の多い複雑な外観にすると、材料も余分にかかるし手間もかかり、コストアップにつながります。 今はインターネットが普及したおかげで、私のクライアントはホームページを見て、こちらの考え方なり実際の建物を気に入って連絡してくれる人がほとんど。だから、「四角い箱にこんな空間が欲しい」ということで話は早いのですが、中にはローコストを希望しながら「切妻屋根で下屋のある変化に富んだ外観」を譲らない人もいます。予算があれば可能ですが、ローコストは無理です。

 

なるべく同じ材料を使う

 たとえば壁を例にとりましょう。各部屋の個性を表現したいからと、それぞれに違う壁材を採用したいと希望する人は少なくありません。壁紙程度ならいいのですが、こちらは布壁、あちらは漆喰というようにちょこちょこと素材を変えるのはコストアップにつながります。それぞれに違う職人さんが入ることになり、人工代が余分にかかってしまうのです。同じ材料なら同じ職人さんがやるのでコストが削減できるし、同じ材料で統一したほうが見た目にもすっきり仕上がります。

 

プアな材料も使い方次第でリッチに

 ベニヤなど安っぽいと嫌う人もいますが、これも使い方次第で「よく見ればなかなか味わい深いじゃないか」と、認識を新たにすることがあります。たとえばベニヤとモルタルなど、素材感のあるものどうしで構成し、デザイン上の工夫をすればチープな印象はなくなります。 今、流行っているガルバリウム鋼板の外壁にしても、昔で言えばトタン板じゃないかとなりますが、今では馬鹿にしたものではありません。トタン板の見てくれがよくなったのは、きちんと端部がおさまっていて素材感の良さだけが見えるような材料に変身したからです。だから、今はプアな材料と思われているものもちゃんとおさまるようなデザイン上の工夫をすれば、実は味わい深いものになるかもしれません。モルタルにしてもそうです。

 

アウトレットで安い買物を

 キッチンセットや浴槽など設備機器類はアウトレットで購入すれば、本当に安く手に入れることができます。普通なら8万円はするバスタブが1万9800円だったり、システムキッチンが半額で買えたりします。コストダウンを図るにはアウトレットでの買物はかなり有効なのですが、ここで問題なのは、建築家や工務店に相談なしにいきなり品物を持ってこられること。配管がうまく接続できなかったり、工事のタイミングにうまく合わなかったりすると、かえって面倒な事態になりかねません。 これもやはり、3者の関係が密で事前によく話し合いがなされていれば問題はありません。つまり、一緒に家づくりをしているのだから、一緒に考えて相談して選んでいただきたいということです。

 

システムキッチンを超安値でオーダー

 4mぐらいのステンレス天板をオーダーして、あとは造作で仕上げたキッチンをごく安い値段で手に入れる方法もあります。大手のキッチンメーカーにステンレスを卸している会社に直接、天板のみをオーダーで購入するのです。そのかわり、システムキッチンのようなキャビネットも引出しもなく、脚は造作でつけます。この方法だと、通常は何百万円もするキッチンが10分の1程度で購入することも可能です。 火と水さえ使えればよいという、住まいの原点に立ち戻れば、ローコストなキッチンを手に入れることができます。

 

天井が高くなればコストもアップする

 天井は高いほうがのびのびしていいのですが、高くすると特殊サッシにしたり、建具や柱も標準ではなくなり割高になります。では、どうすればいいのでしょうか。私がつくる住宅は2.1m、2.2mと低めの天井がおおいのですが、垂れ壁を設けずに床から天井までスポンと抜けるような空間をデザインすることによって、縦方向への広がりを生み出すように工夫しています。同様に、窓もあちこちにつけずに大きくまとめて開くようにすれば、建具のコストダウンもできるし空間もよくなります。

 

ダウンライトは安価なもので十分

 照明は夜の空間を左右する大切な要素です。全体のデザインの中で空間を壊さないよう、タウンライトを基調にスポットライトなどを用います。よく見かける貝殻デザインのブラケットなどは使いたくありません。照明器具はうっかりすると、けっこう高額になって後であわてることが多いと思います。ダウンライトなどもピンからキリで、スポットの当たり方が美しいものなどは20?30万円はします。しかし、ローコストでいくなら、いちばん安い3000円くらいのもので十分です。天井内に埋込まれるので空間を変えたりする心配がありませんから。

 

発想の転換でコストダウン

 コストダウンを図るにはまだいろいろな方法がありますが、要は予算内でこだわりを生かした家づくりをするには、まず、何にこだわりたいのかを明確に打ち出すこと。そのためには、盛りだくさんの希望に優先順位をつけて、優先させたいこととあきらめてもいいことをはっきりさせることが何より大切です。 お金がかかってもムクのフローリングだけは譲れない、そのかわり、壁や天井は構造材現わしのままでいいという人もいるでしょう。構造用合板を床材にしたり、ベニヤを用いたりすれば多少、足触りが悪く女性のストッキングが引っ掛かることもあります。また、モルタルなどは冬はやはり冷たかったりします。それでも、予算が限られているのですから、あきらめなければならない部分が必ずあります。 ただ、金額的に高いものを排除するというやり方ではなく、いちばんこだわりたいところを優先させるために、他は多少のリスクがあっても実用性を重視して選ぶというように発想の転換を図ることをお勧めします。そのためには、キッチンはこれ、お風呂はあれ、というようなアイテム志向はローコストの考えからは逸脱します。アイテムから入るのではなく、冒頭に述べたようにいちばん大事な3点をベースに、実現させたいことを納得しながら選択していくこと。これが賢いコストダウンの方法と言えます。そして、人間関係を大切にすること。家づくりに関わる人たちの関係がスムーズなら、お金もスムーズに流れると思います。

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ニチハ社内誌2006年vol.434掲載文)

■思い描いてきたのは、ハッピーな空間!

 

 

「情緒をうしなった町は〔廃墟〕にすぎない」-------- これはある日本の作家が遺したエッセイの一文です。※これからの住まいづくりにおける、1つの提案のカタチ。それが、情感への働きかけといえるのかもしれません。

 

 

「わが家の壁自慢」コンテストでプラチナ賞を受賞した(有)岡村泰之建築設計事務所の岡村泰之氏にお話を伺い、1つのキーワードを設定してみました。それは、「ひらく」。※池波正太郎著『男のリズム』(角川文庫)

 

 

●プランにおける「ひらく」

最初に空間を考える場合、外部と内部のつながり、そしてどこの部分を「ひらくか」を考えます。街にどうひらくか、空にどうひらくか、庭とどうつながるか。

 たとえ小さな家であっても、街とどうつなげていくか、という視点は持つようにしています。例えば、北側に玄関のある家が並んでいたりすると、閉じている、背中を向けた家ばかりという印象を持ってしまう。

 今回「わが家の壁自慢」コンテストで入賞した建物(本誌433号掲載)は、「街が見える開口部を作ってみませんか? プライバシーを守りながらも、ちょっと生活を出す部分を作ってみませんか?」ということで大きなガラス窓を張って街を見渡せる提案をしました。そういうカタチで街とのかかわりを作りたかった。

 階段室がガラス張りなので、外から丸見えといえば丸見えなんだけど、閉じたままでは感じることの出来なかった開放感を感じていただけたようです。

 

 

●発想における「ひらく」

 クライアントの要望って、何畳の部屋がいくつ欲しいとか、間取りから入ることが多いですよね。プランを考える場合、どうしても間取りや効率的な動線などを優先して考えがちです。それは一見すると科学的なように感じるんだけど、実は固定観念であることが多いんですね。

 すごくハッピーに使われるのであれば、例えばバスルームが遠くても、それこそ別棟でも構わない。固定観念を外していくことで、よりハッピーで、豊かで、快適なものを見つけだせる。そういう考えに基づいて、住まいづくりを行ってもよいのではないかとクライアントには提案するようにはしています。

 そして私たち設計者は、クライアントに見えていないところを、見えるようにデザインする。意識では認識はしていないけど、視覚では認識しているようなところをね。

 最近は、「こうすれば気持ちがいいですよ!」という提案に対して理解を示してくれるクライアントが多くなってきました。普通の人から見たら奇抜に思えるかもしれないものでも、打ち合わせを繰り返し積み上げていく中で自分たちが求めていたものに巡り会えたなら、ハッピーに過ごせるんですよね。

 

 

●素材における「ひらく」

 サイディングは「フェイク」という固定観念を持っていたし、お客様もフェイクを避ける傾向が少なくなかったので使う機会はあまりありませんでした。あるとき、モルタルのフラットさを好みながらモルタルの割れを嫌うクライアントがいて、何かないかと探していたときに、フラットなサイディングに出会いました。知らなかった!と思いました。

 空間をつくっていく上での私の信条が、例えば外壁なら、主張しすぎないほうがいいということ。サイディングは、目地が主張するので避けていたのですが、例えばリブ系の素材を使用すると、デザイン性をキープしながら、シャープさを演出できる。これは、使ってみての発見でした。今では、何かの代替えではなく、あくまで空間をつくるための素材の一つだという認識で使用しています。

 サイディングは、何も外壁だけに限定する必要はない。密集地のプランで、よく開口部との間に独立した壁を設けたりしているのですが、ホワイトでフラットな商品を是非使ってみたいです。

 個人的見解ですが、サイディングはモルタルの良さを受け継ぐ素材だと思っています。

 

 

●現場における「ひらく」

 うちの事務所の特長の一つに、クライアントと施工会社、設計者が一緒になっての住まいづくりがあります。住まいづくりの最終目標というのは、良い家を建てて終わりではなく、その家に長年住んで幸せに快適に暮らしていただくことだと思うんです。

