考古私典

本稿は全くの私案だから、私典である。思案中の試案でもある。あまり網羅的ではない。


■環状石斧 かんじょうせきふ 石環 せっかん 

 環状石斧は、凸レンズの円盤状で周縁が刃部をなし、中央に大孔を有する磨製品(但し打製品を含める場合もある)。中央の孔に棒を差して使うとも考えられる。縄文時代早期に出現し、後晩期に関東以北に発達し、弥生時代には全国に広がる。朝鮮半島の初期農耕文化に特徴的な製品との関係も指摘されるが、系譜は明らかではない。刃部をなさない製品は石環ないし環石とも呼ばれる。ヒスイ(硬玉)製品も存在する。なお周縁刃部に数カ所の抉りが入った製品は多頭石斧であるが、環状石斧との関係は不明。

■屈葬 くっそう

 一次葬の内、四肢、特に下肢を膝と股間部で屈した姿勢に着目した土葬形態を指す。浜田耕作の命名とされる。蹲葬(そんそう)と呼ぶ意見もある。伸展葬と対比されるが、縄文中期以降は屈葬と伸展葬が併用される。一般に人類最古の葬法とされ、抱石葬の事例と合わせて、何らかの霊的な拘束を意図したものとも言われるが、論証できない。同一墓域における多様な埋葬姿勢の記号論的解釈は可能。

■御物石器 ごもつせっき/ぎょぶつせっき

 縄文晩期前半、岐阜県域中心に中部山地に分布する異形石器。俗称で枕石とも。蛇紋岩製ないし硬砂岩製で、長さ20〜40cm程度、枕状の鞍部が特徴的。陰刻や浮彫り、有孔の例もあり、磨製品が多いが、打製品もある。鞍部の形状から、柔軟な素材のテープ状の物体が組み合わされて使用された可能性が考えられるが、具体的には用途不明製品である。明治10年に皇室に献上された故事から、帝室御物ということで、御物石器の名がついた。

■大珠 たいしゅ

 一般に硬玉製大珠。富山県東部〜新潟県西部の良質なヒスイ(硬玉)を素材とした、磨製有孔の装身具(垂飾)で、出土例から胸飾りと考えられている。ごく稀れにしか出土せず、一集落1点程度と貴重。縄文前期〜後期、特に中期に隆盛し、5〜15cmの長楕円形が典型(鰹節形)だが、略台形(磨製石斧様)や、小形でやや不定形な製品も多く見られる。硬くて緑色の装身具としては、蛇紋岩やヒスイ等の抉状耳飾や棒状垂飾等と対比される。

■土偶 どぐう clay figurine 岩偶/石偶 がんぐう/せきぐう stone figurine 骨偶 こつぐう bony figurine 角偶 かくぐう antler/horn figurine 牙偶 がぐう tusk figurine 木偶 もくぐう wooden figurine

 土偶は、土製焼成の小像(以下素材別)で、特に縄文時代の製品を指す。典型的には全身像で立体的表現のあるもの(線刻を効果的に併用した例も含む)。顔や体のパーツの製品もあるが、大分類には窮する。土偶は塑像であり、土偶以外の素材の製品は彫像に分類できる。彫像系の事例は稀である。彫像系のもので、あまりにも表現が立体的・具象的でないものは、分類に窮する場合もある(岩偶⇔岩版の事例など、但し縄文時代晩期の土版や岩版は定義可能である)。女性像の名称としてヴィーナス(ビーナス)が用いられることもある(特に旧石器時代の彫像系の製品)。実際、土偶には記号的な女性表現、妊娠表現が多く見られる。

 土偶は縄文早期出現とされ、東日本に多い。中期から晩期まで隆盛するが(弥生時代には容器形土偶等に名残りが認められている)、材質・技法・文様等、同時期の土器の援用である(この点は、他の素材の製品でも概ね同様)。土器の造形性に熱中した縄文時代らしく、土偶造形は多様であり、明治時代以来各種の形式が論じられてきた(板状、ミミズク形、山形、筒形、中空、ハート形、出尻、勝坂、有髯、遮光器)。また破損(欠損)状態や出土状態から機能が論じられてきた。

 縄文時代の木偶はトーテムポール状木製品を指す場合もある。「でく」と読むと歴史時代の製品になる。

■独鈷石 とっこいし/どっこいし

 縄文後期〜晩期に見られる異形石器。石鈷(せっこ)とも。左右対称で、中央に抉りの凹みが一周し、抉りの縁が鍔状に盛り上がる例が多い。両端は、丸く尖ったり、両刃の石斧状、あるいは槌状丸頭だったりする。全体にやや弓なりになる例が多い。元来は両頭石斧が発達したものと考えられ、後に祭祀的な性格のものに転化したと理解されている。末期には土製品の存在も知られている。形状が密教法具の金剛杵の一種、独鈷杵(とっこしょ)を連想させるところから名がついた。鈷は古代インドの銛(武器)。

■土版 どばん clay tablet 岩版 がんばん stone tablet

 土版は、縄文晩期関東中心に見られる、5〜15cm程度の、隅丸長方形ないし楕円形で扁平な土製品。文様は該期の土器の援用。表裏で文様構成が異なり、上下の概念も認められている。上部に一対の小孔を持つ例もある。デザイン上、身体表現ないし顔の表現が、ごく抽象的に行なわれていることは確かなようであり、土偶の抽象化という理解もある。岩板は一般に東北北部中心の石製品を指す。凝灰岩を素材とし、関東地方にも供給された。

■有角石斧 ゆうかくせきふ

 弥生時代中期後半〜後期中頃に関東から東北南部に限定して見られる異形石器。側面に一対の角状突起を有し、一端が棒状、一端が撥状扁平に広がる、磨製石斧様の製品。中谷治宇二郎によって命名され、大陸の青銅器を模した、祭祀的な製品との理解を方向付けた。西日本の銅鉾・銅鐸祭祀と対比されるとの理解も一般的。有角石器とも。


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