本稿は「http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-20-s3.pdf」の主要部分を独自にHTML化したものである。

声明
科学者の行動規範について

平成18年(2006年)10月3日
日本学術会議

要旨

1 作成の背景

2 現状及び問題点

3 声明の内容

(1) はじめに

(2) 「科学者の行動規範」

(3) 「科学者の行動規範の自律的実現を目指して」

1 はじめに

 日本学術会議は、第18期、第19期の「学術と社会常置委員会」において、人文・社会科学から自然科学に及ぶすべての学術領域における不正行為に関わる検討を行い、各期の委員会が対外報告「科学における不正行為とその防止について」、「科学におけるミスコンダクトの現状と対策−科学者コミュニティの自律に向けて−」をそれぞれ公表した(※1)。また、「科学における不正行為とその防止について」と題したパンフレット(※2)の配布や講演会の開催などを通じて、科学者の不正行為の 防止に継続的に取り組んできた。

 科学は、人類に固有のかけがえのない知的営みであり、その成果は人類共通の知的資産である。そのため、科学研究に携わる者はすべて、科学者コミュニティの一員として、科学の健全な発展を促す責任を持ち、加えて自らを律する厳しい姿勢が求められる。最近国内外で続発した科学者の不正行為は、看過できない重大事である。なぜなら、たとえ一人の不正行為であっても、科学者コミュニティ全体、さらには科学という知的営為そのものに対する信頼を大きく損なう恐れがあるからである。近年我が国では、競争的研究資金等の外部研究資金を獲得する競争の激化や任期制ポストの増加などに伴い、研究者は短期間で成果を挙げることが求められる傾向が強まるなど、科学者を取り巻く研究環境が大きく変化している。このような中、改めて科学者の自律性が求められている。我が国の科学者コミュニティを代表する日本学術会議は、科学が社会からの信頼を回復してその使命を達成するために、科学者一人一人の自覚を求め、科学者の不正行為の再発防止の対策を関係諸機関に促す責任を有していることを認識している。

 以上を背景として、日本学術会議は、平成17年10月に「科学者の行動規範に関する検討委員会」(以下、検討委員会)を設置し、科学者が有する責任と権限及び科学研究における倫理規範の在り方等について集中的に検討した。検討委員会は、「科学者の行動規範」(暫定版)及び「科学者の自律的行動を徹底するために」を起草し、平成18年4月日本学術会議総会において承認を得た。その後、日本学術会議は、これらの文書(参考1、2、3)を、全国の1,251 の大学及び高等専門学校、272 の研究機関、1,296 の日本学術会議協力学術研究団体に対して、アンケート調査(参考4、6)とともに送付した(計2,819 機関)。同アンケートは、「科学者の行動規範」(暫定版)の内容について広く意見を求めるとともに、各機関における科学者の倫理綱領・行動規範の設置状況等を調査するために実施したものである。

 アンケート調査に対しては、示唆に富む意見を含む1,332 件の回答が寄せられた。その多くは、「科学者の行動規範」(暫定版)に対して肯定的であったが、必要な事柄をほぼすべて盛り込んだ行動規範であるという意見から、規範が抽象的で具体性を欠くという批判まで、幅広い意見をいただいた。また、個々の学術分野に特有な事項が不足しているという指摘もあった。(調査結果については参考5参照。)一方、倫理綱領・行動規範の設置状況等に関するアンケート調査に対しては、1,323 の機関から、科学者に自律的な行動を促すために進めている具体的な取組の現状を示す回答が寄せられた。(調査結果については参考7参照。)

 検討委員会では、これらの意見や調査結果を踏まえ、さらに検討を進め、必要な加筆・修正を行った上で、本声明の中核をなす「科学者の行動規範」を策定した。また、「科学者の自律的行動を徹底するために」については、これが「科学者の行動規範」を補完する文書であり、両者が一つの声明として理解され、利用されるべきものであることを明示するために、題名を「科学者の行動規範の自律的実現を目指して」と変更した。