 設計者が、クライアントの要望をもとに、より快適に豊かになるように具体化していく専門家とするなら、クライアントは自分たちのこれまでの経験や今後どう暮らしたいかを一番知っている、自分たちの未来にどう反映すべきかを一番わかっている専門家なんですよね。そして、施工会社はその実現の方法を知っている。クライアントとふれ合うことで、職人さんも、誰のために何をつくっているかが見えるから、いいものをつくろうという意識を持ってくれる。それぞれの専門家が一つの目標に向かって知恵を出し合っていけば、きっといいものができるんですね。

 ただし判断するのは、あくまでクライアント。「建築家、プラン、施工会社、選んだ責任はクライアントにある」ということは、よくお話しますよ。実際、うちに来るクライアントは、事務所のホームページや雑誌に出たものを読んできてくれる方が多い。「一緒につくる」という想いに共感してくれた人たちが来てくれるんですね。商品はもちろん、どういう想いでものづくりに取り組んでいるのか、ということまで勉強して依頼してくる方はかなり増えています。

 家づくりというのは、物質的に「家をつくる」ということではなく、家をつくるというフィルターを通して、自分たちが自分の家でどのような暮らしをしていきたいのかを見つけていく作業なのではないでしょうか。

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住宅建築2006年2月号掲載文)

■ひと、住宅、まちの関係、そして空間のこと

 

住宅は、つくっていく段階と出来上がってからの家族間の、そしてクライアント・工務店・設計者間の、家族とまちに住むひとたちとの人間関係といったさまざまな人たちの関わり、それに完成した住宅とまちとの物理的関係が加わるという複雑な関係の中で成り立っている。

 

それゆえ、ものごとはなるべく簡単にして分かりやすくしたほうが、いい家づくりができる。私は、設計を始める段階から、なんのために家をつくるのかという目的を参加者みんなで共有するようにしている。目的は簡単、クライアントが永きに渡って、豊かで快適に過ごすことのできる家をつくることである。こう考えると、クライアントはなにを望んでいるかを一番分かっている参加者、設計者はそれをプランニングし空間化する参加者、工務店は具体的にものとしてつくり上げる参加者、となり、目的に向かってみんなで知恵と力をあわせて納得のいく家づくりが可能になる。それぞれが、リスクを分担し責任を負っているのである。

 

私の設計する住宅には、変わったプロジェクト名がついている。「SU-HOUSE」(ス・ハウス)は、「素ハウス」と書く。「素うどん」、そう讃岐うどんをイメージしてみるといい。麺とつゆだけのシンプルな食べ物なのにとてもおいしい。豊かな空間・強い構造体・適度な熱環境といったあとでつくり変えることができないものはしっかりつくり、家具・間仕切り壁・建具・設備などあとでも付け足すことができるものは最小限に抑え、余分なものを省いた「素」のままの箱型住宅である。「DO-HOUSE」(ド・ハウス)は「SU-HOUSE」より予算的に厳しい住宅。基本的なものはしっかりつくるが、仕上げ材料はもうこれしかない、「ドヤッ!!」といった気持ちがこめられている。クライアントが積極的にアウトレット等で資材調達したり、施工に参加する住宅シリーズである。「FU-HOUSE」(フ・ハウス)は、都心で建築の持っている機能(function)を先鋭化・特化することで快適な空間をつくりだす住宅シリーズの名称。実は、厳しい敷地状況を見て、「フッ」と思わず声を漏らしたのが命名の由来である。そのほかに、「HAPPY-HOUSE」(二世帯住宅シリーズ)、「CO-HOUSE」(店舗付き住宅シリーズ)、「OS-HOUSE」(平屋シリーズ)、「RU-HOUSE」(別荘シリーズ)などがある。このようにプロジェクトの命名には、まじめな中にもユーモアを込め、クライアント、施工者、設計者が気持ちをひとつにして、楽しい家づくりができるようにという願いが込められているのだ。

 

いうまでもなく、まちの中でもっとも数の多い建築物は、住宅である。だから、一戸一戸ていねいにまちとの関係を考えながら住宅を設計していくことで、具体的に住宅とまちの関係をどう考えればいいかというヴィジョンを示すことができる。

 

住宅とまちとの関係をより豊かに結びつけることができるのが、「空間」という概念である。空間の有効性は、住宅の内部空間だけではなく、まちなどの周辺環境と建築を結びつけることのほうにこそある。住宅が空間を通して、まちにどう開くか、どのようにプライバシーを緩やかに確保するか、は空間という概念がもっている特性によってもっとも有効に解決できる。住宅とまちがつながるということは、具体的には住宅の窓などの開口部が直接つながるか、あるいはスクリーンのようなもので緩やかにつながるか、またデッキや縁側でどのように関係付けられるかである。それらが豊かな内部空間と連携してまちにつながっていくことによって、より良好な住宅とまちの関係をつくり上げることができるのだ。

 

空間について考えるときに忘れてはいけないことがひとつある。それは「想像力」の問題である。同じ条件の部屋で、南面のみに開口部がある部屋と、南北両面に開口部がある部屋と、どちらが開放感を感じることができるかを考えてみると分かりやすい。部屋に入って、実際に見える開口部は一面のみである。しかし、人間の認識能力はあなどれない。部屋に入ったときにどの面が開放されているかを感じ、認識しているのだ。だから、南面の開口部しか見えないのに、北側にも開口部をもつ部屋の方が開放感を感じることができる。ここで、作動している人間の再構成する能力こそが想像力なのである。こうした想像力によって空間はより快適なものになり、住宅とまちの関係も同様に豊かになる。

 

人間関係を良好に保つためにも、「対話」という方法でそれぞれの立場を理解するために想像力が必要である。空間にしろ、人間関係にしろ、まちと住宅の関係にしろ、それらを成り立たせるのに必要不可欠なもの、それは人間の「想像力」という能力ではないかと考えている。

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ザ・ハウスコラムリレー2005年11月掲載文)

■ザ・ハウス建築家コラムリレー

 

●「空間」はそんなにむずかしくない

 

 建築家は訳のわからない「空間」ということばを平気で連発する。実は、思われているほどむずかしいものではない、生活の中にふつうにあるものだ。

 

 空間とは、その字のごとく、「もの」と「もの」、「こと」と「こと」の間(空)のことであり、それぞれの「もの」や「こと」の特色を生かしながら関係付けつなげていくことによって生まれる魅力的な関係性のことである。ヨーロッパのゴシック教会で神と人のつながりを教会の空間が取り持っていることを想像してもらうと分かりやすいかもしれない。要するになにとなにをどうつなげるかということだ。

 

 一般に、住宅内部の部屋や廊下・階段などの関係性が空間と呼ばれている。これらのつながりを空間的により豊かにすることによって、開かれたな空間、包まれる空間、人と人との間の親密な空間などをつくりだすことができる。

 

 だが、空間は建物内部のみにあるものではない。たとえば、窓からお隣の庭の立派な樹木が見えるとする。木が見える部屋とその木の関係が窓によって美しく関係付けられていたら、そこにも空間が存在しているし、道路に面してある縁側が住まいとまちを良好に関係付けているとしたらそこにもある種のまちとつながる空間がある。

 

 このように住宅内部の関係のみならず、建築的空間は自然やまちや社会へのつながりとも大いに関係がある。いま、日々の生活の中でもっとも必要とされているもののひとつがこの「空間」だと思う。住む人の気持ちを豊かにしてくれるものだ。だからこそ、住宅にはいい空間が必要だ。その空間を考え伝えていくことが建築家の仕事なのである。

 

 日々、こんなことを考えながら、ビールを飲み、村上龍と村上春樹の本を読み、ジャズピアノを聴き、サッカーを観ている。

 

 サッカーで点が入りそうな時のワクワク感が好きだ。そこには、ボールと選手たちの動きと得点の入りそうな予感との間に神が存在するかのような空間が生まれているからだ。

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建築知識2005年6月号掲載文)

■「建築知識」丹下健三に関するアンケート

 

【アンケート】

1、丹下健三氏をひと言で表すとしたらどのような存在でしょうか?

●戦後日本建築界の道を常に「更新」し続けられた方

 

2、丹下氏の作品で最も好きな作品はなんでしょうか?

●岸田日出刀教授のもとで、丹下氏が設計監理を担当された「倉吉市庁舎」。プロポーション、空間の質ともすばらしい。

 

3、その他 自由にお書きください

●広島ピースセンターなどにみられる「純粋なモダニズム」、旧東京都庁舎・香川県庁舎・倉敷市庁舎などにみられる「モダニズムと日本的伝統の融合」への試み、山梨文化会館・静岡新聞静岡放送東京支社などにみられる「メタボリズム」的側面、そしてさらに東京カテドラル聖マリア大聖堂・国立代々木競技場にみられる「ブルータリズム」、晩年は東京都庁舎などで「ポストモダニスト」の顔をのぞかせる。このように建築的スタイルにおいて多面的な側面をみせる。どこに本意があるのか見えにくいが、常に建築の可能性を更新し、追求された方だと思う。自分が建築を考える上で、構築的な建築家という偉大な中心を失った喪失感は大きい。

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「建築家のメモ」(丸善)掲載文)

■「建築家のメモ」(丸善)掲載文

 

「イデア」としてのメモ

特定のプロジェクトに限らず、そのときどきに頭に浮かんでくるアイデアとしてのメモを描くときがある。自分のものつくりとしての志向性を維持し展開していくための純粋な「イデア」としてのメモである。具体的なものとしては存在しない観念としてのメモ。形態操作の方法、自然と建築の関わり方、まちと建築の関係、歴史性・社会性、等々・・・。それらは自分の頭の構造そのもの、建築を思考していくときの原動力となるものである。

 

