日本学術会議第18期公表資料「科学における不正行為とその防止について(原文PDF)」(2003年6月24日)を本サイトで独自にHTML化した。図は省略した。

科学における不正行為とその防止について

 近年、国内外で研究上の倫理にもとる科学者の行為あるいはその疑いがもたれる事 件が相次いで起こっている。米国研究公正局(Office of Research Integrity, ORI)で は1993-97年に,生命科学関係で約1000件の不正行為の申し立てを受け、218件を調 査し76件に不正を確認したという(文献1)。それ以後も増加は著しく、調査件数で みると、1998年の68件から逐年急増して、2001年には127件を数えている(文献2)。 なお、ここでいう科学、科学者はそれぞれ技術、技術者等を含んでいる。

 社会から負託された科学がその責務を果たすために、科学者が、適正な目的をたて、 適切な手段を用いて研究を遂行することの意味は極めて重い。科学者の職業倫理(科 学者倫理)は、科学の健全で適正な発展にとって欠かせない行動規範の基礎であると 同時に、社会がよせる科学への信頼の基礎でもある。

 日本学術会議では、第17期以来、学術の社会的役割を重視する立場から、複雑な現 実の諸事象・諸問題を解明し、積極的な提言を設計するためには、学問領域を超えた 「俯瞰型」研究が必要であることを強調してきた。また同時に「象牙の塔」の高みに こもった古典的な「学問の自由」と「固有自治」の立場を超えて、市民的な社会合意 のシステムのなかで、科学者が市民の負託を受け社会の期待に応える説明責任を果た すという「負託自治」の理念に立つべきことを重視してもいる。科学の社会的影響力 が強まるとともに、その社会的責任も大きくなる。そこでは何よりも、科学者像の変 革、「負託自治」の倫理の確立が必要とされている(文献3)。

 「負託自治」の倫理の弛緩や喪失は、この報告で取り扱う科学者の研究活動におけ る「不正行為」(scientific misconduct)を含めて、時に人々の生存、生活、福祉に 甚大な障害となり、またあの考古学における不祥事のように、科学に託した市民の純 粋な夢を裏切ることにもなる。科学者の不始末は、市民生活に様々な形で負の影響を 与え、そのことがまた、科学者に対する市民の信頼と科学に対する社会的評価を貶め る結果となる。

 本報告は、このような問題意識に立って、科学者の研究活動における倫理を対象と し、そのうち、捏造、改ざん、盗用等、不正と見なすべき行為(scientific misconduct) とその防止・対応策に限って問題を提起し、今後の検討の材料としようとするもので ある。報告の趣旨は、不正行為の摘発それ自体にではなく、科学倫理、研究規範を明 確にし科学の健全な発展を促すことにあることは、いうまでもない。

 なお、学術と社会常置委員会がこの問題に取り組み始めたのは昨年11月のことであ る。それ以前に遺伝子スパイ事件について審議して、論点整理の委員長文書を日本学 術会議の内部資料として取りまとめ提出したことがあり(文献4)、また昨年11月以 降は9回の委員会を開きワーキンググループを組織して審議を重ねはしたとはいえ、 未だ検討すべき課題を残している。その意味では中間報告的な性格を有しているが、 日本学術会議が今後継続して取り組むべき問題の所在を内外に示す意味で、この段階 で対外報告として取りまとめようとするものである。

1.科学者の不正行為の組織的な背景

 「科学における不正行為」(scientific misconduct)とは、広義に解するならば、科 学的研究の目的、計画、遂行、成果にかかわるすべての過程において、科学者の行為 を律する公式・非公式の規範からの逸脱であるといえる。

 ここで規範という場合、〔1〕伝統的なしきたりのように久しく慣れ親しんで身につい た慣習、〔2〕慣習の中でも、逸脱に対して非難嘲笑から村八分にいたる非公式な制裁が 加えられるもの、いわゆる習律、そして〔3〕公式の機関によって逸脱への制裁が保障さ れている法規範、などが含まれている。

 今日、科学者の研究倫理、倫理指針、倫理綱領といった言葉が多く用いられるよう になってきた。これらはここでいう公式・非公式の規範に含まれるか、ほとんど同義 のものと見なしてよい。

 科学者はこのような複合的な諸規範を意識的・無意識的に遵守して科学的研究に従 事しているが、その間に逸脱としての不正行為(ときには不法行為)が発生するわけ である。

 規範は社会的・集団的な場で成り立っており、成員の多数によって受容され、規範 の遵守が賞罰によって保障され、さらには成員の自我に内面化されているほど、その 規範は制度化されているといわれる。科学者の場合、一般市民として社会の規範に従 うと同時に、科学者という役割を演ずる集団的・組織的な場での特定の規範に従って いるので、科学における不正行為を検討するためには、その背景として、科学者が関 与している集団・組織の規範に注目する必要がある。