 本声明に示す「科学者の行動規範」は、科学者が、社会の信頼と負託を得て、主体的かつ自律的に科学研究を進め、科学の健全な発展を促すため、すべての学術分野に共通する基本的な科学者の行動規範を示したものである。そのため、個別の学術分野で活動する科学者にとって、さらに必要となる具体的な行動規範には立ち入っていない。日本学術会議は、各大学・研究機関、学協会が、「科学者の行動規範」を参照しながら、そこに示された規範の趣旨を含めて、自らが責任を有する学術領域の特色と置かれた社会的環境に相応しい行動規範を策定し、それが科学者個人の日々の行動に反映されるよう周知されることを要望する。また、「科学者の行動規範の自律的実現を目指して」に記したように、すべての組織が、倫理プログラムを策定し実施すること、すなわち、研究倫理教育や、研究者間の人間関係も含めた健全な研究環境の醸成に向けて、組織的な取組を継続的に展開すること、不正行為に厳正に対処する制度の早期導入とその実効ある運用を実現することを要望する。

 日本学術会議は、科学者コミュニティを形成する科学者個人、教育・研究機関、学協会のみならず、社会との対話を今後も継続し、「科学者の行動規範」を必要に応じて見直すなどして、学術の発展を図り、社会と科学者コミュニティとの健全な関係を確立する努力を行っていく方針である。これに沿って、我が国の科学者の英知と努力が結集されることを希求する。

2 科学者の行動規範

科学者の行動規範

 科学は、合理と実証を旨として営々と築かれる知識の体系であり、人類が共有するかけがえのない資産でもある。また、科学研究は、人類が未踏の領域に果敢に挑戦して新たな知識を生み出す行為といえる。

 一方、科学と科学研究は社会と共に、そして社会のためにある。したがって、科学の自由と科学者の主体的な判断に基づく研究活動は、社会からの信頼と負託を前提として、初めて社会的認知を得る。ここでいう「科学者」とは、所属する機関に関わらず、人文・社会科学から自然科学までを包含するすべての学術分野において、新たな知識を生み出す活動、あるいは科学的な知識の利活用に従事する研究者、専門職業者を意味する。

 このような知的活動を担う科学者は、学問の自由の下に、自らの専門的な判断により真理を探究するという権利を享受するとともに、専門家として社会の負託に応える重大な責務を有する。特に、科学活動とその成果が広大で深遠な影響を人類に与える現代において、社会は科学者が常に倫理的な判断と行動を成すことを求めている。したがって、科学がその健全な発達・発展によって、より豊かな人間社会の実現に寄与するためには、科学者が社会に対する説明責任を果たし、科学と社会の健全な関係の 構築と維持に自覚的に参画すると同時に、その行動を自ら厳正に律するための倫理規範を確立する必要がある。科学者の倫理は、社会が科学への理解を示し、対話を求めるための基本的枠組みでもある。

 これらの基本的認識の下に、日本学術会議は、科学者個人の自律性に依拠する、すべての学術分野に共通する必要最小限の行動規範を以下のとおり策定した。これらの行動規範の遵守は、科学的知識の質を保証するため、そして科学者個人及び科学者コミュニティが社会から信頼と尊敬を得るために不可欠である。

(科学者の責任)

1 科学者は、自らが生み出す専門知識や技術の質を担保する責任を有し、さらに自らの専門知識、技術、経験を活かして、人類の健康と福祉、社会の安全と安寧、そして地球環境の持続性に貢献するという責任を有する。

(科学者の行動)

2 科学者は、科学の自律性が社会からの信頼と負託の上に成り立つことを自覚し、常に正直、誠実に判断し、行動する。また、科学研究によって生み出される知の正確さや正当性を、科学的に示す最善の努力をすると共に、科学者コミュニティ、特に自らの専門領域における科学者相互の評価に積極的に参加する。

(自己の研鑽)

3 科学者は自らの専門知識・能力・技芸の維持向上に努めると共に、科学技術と社会・自然環境の関係を広い視野から理解し、常に最善の判断と姿勢を示すように弛まず努力する。

(説明と公開)

4 科学者は、自らが携わる研究の意義と役割を公開して積極的に説明し、その研究が人間、社会、環境に及ぼし得る影響や起こし得る変化を評価し、その結果を中立性・客観性をもって公表すると共に、社会との建設的な対話を築くように努める。

(研究活動)

5 科学者は、自らの研究の立案・計画・申請・実施・報告などの過程において、本規範の趣旨に沿って誠実に行動する。研究・調査データの記録保存や厳正な取扱いを徹底し、ねつ造、改ざん、盗用などの不正行為を為さず、また加担しない。

(研究環境の整備)

