岡本前耕地遺跡(都立学校遺跡調査会 1998) pp.134-135より
CD-ROM制作の背景、コンテンツの概要、将来展望など(註は省きました)


2. 報告書電子化の基本方針

2-1. 状況認識

 言い古されたことであるが、現在の遺跡報告書が置かれている状況(すなわち考古学研究者が置かれている状況)は、主に次のようなものであろう。

  1. 年間出版点数があまりにも膨大でありながら、発行部数が非常に少ないため、報告書を入手したり、閲覧するだけで、大変な面倒を覚悟しなければならない。また一部のメジャーな機関でない限り、報告書を集めきれない。
  2. 出版点数が多すぎて、内容の概要を確認したり、そもそも情報の所在、報告書の存在を知ること自体が難しくなっている。
  3. 遺跡発掘調査に対して、報告書作成のスピードが追いついていない。時間も予算も限られているため、内容的にも十分に準備し、あらかじめ諸賢の意見を求め、練っていくような体制ができていない。

 コンピュータやデジタル情報技術をメディアとして捉える時、一般にいわゆる「マルチメディア」(多媒体)指向が強い。画面に「動き」や「人の興味を引く仕掛け」が求められるのである。だがその反面、文書の構造化や文献一般の電子化、ネットワーク化の指向性が乏しいきらいがある。

 ワールドワイドウェブ(WWW)は元来、論文を研究誌に発表する前に、査読して欲しい他の研究者に読んでもらうために開発された経緯がある。そうした手法は、文系の分野でも実行可能なはずである。

 だが考古学を含めた文系の分野では、なかなかコンピュータの活用に対する理解が進まない。文章書き、データ処理や統計的分析、編集・出版の「道具」としてコンピュータが使われることは、広まってきているのに、文献自体や研究者間の「メディア」として使われる傾向は弱い。

 確かに、ディスプレイで本が読めるのか、という問いは未だに有効である。だが、ディスプレイの画質は進歩する。現時点の画質で判断してはいけない。まして検索性や文献に対するアクセス性が、広範な文献電子化によって、画期的に改善される可能性があるとしたら、もはや戦略の問題である。

 情報の電子化とは第一に、情報の蓄積と流通の技術革新である。その観点からこそ、まず埋蔵文化財関連文献の電子化が進められるべきと考える。

 単独の電子化の場合、研究者や調査機関のコンピュータ環境やネットワーク利用が進んでいない段階で、どれだけ実効性があるか疑問とされるかもしれない。だがパッケージとして提供することにより、例えば国会図書館においても納本として受け入れやすい。CD媒体はかなり安定した媒体であるから、長期保管に耐え、後々環境が進歩した段階での利用に供することができる。

 

2-2.基本方針

 CD-ROMはハイブリッド形式とした [Web註:これは執筆当時に残っていた古いOS環境を考慮してのことであり、現状では、ISO9660アップル拡張が最適と考える]。利用可能な容量は半分に減るが、利用者の一般性を考慮するとやむを得ない選択と考える。

 ファイル形式は、現時点で事実上のスタンダードと目される、PDFとHTMLをメインにした。

■PDF

 PDFは、コンピュータ利用の編集・版下作成であるDTPの延長線上にある技術である。というのは、版下が完全にデジタル化された時、印刷のためのデータ−当然印刷される頁のイメージが全て含まれている−が、自動変換によってそのまま流用できるからである。これによって余計な手間をかけずに、レイアウトを完全に保持した状態で、電子文献化、電子出版が可能になったのである。それはマイクロフィルム/マイクロフィッシュの役割を完全に代替してしまう。

 但し、紙印刷メディアと電子メディアでは、デザイン手法が本質的に異なるはずで、印刷頁のままではディスプレイ上で若干扱いづらいのも事実である。電子メディアとしては、それにふさわしいデザインに進化すべきなのだが、現時点では画像を含めて理想的なものを作成しようとすると、完全な二重手間となり、現実的でない(電子版を先行し、それを流用して印刷版ができるなら、話しは別であるが)。