 科学者が関与している集団・組織といえば、大学、公私の研究機関、高度の専門サ ービス組織などであるが、それ自体、複合的性格をもっているので、以下のような類 型に整理してみよう。

(1)成員自身が主要受益者であるアカデミック共同体

 「象牙の塔」と称された古典的な学問共同体がそれで、学問の自由、大学の 自治の基盤は教授会自治であり、科学者同僚集団の自主的規律が不正行為を抑 止していた。そこでは「学問的誠実性の原理」が当然の慣習、習律として遵守 されていた。とりわけて研究倫理を明言する必要もなかったといってよい。ア カデミック共同体の維持は同僚としての成員たちの組織内民主主義の維持に かかっていたわけであるが、それが逆に、共同体の社会的孤立と特権的ギルド 化を招く危険性もあり、かつまた権力的作用が加わる場合には、アカデミッ ク・ハラスメントが発生することがある。

(2)クライエントが主要受益者である専門サービス組織

 大学に所属する科学者は、一般に研究者であると同時に、高等教育の教育者 であり科学各分野の後継者の育成者であり、医療におけるドクターのように、 患者に最善のサービスを提供する専門職でもある。学生、患者といったクライ エントを主要受益者として専門的サービスを提供するということは、大学にい る科学者の重大な任務である。ここで生じやすい問題は、クライエントを「当 事者」として扱うのではなく「対象」として扱うパターナリズムあるいは専門 家支配という問題である。これは時として不正行為と紙一重の差になることが ある(たとえば、ドクター・ハラスメント)。

 専門サービス組織によくみられるもうひとつの問題は、ピアレビューが尊重 されるプロフェッショナルの活動に対して、組織経営のラインの管理規律が介 入して、ピアレビューの自主的規制を歪める危険性があることである。不正行 為を生むひとつの構造的圧力といえよう。

(3)公衆一般が主要受益者である公益的組織

 「真理は万人によって求められる」という言葉があるように、科学的研究 の成果は万人に向けて開かれたものであり、万人のために国境を越えて活用 されるべきものである。社会全体、人類全体に貢献する知的生産の場である 大学は、この意味でまさに公益的・公共的組織である。それゆえに、アカデ ミック共同体が閉鎖性と特権性に陥ることがないよう、大学における研究が 果たすべき公共性実現に資するため、大学外からのパブリック・コントロー ルが不可欠になってくる。そのための適切な制度的仕組みを設計することは、 今後のきわめて重大な課題になる。

(4)所有者が主要受益者であるビジネス型組織

 公正な競争とメリットベースということは科学的研究の本性といってよく、 純粋な競技ルールの下での優勝劣敗はむしろさわやかであるといってもよい。 科学的メリットは純粋な知的好奇心を満足させるにとどまらず、社会的地位、 威信、所得、研究資金の増大といった社会的誘因にもなるから、研究という競 技のルール違反として不正行為を生むことはある。しかしながら、科学的研究 への市場原理の侵入とプロフィットがらみの過当競争によって、知的栄誉とい う社会的誘因よりも、知的所有権や知的財産といった誘因や経済的誘因が強大 になってくるにつれて、研究開発成果の帰属、配分、公正な活用といった取り 扱いをめぐって多くの課題がでてきている。そこには科学における不正行為、 不法行為とレッテルを貼られかねない多くの問題が伏在している。

 以上、科学者が身を置いている集団・組織は複合的性格をもち、それゆえに科学者 が準拠する規範も複合的性格をもっていることをみてきた。

 科学における不正行為は、おそらく、2重のコンテクストで考えられる必要がある と思う。

〔1〕科学者が関与する組織(の類型)それぞれの規範(それぞれの組織コード)か らの逸脱として
〔2〕複合的な諸組織の諸規範が相互に矛盾をおこし調整されていないこと(複数の 組織コードの混乱)によって生ずる逸脱として

 この後者〔2〕の事例には、とくに、学術の国際化、グローバル化の進展の過程で、各 国・諸地域の諸規範が未調整な場合、それが「文化の壁」となって(国際的な組織コ ードの混乱)、それによって生ずる逸脱が科学における不正行為をめぐる文化摩擦の誘 因となるケースが含まれることも注目されるべきであろう。

 いずれにせよ、どのような規範も社会の変化につれて、規範の不適合と混乱、そし て新しい規範の形成と定着というサイクルで変化してゆく。社会学的にいえば、アノ ミー化と制度化という転換のサイクルをもっている。現在はまさに、科学者が関与し ている諸組織と諸規範の転換期であるといえる。

