他所では発表していないが、こんなアイデアはいかがだろうか(まだ検証していないので...)


黒曜石通貨論

■マネー(通貨)とは何であろうか。その基本的特徴は5点ほどあげられる

  1. 交換性 何にでも交換可能な汎用性
  2. 可搬性 持ち運びやすいほどよい
  3. 保存性 ある程度保存性があれば流通機構にのせやすい
  4. 利用性 どこでも喜ばれる贈り物になりうるような便利なもの
  5. 希少性 自給不能とは限らないが、自給が面倒であるもの

 歴史上、色々な財物が通貨の役割を担ってきた。江戸時代には銀ばかりでなく、米が価値の基準であった。いかに古代であっても、物々交換主体と考えると実態を見誤る危険がある。よく交換される財物が、必ず価値相場の基準となるからである。仮にも広域交流圏ないし広域流通圏が成立していたのであれば、必ず価値を換算する基準が存在するはずである(ただしそれは一つである必要はない)。

 先史時代におけるマネー(交換基準財)は、可搬性(実際に広域に運ばれていたことで確認できる)、保存性、利用性、希少性を考えると、黒曜石などの石器原石ではなかったろうか。交換性だけは確認しようがないが、他の条件を全て満たしていることは、歴然としている。物々交換によって黒曜石を手に入れた、というのは、あまりにもナイーブな物の見方である。

 無論、先史時代におけるマネーは一つとは限らない。ヒスイや琥珀もその資格がある。打製石斧や磨製石斧、貝加工品や塩もそうだし、あらゆる産業的産物はその資格がある。だが、歴史時代には金や銀があらゆる価値の根本基準となったように、先史時代には小型石器を作るための黒曜石が、価値基準の元締めであった可能性がある。いわば黒曜石本位制である。

■黒曜石は、産地毎に流通圏がほぼ決まっている。では黒曜石流通圏は、文化圏であったろうか。これはある程度肯定できそうな気がする。

 土器型式圏は縄文時代を通じて様々に変動しようとするけれども、結局、在地の黒曜石(希少石材)流通圏の枠組みが、常に型式圏を規制するように作用した。マクロには植物相が規制要因かもしれないが、それだけでは地域型式圏を説明できない。単に文化圏があるというのでなく、何らかの流通物資の媒介を考えなければ、文化圏成立のダイナミズムを理解できない。何らかの流通物資があるとすれば、交換価値の基準財が必ず必要になる。

 先史時代は、東日本(基本的には道南まで)と西日本の二大文化圏が相互作用を繰り返し、関東・中部(濃尾平野以東)が、せめぎあいの舞台となっていた。しかし、実際のところ関東・中部の独自性が保たれたのは、黒曜石産地を複数かかえ、それぞれの流通圏が割拠していたことによるのではないか。流通圏の重複は、そのまま型式圏の重複にも通じる。

 東北や西日本は、関東・中部地方に較べれば、産地構成は単純なものである。それだけに、大型式が成立しやすかったのではなかろうか。

■弥生時代から古墳時代に全国統一が可能になるのは、黒曜石本位制から鉄や青銅、あるいは米が価値換算の根本基準になったからではなかろうか。流通圏が本質的に全国化するためには、黒曜石やサヌカイト本位制では到底無理だったろう。


本稿は1997年初版。 最終更新日 99.5.14


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