 おそらくディスプレイ表示能力として縦1000ライン以上あれば、PDFも実用的と思われる。ディスプレイの性能やコストは徐々に改善されているので、将来(数年先)を見越せば、何でもないことだろう。

■HTML

 HTMLもスタンダードな存在であるが、画像を含めるのは手間がかかるので、今回は基本的に文章のみを収録した。HTMLの中味はプレーンなテキストであるから、文献データベースアプリケーションを利用して、インデックスの自動生成を行うにも都合がよいと考えた。タグは最もシンプルに適用し、物理的書式はスタイルシート(注8)を参照している。

■JPEG

 カラー画像については、CD化で最も期待されているところかもしれない。カラー印刷はコスト的に制限されるが、電子メディア−CD-ROM等−では格段に扱いやすい。カラー写真の情報力は、報告書にとって最も頼りとすべきところかもしれない。

 収録した画像は容量のかねあいから、4種用意した(サムネイル画像含む:記号T)。高解像度版として2K画像かK画像を用意し、V画像は全てに用意した。元原稿はフォトCD(注9)である。

記号画素数JPEG画質圧縮時容量
2K1937×1299102〜2.8MB
K1024×6876200〜300KB
V600×400360〜90KB

[Web註:ここでの2K画像は、スライドの2Kサイズ(2048×1366)から、ケラレ分を除いたものを意味する。今なら1920×1280を推奨する(64の倍数だから)]

 記号は厳密な定義に即してはいないが(注10)、名称として利用する。またJPEG画質は、Adobe Photoshop利用の場合の画質である。

 2K画像ではあえてシャープネスはかけていない。この画像はかなり高画質なものだが、これは画像の超長期保存、及び全国に分散されたバックアップとなることを期しているのである。個人的な利用は一般の著作物同様自由であるが、公衆に向けた展示、商業出版物等に利用される場合は、通常の写真貸し出しと同様の事前連絡が必要と考えられる。

 画像のブラウザ/ビューワを期待される向きがあると考え、サムネイル画像を利用したHTML形式の一覧表を用意した。これはWWWブラウザで開くことができる。

 なお厳密には色補正(CMS)の問題があるが、今回はあまり考えないこととした。


3. 展望

3-1. インデックスとXML

 多くの電子報告書が出現した時に、統一した書誌情報や遺跡情報といったインデックス情報の交換手段があると便利である。現時点で、カタログシステムとして適当なものは存在しないが、その有力なフォーマットがあるとしたらやはりXMLであろう。

 例えば「遺跡抄録」でも「書誌情報」でも、正規化(注11)したデータ構造とし、項目をタグに設定していけばよい。望むなら日本語タグでもかまわない。

3-2. 理想の電子報告書

 本来なら、ハイパーリンクを駆使し、マルチウィンドウを駆使するような電子報告書が望ましいのかもしれない。言葉本来の意味でハイパーテキストが実現された電子報告書であれば(いわゆるマルチメディアのイメージとはちょっと違う)、本質的な意味で、使い勝手が印刷報告書を圧倒するであろう。

 それが出来ない理由は簡単で、現状では手間がかかりすぎるのである。だがソフトウェア技術が進歩すれば(XMLにも期待する)、通常の編集作業を進めていくだけで、同時にそうしたものが構築できるようになるかもしれない。いわばデータベース・DTP・ハイパーテキスト・オーサリングの合体である。

3-3. 展望

 コンピュータ/デジタル情報技術は、やはり取り組みや戦略の問題である。

 国レベルの動きとしては、例えば文化庁による文化財情報システムがある。対象は動産文化財と不動産文化財に分けられており、前者は主に博物館・美術館の収蔵品に関する共通索引システム、後者は埋蔵文化財や建造物等を対象にしている。ただしまだ試験的な段階である。

 また2002年に開館する国会図書館関西分館は、本格的に電子化することが決まっている。だが問題は、電子文献の提供者がなかなか現れないことで、文献の発行者たる個々の機関やユーザーの取り組みが本格化しないと、始まらないのである。


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