思考の断片が統合されるとき

一般的に建築をデザインする場合、クライアントから依頼されてからはじめてその作業がはじまる。クライアントの要望、周辺環境、敷地形状、法的規制などが「断片」として目の前にいっきに提示される。まず、それぞれのエレメントを「科学的」に分析することが最初に課せられる仕事だ。建築をつくること、それは、建築家の思考のベクトルにこれらの諸「断片」に整合性の道筋をつけ、統合していく作業である。あるときはことばで、またあるときは、簡単なダイアグラムで、象徴的に立ち現れる。その瞬間は、昼夜時間を問わず訪れる。だから私はそれがいつきてもいいように、スケッチブックを持ち歩き、枕もとにもメモ帳を置いている。

 

微分すること、積分すること

建築のデザインは対象を微分したり、積分することの繰り返しによって徐々に練り上げられていくものだと思う。様々なレベルで諸断片を積分し、そこで統合されかたちをなしてきたものを再度志向性を持って微分し、空間の諸問題を整理してみるのだ。問題が見えてきたならまた違う切り口でなんどもこの作業を繰り返す。その時々で残される記憶の断片が建築をかたちづくっていく。この作業をうまく媒介してくれるものがメモでもある。

 

アイデアは建築の外部よりくる

建築を考えるとき、著名な建築家の作品集や雑誌をみたり、実際にそれらの建物を訪れたりする。そこで刺激を受けることもたくさんある。しかし、建築をつくる上で自分の頭のなかでの極端な思考の飛躍をもたらすものは、建築の「外部」にあるものによることが多い。それは頬をなでる風、繰り返しよせたりかえす波、雲の流れやかたちであったり、好きな写真家の作品、何枚かの音楽CD、すぐれた芝居であったりする。それらは突然、思考の断片を統合したり、かたちの背後にある「しくみ」を頭のなかに映像としてイメージさせる。これこそ残しておきたいメモ。そこでインスパイアーされたものが建築をよりおもしろいものに変えていくようだ。

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「現代日本の建築vol.1」(ART BOX)掲載文)

■「現代日本の建築vol.1」(ART BOX)掲載文

 

現在の、法律、社会制度、慣習といった旧い「しくみ」は、われわれを

取り巻く「現実」と大きく乖離してしまった。それは、社会全体のみな

らず、地域、家族、個人レベルにまで及んでいる。

 

今建築にできること。それは効果的な配置計画と既存のプランニングに

異議申立てすること。その場所の快適さ、まちへの開き方を中心に考え

ること。しかもそれを一般的な土地建物取得価格で計画する。今できる

ことを構想のもとに実行する。ミクロな限定的戦いにこそ活路があるのだ。

 

構想するだけでも、現実に即して建築をつくるだけでも何も変化を生み

出さない。必要なのは、構想を実行に結びつけ、展開し、広く伝播させる

ことだ。

 

現実をスムースに動かし、ものや考えがより滑らかに流れていく「しくみ」

を提案し実行していくことが、今私がやることだと考えている。

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(「Memo男の部屋」2004年2月号掲載文)

■「Memo男の部屋」2004年2月号掲載文(岡村泰之と栄港建設の岡田専務との対談)

 

編集部:紹介していただいたクライアントに取材させていただきましたが、皆さん本当に喜んでいました。SU−HOUSE6のNさんは、契約前から土地探しのアドバイスをいただいて、素人にはいいか悪いかわからないところを教えていただき、助かったとおっしゃっていました。

岡村:土地探しのアドバイスというのは実は大変なことなんです。本当に腹を決めないと「いける」とは言えません。責任を負ってしまうわけですから。後は、クライアントさんがいっしょに考えていってくれるかどうか、その判断がないと「いける」とは言えないですね。

編集部:全部の方に同じように接しているのではなく、前向きな方、フィーリングの合う方にだけ親切に接しているようですとクライアントに話すと意外そうにしていました。すべての方に親切なのだと思っていたようです。

岡村:なるべくちゃんと接しようと思うんですけど、いっしょに家を作っていくというスタンスが取れない方もいらっしゃいます。どうせコストが厳しいことをやるのであれば、クライアントの方も楽しんでいただきたいし、われわれも作ることを楽しんで、できてよかったとみんなが思えるようにしたい。それができるかできないか、積極的に仕事をするか、しないかですね。明確には断れないんですが、なんとなく断る方向に持っていくということはあります。断るというより、自然消滅ですね。そういう感じで、今のところお付き合いしているクライアントとは楽しくやらせていただいています。

編集部:ここ数年、手がける戸数が増えていますよね。

岡村:名前をつけたものが勝手に一人歩きしている部分もあるんですけど、どういう考え方で何を作っていくのかが伝わりやすくなったせいかもしれません。あらかじめある程度想像されて、それからいらっしゃる方が多いです。

編集部:クライアントはホームページの効果をおっしゃっています。建築家の方のホームページはすごく格好いいんですが、言葉が少ない。岡村さんのホームページは読む部分が多く、考え方までしっかり伝わってくるので、それが決め手になったとおっしゃっています。

岡村:最初から格好いいのは作るまいと思っていました。格好いいのは開きにくかったりしますので、なるべくさっと開いて自分で簡単に書き換えられるというのが重要だと思っています。きついことを書いたりすると、反感を持つ方もいるでしょうが、それも含めて岡村という人間を理解してもらえたらと思っています。誰でもいいところもあれば悪いところもありますから、それを隠さない。何かを隠して何かをやるとなると結局破綻するんです。岡田さんとも「隠すのはよそう」、「オープンにしてやろう」というのが共通のスタンスです。そうすれば、精神的なロスや時間的なロス、それからお金のロスがなくなります。要は、物事がスムースに流れていくような仕組みをどうやって作っていくかということなんですが、手戻り、手待ちがないということが結果としてローコストになっています。クライアント、工務店、設計者がお互いを最大限に理解して、言ったことに対して責任を持ち、うそをつかないということです。

それから、住宅を作るのはあくまでもクライアントなんです。最終的な目標は何なのかということを常に皆さんに申し上げるんですが、それは、これから30年、40年、家族が幸せに、平和に過ごせる、そういう住まいを作ることだと思うんです。それが、住まい作りをしていく中でキッチンだけのこととか、床材のことだけとか、焦点がボケることがある。トータルなところから判断するとわかりやすいことなのに、そのものだけのことに集中してしまう方が多いんです。流れの仕組みをうまくまわすには、目標は何だったのでしょうという話を毎度毎度思い出していただいています。目標は安いものを作ろうということではなくて、結果として安かったという話なんです。

編集部:ローコストといっていますが、いつも思うことは適正価格ということです。何とかうまい言葉があればいいんですが。施工の面とか今までクリアにできなかったことを解決できたのはなぜでしょう。

岡村:岡田さんと出会ったからです。仕事をするときにコストが厳しいから、工務店にはまず見積もりの話をするんです。その見積もりで工務店に自信があるかないかわかるんですが、下職さんからあがってきたものをそのまま出してもらう。見積もりの金額も、何が減ったら何が増やせるということが自由にできるものを提案していただきたいと言ったときに、二つ返事で「できます」と答えていただいたときに、これはもうここしかないなとすぐに思いました。

編集部:そういった体制がすでに整っていたんですか。

岡田:整っていたというより、そうせざるを得なかったんです。建築会社というのは設計・施工・管理というのが多いんですが、うちは施工しかやってない会社ですので、設計部が社内にないというのが個性になっています。親父の代からやっていますから、施工会社が設計したもののつまらなさというのはいやというほど知っているんです。短いスパンで見ると一軒一軒で収益を上げなければいけない仕事なんですが、長い目で会社のことを考えた場合、いいもの、納得したものを作っておくことが結局自分たちの成績になるんです。だから最初から設計事務所との仕事しかしていないんです。たくさんの設計事務所とお付き合いさせていただいていますが、その中でローコストを目指している建築家なんていないんです。結果としていいものが安くできたというのが考え方なんです。たぶん建築会社が3000万円の仕事を請け負うと、3000万円の中で収まる家を考えるんですが、建築家の場合は3000万円の予算があったら、まず4000万円くらいの家を考える。クライアントにはいろいろな夢があって、マックスの中から話をしながら不必要なものを削除して、最終的に3000万円に収まりますが、中身としては倍くらいの違いが生まれます。それが3000万円だろうと1000万円だろうと同じことなんです。建築会社は長い目で見てひとつのいいものができればいいんです。ただ、建築会社にはそれ以上下げてはいけない限界があって、会社の経費など絶対に必要な部分があります。そこまでダンピングしてしまうとどこか抜かなくては収まらなくなります。それはできませんよと岡村さんには言いました。

編集部:それは仕事の報酬として当然のことですよね。

岡田:今まで建築会社は、見積もりの単価にたとえば上代の50%で入るものを60%で売るわけです。その差益が利益で、それ以外に諸経費という項目を作っているんですが、品物によっては掛け率が違うので、しまいにはわからなくなるんです。それで妙なグロスでいくらという値引き方をしてしまう。20年以上やってきて、うちではそういうことのないようにわかりやすくしようというか、本音は、自分たちがわからなくなっていたんです。見積もりをやっていると家一軒分では本のように厚くなりますから、材木一本がこれに代わったらいくらということがわからないんです。それを考えている時間ももったいない。だから、業者から仕入れた値段をそのまま公開しています。そして中間がなくても成立するものは直接仕入れたり、そうすることにより中間マージンやよくわからないどこかの代理店に払っていた分がなくなりました。もともと建築は現金決済ですから、やりやすかったですね。岡村さんと最初お話ししたときにローコストの建築家とは思っていなかったんです。正直言って、岡村さんは手間のかかる建築家の部類ではあるだろうけれど、手間がかかっているようには見せない、うまい建築家だと思います。

岡村:それは誉め言葉なんでしょうか?