 第18期日本学術会議は、前述したように、俯瞰的研究を強調し、社会的責任を負う 科学者コミュニティの成熟をめざしてきた。

 近代化のなかでアカデミック共同体の開放化と非特権化が進展し、科学者コミュニ ティはそれなりに進化してきたといえるが、今なにゆえに俯瞰主義が強調されるのか。 その理由の一端は、科学者が関与する組織コードの混乱を克服することなしに科学 者コミュニティの成熟はありえないこと、そしてそのためには、〔1〕「科学方法論、認 識論としての俯瞰主義」と、〔2〕諸組織コードを調整し、科学者の連携を広げながら、 大小の不正行為を抑止できる「組織論としての俯瞰主義」が必要不可欠になってきた ことである。

 とくに「負託自治」の倫理の構築という視点からみると、「象牙の塔」のノルムと新 しい「開かれた」科学者コミュニティのノルムとの共棲と相克が存在する。内部告発 になじまず、他者(とくに権威ある他者)を批判することをためらう「ムラ意識」、上 意優先の風土が不正を生む土壌の一端を占め、市場原理、利益優先の誘惑と共存する。 同時に患者の自己決定権を侵す臨床研究があり、遺伝子スパイ容疑で起訴された生命 科学研究者も登場する。これらはいずれも俯瞰型組織論のアプローチが必要とされる 諸事件なのである。

 さて、これまで抽象的な形で不正行為の背景をのべてきたが、以下では、科学にお ける不正行為の諸相に即して検討する。

2.研究倫理と不正行為

 研究倫理は、研究活動における、人、社会、自然に対する影響、安全性などの評価 を包含した総合的な倫理性を問うもので、1.で述べた科学者の規範の基礎である。 これは、研究者個人だけでなく研究組織、機関についても問われる。そして、この倫 理性は、しばしば話題になる生命科学、医学、原子力などの分野だけではなく、学術 全体に共通する問題である。また、臨床研究においては、人を直接の対象とするので その人格や人間の尊厳に対する特別の配慮が求められる。しかし、現状は、これらの 問題に対応するに十分な倫理の概念が、科学者コミュニティと社会に成熟、浸透して いるとは言い難く、研究計画の選定、計画の実施、成果の発表・評価等に少なからず 問題が発生している。

 ここで取り上げる研究における不正行為は、研究の遂行、成果の発表に関するもの が中心で、これらは研究倫理の対象の一部とみなされるものである。最近、研究成果 の発表に関する例が多く問題とされているが、本来それにとどまらない。研究遂行時 の安全や技術的成果の安全審査・点検・修理とその報告の適正さなども対象に含まれ よう。

 研究の遂行および成果の発表においては、不正行為として捏造(Fabrication:存在 しないデータの作成)、改ざん(Falsification:データの変造、偽造)、盗用(Plagiarism: 他人のアイデアやデータや研究成果を適切な引用なしで使用)(FFP)を問題とする ことが多い(米国連邦政府など)。しかし、この他にも、不適切なオーサーシップ、重 複発表、引用の不備・不正(先行例の無視・誤認や不適切な引用、新規性の詐称など)、 研究過程における安全の不適切な管理、実験試料の誤った処理・管理、情報管理の誤 りなどが存在する。また、研究グループ内の人間関係や研究成果の帰属に関する問題 もある。医学・生命科学系の文献データベース「メドライン」で検索された撤回ある いは重複出版された論文数の年次変化は図1のようになっている(文献1)。撤回は必 ずしも不正行為によるものと限らないが、最近漸減傾向にあるとはいえ、ORIの報告 と同様、かなりの数にのぼっている。

 さらには、誇大な表現、都合のよい誤解をさせる表現を用いること(レトリックの 誘惑)等の不正があり得る。不適切な事実や材料を比較例にして、自身の結果を誇大 に宣伝することは、商品の宣伝にしばしば見られることだが、学術論文でも目につく ことである。これも倫理の欠如、論理の不備によるというべきで、その程度には、「論 文<研究報告書、特許<研究計画調書<新聞報道、環境・安全商品の広告」の傾向が ある。センセーショナリズムを好むマスメディアが科学者、技術者の良心を歪めてし まう可能性にも留意すべきであろう。研究組織内におけるセクシャルあるいはアカデ ミック・ハラスメントなどはそれ自身が不正行為であるが、ここでは対象としない。 ただし、それらがFFPを誘発する場合があることを指摘しておく。

