01.4.18掲載

『旧石器考古学辞典』の増補改訂版の序から

※3月末に改訂版発行・流通。…初版から僅か9ヶ月での改訂は異例であり、初版購入者としても驚きと戸惑いを禁じえませんが、重大なる決断には敬意を表したいと思います。…旧石器文化談話会の辞典編集委員会の経緯と決断が込められた冒頭の「増補改訂にあたって」を、あえて全文掲載させていただきました。なお(特にこの種の分野で)完璧な辞典の制作は理論的にも実際的にも不可能なので、過大な期待を抱かないのが健全な態度と考えます。辞典(事典)は論争の決着の結果ではなく、学習と見解のインデックスにすぎないのですから。


増補改訂にあたって

 2000年11月5日朝,東北旧石器文化研究所の藤村新一前副理事長による宮城県上高森遺跡(10月調査),北海道総進不動坂遺跡(9月調査)における前期旧石器発掘捏造が報道されました。

 その後の文化庁の調査によれば,藤村前副理事長が発掘調査に関係した旧石器時代遺跡は33ヵ所の多きにのぼります。上高森・総進不動坂両遺跡の以前の調査にとどまらず,後期旧石器時代遺跡をふくむ残余の遺跡についても,検証を必要とする事態が生じてきました。

 初版(2000年6月発行)には,藤村前副理事長が関係した遺跡のうち上高森遺跡,高森遺跡,座散乱木遺跡,馬場壇A遺跡,多摩ニュータウンNo.471-B遺跡,薬莱山遺跡群,富沢遺跡を収録しておりました。

 本会では旧石器発掘捏造問題を受け,『旧石器考古学辞典』編集委員会を復活するかたわら,上記遺跡のあつかいについて編集委員・執筆者の間で対応策を慎重に協議・検討してまいりました。客観的な判断材料をもちあわせていなかったこともあって,編集委員会としての最終判断は12月23・24日開催の"第14回東北日本の旧石器文化を語る会"(於 福島県立博物館)での検証を待つことにしました。同会における当該資料の観察,担当者による調査報告,パネル・ディスカッションにおける論議を踏まえてもなお,出席した編集委員全員はこれらの遺跡に対する疑念を払拭するまでにはいたりませんでした。

 以上の経過を踏まえて,12月30日の編集委員・執筆者合同会議において,藤村前副理事長が調査に関与した遺跡については,最終的な検証結果を待たずに増補改訂版から削除する方針を決定いたしました。なお富沢遺跡については,焚き火跡が検出されており,遺跡それ自体の捏造はないものと判断し,削除対象から除外しました。この間,執筆者の一部から検証の最終結果を待たずに性急な措置をとることの是否と,それから派生する影響を強く懸念する意見も表明されました。しかしながら,現時点で学術的価値を確認できないものを収載することは,辞典としての性格および執筆者の研究者倫理からも許されることではないと考えます。それにともない,これらの遺跡から出土した石器にもとづいて設定された石器形式,上記の遺跡・石器に関連する本文記述,遺跡地図,挿図にも変更をくわえました。その一方で,今回の改訂にあたって新たに25項目を追加するとともに,字句の訂正もおこないました。

 現在,藤村前副理事長が関係した遺跡をかかえる自治体ならびに日本考古学協会による検証作業が進められつつあります。削除した遺跡については,検証を経て学術的価値が確認されたあかつきには重版の折に再び収録する方針にしております。

 なお本年になって大分県聖嶽洞穴出土の石器・人骨についても疑惑が生じ,初版で立項した「聖岳人」についても,増補改訂に際して削除する措置をとりました。

 最後になりましたが,読者の皆様にご迷惑をおかけしたことを心よりお詫び申し上げます。

  2001年3月

旧石器文化談話会
『旧石器考古学辞典』編集委員会


引用文献

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