岡田:たぶん(笑)。うちに気難しい工事部長がおりまして、竣工パーティなんて一回も行ったことがない人なんですが、なぜか岡村さんの竣工パーティだけは、自分で行くんです。工事が終わった段階でクライアントと設計・施工が楽しい時間が取れるなんてほかの設計事務所ではあまりないことなんです。オープンハウスには顔を出さないで、そのあとの宴会だけ顔を出すんです(笑)。確かに、竣工後の宴会は毎回楽しく過ごせます。

編集部:なぜでしょう。

岡田:岡村さんの人柄もあるんでしょうが、多分みんなが正直に気持ちよく作ってるので、みんなが気持ちいい状態でクライアントに引き渡せるんでしょう。それが一番です。その気持ちは現場の人間にも伝わりますから、ひとつの手間を惜しまないでがんばってやっているんじゃないでしょうか。岡村さんのクライアントに共通しているのは、建てたあともいっしょに家を作りこんでいくという意識があって、それを岡村さんが気持ちよくやってくれるので楽しいんだと思います。変にライフスタイルとか制限しない、器の大きい家で、ゆったりとしていて、相対的に見て坪割りにしたら安い。施工坪で割るといつも安くなるんです。これは本音です(笑)。建築家は僕らにはできない発想をして、それを形にできる。施工会社からしても感心する仕事なんです。そのなかでも気持ちよくだまされたなというのが岡村さんなんです。なんかやられた気がする。竣工した家に行って、坪いくらくらいだから、総予算を出せといわれたら、絶対この予算でできるわけがないよなと思いつつも、自分のところでできているんですね。

編集部:不思議ですね。

岡田:狐につままれたようなところがあるんです。やっておきながらやった本人がやられたと思う。それが多分岡村マジックなんです。僕がだまされているんだから、クライアントは気持ちいいだろうなと思います。

編集部:岡村マジックのタネはどこにあるのでしょうか。

岡田:数字は正直ですから、きちんと拾って、きちんと積み上げれば、ちゃんと見積もりは出るわけです。

岡村:無意味な材料の使い方はしていませんし、現場で変更がほとんどないようにすることでしょうか。

編集部:クライアントの感想は、住んでいて楽しいというのと、体にしっくりなじんでいるというものでした。

岡村:それはうれしいですね。

岡田:楽しいからやりたいし、うちの監督も、普通ならば図面どおり実務的にやりますが、岡村さんの物件の場合、まず岡村さんが何をしたいんだろうと考えるらしいんです。ちょっと今までとテイストが違うから、話が聞きたいとか(笑)。岡村さんと仕事をしていると建築が好きになると思います。

編集部:参加している意識が強いというか、やりがいがあるからでしょうか。

岡村:クライアントの方にいつも言うのは、僕がデザインするのではなく、住むことをデザインするのはクライアントですよということなんです。いろいろな選択肢がありますが、私はこれを推薦しますが、選ぶのはあなたですと。そうしないと後悔しますから。現場監督とも同じ事をするのにもっとうまくきれいに、かつ手間が少なくという方法があればそのやり方でやろうという話ができる。そういう関係が築けているのがいいですね。やはり住宅というのはできてから20年、30年、あるいはわれわれが死ぬまでは面倒みたいと思っていますし、クライアントもずっと幸せに住んでいけるものを作るという意識でいますから、うそやはったりではなく、スムースに流れていく関係を作りたいんです。それが結果としてよりよいものを作ることにつながるんです。

編集部:人間性もあるんでしょうが、無理がないですね。クライアントも敏感ですから、そういうところから楽しさがうまれるんじゃないかと思います。

岡村:お金を出して設計させて、お金を出して作らせるからクライアントには責任はないというのが普通だと思いますが、住宅を作るのはクライアント自身の仕事ですから、選ぶという責任があるんです。建築家を選ぶ、設計を選ぶ、材料を選ぶ、工務店を選ぶ、どう付き合うかを選ぶ。それはすべてクライアントの責任です。その責任を果たしてない人が文句を言う。家を作るというのは一生に一度ですから、なるべくそういうことにならないように最初の時点でクライアントが作るものだとあらかじめ申し上げるようにしています。そうしないとみんなが不幸になります。それを受け入れられない人はそれに向いた作り方があるんですね。建て売りとかハウスメーカーとか、全部パックで手に入りますから、選ぶ責任は作り手にある。1000万円で建ててくれといわれるといつも悩むんですが、本当にいっしょに作りたいという方には断れないんです。

編集部:クライアントも無理なさっているんじゃないでしょうかと気にしていました。

岡田:岡村さんの仕事をして赤字になっているわけではないですし、ちゃんと適正に会社として収益を上げています。自分のできることを無理せずにやって、うちはこういう金額でやりますと正直にいえますから、その点ははるかに健康的です。仕事が終わると普通は引き渡した瞬間にクライアントのものになってしまうんですが、岡村さんとやった家は引き渡したあとも自分の家みたいな愛着があります。職方と話をしていても、ローコストで予算がないですから、普通ならいやな顔をします。ところが岡村さんの仕事の場合は手待ちや手戻りがない、気持ちよく仕事をするシステムができているので、「大丈夫、できると思う」と言ってくれる。なんでもそうですが人間同じ事をするにも気持ちよくやれば1時間で済むのに、のりが悪いと3時間かかったりすることがありますが、それといっしょです。

岡村:やはりクライアントが自分で選んで決めているという状態を作っていけば、心変わりすることがないんです。

岡田:意思のロスとかコンセプトのロスがないから、それがコストにそのまま跳ね返っているんでしょう。正直言って、お約束した工期に遅れたことがほとんどないんです。岡村さんのスタッフもそうですが、約束をきちっと守ってくれる。そういう意味で結果としてできちゃったね、ということです。

編集部:それはプロとしての意識が皆さんしっかりしているからですよね。

岡田:一つ一つの物件に目標があるし、非常にやりやすい。

岡村:住宅を作る場合に安かろうが高かろうが関係なく、まず最初にやらなければならないことが大目標は別として3つあります。「強い構造体を作ること」、「断熱などの建物の性能をきちんと作ること」、「敷地の特性を引き出した、その場所でしかないものを作ること」、この3つを絶対に実現させるということを優先順位で決めておいて、あとは高い設備がつけられるのであればつければいいし、つけられないのであれば、後回しにする。すごくお金がかかるのはその3つ以外のことなんです。だから何を作ろうとしているのかをみんなが明確に理解していれば、安くても豊かなものができるわけです。ローコストはその3つを意識せざるを得ないので、本来やるべきことが明確になっているに過ぎないんです。

岡田:僕が言えるのはオープンハウス後の宴会にいらしてくださいということだけです(笑)。それにしても相性の合う建築家と出会えたクライアントは幸せだと思います。

編集部:クライアントに岡村さんはどんな人と聞くと、先生ではなく、親戚に近いイメージとおっしゃいます。子供が大きくなったらこの家でどうしようかと悩むけど、岡村さんがいるから安心だと。

岡田:昔の町の大工さんのように面倒を見てくれる人のイメージですね。今は建築家が相談に乗る時代になってきたんでしょうね。建築がより身近になってきたのかもしれません。

岡村:建売とか住宅メーカーさんの住宅は、買ったものの中に時間と人間関係がないんです。僕らが勝てるのは時間と人間関係です。それとセットでいいデザインを作ることができる。それが安心にもつながるし、喜んでいただける。昔の大工さんも面倒を見ていたのは時間と人間関係だったんです。われわれは設計を含めて、新しい人間関係を作っていけるのではないかと思います。今われわれが仕事をしている中で生み出しているのは、そういうものじゃないかと思っています。

編集部:最後に、面白いネーミングの「快住計画」というプロジェクトについてお聞かせください。

岡村:ミニ開発の戸建ての建売住宅がありますが、今ある既存の建て売りは周りのことを考えずに建っていて、空間もよくないし、町並みにもよくない。それに建築家がかかわらないのはなぜかといえば、儲からないし、つまらなそうだし、どうにもならないと思っているからですが、よく考えてみれば、小さくてもお互いの関係、人と人の関係、町との関係を考えるといいものができるんですね。こういうのをまとめて作ることで、町の財産にもなります。そういうのがいくつかできていくと、町を変える基点になるのかなと思って進めています。「快住計画」というのは、あらかじめ住まい手を決めて、ミニ開発的なところでお互いの関係を作っていこうということなんです。

 

岡田さんにしてもクライアントにしても、岡村さんのためならということで気持ちよく取材を引き受けていただいた。良好な人間関係に接して、家づくりを成功させる秘訣は人間関係をつくることであると実感した。

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2004年4月ザ・ハウス講演会原稿)

■家づくりのコストを考える

 

A理屈編1

■まずは大きなところから・・・

●住まいをつくるということとは

→家族同士の関係を再確認すること。

家族の将来を想像し、かたちにすること。

 

A理屈編2

3つのロスをなくす

●ロスがコストを狂わせ増加させる。

1)心のロス(人間関係)

→うそをつかない、駆け引きをしない。

2)時間のロス(決定方法)

→住まいづくりは決定の積み重ね、

クライアントが選択し納得した上で決定される。

3)流れ・関係のロス

→正確に情報を伝え、手戻りをなくす。

●これらが、お金のロスをなくすことにつながっている。

 

A理屈編3

■建築家の3つのタイプをめぐって

1)芸術家タイプ

・作家としての強い方向性を持ち、クライアントの要望というより

作品という立場から建築をデザインしていくタイプ

→かなり要望を満たせないことが多いが、そのことも含めて

建築家に惚れ込んでいるなら問題なし。

●コストは、建築家のデザインによる。

2)お客様第一タイプ

・クライアントの言うことのほとんどを満足する案をつくっていくタイプ

→要望のほとんどは満足されるが、自分たちがどのような生活を望んで

いるかといった大きな目標を忘れがち

●コストは、クライアントの要望による。

3)バランスタイプ

12の両方を持ち合わせており、大きな方向性を見失わない範囲で

クライアントの要望を受け入れ、しかも作家としてのデザインの方向性を

もったタイプ

→要望をある程度満たしながら、こんな住まいにすみたいという大きな

方向性をお持ちの方は、建築家と対話しながらいっしょに理想の住まいを

つくっていける。

●コストは、大きな目標さえ見失わなければ、建築家との対話でレベルの

設定ができる。

 