 以下に典型的な事例を示すが、これらの他にも知られている例は多い。大小を問わ なければ相当数にのぼるものと思われる。

3.過去の事例

 文献5には、科学における不正の疑いは古くからあり、Ptolemaiosがギリシャ人の 天文観測データを自分のものとして使用した、Galileiが思考実験を実際に行ったかの ように述べている、あるいは、Mendelのデータが彼の遺伝法則に合いすぎていて弟 子か本人によるデータ変造があるなどの疑惑が述べられている。さらに、同書では Newton、Dalton、Darwin、Milikan、野口英世にも疑惑ありとされている。もちろ ん。現代の研究倫理コードを基準に過去の行為を裁断することはできないが、いずれ にせよ、研究上の疑惑に満ちた行為には非常に長い歴史がある。しかし、ここでは、 比較的最近の典型例をいくつか紹介する。

Alsabti事件(1977-1980)(文献5)

 Alsabtiはイラク出身の若い医学者で、他人の論文のタイトルと著者名をかえ自身 の名を入れて知名度の低い別の雑誌に発表して業績をつくった。経歴詐称もある。イ ラク、ヨルダン経由で米国に入り、その後3年間で5研究機関を遍歴後、消息不明に なった。同僚の疑問、被論文盗用者の指摘などにより不正行為が発覚した。

常温核融合事件(1989-1991)(文献6)

 ユタ州の2大学およびこれら大学の有力学者の間で研究費獲得などの動機から研究 競争が始まり世界に波及した。もし「常識を破る常温核融合」が事実であれば、巨額 の費用を使い実現した極限条件でごく短時間しか実現しない核融合を、簡単な装置と 穏和な条件で実現したことになるので、エネルギー問題を解決する大発見である。そ のため、データ確認が不十分なまま、大フィーバーとなった。同じく「常識を破る」 高温超伝導の発見があってから2年後の事件であったが、常温核融合の方は間違いと わかり短期間で沈静化した。誤りが判明した以後も国家プロジェクトが遂行されたこ とが話題になったりした。図2は、常温核融合現象を肯定、否定する論文数の推移を 調べたものである。両者が並行的に変化していることが興味深い。ここに集計された 肯定論文はもちろん誤りであったのだが、大発見を素早く再現することによりもたら される研究費や一時的な名声などの効果を考えると、この推移は残念ながらありがち なことである。他方の高温超電導の場合は、信頼できる再現データを出した研究者た ちがその後もリーダーとして大活躍したのにくらべ、非常に対照的な経過をたどった。 図2の事実は、研究者に対し実験の正確さとデータに対する誠実さを要求するものと いえよう。

Baltimore, Imanishi-Kari事件(1986-1996)(文献1)

 日系ブラジル人女性博士の分子生物学に関する論文(共著者のBaltimore博士はノ ーベル賞受賞者)について、実験ノートと発表論文間のデータの違いが指摘され、同 僚により捏造として告発された。総合科学雑誌や単行本でセンセーショナルに扱われ、 下院の公聴会も取り上げた。告発10年後に潔白が証明されたという。その間、告発者 は倫理賞を受賞したが、Baltimore博士は学長を辞任した。不正行為の立証の難しさ と代償の大きさを示す事例である。この事件における立証の困難さが、前記ORI(正 確にはその前身)設立の契機の一つになった。

Schoen (Bell研) 事件(1998-2002)(Science, Nature、文献7)

 Schoenは、博士号取得中にドイツからBell研に渡り、近年注目されている有機材 料(主に分子性結晶)を使って、超伝導の発見、電子素子の開発など、固体物理関係 者が期待していた重要な成果を次々にあげ、短期間にScience, Natureなどに多くの 論文を発表、さらに表紙をも飾った。ノーベル賞を複数回受賞しうる成果との評判も 一時あったが、重複データの存在、多すぎる論文数、追試による再現不能などから不 正行為が発覚した。図3は、ノイズまで酷似した二つの異なる実験のデータで、捏造 の有力な証拠となったものである。本人は免職され、上司の管理責任も議論された。 論文の大部分は、煩雑な手続きののち共著者の合意のもとに撤回されている。Bell研 により設置された独立審査委員会は、不正行為の存在を確認するとともに、研究管理 に大きな問題のあったことを指摘している。また、前記トップジャーナルの編集者か らの反省に、人目を引く論文を集めるため、科学者コミュニティからの批判的な意見 に十分耳を貸すことなく、適切な判断をしないまま掲載し続けてしまったとある。

旧石器発掘捏造事件(2000-2003)(日本考古学協会報告書(文献8);日本学術会議・ 歴史学研究連絡委員会報告(文献9)など)

