index 歴史資料の未来形 index 02.11.28

(2)遺跡情報は共有できるのか

●ウェブサイトの遺跡情報

 インターネットの時代を迎え、実験的なコンテンツがいくつか作られましたが、およそ本格的なものは計画されませんでした。やがて自治体のウェブサイトで地域の文化財を紹介するコンテンツが作られるようになりました。デザイン的かつ情報デザイン的に優れたものはあまり無いのですが、掲載すべき情報をきちんと出していくスタンスのサイトも稀に実在しています。関東近県では群馬県埋文の取組みが最も組織的です。群馬埋文サイトの遺跡情報は、ウェブ公開用としてはスタンダードなものだと思われます。

●イセキダス

 1997年6月に発表した拙稿「報告書の電子化」(『考古学ジャーナル』418)において、「ウェブ情報の構成」としてISEKIDASを提案しました。これは公開と利用性を主眼とした埋文情報データベースの提案でした(遺跡台帳をベースに発展させたプランでした)。全体を3階層とします。

 第1層は一般向けを意識したもので、その意味では普通のウェブサイトのイメージに近いものです。ここはデータベース指向ですから、一貫した方針やフォーマットで情報を整備していくことになります。多少詳しい解説文も含められてしかるべきでしょう。後述するGIS(ジーアイエス)とカード型データベースの複合イメージとも言えます。

 第2層は、構造化されて広範な検索に耐えるデータベースを指向します。住居なら1軒毎の詳しい情報、どの種類の遺物がどのような遺構で出土しているか等、詳しく検索・集成できるものを意味します。検索は遺跡横断的であるばかりでなく、自治体や県のレベルを越えて可能にすべきです。

 第3層はバックヤード、つまり1層や2層を作る元になるような資料を蓄積し、アクセスできるようにするものです。いわゆる報告書も含まれますし、調査・整理の過程で蓄積される膨大なファイルの倉庫でもあります。倉庫という意味では、データウェアハウス(DWH)指向でもあります。

 報告書の電子化、デジタル化は、こうした埋文総合情報システムを構築していく上での、一里塚でした。ISEKIDASの最後のDASは、Documents for Archaeological Serviceです。

●ウェブGIS

 遺跡地図のコンピュータ化、つまりGIS(ジーアイエス)化は課題として結構意識されているようです。日本ではソフトウェア会社のソリューション事業としての取組みが圧倒的です。遺跡的には測量会社が出てきます。

 ウェブGISの公開例としては、群馬県と横須賀市があげられます。おそらく公開されてないGISならば相当数存在すると思われます。

●不動産文化財全国センターシステム

 1990年代アメリカの情報政策は、サミットを通じて日本政府にも大きな影響を与え、その流れの中にデジタルアーカイブ構想も浮上したようです。文化庁は文化財情報システムで答えたのですが、なぜか動産と不動産に分けられていました。

動産東京国立博物館博物館・美術館収蔵品共通索引システム
不動産奈良国立文化財研究所遺跡遺跡データベース

 奈文研の不動産文化財データベース構想は、1990年2月に全国の教育委員会に呼びかけて始まったもので、ワーキンググループの討議を経て1992年に発表されたようです(『埋蔵文化財センターニュース75号』1992.9)。全国レベル、行政主導で項目定義が行なわれたのは、画期的なことでした。こうした流れが後述する「報告書抄録」につながったのでしょう。

●報告書抄録

 大量に刊行される報告書を、どう整理していくかが悩みどころですが、1994年頃から、メタデータを報告書の末尾に1頁掲載することが推奨されています。この頁をコピーしてファイリングしておけば、受領した報告書のカードファイルになります。推進元の奈文研ではコンピュータへの入力作業にも取組んでおり、入力をそれぞれの都道府県に要請したこともあります。その時、ExcelないしFileMakerのフォーマットが配布されました。その様式は表に示しておきましたが、印刷報告書の「報告書抄録」とは少し違う点があります。そもそも、この様式は一応「正規化」されています。


