最近、中国では中部(中期)旧石器時代の概念は無効である、という主旨の論文を見かけました
その英文要旨を抄訳して掲載します(99.4.9…追加99.5.23)


中国における「中部(中期)旧石器時代」考

高 星

 中国の旧石器文化研究は、1920年代初頭にフランスの研究者によって始められたため、フランス流の、下部−中部−上部といった旧石器時代三分法が研究の大枠として適用されてきた。

 周口店の北京人文化の分析で、三分法の適用には無理があることが分ってきたが、中国人研究者は、石器の型式編年上の基準のみ個別に適用し、遺跡の年代を編年上に位置付けようとしてきた。その結果、技法的および型式学的な検討がないがしろにされてきたといえる。

 これまで、中部旧石器文化の判定基準として、以下の二点が適用されてきた。一つは、地質年代、つまり中部旧石器は後期更新世の前葉に相当するということ。今一つは、古代型ホモサピエンスの化石が共伴した場合である。

 地質年代の判定には、三つの手法が適用されてきた。動物相、出土層位、年代測定(ウラン系列法=U-Th等、ESR=電子スピン共鳴法)である。異なる基準の適用は、時として矛盾と論争を巻き起こしてきた。

 研究が進むにつれ、中国の旧石器文化においては、石器をめぐる技術的要素−原石の選択、製作技法、調整技法、形態−等が、下部・中部・上部更新統の前葉を通じて、むしろ均質な傾向があることが明らかになってきた。文化的、技法的な変化は生じているが、本質的な変化はなかったようだ。つまり上部更新統後葉に至る前の段階までは、中国の旧石器文化を区分する根拠は失われたということである。その意味で、中国における中部(中期)旧石器文化の概念はもはや無効であり、無意味な用語となってしまった。

 考古学的知見の現実に従い、新たな枠組みが求められている。それは多分、「前期旧石器」および「後期旧石器」時代の二分法であろう。前者は、旧来の下部および中部旧石器時代を含み、下部更新統から上部更新統前葉までに相当する。後者は、元々の上部旧石器文化に相当し、上部更新統後葉と一致している。

 こうした二分法の根拠として、中国における上部更新統後葉の文化が、石刃技法、細石刃技法の出現といった変遷を、明確に見せており、該期の多くの石器型式が、アフリカ、ヨーロッパ、西アジアのそれとよく似ていることがあげられる。つまり、長く、保守的な時代を経て、中国における前期旧石器文化は、ようやく後期旧石器文化という、新たな文化段階に発展したのである。


下記の文献のAbstractの抄訳である:
A DISCUSSION ON "CHINESE MIDDLE PALEOLITHIC".
Gao Xing (Department of Anthropology, University of Arizona, USA) 1999.
ACTA ANTHROPOLOGICA SINICA. 18-1. Institute of Vertebrate Paleontology and Paleoanthropology, Academia Sinica.
人類学学報18-1. 1999. 中国科学院・古脊椎動物与古人類研究所.


訳注:
 代−紀−世は地質学上の「時間単位」であり、界−系−統は「時間−岩層単位」である。上部−中部−下部の区分は、本来、後者に適用されるものである。つまり「上部更新統」という表現は正しいが、「上部更新世」は(地質学上は)誤用である。更新世は時間単位なので、その場合は「後期更新世」とすべきである。
 考古学では、かつて「時間−岩層単位」が確立される以前の、沖積世・洪積世の区分を用い、洪積世を下位区分する必要上、上部−中部−下部を適用した。今日では「洪積世」は用語として廃れているため、更新世にとって代わられたが、上部洪積世→上部旧石器時代の関係が、「上部更新世」へ横滑りしてしまったわけである。
 こうした混乱をふまえ、上記の訳文では、あいまいな表現の箇所があるが、御容赦いただきたい。無論、旧石器時代の区分に「上部」を適用するのか、「後期」を適用するのかは、考古学プロパーの問題である。ただし、日本国内では、もっぱら後者の表現が用いられている。
 
黄 慰文氏の講演から:
 1999年5月22日考古学協会の総会の後に行われた講演会で、黄 慰文氏(中国科学院古脊椎動物与古人類研究所員)は、前期・中期の区分論に関して、「製作技術上の区分は難しいので(学説は変動しやすい)、出土地層から区分するのだ」、という意味のことを述べられた。これでは話がすり変えられているだけであるが、要するに大勢は(技術的な時間区分は無理であるということで)もはや定まったということだろう。もっとも、黄氏の考え方に従うとしても、それならば前期や中期の名称ではなく、例えば中部更新統から出土した、あるいは中部更新統に属する資料、といった表現の方が正しい。また、黄氏の言う中期に相当する地層が、いずれであるのかは、明言されなかった。

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