 2000年11月、報道機関により石器埋設現場がビデオ撮影されたことから発覚した とされる。その後、前・中期石器の発見の多くが「神の手」による捏造であることが 疑われた。当事者には70年代から問題があり、発掘当初から疑問視する声が学会にあ ったそうだが、表に出ぬままマスメディアの加熱した報道が行われ、教科書への採用 などもあった。学会において、早い時期に適切な吟味がなされるべきであるのだが、 そのような機会を作る習慣のある学会はまれである。また、マスメディアは、センセ ーショナリズムに走り、科学的、客観的な評価をしないまま報道し続けてしまった。 反面、不正の確認に報道が貢献したことは評価するべきであろう。と同時に、科学者 コミュニティには、不正行為を抑制する十分な手段が用意されていなかったことに反 省が求められている。発覚後ではあるが、日本考古学協会では、声明を出すなどの対 応をした。また、会員から募金を募り3年計画で調査を実施して、2003年5月、疑わ れた例のほとんどが捏造であったとする最終報告を発表している。人文系の事件だが、 学術に託された人々の夢と期待を裏切る行為だった。

遺伝子スパイ事件(1999−)(理研報告書;文献4など)

 1999年米国から日本の研究機関(理研)に採用され帰国した日本人生命科学研究者 が、滞米中、米国の研究費により作成した試料(DNA、細胞株溶液など)を無許可 で持ち出し(一部は破壊)、これを用いた研究を日本で実行しようとしたとする事件で ある。理研が国の大きな支援を受けている研究機関であったため、国の関与した産業 スパイ事件として米国司法省により起訴された。通常の不正行為の嫌疑に加え、米国 企業等の営業秘密を外国政府等を利するため盗んだとして、経済スパイ法が適用され た点で独特な事件である。共犯で起訴された研究者は最近、司法取引で偽証の罪を認 める代わりにスパイ法違反の起訴を取下げられたが、主犯格の被告は日本政府が身柄 の引渡しに応じないため、米国での裁判は開かれていない。日本人の関わる同様の遺 伝子スパイ事件はほかにも同時期に起こっている。これらは、研究者個人の倫理に加 えて、研究者の雇用契約や移動手続きの在り方、国による知的財産権の解釈の違い、 研究の自由や国際研究協力と国際政治・国の産業競争力の関係など多くの問題を提起 した。

4.不正行為の特徴づけ

 科学における「不正行為」は、人々の生活に大きな影響を与える可能性があると同 時に、科学に対する社会的評価を傷つけ社会の信頼を損なうことにつながるという点 で重大な意味を持っている。

(1)個人かシステムか: 文献5によると、科学者の欺瞞は単なる少数個人の心の問 題なのではなく、その背後には深刻で普遍的な科学本来の問題が存在する。科学的栄 誉のための先取権争い、助成金獲得競争、論文の質より量を評価しがちな「名誉の誤 配」のシステムなど、科学者を取り囲んでいる研究条件が問題で、それは伝統的、楽 天的「科学」観だけでは説明も処理も出来ないものだという。逆説的にいえば、欺瞞 の研究は科学を深く理解することに貢献するものとして重視されている。これに対し ては、不正は科学本来のものではなく、多くの科学者は倫理的であって、科学全体は 正直で誠実な個々の科学者の集合体に根をおろしているとする反論(文献10)もある。 この両論に対しては、「構造の中にいるひとりひとりの考え方を変えないと構造も変わ らない」とする「内部告発」の立場もある。

(2)処理が困難: 通常、不正行為の証明は困難である。証拠が少ない(決定的証拠 はとくに少ない)、時間がかかる、人格、人間関係にかかわる(学会の仲間意識に抵触)、 科学・科学者の善意に対する一般社会の盲信、科学者の自浄作用に対する科学者コミ ュニティの過信などがその理由である。

(3)不正行為の誘因: 純粋な知的栄誉だけでなく地位、研究費、世間の評判などの 獲得が大きな誘因となっている。不正行為をする事例が助教授やポスドクに多い傾向 のあること(ORI調査。文献1参照)もそれを示唆している。当然、研究費と研究成 果、従って昇進の可能性は相互に依存している。さらには、1.に述べた市場原理の 侵入による経済的利害も大きな影響を与えつつある。

(4)不正疑惑事件の時間的経緯にみられるパターン: 典型的なパターンの一つは、 近くにいる仲間による実験およびその結果の処理に関する不正行為の申し立て、告発 や学会誌における重複投稿・盗用の発見からはじまり、学会あるいは研究機関におい て不正行為の審査を経て結論がだされるものである。ただし、我が国で透明性のある 審査が学会で実施されることはまれである。もう一つのパターンは、表に出ないまま 噂としてひろがり、一部の学会グループで定評となるが、その外では全く知られない ケースである。ある時突発的に噴出することがある。

