日本硫黄(磐梯急行電鉄)  '64.8.23

これもいかにも軽便らしい楽しい鉄道でした。しかも信じられないくらいお客が多く活況を呈していたのにも驚きです。もう少し頑張って生き残っていれば観光鉄道としてハイカー達に人気が出たと思うのに、残念です。

DC121の牽く列車  白津付近

実は私この列車に乗っていました。どうしても走行写真を撮りたくなり、車掌さんに頼んで列車を徐行してもらい、走って前に回って一枚パチリとやってからまたこの列車にとびのったものです。車掌さんが心配そうに見ています。良くそんなのが許されたと思うのですが、のどかな地方鉄道ならの事でした。

会津樋ノ口駅での交換風景
途中唯一の交換駅です。プラットホームが無いというのも、この鉄道の雰囲気にはかえってマッチしてます。後の客車はボハフ11、昭28年の自社製だそうです。

川桁駅  出発を待つ列車
牽かれる客車は明治生まれのボハフ1と大正生まれのボハ7、共に雨宮の兄弟です。

沼尻駅
この終点駅にはターンテーブルは無く、右手の三角線で方向転換をしていました。

ガソ101  会津樋ノ口駅
このガソリン単端車。普段は予備機的存在で休んでいることが多いと聞いていたので、たまたま元気な姿に出会えたのはラッキーでした。昭4年の雨宮製です。

              サハ8
昭6年、岩崎レール商会と言うあまり聞き慣れないメーカーの作品です。軽量の特徴を生かして専らガソの付随車として使われました。

             連結器
連結器は軽便スタンダードの朝顔型ですが、連結棒を使っているところが良いですね。

←ボハ7  白木城
駅舎は粗末だけれど乗降客は一杯。この鉄道が地元の足として活躍していたのが良く分かります。

          セタ36→
ラッセル車もいました。無蓋貨車を改造したものです。

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