項目名データ型式属性(角)特記事項
書名ふりがなテキスト2バイト全角ひらがな
書名テキスト2バイト 
副書名テキスト2バイト 
巻次数値1バイト 
シリーズ名テキスト2バイト 
シリーズ番号数値1バイト 
編著者名テキスト2バイト各人の氏名にはスペースをいれない。複数の場合、区切りは「/」
編集機関作成法人IDによる自動入力
発行機関テキスト2バイト 
発行年月日テキスト1バイト西暦(年月日)で数字8桁
郵便番号作成法人IDによる自動入力
電話番号作成法人IDによる自動入力
住所作成法人IDによる自動入力
遺跡名ふりがなテキスト2バイト全角ひらがな
遺跡名テキスト2バイト 
所在地ふりがなテキスト2バイト全角ひらがな
遺跡所在地テキスト2バイト 
市町村コード数値1バイト自治省が定めた市町村コード
遺跡番号テキスト1バイト数字、アルファベット、「-」等すべて半角
北緯数値1バイト数字6桁
東経数値1バイト数字7桁
調査期間テキスト1バイト西暦で数字8桁。開始日-終了日とし、複数の場合、区切りは「/」
調査面積テキスト1バイト複数の場合、区切りは「/」
調査原因テキスト2バイト 
種別テキスト2バイト複数の場合、区切りは「/」
主な時代テキスト2バイト複数の場合、区切りは「/」
遺跡概要テキスト2バイト種別、時代、遺構、遺物間は「-」でつなぎ、各項目のなかは「+」でつなぐ。
種別、時代が変わった場合は「/」で区切る
特記事項テキスト2バイト 
作成法人ID数値1バイト5桁、別紙「法人ID一覧表」による

 蓄積されたデータはCDで配られたこともありますし、近日中に奈文研ウェブサイトでも公開されようとしています。それに関連して、著作権や個人情報の観点からと思われますが、各自治体埋文部署に対して、抄録を公開してよいかどうか一斉に問い合わせが行われました。

 抄録は、図書館学的・情報学的には、少々問題をはらんだフォーマットとも言われています。抄録は大別して3つのパートから出来ています。上から順に、書誌情報・調査情報・出土情報です(用語は独自のものであり、公式のものではありません)。3者はそれぞれ微妙にずれのある情報です。1冊の報告書に複数の調査次、複数の遺跡が収録されている場合もあります。調査区が複数の遺跡にまたがる場合もあります。また、そもそも記入の趣旨が伝わらないといいますか、担当者によって記入される情報がマチマチです。誤記もあるでしょうが、一番多いのは、書名や副書名がよく分らないことです。表紙と奥付で表記が異なっていたり、報告書抄録の表記も異なっていたりします。

●遺跡の定義

 そもそも遺跡の定義は、実はそう簡単ではありません。実質的には以下の3種が考えられます(「東京遺跡情報2000」)。

[1]遺物や遺構が出土した土地
[2]集落など、往時の人々が占地したと思われる、ある範囲の土地
[3]遺跡台帳に記載された、ある特定範囲の土地

 [1]は事実関係です。極端な話、遺物があっても、客土ということもありますから注意が必要です。[2]は考古学的判断といっていいでしょう。「調査区」より広い概念です。集落とは一例であり、一般に遺跡の性格に応じた一体的ないし付帯的な領域を指すでしょう。[3]は行政(の埋文担当部署)が認定した、いわゆる「周知の遺跡」に該当します。これら3者は、必ずしも一致しません。

 何が遺物であり、何が遺構であるかは必ずしも自明ではありません。行政的には中世までは埋蔵文化財と一応認められましたが、近世・近代以降については、都道府県レベルで、各地域毎に基準を設けることになっています。

 しかし戦前は史跡であった聖蹟が、戦後は国の文化財指定をはずされたということもあります。また最近は「産業考古学」の立場から近代化遺産が提唱され、現実の行政課題になっています。考古プロパーでは、戦跡考古学が話題になりつつあります。近代考古学は現実の課題となっています。

●遺跡地図の憂鬱

 遺跡地図上の遺跡範囲は、実線で示すことになっています。これは情報の明示性ということでは、やむを得ないのですが、大いに誤解を招く元でもあります。それこそ1mずれただけで、どの敷地が遺跡にかかるのかどうか、そんなことが議論を招きかねません。そうした問題を予防するためでしょうか、遺跡範囲の実線は道路や敷地界に沿って引かれる場合が多いようです。

 遺跡というのは元来、推定範囲ですし、濃密な包蔵状態の場所の周りに、薄い包蔵状態が広がっている可能性は十分あります。ただ、一般に「周知の遺跡」の周辺は試掘対象にされることが多く、あるいは地形的に遺跡があってもおかしくないが、遺跡に関わる知見の蓄積されてない地区では、念のため立会や試掘を行うこともあります。遺跡地図は、こうした点や面の、濃度差のある情報を勘案して作成されています。

 また都城のような遺跡では、都市丸ごと遺跡ですから、個々の範囲の概念が用をなさなくなります。江戸遺跡というのもその範疇ですし、東京都府中市も国府がその範疇になってます。府中では、広い範囲の中で、調査地点に子番号をつけて管理しています。江戸遺跡は、一括範囲は指定せず、個々の調査地点が示されるにとどまっています。


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