6 科学者は、責任ある研究の実施と不正行為の防止を可能にする公正な環境の確立・維持も自らの重要な責務であることを自覚し、科学者コミュニティ及び自らの所属組織の研究環境の質的向上に積極的に取り組む。また、これを達成するために社会の理解と協力が得られるよう努める。

(法令の遵守)

7 科学者は、研究の実施、研究費の使用等にあたっては、法令や関係規則を遵守する。

(研究対象などへの配慮)

8 科学者は、研究への協力者の人格、人権を尊重し、福利に配慮する。動物などに対しては、真摯な態度でこれを扱う。

(他者との関係)

9 科学者は、他者の成果を適切に批判すると同時に、自らの研究に対する批判には謙虚に耳を傾け、誠実な態度で意見を交える。他者の知的成果などの業績を正当に評価し、名誉や知的財産権を尊重する。

(差別の排除)

10 科学者は、研究・教育・学会活動において、人種、性、地位、思想・宗教などによって個人を差別せず、科学的方法に基づき公平に対応して、個人の自由と人格を尊重する。

(利益相反)

11 科学者は、自らの研究、審査、評価、判断などにおいて、個人と組織、あるいは異なる組織間の利益の衝突に十分に注意を払い、公共性に配慮しつつ適切に対応する。

(以上)

3 科学者の行動規範の自律的実現を目指して

科学者の行動規範の自律的実現を目指して

 日本学術会議は、自律する科学者コミュニティを確立して、科学の健全な発展を促すため、全ての教育・研究機関、学協会、研究資金提供機関が、各機関の目的と必要性に応じて、科学者の誠実で自律的な行動を促すため、具体的な研究倫理プログラム(倫理綱領・行動指針などの枠組みの制定とそれらの運用)を自主的かつ速やかに実施することを要望する。

 そこで、参考までに、以下に具体的な取組として求められる事項の例を列挙する。「科学者の行動規範」の趣旨も御参照いただきたい。

(組織の運営に当たる者の責任)

1 「科学者の行動規範」の趣旨を含む、各機関の倫理綱領・行動指針などを策定し、それらを構成員に周知して遵守を徹底すること。

2 組織の運営に責任を有する者が自ら指導力をもって研究倫理プログラムに関与し、不正行為が認められた場合の対応措置について、予め制度を定めておくこと。各組織内に研究倫理に関わる常設的、専門的な委員会・部署・担当者など、対応の体制を整備すること。

(研究倫理教育の必要性)

3 構成員に対して、不正行為の禁止、研究・調査データの記録保存や厳正な取扱い等を含む研究活動を支える行動規範、並びに研究活動と社会の関係を適正に保つ研究倫理に関する教育・研修と啓発を継続的に行うこと。特に、若い科学者に、科学における過去の不正行為を具体的に学ばせながら、自発的に考えさせる研究倫理教育を進めること。

(研究グループの留意点)

4 各機関内の研究グループ毎に、自由、公平、透明性、公開性の担保された人間関係と運営を確立することによって、研究倫理に関する意見交換を促進し、不正行為を犯さぬように日々互いに注意を喚起する環境を醸成すること。また、構成員が、科学研究に従事することによって、かけがえのない公共的な知的事業に参加し、それを育んでいるという目的意識を共有すること。

(研究プロセスにおける留意点)

5 研究の立案・計画・申請・実施・報告などのプロセスにおいて、科学者の行動規範を遵守して誠実に行動するよう周知徹底すること。

(研究上の不正行為等への対応)

6 ねつ造、改ざん及び盗用などの不正行為の疑義への対応のため、以下に示すよう な制度を早急に確立し、運用すること。

  1. 不正行為などの疑義の申し立てや相談を受け付ける窓口を設けること。その際、受付内容が誣告に当たらないか、十分精査すること。
  2. 申立人に将来にわたって不利益が及ばないよう、十分な配慮を施すこと。
  3. 不正行為などの疑義があった場合には、定められた制度に沿って迅速に事実の究明に努め、必要な対応を公正に行い、その結果を公表すること。特に、データのねつ造、改ざん及び盗用には、厳正に対処すること。

7 研究の実施、研究費の使用等に当たっては、法令や関係規則を遵守するよう周知 徹底すること。また、研究活動を萎縮させないように十分留意しつつ、利益相反に 適切に対応できるルールを整備すること。

(自己点検システムの確立)

8 自己点検・自己監査システムによって、倫理プログラム自体を評価し、改善を図 ること。

(以上)


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