(5)新たな問題の存在: 科学技術基本計画による大型研究プロジェクト・研究費の 獲得競争が激化しているが、計画調書は倫理指針が曖昧なため誇大な表現になりがち であり、かつ、調書や審査過程がほとんど公開されないためその傾向が助長される。 付加的な要因として、非専門家の関与の功罪、御用学者の存在、マスメデイアの影響 増大がある。大型プロジェクト研究は、企画者、運営者、実施者を含み多くの人々の 協力で成り立っているが、予算獲得や企画運営の功労者が報告書の共著者として名を 連ねることも稀ではない(名義貸の弊害)。

 研究業績計画調書の評価の点でみても、大型研究プロジェクトでは、審査員がプロ ジェクトを構成する全ての分野を熟知してはいないので、専門家でない審査員を想定 して歪められた申請書が作文され評価されて「名誉の誤配」が行なわれることもある。 一般に個人の研究業績は、発表論文、著書、受賞歴、招待講演などにより評価され る。論文は数と質の両方であり、質の評価に関しては、掲載雑誌の質(Impact Factor や定評のある雑誌など)、被引用数が利用される。ただし、学術雑誌のImpact Factor は引用数の多いごく少数の論文に依存していて、当該雑誌に掲載された他の論文のほ とんどは引用されていないという(文献11)。一部の雑誌を特別扱いにすることの不 当性、後進性を問題にする動きもある。また、Impact Factorや被引用数については、 分野により引用の習慣が非常に異なることも、分野を超えた評価の場合に問題を起こ す。賞、招待講演の評価は、知名度が低い学会や国際会議の場合、評価が難しい。 計画調書を二組のグループで審査した実験によると、公平性は高かったが、結果に 大きな不一致があったという(文献5)。研究資金の供給源の数が限定されている場合 は大きな問題となるが、多様な財源のある場合はむしろ好ましいといえるかもしれな い。

 産学連携がすすむと、連携先の企業、機関の利害が入り組んで研究の方向や成果の 取り扱いがゆがめられこともあり得る。すでに、倫理の教科書の練習問題に取り上げ られている例である(文献12)。

 データ処理技術の高度化と普及も新たな問題として注意を要する。多くの測定装置 には高度な画像・数値情報処理プログラムが必須のものとして装備されており、ブラ ックボックスとなったデータの処理過程に、不正行為の入り込む余地が少なからずあ り、熟練者にしか不正を見破れないことになる。Painted mouseのような“のどかな” 変造の時代(文献1)と比較すると興味深い。

(6)法と倫理: 科学上の不正行為は、場合によって法と倫理の両方に関わる。違法 性・有責性があれば刑事罰の対象に、不法行為の場合は損害賠償・謝罪広告などの対 象に、科学者コミュニティ内の規範に反した場合には懲戒処分の対象となる。学会、 社会における名誉喪失、村八分などの社会的制裁も起こる。故意、過失、重過失のい ずれかにより対応は異なることになろう。

(7)科学上の過失: 再現性など常識的な注意を十分に払った上で起こった科学上の 過失は必ずしも不正行為とならない。また、科学の進歩は科学上の過失の連続の結果 である。意見の相違を超え、過失を繰り返し、真実が次第に明らかになって科学が進 歩するものであることに十分留意すべきである。

(8)マスメディアの大きな影響と責任: 科学・技術の健全性は、専門家の助けを借 りて社会が判断する。マスメディアは専門家と社会をつなぐ有力な手段であり、編集 者の責任と影響力が大きくなっている。

5.対応策

各国の取り組み

 米国、北欧、英国については、さしあたり文献1を、ドイツ、中国についてはScience 誌(それぞれJune 7, 2002とApril 19, 2002号)を参考に各国の取り組みをまとめてお く。

米国

 生命科学分野を中心に、科学者の不正行為に対して、立法を含む様々な取り 組みを1980年代から進めている。その結果、生命科学領域における不正行為防止に関 する施策を推進する機関として、研究公正局(ORI)がおかれ、その施策の中心的な 役割を果たしている。研究公正局は、健康福祉省(HHS: US Department of Health & Human Services)のもとの公衆衛生庁(OPHS: Office of Public Health Services)の中 の組織であり、ガイドラインの策定、申し立て(告発)の受付とそれに基づく調査、 結果の公表、および普及・啓発事業を行っている。米国では、大学や研究機関におい て研究者、学生向けの倫理に関するガイドラインと不正行為の申し立てに対応する組 織を設けている例が多い。科学アカデミー編の教科書(文献12)により米国における 科学者倫理、不正行為に対する考え方をうかがうことができる。