A理屈編4

■住宅の「適正価格」について

住宅の「適正価格」とは、基本的には、経済的に規定される

「ものの価格」と「労働力への代価」の合計のことだと考えられる。

また、その時それらをクリアに説明できる「透明性」を持っている

ことが必要条件となる。

その解釈は拠って立つポジションにより異なり、

1)クライアントにとっては、根拠がはっきりしていて、出来上がった

ものに対して納得でき満足できる金額のこと。

2)施工者にとっては、まず施工管理者の人件費を明確にした上で、

工事上のロス、軽微な変更に伴う増額を適切に解消できる金額のこと。

3)設計者にとっては、経済的に規定される「ものの価格」と「労働力

への代価」の合計とし、上記12)を同時に満足できる金額のこと。

と考えられる。

トータルな視点から言うと、上記123)を満たした上で、それらを

明快に説明できる「透明性」もっており、明確に割り出された人件費と

「もの」の適切な市場価格の合計を住宅の「適正価格」というのでは

ないかと考えている。それは関係者すべてが納得できる価格である

と言い換えることも出来る。

 

A理屈編5

■工務店のこと

1)建築費の中でいちばんお金のかかるのは人件費。

→一般には表立って表示されないものも多い。

2)見積書の各項目には、3%〜5%の安全費が掛けてある。

→建設業界では一般的で現場での変更等による手戻りのリスクを

回避するために使われている。

3)安い材料を使えばローコストというわけではない。

→先の3つのロスをなくすことで適正価格の実現可能になる。

 

B実践編1

■クライアントの責任

●選択し、最終的に決定するのはクライアントの責任

→お金を払う人だからクライアントには責任はないというのが

一般的な考え方であるが、建築家、プラン、デザイン、空間、材料、

工務店等を選択し決定することについてはクライアントの責任である。

●このことにより、はじめて建築家は計画的責任を、工務店は

施工的責任をしっかり負うことができる。

 

B実践編2

■計画の進め方

1)基本設計から実施設計へ

→大まかなところからだんだん細かいことを決めていく作業

2)住まいづくりは決定の積み重ねによって進められる。

→なるべく後戻りのないよう、時間を掛けて考え決定していくことが

必要である。

●もっとも重要なのはこれから先、どんな家にどのように住みたいか

ということをクライアントが認識するとともに、建築家・工務店の方と

それらを共有すること。

●建築家と住まいづくりをする場合、正確な住宅の価格はすべての詳細な

図面が完成し、それに基づいて工務店がきちっとした見積もりを出すまで

明らかにならない。よって、コスト管理は経験豊富な建築家と話し合いながら

進めていくしか事実上方法はない。

 

B実践編3

■決定の方法(優先順位を決定すること)

→後でつくり変えられないものはしっかりつくっておく。

1)強い構造(地震に強い構造体)

2)適切な熱環境(しっかりした断熱性能)

3)その敷地でしかありえない豊かな空間

(空間とはクライアントがどんな生活をしたいかを

具体的にかたちにしたもののこと)

●上記の基本的なもの以外のコストが、実は建築コストを

大きく左右している。

→その他のものは、今本当に欲しいもの、後でも整えられるもの

というように優先順位をつけておくと選びやすい。

・この点、ローコストだと選ぶべきものが少ないので優先順位を

決定しやすいと同時に何が欲しいかが明確になる。

 

B実践編4

■良好な人間関係の構築

●住まいは何十年にも渡って使っていくもの、建築家・工務店の方との

良好な関係によってよりよいメンテナンスを受けることができる。

→予算のことや、どのようにしたいかあるいはどうできるかといった

客観的事実をクライアント、建築家、工務店の間でできるだけオープンにし

共有することで良好な人間関係のもとに、手戻りなく計画・施工を進める

ことが望ましい。

できるならハッピーに!!

 

B実践編5

■かたちのこと(コストを抑えるために)

1)立方体に近い単純なかたち

2)間仕切壁の少ない計画

3)窓は有効な方向にまとめてとる

・安い材料でも組み合わせでその材料の良さを

引き出すことができる。

 

B実践編6

■自分たちでできること

→優先順位を決めることで削ぎ落とされたものを実現するために、

自分たちでできることをやってみる。

1)建材アウトレットで、安くていい建材を手に入れる。

→この場合、工務店がアウトレット商品に対応してくれるかが問題。

2)自分たちでできる工事

→素人でもできる塗装工事、外構工事等を自力施工してみる。

 

B実践編7

■実作を見る

SU-HOUSU」(す・はうす)

DO-HOUSE」(ど・はうす)

FU-HOUSE」(ふ・はうす)

のこと。

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OZONE o-cube 2003年8月号掲載文)

■海をみる、波をきく(夏休みについて)

 

40歳を過ぎてからどこか帰ることのできる場所を持つことの必要を切実に感じるようになった。なぜ帰る場所を欲しているのかよく分からない。だがそれは、子供時代の夏の思い出に関係しているような気がする。

夏休みには、休みの中でも特権的な地位が与えられていると思う。

生命感に満ち溢れた夏は、まぶしい光と影に彩られ、すべてのものが記憶に刻印され想い出となる。焼けた桟橋を跳ねる魚、むっとする草いきれ、真夜中の潮騒、そして雷鳴、夕立・・・、子供の頃の想い出も夏のものが圧倒的に多い。

夏休みを特徴付けていることがもう一つある。それは思考を停止することがあらかじめ許されている時間だということだ。何も考えないでいてもだれからも咎められることのない時間、こんな贅沢な夏休みをどのくらいとっていないだろう。

この夏は、そんな時間をかならずや取り返してやるという強い気持ちにとらわれている。思考・創作活動を展開させるには、その周辺の無が必要だ。有と無の境界、それを際立たせること、じつはこんなところに創造の神は宿っているような気がしてならない。忙しさと余暇の振幅。からだもそうだが、あたまも濃度のメリハリがないと鈍る。何も考えない時間を過ごすこと、それは思考を身体に取り戻す儀礼のようなものだ。海・太陽・熱気、そこにただ身をあずけること、そして、ときどきビールを飲む、それが正当な夏の過ごし方。

そして、どうせ行くなら、いなかの海がいい。子供の頃無為な時間を無条件に受け入れていたそこにもう一度戻ってみたい。幼い娘にもいなかの海で無為な時間を過ごすことのたのしさを伝えたいと思う。海をみる、波をきく、娘とはそんな単純なことを共有したい。思考・創作の強度を保つためにはこのような時間が必要だ。さあ、いなかへ海をみにいこうか。

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(最近考えていること)

■「家族を容れるハコ 家族を超えるハコ」(上野千鶴子著 平凡社)を読んで

カイジュウのめざす道

「家族を容れるハコ 家族を超えるハコ」(上野千鶴子著 平凡社)という本を読みました。

建築家の山本理顕さんとの対談は、社会学からの家族・住宅への視点と、建築からのそれらへの視点が互いに越境侵食し合い、家族・住宅の持つ今日的な問題を分かりやすく、あぶりだしています。

そこから見えてきたこと、それは、いまだに住宅は、家族がどうあらねばならないという近代的「規範」によってつくられ続けていて「現実とはかなりかけ離れてしまっているということ。たとえば、家族をつなぐものは、今や「育児と介護」という弱者を介してしか残っておらず、それすらも「家族」の中に封じ込められなくなっており、社会的関与が必要になってきているということ。個と社会の新しいつながり方を見つけ出す必要が生じているということ。旧来の「プライバシー」という概念ももう一度見直す必要が出てきているということ・・・などなど。

これらは何を意味しているのだろう。「快住計画」がめざす「コモン」のありかたの方向性を示しているのではないか。

向う三軒両隣的な、隣に住めばコミュニケーションが生まれるだろうといった旧来の安易な考えではなく、コーポラティブという方法で、「育児と介護」と「SOHOなどによる個と社会の新しいつながり」を基点に、新しい「選択的」なコミュニティーを生み出していくこと、これこそカイジュウのめざす道なのだ。

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(建築知識2002年10月号掲載文)

■建築家と施主をつなぐ自由なサイト「すまいと」

 

「すまいと」は出入り自由なサイト、望めば誰でも入れてもらえる。選定基準・登録料はない。人々が集まる場を提供し、人と人のつながりを促し、多面的につながることによって新しいビジネスチャンスの場を生み出し、結果としてものとお金が大量にではないが「総合的」に「透明」に動いていく、新しい「しくみ」に対応したビジネスモデルである。

 

魅力的なコンテンツ

「すまいと」のコンテンツには、設計事務所・工務店・資材メーカー等の紹介ページをベースに様々な記事があり、すまいに多角的な視点を与えている。中でも面白いのは、建築家を顔で直感的に選ぶページ、「9坪の家フォーラム」のBBS、建築業界の不思議が辛辣な言葉で綴られている「だまってられない![辛口e時評]」、恐ろしくて誰も言えないような「現実」が書かれている測量屋さんコラム、まちに快適に住むための戸建て集合住宅プロジェクト「快住計画」(我々が参加させてもらっているページ)のページなどがある。

 

