昭和初期のただずまいを残す
淡路町、須田町の食事処

食事に風情を求めるなら、淡路町、須田町まで足をのばそう。電気街から万世橋を渡って右に曲り、交通博物館の前の路地を進むと、一転、昭和初期の雰囲気が漂う。このあたりには、老舗の食事処がたくさん集まっている。

格式張ったことが嫌いな人は、洋食の「松栄亭」がいい。何しろここは、安っぽいテーブルに既製品のソースがポンと置いてあるような、ただの食堂である。
それがなぜいいかというと、夏目漱石や芥川龍之介が若いころ通っていたところだから。現在も、文壇の巨匠や大学の教授が、よく出入りするらしい。そういわれてみれば、純粋な洋食よりやや和風の味付けになっており、 こういうのが文化人好みかもしれない。 ひとを連れて来るなら、先に薀蓄をたれておく必要がある。


少し格式張ってよければ、そばの「まつや」。威厳をもった店構え、黒塗りの重厚なテーブル、古い柱時計、風呂屋の番台のような勘定場に江戸情緒がある。 それでいて料金は、このあたりにある普通のそば屋とあまり違わない。
ツウを気取るなら、たとえ昼間でもお銚子と肴で軽く引っ掛け、モリを1枚食べてさっさと帰る。たぶん、どこかすみの席に、手本になる常連がいる。しかし、ほとんどの客は普通にやっている。客に注文を付けるタイプのお店ではない 。しいていえば、お茶やワサビなどを出せと無粋な注文をするのは避けたい。


この雰囲気に庭園を付けて板塀で囲ったようなところが「神田薮蕎麦」。そば屋としては日本一有名で、経済界の重鎮が訪れることも多い。運が悪いと観光バスの団体客と鉢合わせし、待合所のようなところで少し足止めをくう。
ここの仲居さんは、客を迎えたりそばを出したりするとき、歌うような声を出し大仰なポーズをとる。そばで腹八分目、あとは庭園の竹薮とこのパフォーマンスで満腹にする のがツウ。そばだけで満腹にするとけっこう痛い出費になる。


空腹ではないけれど口淋しいという場合、甘味屋の「竹邑」で休憩だ。ここの名物は「揚げまんじゅう」。汁粉屋として始まったので、概して餡と餅からなるメニューの評判がいい。食事 をしていると、餅をつく音が聞こえてくることもある。
甘味屋だから女性の店かというと、案外、男性も多い。男性にとっては、むしろ普通の甘味屋より馴染みやすいかもしれない。気候のいいころには簾をたらし戸が開け放してあるので、営業マン風のおっさんがひょいと入ってくる。