北欧

 他のヨーロッパ諸国に比較し早期に対応が進められた。最も早い政府レベル の対応として、1992年デンマーク医学研究評議会の主導で設立されたデンマーク科学 研究不正委員会がある。その後、ノルウェー、スウェーデン、フィンランドにも委員 会が設立された。これらの委員会は予防措置の立案と告発事例の調査を実施している。 ドイツ1998年、国内外の専門家を集めた委員会によって「科学における研究者の 自己規制に関する委員会勧告」がまとめられた。最近になって、研究活動上の不正行 為に関するガイドラインが作成され、各大学には2002年までに罰則を含むルールの実 施が求められている。ガイドラインは、研究費申請や就職活動におけるFFPも禁止 している。また、不正行為の申し立てに対する調査を実施する独立したオンブズマン の任命を勧告している。

英国

 1995年、医学研究評議会が発表倫理についてガイドラインを示し、1997年 不正行為の告発に関連する処置の方針と方法をまとめた。同年、発表倫理委員会が米 国研究公正局に対応した機関を政府内に設置することを勧告している。

中国

 科学アカデミーおよび教育省により出された「倫理上の行為に関する声明」 に対応する具体策として、2002年、北京大学で新方針が打ち出された。それによると、 不正行為として、FFPに加え、研究成果の学術的価値や社会的効果を意図的に誇張 すること、大学等の許可を受けずに成果を発表すること、法規等で極秘となっている 成果を開示することなどが含まれる。さらに、不正行為の申し立てに対する調査の手 続き、不正が認定された場合の罰則についても規定されている。

事前の対策(予防策)

(1)自浄作用(ピアレビューと追試): 自浄作用を持つことは科学者コミュニティ 成立の大前提である。しかし、現状は、ピアレビューには以下の限界があるにもかか わらず、これに過大の期待をしつつ頼っていると思われる。

(a)膨大な数の論文が存在し、新規性(引用不備、盗用)の厳密な判定が困難であ る。

(b)販売政策上、新規性が高くないものも掲載する雑誌が相当数存在する。また、 講演記録やローカルな雑誌においては重複発表が寛容に扱われてよいとする傾向があ る。

 他方、追試については、再現実験が技術的、経済的に困難な場合が少なくないこと が指摘される。とくに、偶然発見された面白い事実は再現が困難な場合が多い。再現 できない場合、下手をすると、発見者と追試者との間の泥試合になりかねない。

(2)組織としての対応: 学会、研究機関は倫理規程、行動規範を整備し、構成員 の教育に努力すべきである。最近、この種の規程を整備する学会が増えつつある。し かし、学術雑誌の投稿規程についても不備なものが多く、明確な基準を決定し公表す ることを徹底すべきである。

 大学においては倫理教育を強化することが望ましい。最近、日本技術者教育認定機 構(JABEE)による認定実施の効果もあり、技術者倫理を必修科目としてカリキュラ ムに加える工学部が増えている。倫理科目だけでなく、他の科目において各教官が倫 理の重要性を強調することが効果的であるといわれる。同僚に不正行為の疑いがある ときは、必ず行動すべきこと、そのさい信頼できる上司、同僚と相談することが望ま しいことを、米国科学アカデミー編の教科書は述べている(文献12)。

 また、これは特に日本での研究システム、研究者養成システムの問題であるが、出 身大学で大学院、ポスドク、助手、助教授と昇進する「純粋培養」「インブリーディン グ」のシステムが、教授への遠慮やその研究室での作法しか知らない研究者を育てて いる傾向も、是正されなければならない。こうした「囲い込み」と「終身雇用」の弊 害が、わが国の学界で―そして企業や官庁でも―内部からの批判や告発を難しくする 一因となっている。特に若手研究者が研究の道程で「よその空気を吸う」機会を広げ ることによって、研究者の態度が、それを育てた大学、大学院、研究室の教育の在り 方ともども、広く科学者コミュニティ(ピア)の評価にさらされるような、流動的な 人材養成の機構を構築することが肝要である。それは、外国の対応策を学ぶだけでは 果たせない、構造的な、日本型ともいうべき「組織コード」変革(国際化のための調 整)の課題である。

(3)健全な科学ジャーナリズム、科学評論家の育成: これらは、マスメディアの増 大した影響力と責任を考慮すると不可欠であり、ジャーナリズムと専門家との適切で 密接な関係を築く努力が求められる。また、ジャーナリズムには、研究成果の新規性、 重要性、社会におよぼす影響等を正しく判断するための能力と適切なシステムを持つ ことを期待したい。不正行為が社会や学界に与える影響を考えると、事件後のマスメ ディアの適切な対応も重要である。