もう一つの「顔」

もう一つ「すまいと」の取り組みの中核をなすものに「すまいとローン」がある。従来の住宅ローンは建物が完成して初めて建物を担保としてローンを組むことができる。完成しないとお金を借りられない。工務店は各工事が終わるごとに下職さんへの支払いが生じる。では工事中の支払いはどうするのか。建て主さんがつなぎ融資を組んで工務店に支払うか、工務店が借り入れをして下職さんに支払いをするかのどちらかである。その不自然なお金の流れを根本から変えるのが「すまいとローン」だ。各工事が終了した時点で第三者が工事内容をチェックし問題がなければ出来高に応じて支払いがなされる。また、万が一工務店が倒産した場合にも完成保証があるため安心して工事を見守ることができる。ここでなされているのも、ものとお金の流れの「透明化」である。

残念ながら「すまいと」からダイレクトに仕事がきたことはないが、数多くの出会いの場と、新たな「しくみ」を構想していくための機会を与えていただいたと思う。間接的にではあるが参加者すべての人々を活性化する機能は確実に果たしているのだ。

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(住宅建築2002年9月号掲載文)

「コストの透明化」の鍵をにぎる現場監督という仕事

 

まだ右も左も分からない設計事務所所員だったころ。見積もり調整の最後の詰めで「現場諸経費」が「出精値引き」というかたちで消滅していた。現場監督さんの給料はどこから出るのか、材料費・工費からしかない。ならば材料費・工費とはなんなのか。現場諸経費・会社経費・様々な利益がその中に含まれていることになる。結局、設計事務所は何を監理すればいいのだろう。そんなことを考えていた。

 独立してからも同じような状態を引きずったまま設計活動を続けていた。時はバブル真っ只中、それで何とかなった。だが、バブルが崩壊後は仕事も途切れがちになってくると、クライアントからは厳しいコスト管理が要求されるようになる。コストとは何かを真剣に考えなければいけない。

コストを大きく分けると、ものそのものの価格「材料費」(運搬費も含む)と人が考えまとめからだを動かすことで生じる「人件費」の2つになる。この材料費と人件費が明確に分かれれば適正な価格を把握できる。簡単なことのようで今までの工務店の考え方ではそれが出来ない。なぜか。材料費の中に現場諸経費・利益を含ませるのが常識になっており、下職さんとの支払い関係もこの仕組みにのっとって行われていた。現場諸経費に代表される人件費や利益はおおっぴらには表に出さずに予算を計上する方が一般的なクライアントにも受け入れられやすかったのもその一因であろう。

 そんなときに出会ったのが、今月号で取り上げられているI-HOUSE、八丁堀のローハウスを施工した日祥工業の渡井さんである。練馬の中堅ゼネコンに勤めていたときに担当者として出会った。そのときから変更等で生じた増減を毎月集計してお金の流れを明確にする仕事をしていた。そのゼネコンを辞めて独立してからはさらにパワーアップして、材料費と人件費をより明確に分けたかなり分かりやすい材工分離の見積もりで仕事をこなしていた。例えばキッチンを15万円安いものにしたから床材にその金額を回してもうワンランクいいものに代えるなどのことが容易にできる。現場諸経費の必要性をクライアントに対して「このお金がなかったら私が現場に来られないということです。私が現場を見なくてもいいのなら必要ないのですが、それでいいですか?」といった言葉で説得している。そこには下職さんから上がってきた見積もりをそのまま見積書に計上しているという裏づけと自信が彼にそう言わせているのだ。

設計事務所は本当に人件費そのものだけで仕事をしている。実は現場監督さんも様々な下職さんをまとめて設計図書に従って建築を組み立てていく「コーディネート」業であり、人件費の人なのである。評価はそれぞれ違うにしろ、これだけの仕事を何日やったからこれだけの経費が発生するという、なにも隠しようのないものである。人件費はこれだけかかるということを明らかにすることではじめて価格の透明性は計られる。

昨今のクライアントは価格の透明性を求める。こういう時代には、ものとお金の流れの「透明化」ができる設計事務所がデザインし、コーディネート業である現場監督さんが下職さんをまとめて人件費と材料費を的確に配分する、このやり方がもっともマッチしているようだ。

新しい場所で工務店を探すときは、設計事務所と仕事をしたことがあることはもちろん、現場経費と会社経費はしっかり計上してもらうこと、その代わりに見積には下職さんから上がってきた各見積もり金額をそのまま計上してくれること、アウトレットショップ等からの支給品がある場合にもクリアに対応してくれることなどを条件として上げている。

こういったクリアな人たちと仕事すると今まで発生していたトラブルがウソのようになくなる。ものごとがはっきり見えてくるのだ。日祥工業の渡井さんは、友人等からいい工務店を知らないかと聞かれたときは必ず紹介する人であるが、相見積もりでも8〜9割がたは渡井さんに決まる。人柄も含めた「透明性」が評価されているようである。

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(住宅建築2002年9月号掲載文)

■「SU-HOUSE 1」のこと

 

それは、おととしの夏のことだった。

Nさんより「ホームページを見て住宅の設計を依頼したいと思ったのですが、いつなら会ってもらえますか?」との電話があり、日にちを決めて事務所で会うことになった。最初の打合せは、前の打合せがずれ込んで30分ほど遅刻して事務所に戻るとNさんはすでに椅子に座っていらした。

そして最初のひとこと。「予算は1000万円+αしかないのですが・・・。お願いできますか。」私は言葉を失う。そしてまたNさん。「いわゆる完成品でなくてもいいんです。豊かな箱のようなスペースさえあれば生活できるようにつくってもらえればいいんです。」その言葉で覚悟を決める。「よっしゃ、いっしょに力を合わせていいものをつくっていきましょう!」こうして「SU-HOUSE 1」の設計が始まった。

設計は気持ちよく進められた。いろいろなアイテムを選択する余地などもあまりなく、どういう住まいを望みつくりたいのかをクリアにせざるをえなかったからだ。優先順位が自ずときまり、ほとんどオートマティックに設計は進められていった。

敷地は平塚市の南西部、海から50mのところ。竿部分が約15mもある旗竿敷地。このタイプの敷地は前述のように旗竿部分を除いて残りすべてに建物が建って解放されない可能性がある。この敷地でも、@旗竿からの開放感を建物をヌケルかたちで通り抜ける案と、A旗竿の延長部分を解放させる案の2案を考えた。かなり迷ったあげく、方位(南を開放すること)と周辺敷地の状況(旗竿の先に空地が確保されていた。)から第A案を採用することにした。結果として風通しのよい快適さを確保することが出来た。

Nさんの要求はいたってシンプルだった。明るくて開放的で風通しのいい家、それと2階にトイレを。足りない部分は後で付け足していく。その要望を聞いてひとつのイメージが頭をよぎった。つゆと麺という最もシンプルな組み合わせだが素材の良さと絶妙なコンビネーションでものすごくおいしくなる食べ物「うどん」。その中でも最もシンプルな「す-うどん」。トッピングとアレンジは自らの手で加え時間とともに成長する家。かき揚を乗っけてもいい、とろみをつけてもいい・・・。「SU-HOUSE」と名付けましょう。プロジェクト名はその場で決まった。

その通り、建物の完成後Nさんは、庭の玉砂利、ペービング、植栽、下駄箱、机、棚、クローゼット等々、たずねるごとに様々なものがつくられていった。我々も「g10」というグループで物置と門扉の製作のお手伝いをさせていただいた(住宅建築6月号参照)。門扉は二転三転と変化してバーのみの開閉というもっともシンプルな「記号」としての門扉に落ち着いたようだ。

自分の意志で選択し、本当に必要なものは自分でつくって足していく。与えられたものに住むのではなく、自分の将来の生活ビジョンを描きそれに向けて変化させていく家。それこそ自らが選んだライフスタイルを実現することだと思う。

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 (住宅建築2002年9月号掲載文)

■旗竿敷地を豊かにする方法

 旗竿敷地は、昔からのお屋敷(100坪前後の敷地)を4敷地前後に分割した結果生じることが多い。相続等が発生したとき、土地価格の高騰により100坪前後の一敷地で相続するには相続税が高すぎるため、敷地を分割し、住宅購入者がローンを組める価格に納め物納するためなどの理由によるものだ。旗竿敷地そのもは、条例に示される接道距離をギリギリ満足させて敷地を分割することでひねりだされる。正方形近い敷地を得るために道路計画までする開発とは違い、相続等のマイナーな要因から生まれる、いわゆる「ミニ開発」と呼ばれるものである。「ミニ開発」は、小さな位置指定道路を持つものと持たないものの2つに大きく分類される。旗竿敷地の特徴は、旗竿部分(アプローチ)を除いて残りはすべて建物で遮蔽される可能性を持っている。それゆえ、どこに空地を確保し旗竿部分を空間を抜けさせるためにどう有効に使うかを熟考する必要がある。旗竿敷地の建築物の配置計画は、旗竿部分の空地(X)と庭(Y)の2つのオープンスペースの関係性がより豊かな空間を生み出す可能性を持っている。仮に方位を除外すると、A1、A2、Bの3タイプに分類される。A1は、旗竿部分の空地(X)と庭(Y)をダイレクトに一本線で結ぶ方法で旗竿突き当たり部分に遮蔽物がない場合有効である。A2は、旗竿部分の空地(X)と庭(Y)を垂直に結ぶ方法で、敷地外の状況には左右されにくい。Bは、建築物にヌケル部分を設けそれを介して旗竿部分の空地(X)と庭(Y)をつなぐ方法で、ヌケル部分を内部空間に展開するとより豊かな建築空間をデザインすることができる。基本的には、A1、A2、Bの3つのタイプから、方位・周囲の状況に応じて最適なものを選択しアレンジすることで、不利な条件を持つ旗竿敷地により豊かな空間を創出することができる。

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 (住宅建築2002年9月号掲載文)

