index 歴史資料の未来形 index 02.12.5

(3)バーチャル遺物の可能性

●実測図と写真

 一般に図版は3つに大別できます。実測図、写真、イラスト(説明のための略図)です。実測図と写真については、考古学の学史を通じて方法論的な話題になってきたところがあります。

 実測図は工学系の製図法が考古学に導入されて本格化したのですが、微妙なラインを効率的に図化するために、マーコのような形取り道具を利用したりします。最近さかんになった、長焦点レンズによる写真をオルソ画像とみなして実測図の下絵とする手法も、道具の工夫の一つといえます。

 高い精度の図が大量に効率よく取得できることは、確かに重要なことですが、面白いことに考古学では、工学的な精度よりも観察が重視されます。むしろ主観的な観察、つまり型式論などの考古学的な基準に従って、遺物の特徴を示すポイントやラインが示されていることが重要とされています。この基準は、会得できれば非常に効率的なものになり、工学的な精度を苦労して追求する必要がなかったりします。細部の情報も、必要なだけあれば十分で、意外とあっさりした図の方が、遺物の考古学的理解を直接的なものにしてくれたりします。

 写真は一般に非常に参考になります(図化にそぐわないような細部の情報は写真に頼るべきでしょう)。実測図は主観的な面が強く、やっかいです。主観的でない図は、むしろ役に立たなかったりしますので、加減が難しいところです。写真ですら、照明の加減が問題になる場合があります。照明は表現手法ですから、主観の反映になりうるのです。アングル(撮影する角度・方向)の選択も主観の反映です。

●3次元化

 図版には、研究上の必要性と、情報公開(普及)上の必要性があります。後者の意味では、カラー写真が一番重要で、よく出来たイラストも求められるところでしょう。この点では、3D化されたCGも期待されています。

 3D化のためには、平面図や側面図といった限定的な平面的情報ではなく、表面の全体に及ぶ詳細な情報が、しかも相当な高精度で必要になります。平面図や側面図から復元的な立体化が可能な場合もあるでしょうが、それはあまり実測的ではありません。但し、多くの角度から複数の側面図を取ることで、ある程度正確な立体情報が取得できる可能性はあります。

 一般にはプローブ(測定針)による接触式、あるいは写真やレーザーを用いた非接触式の3次元スキャナが用いられます。方式は対象や精度によって選択されます。あるレーザースキャナは0.1mmの精度がありますので、精度だけ見ればデジタルの恩恵!とうなりたくなるところです。レーザースキャナの適用範囲は、航空機搭載型もあるくらい、広範囲です。

 レーザーなどの光学的な手法は死角がネックですので、遺物なら回転させる場合が多いようです。現場では、複数の角度から何度も撮影して、像を重ねるようなことをします。

 レーザースキャナにはデジカメ内蔵型もあり、そのような機種では表面のカラー画像を3次元の面に自動的に貼り付ける機能もあったりします。

 CTスキャナは容器などの被覆物の中の遺物の図化に有効ですし、外側から見えない内面の高精度な図化にも有効です。

 レーザースキャナは一定の精度で3次元情報が実測的に取得できるのですが、コスト的には高めです(但し遺構の形状や現場の状況によっては、安くつく場合もあります)。レーザースキャンで取得できるのは、厳密には測点の座標にすぎないので、これを3Dモデル化するには、それなりの後工程が必要になります。そうした工程の自動化は開発者の課題となっています。

 2次元的な図化を最終成果物とする場合は、3Dモデル化よりは簡易化されるでしょう(せっかくの機会ですので、そのままでは点群情報になりますが、3次元情報は取得しておくべきでしょう)。とはいえ、一般に2次元的な図化といえども、手作業の要素が大きいようです。

●QTVR

 簡易に立体画像を得る方法として、クイックタイム(QuickTime)のオブジェクトムービー方式があります。オブジェクトが回転するだけなら、比較的導入は簡単です。遺物の上面まで回りこんだアングルも含めるには、テクネの開発したような装置が唯一の解決策です。

●遺物のVR:バーチャルリアリティ

 ここでキーワードのように登場するバーチャル、あるいはVRは、一般に「仮想現実」と訳されています。バーチャル(virtual)とは「事実上、現実であると同等のこと」という意味です。バーチャル遺物とは、現物を手に取って観察するのと同じ状態を再現することを意味します(無論、それはまだ実現していません)。ルーペ機能くらいは用意されるでしょう。

 バーチャル遺物実現のためには、高精度な3Dモデル化と、(VR空間での)光源の自由な選択が必須です。しかし擦痕のような微細な表面形状の再現は難しいかもしれません。

 なお立体視については、ゴーグルや特殊なメガネのいらない立体表示液晶が開発されており、近い将来の普及が期待されています。


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