事後の対策

 調査のための独立性の高い第三者機関(学会、研究機関、国などに設置した倫理委 員会)の設置と審査過程、結果の公開が必要であり、これらを制度化するべきであろ う。第三者機関による早い時期の判断が不正行為とその影響の進行を抑制することに なる。そのためには、まず基準の明確化とその周知徹底が前提となろう。

 また、不正行為者、組織に対する処分のあり方、疑惑の申し立て(告発)をいかに 推奨すべきか、告発者の保護はどうするかなども問題となる。

 なお、前記ORIの場合は、不正行為者は氏名が公表され研究費助成への応募が一定 期間停止される。ORIは、misconductよりintegrityを、不正行為の摘発よりも予防 策を重視するようになっているという(文献1)。

 過去における事件後の学会の対応、行政の対応、報道の対応には課題が残っており、 それらを十分に検証することが有益であるとの指摘がなされている(文献13)。

 そのほか、山崎氏の提案(文献1)、アメリカ医科大学協会の提案(文献10)があ る。後者の著者(Kohn)の提案では、「欺瞞に対しては科学共同体の側で厳しく警戒 することが最終的な防衛策でなければならない。科学研究ことに科学の進展の鍵を握 る分野の研究での欺瞞や不正はいかなるものであれ、その再現が不可能なことから必 ず短期間のうちに暴露されるという認識を徹底させるべきであろう。それを犯したも のは、それによってたちどころに研究者としての経歴に不名誉な終止符を打たれるこ とは疑う余地のないものでなければならない」と書かれている。

 最近、技術的事実の隠蔽や虚偽報告も問題となっている。これに関しては各学会で 対応が取られつつある(例えば、文献14)。

6.まとめと提言

 科学(技術を含む)が社会に果たす役割が増大し変化するにともない、科学者(技 術者を含む)の倫理、規範が、科学にとって、また、社会にとって看過できない大き な問題となりつつある。本報告は、科学者倫理につき、科学者の研究遂行、成果発表 における「不正行為」(scientific misconduct)―捏造、改ざん、盗用など―に関わる 問題を中心に、その組織的背景と科学者コミュニティが果たすべき課題につき問題提 起を行った。

 まず、科学者がその所属する組織の規範から逸脱することが科学における不正行為 といえるが、現在では、科学者の属する組織とその規範がともに複合的性格をもち、 この複合的規範が未調整なまま矛盾と混乱が生じていることが逸脱の背景にあること が論じられた。そして、この混乱を俯瞰的に克服することが、社会に責任を負う科学 者コミュニティの成熟に必要であり、不正行為の抑止にはこの「組織論における俯瞰 主義」の観点が不可欠であることを述べている。

 ついで、本報告が対象とする研究倫理と不正行為の範囲を規定し、最近の具体的事 例の経過とそれぞれの特徴や問題点を指摘した。そのうえで、科学者の不正行為の一 般的な特徴や誘因を整理し、とくに近年の科学の著しい進歩と変容に留意しつつ、そ の社会的影響や科学者コミュニティの果たすべき責務を概括した。

 さらに、科学における不正行為の抑止策につき、海外の取り組みを紹介し、それら を参考に、また日本の特長ともいうべき問題的な状況に留意しつつ、抑止のために必 要な事前、事後の対応策につき、限界を含めてその在り方を検討した。以上をふまえ て、今後、日本学術会議が取り組むべき課題を以下に提言する。

 科学における「不正行為」は、科学と社会の関係が緊密になり科学の社会的役割が 大きくなった現在、人々の生存、生活、福祉に重大な影響を与え、基本的人権や人間 の尊厳を傷つける結果にもなりかねない。そのことはまた、ひるがえって、科学に対 する社会的評価を損ない、科学と科学者に人々が託した夢と信頼を裏切ることになる。 「不正行為」の防止は、したがって、科学者コミュニティが社会に対する説明責任を 果たし、「科学者が広く国民から評価され、尊敬される社会」(『科学技術白書』)を築 くためには不可欠な実践的課題であり、「負託自治」の倫理の核心をなす責務である。 日本学術会議が「科学者の代表」として、本報告の問題提起をひとつの契機とし、今 後さらに公開シンポジウムや公聴会を開き学協会との懇談を開催するなど、社会との 対話と科学者コミュニティとしての議論を深め、研究行動規範(ガイドライン)の作 成、公正な審理機関の設立など、不正行為の抑止と研究上の「誠実」(integrity)の確 保に関する具体案の策定に向け、鋭意、審議をすすめることを提言する。

参考文献


HOME > index  △top(2005.5.29掲載)