■旗竿敷地の解法

 SU-HOUSE 1」と「SU-HOUSE 2」の共通点は、ともに旗竿敷地であるということ。したがって、あらかじめ道路等のオープンスペースがないことを前提に計画を進める必要がある。前にも述べたように、旗竿部分のオープンスペースを十分に活かせるように、庭あるいは内部空間との関係を生み出し、周辺の建物あるいは庭などのオープンスペースとの関係を読み取りお互いを利用し合う関係をつくりあげていくことで良好な住環境を得ることができる。図に示したものがその読み取りの結果である。これら旗竿敷地での周辺との関係性を考えた工夫は、戸建て住宅が集合しお互いの住宅の関係性を考慮するときに十分応用可能なものである。

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(2002年6月OZONE講演会原稿)

■気密・断熱についての考察

<まずはじめに>

●高気密・低気密、高断熱・低断熱の対立の構図は住宅の持っている本質的な、

■自然から人間を守る VS ●自然に対して開く

という対立関係からくるものと考えると非常にわかりやすいかと思います。

<住まいづくりの論点>

目指すべき住まいづくりについて考えるとき、大きく分けて

1)自分にとって豊かで快適な「空間」とは何か。

2)生活の利便性を高めるためにどういった「設備機器」を選ぶか。

3)構造強度・高気密・高断熱といった「建物そのもの性能」をどこに設定するか。

3つの観点から、どのような生活像を求めているかを見定め、それぞれの要素の折り合いをつける必要があります。

<どの視点に立つか>

●もちろん、予算が潤沢にあり、すべての室内環境のコントロールを機械に頼らず窓の開け閉めをして調整することがまめにできるなら高気密・高断熱は望むべき性能です。しかし、どの視点に立つかによって気密・断熱の選択の仕方は異なります。

1)人工的な空調換気を前提とした「省エネルギー」の観点から。→高気密・高断熱

2)太陽光・風等の自然エネルギーを活用するかどうか。→気密性は問わない・高断熱

3)室内環境(揮発性物質・壁内結露の問題)の観点から。→低気密・断熱性は問わない

4)建築物の寿命という観点から。→低気密・低断熱

5)予算が少ない場合→低気密・低断熱

<優先順位の決定・自己責任>

いいものはすべての点でいいというようなオールマイティーなものなどありません。一般的にはいいことがあれば悪いところもあるということを認識した上で何を選択するか決めることが必要です。お住まいになる方がどのような生活を望んでいらっしゃるかが最大の問題で、住宅に関する個別のアイテムにこだわっていると全体像を見失いがちになり、納得できる住まいを手に入れることは非常に困難です。住まいづくりは選択と決定の集積の成果物です。自分にとってよりここちよい住まいをつくりあげるためには選ぶ対象は何か、何を選ぶべきかを自らで決めていく必要があります。

<利点・欠点>

●高気密の利点

・外気が遮断されているため、漏気による外部環境の影響を受けにくい。ただし、換気・温度調節は機械に頼ることが前提とされている場合が多い。

・外断熱にすると構造材や壁の吸湿作用をより効果的に使うことができ、構造材もいたみにくい。

▲高気密の欠点

・気密がいいということは、心がけて換気しないと室内の揮発性物質は室内に滞留しやすい。

・内断熱で防湿層が徹底されていないと壁内結露の可能性が大きくなる。

・予算がより多くかかる。

●高断熱の利点

・外気の変化に室内気温が左右されにくい。

・外断熱にすると温まりにくいけど冷めにくい室内環境得をつくることができる。

▲高断熱の欠点

・内断熱の場合、防湿に注意しないと壁内結露の危険性がある。

・予算がより多くかかる。

以上から次のことがわかる。

・高気密の場合→高断熱(外断熱)にした方が効率がよい。(結露を生じさせないためにも)

・低気密の場合→できれば高断熱にした方がよい。

・高断熱の場合→高気密にした方が効率がよい。

・低断熱の場合→気密の良し悪しは問わない。

<販売戦略としての高気密・高断熱>

高気密高断熱は、ものを売るときの戦略。数値的な競争による商品の販売の促進。室内環境は、機械によるコントロールに頼る。高気密の場合、換気は機械換気(商品)・温度調整は冷暖房機器(商品)に頼らざるを得ない。

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 (2001年11月ザ・ハウス講演会原稿)

■ローコスト住宅について

 今日はローコスト住宅についてお話するということですが、私自身としてはローコスト住宅を積極的にやりたいということではなく、依頼してこられるクライアントの方がこれだけしかお金がないけど面白くて豊かな建築をつくってほしいという方が多くて、結果としてローコスト住宅を多くつくっているだけです。もちろんバブリーな豪邸の設計もしてみたいと思っています。これは冗談ですが・・・

●キーワード

A.価格のこと

1)適正価格  :ものの本当の値段とは・・・。

2)人件費のこと・材料費のこと(透明性)  :建築は人がつくる。

3)流通のこと(アウトレットショップ)  :安い材料をどのようにして仕入れるか。

B.コストを抑えるための方法

1)単純な形  :表面積の少ないかたち、簡単なかたち。

2)プライオリティー(優先順位)の設定  :オールマイティな住宅など存在しない。

3)新しい家族形態・個室再考(間仕切壁をなるべく少なくする)  :nLDKは現在の家族像に対応しているか。

C.クライアントのスタンス

1)打ち合わせの重要性(打ち合わせは設計の共同作業)  :契約時の設計図書とは、図面と見積書。

2)自己責任  :建築はクライアントがつくる。

3)人柄・相性  :建築家、施工業者の選択、最後は人柄、相性が決め手。

 

A.価格のこと

1)     適正価格

ローコスト、ローコストと言ってもただただ安い建築というわけではありません。安くてもこだわるところにはこだわりのある納得のいけるものでなければいけません。高い建築には高い建築、安い建築には安い建築なりに材料費が高い安いという当たり前の理由があります。本当は高い建築なのに施工業者さんに無理を言って安くしてもらうなんてことはよっぽどお人よしの施工業者さんでなければありえないことは誰にでもわかることです。「適正価格」、かかるものはかかる。材料を吟味して安価だけど性能の悪くないもの、空間にマッチするものを選べば価格とは関係のない豊かな空間を手に入れることが出来ます。

2)人件費のこと・材料費のこと(透明性)

1.建築はそれを構成する材料、

2.それを組み立てる人の力、

3.それらをまとめる知識・経験

によって生み出されます。

これまでの建築の見積もりでは、2)3)のいわゆる人件費がないがしろにされてきました。設計でも施工でも、ある能力を持った人間が一定時間拘束されることによってより良いものにまとめ上げられていきます。よく管理費はおまけしときますといって、出精値引きというのがありますが、見積もり金額が各下請け業者さんの出してきたものならば、現場を管理する人の給料はどこから出てくるのでしょうか。そうです、それらの見積もりの中に現場管理費・利益が含ませてあるのです。これではこの材料から異なる材料に変更するとなると、正確に増減額を算出することなどできっこありません。結果として大体のどんぶり勘定になってしまうというのがこれまでの建築業界(住宅メーカーも含めて)のお金の流れの現状です。こんなことでは1円の単位まで切り詰めるローコスト住宅の実現など不可能です。どのように変えればいいかというと、責任を持って予算管理が出来る建築設計事務所と出会うことと、下請け業者さんの見積もり金額をそのまま出せ、正当な現場管理費を請求できる有能な施工業者さんを見つけることです。これが整ってはじめて「透明性」のある住宅づくりが可能になります。このように考えれば、高級住宅でもローコスト住宅でも同じことで「透明性」のある住宅づくりが必要で、求められるの「適正価格」なのです。

3)流通のこと(アウトレットショップ)

最近建材のアウトレットショップが目立つようになってきましたが、施工業者さんが許せる範囲でクライアントがダイレクトに建材を安く仕入れて支給するということも考えられます。エアコンなどはあらかじめ工事範囲内に入れるよりは量販店で購入取り付けされたほうが格段に安く手に入ります。現行の流通の仕組みとは違う方法で商品を手に入れることもできます。

B.コストを抑えるための方法

1)単純な形

体積と比較して表面積をなるべく小さくすると材料費を節約できます。最も効率のいいもは球ですが、つくるための技術が要求されますので球は置いておくとして、なるべく直方体でつくることがコストの節約になります。また、柱・梁などの部材をなるべく同じものにし単純化すること、歩留まりのいい材料の使い方をするのも重要です。このようにいうとつまらない箱型の建築が出来てしまうように思われますが、それは建築家次第、四角い箱でも豊かな空間をいくらでもつくれます。

2)プライオリティー(優先順位)の設定

私の経験ですが、基本的にはいわゆる豪邸といわれる高級住宅は手がけたことはないのですが、ちょっと小金があるというものは何件か設計しました。ローコスト住宅と比べると要望事項の多いこと多いこと。とにかくキッチンのオプションなど細かい要望が多い。仮に100項目選択しなければならないものがあったとすると、ローコスト住宅では3項目くらいに絞られます。広がりのある豊かな空間がほしい、お風呂と洗濯機は近い位置に欲しい、2階にもトイレが欲しい、といった程度のことであとは建築家が推奨するものでいいといった按配です。つまり何が優先されるかということが明確なのです。このことはデザインする側にとっても非常にやり易い。これに反して、前者の小金がある場合、選択項目が多すぎて優先順位を決めることが出来ないため、いろいろなことが非決定のまま進行し、トータルな建築のデザインにまで影響していまいどっちつかずの建築になってしまうという経験を何度かしました。より豊かで良い建築をつくるには、高級住宅でも小金のある住宅でも選択可能なものの優先順位を明確にすることです。なんでもかんでも可能なオールマイティな住宅などこの世には存在しないことを肝に命じておいて下さい。でも、ローコスト住宅の場合お金があまりないがゆえに選択肢の優先順位を明確にするのが容易なようです。

3)新しい家族形態・個室再考(間仕切壁をなるべく少なくする)

上で述べた優先順位を絞り込んでいくと、これまでの間取りを表すnLDKという形式にこだわらないプランニング発展していくことが多々あります。これは何を表しているかというと、nLDKという形式そのものが現代の実際の社会状況・家族形態に当てはまらなくなっているということです。これまであたり前に必要だと思っていた個室が本当に必要か、もしかするといらないのではないかなどローコストを目指すがゆえに本質的な問題にぶち当たってしまうのです。世の中ではnLDKという形式は住宅の流通にとって非常に便利でわかりやすいので未だに使われていますが、もう一度振り出しに戻って考え直してみる必要があるようです。個室が少なくなることによって間仕切壁が少なくなり、コスト削減につながるという利点も生じてきます。

C.クライアントのスタンス

1)打ち合わせの重要性(打ち合わせは設計の共同作業)

建築は細かな決定の積み重ねで成り立っています。クライアントと建築家の打ち合わせはまさに共同設計作業ともいえます。それらをまとめたものが図面であり、その価格を示したものが見積書です。工事請負契約時のいわゆる「設計図書」とは、この図面と見積書のセットのことを指します。これでどのようなものをいくらで買うかということが明確になるわけですね。つまり、このように設計の内容を決めるための打ち合わせの持つ意味は重要で、それをおざなりにしていると、いろいろな意味ではちゃめちゃなものになってしまいます。あくまでも建築はクライアントがつくるもので、その良し悪しもクライアントの意思によって決まってきます。

2)自己責任

結論としては望まれるようなローコスト建築を手に入れるもっとも早い道は、良心的でデザイン力のある建築家とこれまた良心的で技術力がありコスト管理のちゃんとできる施工業者と出会うことだと思います。また、建築家も施工業者も透明性を目指している限りもちろんクライアントもオープンな態度で接していただけないとものごとはうまく進みません。つまり、クライアント・建築家・施工業者がそれぞれの責任をわきまえそれらの責任をまっとうするためにそれぞれ自らの頭で考え3者でよりよくなるよう相談しながら建設を進めていくことが重要です。

3)人柄・相性

最後にひとこと付け加えるとしたら、クライアントも建築家も施工業者も所詮ひと、ひととしての人柄・相性もスムースに仕事を進めていく上でのひとつの要素かもしれません。

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 (最近考えていること)

■「適正価格」とは

住宅の「適正価格」について

住宅の「適正価格」とは、基本的には、経済的に規定される「ものの価格」と「労働力への代価」の合計のことだと考えます。また、その時それらをクリアに説明できる「透明性」を持っていることが必要条件となります。

その解釈は拠って立つポジションにより異なり、

1)クライアントにとっては、根拠がはっきりしていて、出来上がったものに対して納得でき満足できる金額のこと。

2)施工者にとっては、まず施工管理者の人件費を明確にした上で、工事上のロス、軽微な変更に伴う増額を適切に解消できる金額のこと。

3)設計者にとっては、経済的に規定される「ものの価格」と「労働力への代価」の合計とし、上記1)2)を同時に満足できる金額のこと。

と考えられます。

トータルな視点から言うと、上記1)2)3)を満たした上で、それらを明快に説明できる「透明性」もっており、明確に割り出された人件費と「もの」の適切な市場価格の合計を住宅の「適正価格」というのではないかと考えています。それは関係者すべてが納得できる価格であると言い換えることも出来ます。

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 (住宅建築1999年2月号掲載文)

■「地域主義的インターナショナリズム」という考え方(近代のもう一つの方向性)

 事務所設立以来、長野・鳥取・栃木・茨城といった地方でいくつかの仕事をこなしてきた。狭い日本といえども、各地の気候風土は異なり、それぞれの地域における人々の気質・生活習慣・建築に対する考え方にも大きな違いがあることを意識せざるを得なかった。こうした経過を経て、建築をつくる上で「地域性」の問題をあらためて考えさせられることになった。
●2つの作品のこと
 今回の2つの作品にも、「地域性」に対する考察のもとに注意深く「近代性」と「地域性」を統合する試みがなされている。
 具体的には、まず第一に、周辺の建物と同じような形態をとらないまでも、スケール感・色彩・素材感の面で連続性を持たせるようにした。事実、双方の建築とも、よく見ると斬新なデザインだがこの建築の存在によって街並みの良い部分を引き出してくれているとの近隣に暮らす人々からの嬉しい評を受けた。
 続いては、それぞれの建築がおかれている環境の中で環境要素の変化をなるべく分かりやすくとらえるために、つまり「地域性」をできるだけ反映させやすいように建築の構成を極力単純にし(マッスと壁の構成、そのすき間としての空間等々)、光や風が素直に通り抜け、空間が透けるような開口部を設けた。
 これら2つの方法を上手に組み合わせながら建築の全体構成を考えることによって、構成はモダニズムの手法に従い仕上げ材料は主として工業製品を使いながらも、地域的な伝統と空間のしくみを建築に反映することができたのではないかと考えている。
 次に、こうした考えを持つようになるきっかけとなった二大戦間のイタリア合理主義の建築のこと・写真家植田正治のことについてふれてみたい。
●「地域性」と「モダニズム」について(二大戦間のイタリア合理主義の建築をめぐって)
 「地域性」を建築に反映させる方法には大きく分けて2つのケースが考えられる。ここでは、「地域性」と「モダニズム」を融合させた二大戦間のイタリア合理主義の建築を例にとって考えてみたい。
 まず第一は、建築を考える上で形態・空間・思想の拠り所を歴史的な「起源」に求める考え方である。それぞれの地域の形態の歴史の中にエッセンスを見い出そうという態度だ。イタリア合理主義の中では、アダルベルト・リベラにこの傾向が最も顕著に見られ、彼は常に古代ローマ建築の5つのタイプに建築の形態の「起源」を見ていた。
 第二は、それぞれの地域の物理的な現象(例えば気温・湿度・風の吹き方・日照・平野・草原・山・海辺・川辺・北か南か等)の影響から自然に導き出されてきた建築の形態・空間・思想のあり方に注目しそのしくみを読み取り、建築をつくる上での「方法」へと還元していく考え方である。イタリア合理主義の中では、地中海地方の気候を考慮した日除けの方法や通風の考え方、そして幾何学的秩序に従いイコニックなものに頼らないという意味でもジュゼッペ・テラーニにその例を見ることができる。
 彼らの建築は歴史的・社会的連続性を維持しながら、ラディカルな「モダニズム」が備えている「抽象性」(抽象性:一つ一つの違ったものから共通の要素・性質を抜き出し一般的な一つの考え方をつくるような性質。)を獲得している。彼らが注意深く避けていることがある。それは、その地域の伝統的な形態そのもの・建築材料をただ単純に使うだけで地域性の表現になると考える安易で感傷的な地域主義・民衆主義から身を引いているということだ。建築における「地域性」とは、その地域でその場所の気候風土とうまく溶け合いながら人々の生活によって連綿と紡ぎ出されてきた空間のしくみのことなのだ。
●「抽象性」について(写真家・植田正治のこと)
 植田正治(代表作:「少女四態」など)という地方で写真を撮りながらもインターナショナルな「抽象性」を備えた写真を撮り続けている写真家がいる。彼の写真を初めて見たとき、私は建築に対する考え方を大きく揺さぶられる強いインスピレーションを受け、彼の写真のような建築をつりたいと直観的に思った。彼の活動の拠点は、専ら生まれ育った地域(鳥取県内)に限られており、被写体もほとんどが近所の顔見知りの人達である。なぜ、彼の作品は「抽象性」を獲得できたのか。おそらく、彼の友人である土門拳のように人々や風景の中にリアルなものを見いだすのではなく、被写体を気候風土を映し出す「鏡」のようなものとして考えていたのではなかろうか。彼がファインダーに見たものは、「抽象化」された「場」(地域性)だったのではないか。
●「場」の想像力について(「異化」ではなく「同化」という考え方)
 近代は、イギリス産業革命・フランス革命を両輪にして、あらゆる人々に開かれたもの・思想を生み出し続けてきた。それらは、ほとんど「抽象性」という言葉と同義であり、また「自由」という概念にも繋がって諸芸術に「開かれた自由な想像力」をもたらした。こうした意味においては良き平等社会が築かれる礎となったといえる。
 しかし、今となっては、近代が行き着く先は、あまりにも実態からかけ離れた抽象的なユートピアであったためにその行く先を見失ってしまったといえよう。それゆえに近代の「抽象性」という良き側面を十分活かしながら、空中分解してしまった「近代」を拾い集めこちら側に引き寄せる試みが必要とされている。そういった意味で、彼らの作品は、安易で感傷的な地域主義・民衆主義から距離を保ちながら「近代」を上手に着地させる方法を示しているとはいえないだろうか。
 私は長い間、建築をはじめ諸芸術の存在意義の根幹には、「異化」という手法によって喚起される「想像力の問題」があると考えて続けてきた。しかし、手法にばかりに目を奪われ過ぎて、想像されるものは何かという肝心なことを見落としてきたような気がする。近年、私は安らぎやここちよさこそ「建築」や「場」から喚起される想像の先に必要なものだと考えるようになった。イタリア合理主義建築や植田正治の作品の先に想像されるものは、人々に安心感をもたらすものである。彼らは「異化」という衝突によってではなく「同化」とでもいう手法によって、「地域性」を映し出す「鏡」としての作品をストイックにつくり続けていたのだ。
 私の今回の2つの作品も、「地域性」を注意深く分析した上で、そこから導き出された空間のしくみを建築に反映し、「近代性」と「地域性」を両立させる試みの何パーセントかは達成できたのではないかと考えている。

 

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